「ごきげんよう、祥子さま、祐巳さん。」
「ごきげんよう、紅薔薇さま、祐巳さま。」
「ごきげんよう。珍しいわね、乃梨子ちゃんが志摩子さんの腕に抱きついているなんて。」
幸せそうな顔で入ってきた顔の二人を祐巳が出迎えている。あの二人の表情を見ると、うまく行ったようね。先ほど祐巳から聞いた話では3人のつぼみは全員が何かしらの趣向を凝らしたチョコレートの渡し方を考えたらしいけど、由乃ちゃんはうまく行ったのかしら?後で令に聞いてみないといけないわね。
「紅薔薇さま、手伝って頂いてありがとうございました。」
「あら、何のことかしら?でも良かったわね、乃梨子ちゃん。」
「はい。」
この子の満面の笑みなんてめったに見られるものではないから、それだけでも協力したかいがあったわね。
「よかったですね、お姉さま。」
「そうね。」
そしてこの祐巳のうれしそうな顔も。祐巳はたまに、はたからみて心配になるほど他人の事に真剣になるけど、それがいい方向に行った時は本当にいい顔をするのよね。
「そう言えば、由乃さんはどうなったんだろう?うまく行ったのかなぁ?」
「ああ祐巳さん、それならさっき・・・。」
ガチャ!
「えっ!?」
先ほど私が思って疑問を口に出した祐巳に、志摩子が何かを言おうとした瞬間、何者かがすごい勢いで薔薇の館に飛び込んできた。
「ごきげんよう。」×2
何事かと扉の方を見てみると、瞳子ちゃんと可南子ちゃんが立って、いえ、その表現は違うわね。どちらも先に入ろうとして、扉のところで引っかかっている。
「何をしているの、二人とも。はしたない。」
「あっ、すみません祥子お姉さま。」
「すみません、紅薔薇さま。」
窘められてやっと正気の戻ったのか、二人とも静かに部屋の中に入ってくる。でも、一体何事かしら?大体予想は付くけど。
「瞳子ちゃん、何があったの?それと、学校では祥子さまか紅薔薇さまと呼ぶようにいつも言っているでしょう。」
「すみません。でも、瞳子が悪いんじゃないんですよ、この細川可南子が!」
「あら、瞳子さんが私が先に入ろうとしたところに割り込んできたんじゃないですか?」
「なんですって!」
まったく、この二人は顔をあわすとすぐ喧嘩をして。祐巳が困っているじゃないの。
「はいはい、つまらないことで喧嘩しないの。で、どうしたの二人とも?薔薇の館に何か御用?」
「いえ、薔薇の館にというか・・・。」
「祐巳さまにバレンタインのチョコレートをお渡ししようと思ってきました。」
やっぱり。祐巳も何を解りきった事を聞いているのかしら。それ以外にこの二人が我先にと薔薇の館に入ろうとするなんて事、ある訳がないじゃないの。
「ありがとう。えっと、瞳子ちゃんもくれるのかな?」
「あっ、私は・・・ええ、祥子お姉さまのついでに祐巳さまのチョコも作ってきましたから。」
「ありがとう、それでもうれしいよ。」
瞳子ちゃんも強がってばかりいては可南子ちゃんに負けてしまうわよ。私としてはどちらにも勝って欲しくない所だけれど。
「私のはついでなどではなく、祐巳さまのためだけのチョコレートです!」
「むっ!」
「ほらほら、喧嘩しないの。」
祐巳もあんなにうれしそうな顔をして。解らないでもないけれど、ちょっと焼けるわね。
「瞳子ったら、紅薔薇さまのついでと言っておきながら、ずっと祐巳さまにつきっきりですね。」
「仕方がないわよ、ライバルが目の前にいるのだから。乃梨子もライバルがいたら、ああいう反応をするでしょ?」
「私ならライバルなんかさっさと蹴落として、志摩子さんを独り占めにします。」
流石に白薔薇姉妹にとっては対岸の火事。無責任にこの状況を楽しんでいるようね。私としては、折角いい雰囲気だった祐巳の気が私から完全にあちらに行ってしまって少し不満なのだけれど、流石にここでそれを言うのは大人気ないし。
「祐巳さま、瞳子と可南子さんがチョコレートを持ってきてくれたのだから、折角だし紅茶を入れなおしてきますね。」
「ありがとう、乃梨子ちゃん。」
紅茶を入れに行く乃梨子ちゃんと笑顔の祐巳を見比べていたら、イタズラ心がむくむくと湧いてきた。これを言ったら祐巳はどんな反応をするだろう?
