「もういいです!残りの書類は家に持ち帰って処理しますので。それでは皆様失礼します。ごきげんよう。」

 今日、私が思わず発してしまった言葉・・・。ああ、なぜ私はあそこで怒ってしまったのだろう、私の方が悪かったと言うのに・・・。

それぞれのバレンタイン 祐巳サイド

 とにかく明日お姉さまに謝ろう。幸い明日はバレンタインだし、去年同様令さまに手作りチョコのレシピを教えてもらったから、とびっきりおいしいチョコレートを作ってお姉さまに食べてもらえば許してもらえるよ、きっと。

 「でも、それだけだと去年と同じだし、謝る以上何か付け加えたいなぁ・・・。あっ、そうだ!」

 蔦子さんに撮ってもらったツーショット写真を添えて渡すのはどうだろう?私の気持ちはこの写真のようにいつもお姉さまと一緒です!なんて言って。

 「ちょっとやりすぎかな。」(テレテレ)

 おっと、一人で身悶えている場合じゃなかった。早速蔦子さんに電話しないと。

 トゥルルルルル、トゥルルルルル、トゥルルル、ガチャ!

 「夜分遅くすみません、私、リリアン女学院で蔦子さんの同級・・・。」
 「あっ祐巳さん?電話なんて珍しいわね。どうかしたの?」

 よかった、本人だ。

 「蔦子さん?ちょっとお願いがあるのだけど、いいかなぁ?」
 「何?お金なら無いわよ。」
 「違う、違う。実は明日のバレンタインの事なんだけど、お姉さまにチョコレートと一緒に写真を渡そうと思っているの。」
 「なるほど、それでこの蔦子さんを頼ってきたと言うわけか。いいわよ。実は撮り貯めた写真を祐巳さんに見せようと思っていたところだし、そのついでに祥子さまの写真も見せてあげるわ。」
 「出来たら、お姉さまとのツーショットがいいのだけど・・・ある?」
 「フフフ、私を誰だと思っているの。」

 さすが蔦子さん、私が知らないところでしっかり盗撮していたのね。(苦笑)でもそのおかげで助かるのだけど。

 「ところで写真はいつ渡せばいい?」
 「う〜ん、明日少し早めに学校へ登校して貰えるかなぁ。写真を選びたいし、その後チョコレートの包装もしないといけないから。」
 「そうね、解ったわ。あっそうそう、祐巳さん知ってる?となりのクラスの・・・」

 この後ついつい長電話になってしまった。お話を始めてしまうとつい夢中になってしまうのよね。でもチョコレートはもうほとんど出来上がっているし、まぁいいか。


 バレンタイン当日。いつもより少し早めに家を出て学校へ。

 (蔦子さん、どんな写真を持ってきてくれるかなぁ)

 そんな事を考えながらいつものようにマリアさまにお祈りをしていると、なにやら視線を感じた。どうせまた下級生が声をかけようとでもしているのだろうと、振り向いてみると・・・

 「あ、お姉さま。・・・ごきげんよう。」
 「ご、ごきげんよう。祐巳。」

 どうしよう、まだチョコの準備が出来てないよぉ。ああ、お姉さまが何か言いたげにこっち見てるし。いつもならここで「タイが曲がっていてよ。」と言って直してくれるのにそれすらもなし。やっぱりまだ怒っているのかなぁ。

 ううっ・・・・逃げてしまえ。

 「それではお姉さま、また後程薔薇の館で。ごきげんよう。」

 そう言って校舎の方へ。お姉さま、後ろからお声をかけてくれるかと思ったけどそれも無しかぁ。ちょっと複雑。それほど怒っているのかなぁ。後でチョコレート、ちゃんともらってくれるといいけど?

 そんな事を考えながら教室へ行くと、蔦子さんがすでに小さなアルバムをいくつも机の上に並べて待っていた。

 「ごきげんよう、蔦子さん。わぁ、こんなにあるの?」
 「ごきげんよう、祐巳さん。これだけあればお気に入りの写真が見つかるでしょ?」

 たくさんあるだろうとは思ったけどまさかこんなにとは。200枚はあるんじゃないかなぁ。

 「あ、祐巳さん、蔦子さん、ごきげんよう。何をしているの?」
 「由乃さん、ごきげんよう。私が撮った祐巳さんの写真を見てもらっているのよ。由乃さんも見る?」
 「う〜ん、見たいけどこれから令ちゃんと約束があるし。」
 「そうかぁ。由乃さんや令さまの写真もあるから、そちらは後日見せに行くわね。」
 「らじゃ。祐巳さん、また薔薇の館で。ごきげんよう」
 「うん。いってらっしゃい。」

 令さまと約束って、やっぱりチョコレートかな?由乃さんたら、あんなに幸せそうに。私も早くお姉さまにチョコを渡して許してもらわないと。

 悩む事10分、結局お姉さまにタイを直してもらっている写真を選んでチョコレートと一緒に渡す事にする。仲直りが目的なのだから、これからもこんな風に私を躾て下さい!なんて気持ちをこめて。(笑)

