私(わたくし)の妹はもてる。とにかくもてる。そもそも、薔薇さまに連なる者は人気があるというのはわかる、でも私の妹の人気はちょっと異常ではないかしら?
確かに私の妹は常に私の方を向いてくれている。妹にとっての1番は常に私だと言う自負もある。でも、あまりにもて過ぎるからと言って、二人きりの時間を作ることすらまともに出来ないと言うのはいかがなものかしら。ほら、今も妹の方に目を向けると・・・。
「祐巳さん、また令ちゃんが、」
「祐巳さん、ちょっとこの件で聞きたい事があるのだけれど。」
「祐巳さま、もう少ししっかりしてくださらないと。」
「祐巳さま、お茶が入りました。少し休憩なさっては?」
祐巳の周りに三つ編みとフランス人形とドリルとノッポがたかってるし。特にドリルとノッポは関係者でもないのに祐巳目当てでいつも、いつも、いつも、いつも、入り浸って。この薔薇の館で祐巳にたかって来ないのは令と乃梨子ちゃんくらいね。でも、ここが薔薇の館だからまだいいようなもので、
「お姉さま、ちょっと職員室に用事があるので行ってきますね。」
「わかったわ。行ってらっしゃい、祐巳。」
と、このように外出すれば直ぐに薔薇の館の外から
「祐巳さま、ごきげんよう。」
「ごきげんよう。」
出待ちでもしているのかと思うほど(事実している人もいるのかもしれないわね。)すぐに祐巳は声をかけられる。これでは二人きりになる時間なんてあった物じゃないわ。
でも明日は違う。そう、明日はバレンタインデー。この日ばかりは祐巳も私にチョコレートを渡す為に二人きりになろうとしてくれる。その時はしっかりと祐巳を独り占めにして二人きりの時間を堪能できるはずよね。
「(そうだ、私も祐巳に手作りチョコレートを用意しましょう。)」
きっと祐巳も喜んでくれるはず。もしかしたら感動して抱きついてきたりなんかして・・・。ううっ、いけない、いけない、考えただけで頭に血が上り、心臓もドキドキして爆発しそうよ。
次の日
これほど朝が待ち遠しかったのは本当に久しぶり。あまりに待ち遠しくてかなり早く来てしまったけれど、まじめな祐巳の事ですもの、きっともう薔薇の館に来て会議の準備をしているはず。、一般生徒が登校してくる前に二人きりになってチョコの受け渡しをしないと、折角の二人きりの時間を他の人に邪魔されたらたまらないものね。
周りからかけられる「ごきげんよう」の声に「ごきげんよう」と返すのももどかしく(いつもあまり人が居ない薔薇の館の周りにしては、声をかけられる回数が多いような気がするけど、気のせいよね、きっと。)思わず駆け出しそうになる気持ちを抑えながら早足で進み、やっとたどり着いた薔薇の館。はやる気持ちを抑えて静々と階段を上がりビスケット扉を軽く二回ノック。そしておもむろにドアを開け、
「ごきげんよう。」
ここで祐巳の
「ごきげんよう、お姉さま」
の声が・・・声が・・・ん?
ドアを開くとそこはもぬけのから。おかしいわ?いくらなんでも誰もいないなんて。2年生の祐巳はともかく、1年生の乃梨子ちゃんはいつもこの時間にはいるはずなのに・・・?
ん?なにやら外が騒がしいような?
「はい、はい、一列に並んで、並んでぇ。はいそこ!横は入りしないの!」
ざわざわと言う声とともに乃梨子ちゃんの声が聞こえる。いったい何事かしらと思い、窓から外をうかがってみると・・・
「なっ、何事なの?これは!?」
来る時は薔薇の館しか目に入らなかったので気付かなかったけれど、そこには大行列が、そしてその列を仕切るかのように最後尾と書かれたスケッチブックをかかげる乃梨子ちゃんの姿。そして、
「はい、朝の祐巳さまへのチョコレート授与は、列がこれ以上のびるとホームルーム開始時間を越えてしまうので締め切りま〜す。なお、今並んでいる方も、最後尾付近の方はホームルーム開始時間近くになってしまうので用事ある方は抜けてください。念を押しておきますが、時間がないので写真は1人1枚までです。」
と、叫んでいる・・・。
何?いったい何が起こってるの?