「ねぇ祐巳、どちらのチョコレートを先に食べるのかしら?」
「えっ!それは・・・。」
ふふふ。
「もちろん私のですよね、祐巳さま。なにせ瞳子さんのは紅薔薇さまのついでなのですから。」
「なっ!?祐巳さま、細川可南子のチョコレートを先に食べてしまったら、舌が麻痺してしまって私のチョコレートのおいしさなんかわからなくなってしまいますよ。」
「なんですって!」
「なんですの!」
「ああ、そんなことで喧嘩しないで。」
あらああら。
「祐巳、早くどちらから食べるか決めないと、喧嘩が収まらないわよ。」
「そうですよ祐巳さま、早くどちらか決めてください!」
「うう・・・。」
うふふ、困ってる困ってる。では最後にダメ押しで、
「祐巳、もしここで私がチョコレートを出したら私のチョコレートを最初に食べてくれるのかしら?」
「えっ!?お姉さまからもいただけるのですか?」
困っていた祐巳の顔が期待と、何とかこの状況から脱出できるかもしれないという希望に満ちた表情に変わった。意外ね、少しは悩むのかと思ったけど。でも、確かにここで私がチョコレートを出したら、私のを最初に食べると言うことでとりあえず問題を先送りにできるものね。
「そんなに喜んでもらえるのなら、私も用意すべきだったわね。でも残念ながら私からはないわ。」
「そうなんですか・・・。」
明らかに落胆した顔。これは少し可愛そうだったわね。
「そうだ、先ほどくれたデート券での週末デートの時に作ってきてあげるわ。」
「本当ですか!お姉さま。」
一転して満面の笑顔。ああ、本当に祐巳は可愛いわ。そんな事を考えていたら
「祥子お姉さまばかりずるい!祐巳さま、私もチョコレートの御礼に・・・あっ、いや、その・・・。」
「瞳子、御礼に・・・なんなの?」
そんな祐巳の表情を見て、つい口を滑らせた瞳子ちゃんにすかさずツッコミを入れる乃梨子ちゃん。この二人は本当にいいコンビになりそうね。
「祐巳さま、ついでの瞳子さんはほって置いて、私ともデートしていただけませんか?」
「えっと・・・。」
「ほって置いてですってぇ!」
あらあら、また始まってしまったわ。でも、いつまでも喧嘩をさせておくわけにも行かないわね。
「ほらほら二人とも、そんな事ばかりしていると、祐巳さまに愛想つかされるよ。」
「うっ!」×2
流石に見かねた乃梨子ちゃんが仲裁に入ったけど、その後の言葉が悪かった。
「どっちもデートしてもらえばいいじゃない。どちらが先にデートするかは、これからどちらのチョコを先に祐巳さまが食べるかで決めればいいし。」
「えぇぇぇぇぇ〜!?」
そう言ってしてやったりと言う顔をする乃梨子ちゃん。状況をより面白い方に持って行こうとするなんてこの子、江利子さまみたいな子ね。
「そうと決まれば祐巳さま。」
「どちらを先に食べるのですか?」
「えっと、そのぉ。」
「さぁ。」
「さぁ。」
「うう・・・。(誰かぁ、たぁ〜すぅ〜けぇ〜てぇ〜。)」
祐巳の受難はまだまだ続きそうね。でも、助けてはあげないわよ。デートをする事を断わらなかったんだから。
あとがき(H17/3月21日更新)
びっくりのツケは番外編3部作最終話、祐巳ちゃんの受難、いかがだったでしょうか。
はじめはこの話もいつものように祐巳ちゃん視点で書こうと思っていたのですが、このシリーズはいつもと違うことをやっていたので祥子さま視点にしてみました。しかしこれが難しい事難しい事。祐巳ちゃんと違ってあまり感情の起伏のない祥子さまだから(ヒステリーは起こしますが。)途中の心の声が思い浮かばず、下手をするとセリフばかりのSSになってしまいそうになるんですよね。
そんな状況なのを無理やり文章にしているから、びっくりのツケはシリーズの中では一番作りづらく、また、一番気に入らない出来となってしまいました。ネタ的にはもう少し面白い話になりそうだったんだけどなぁ。他の人が同じ題材で書いたらどれほど面白くなるんだろうか?3日かけてもこの程度しか出来ない私は、やはり祐巳ちゃん視点で書くべきでしたね。
本日の教訓。自分の力以上の事はやろうと思っても出来ないのだから、初めからやらない方がよい。