 「ありがとう蔦子さん。恩に着るわ。」
 「どういたしまして。愛しの祐巳さんの為ならこれぐらい。」
 「その言い方、聖さまみたい。(笑)それじゃあ蔦子さん、私は薔薇の館へ行って来るわね。」
 「ちゃんと祥子さまと仲直りしてきなさいよ。」
 「ありがとう。また後でね。」

 薔薇の館に着くと、なにやら中が騒がしい。由乃さんがまた令さまにじゃれ付いてるみたいね。

 そんな事を考えながら中へ入り、階段を上ってビスケット扉の前へ。中から聞こえる声からするとお姉さまは居るみたいね。

 「すぅ〜、はぁ〜。よし!」

 気合を入れ直してノック。そして・・・

 「ごきげんよう。」
 「ゆ、祐巳、ご、ごきげんよう。」

 お姉さま、なんかぎこちない。なぜだろう?怒っているって感じじゃなさそうだし。少し・・・顔が青いかな?まるでジーンズ屋さんでパニックになった時に似ているような・・・。

 「お姉さま、何かあったのですか!?お顔の色が優れないようですが。」
 「それはねぇ、祐巳ちゃん。恋煩いの相手がいきなり現れたからよ。」
 「れ、令!」
 「さっ由乃、邪魔者は退散しよう。」
 「そうですわね、お姉さま。」

 そう言いながら令さまたちは出て行ってしまった。そして・・・

 「ゆ、祐巳・・・。」

 お姉さまの様子、やっぱりおかしい。この表情はたしかあの時の・・・。

 「お姉さま?もしかして私に嫌われたかも、とか考えていませんでした?」
 「そ、そんな事・・・。」

 これはおもいっきり考えていたみたいね。

 「クスクス、知らなかったんですか?私はお姉さまの事が大好きなんですよ。それはもう言い表せないくらい。」
 「ゆ、祐巳、よかった・・・もし嫌われてしまっていたらどうしようって・・・。」
 「えっ?お、お姉さま!」

 まさかあの意地っ張りなお姉さまが泣き出すなんて・・・。えぇ〜い、ちょっと恥ずかしいけど・・・

 「大丈夫です、お姉さま。私はいつまでもお姉さまのそばに居ます。たとえどこかへ行けと言われたとしても、しつこくついて廻りますからね。」
 「えっ?」

 私は泣いているお姉さまの首に両手を回し、そのままお姉さまの頭を胸に抱いてそう言った。

 「ごめんなさい、情けない姉で。でも、もう少しだけこのままで居て。」
 「はい。」

 1分ほどお姉さまのぬくもりを胸に抱いた後

 「ありがとう、祐巳。」

 そう言ってお姉さまは私から離れた。そう、いつもの凛としたお姉さまの姿で。

 「お姉さま、昨日はすみませんでした。バレンタインの贈り物です、受け取ってください。」
 「あら?この写真は・・・。」
 「実は朝、先に行ってしまったのは、蔦子さんからこの写真を受け取る約束をしていたからなのです。」
 「そうだったの・・・。」

 そう言ってうれしそうにチョコを受け取ってその場であけて食べてくれた。

 「おいしい。」
 「今年も令さまにレシピをもらって作ったんですよ。後で御礼を言っておかないと。」

 泣いているお姉さまより、やっぱり笑っているお姉さまの方が素敵。

 「祐巳、実は私からもあるのよ。昨日のお詫びの気持ちをこめて、受け取ってもらえるかしら?」

 お姉さまはそう言って小さな箱をくれた。

 「思い立ったのが昨日だったから、あまり手をかけられなかったけど・・・。」
 「いえ!とてもうれしいです。」

 まさかお姉さまからチョコをもらえるなんて!うう、なんだか・・・

 「・・・祐巳、チョコレートは泣きながら食べるものではなくってよ。」
 「どおりでちょっと塩味の効いたチョコだと思いました。」

 今年のバレンタインはきっと一生の思い出になるだろうな。だって姉妹二人して共に涙を流すバレンタインなんて、この先あるとは思えないもの。

 さて、余談ではあるが、この後しばらくして志摩子さんと乃梨子ちゃんがそろって現れた。どうやら私たちが中にいると言うのを由乃さん達に聞いて、入ってくるのを遠慮してくれていたらしい。確かにさっきの場面で志摩子さんたちが来ていたら恥ずかしかったろうなぁ。持つべき物は気の利く友人である。(笑)


あとがき
 ハァ、やっと終った。どうでしょう?これでもまだ甘さはたらないですか?でも私にとっては、これでもかなりがんばった方なんですよね。

 ところで読んでもらえば解る通り、これは朝の授業前のお話です。そうしないと、絶対に瞳子ちゃんや可奈子ちゃんのじゃまが入ってしまいますからね。でもそうなるとこの後、あの二人に祐巳ちゃんは振り回される事になるのかな?そちらもある意味一生の思い出になるバレンタインになりそうだ。(笑)

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