「あ、祥子さま、ごきげんよう。」
「ごきげんよう、早いですね。」
そこへ入ってきたのは由乃ちゃんと志摩子。いったい何事が起こったのか問いただしてみると、
「ああ、私も朝来た時はビックリしたんですよ。なにやら薔薇の館の前に凄い人が集まっていたから。私が来た時点で既に50人くらいいたかなぁ?」
「私も同じような時間についたから、由乃さんと一緒に何事かと思って呆然としてしまいましたわ。かと言ってその異様な雰囲気に声をかけることも出来ず遠巻きに見ていたのですよ。そうしたらそこに乃梨子が来てくれて、その方たちに何事が起こったのか聞いて来てくれたら、」
「みんな祐巳さんにチョコを渡す為に待っていたと言うわけなんですよ。」
なるほど、それで。
「そこに祐巳さんが現れたものだからもう、大パニック。」
「大事になりそうだったから、あわてて乃梨子ちゃんが列を作らせて、」
「今に至るというわけね。」
「そうです。」×2
そこまで説明を聞いて再度列視線を向けてみると、なるほど、祐巳が先頭でチョコレートを受け取っているのが見える、そしてその横には・・・・。
「蔦子ちゃんがいるのはわかるけど、何故新聞部の真美さんが祐巳の横にいるのかしら?」
「ああ、真美さんははじめ、騒ぎを聞きつけて取材に来たのですが、乃梨子に「そんなことをする暇があるのなら手伝ってください。」と言われて。」
「祐巳さんがもらったチョコを隣で袋につめる作業をさせられているって訳です。」
「なるほど。」
事情はわかったけど、これでは祐巳と二人きりになるなんてとても無理ね、朝は諦めましょう。
昼休み
祐巳はいつもお昼は薔薇の館でとる。この時なら二人きりになるチャンスもあるだろうと思っていたのだけれど、その目論見は淡くも崩れ去ってしまった。
「まぁ、想像はしていたけどね。」
そう、朝の再現である。
「祐巳さんも大変よねぇ。」
由乃ちゃんの言うとおり、祐巳はお昼もそこそこに朝渡せなかった一般生徒たちの為に列の先頭でチョコをもらっている。全く、私のように(祐巳以外の)チョコを全て断ってしまえばこんな馬鹿騒ぎもすぐに終わるのに。
「祐巳さまは優しすぎるのですわ。こんな一般生徒の自己満足に付き合う必要などないのに。」
「まぁまぁ、瞳子ちゃん。そんな所も祐巳さんのいいところではないかしら?」
「ロサ・ギガンティア・・・。確かにそうですけど、いくらなんでもあれは。」
「いくらお優しい祐巳さまでも大変ですよね。あれだけの数がいると。」
「そうよね、令ちゃんも大変だけど、ここまで人は集まらないからね。」
「流石に、ね。」
まったく。令たちはともかく、ドリルもノッポも祐巳目当てで来ていると言うのは同じなのに、それを棚に上げて。でも、確かに大変そうだし、昼休みも望み薄のようね・・・。
放課後
「ふぅ〜、やっと終わったぁ。」
「お疲れ様、祐巳。寒かったでしょ。」
放課後もこの騒ぎは続いたが、流石に1時間もすると沈静化。最後の一人からチョコを受け取って、やっと祐巳は薔薇の館に入ってきた。
お茶を飲み、部屋で暖を取ることによって、祐巳もやっと一段楽したらしくリラックスムード。ここが祐巳を連れ出すチャンスね。
「祐・・・、」
そう思い、声をかけようとした瞬間、
パタン
「ごきげんよう、祐巳さま。少しお時間をいただけませんか?」×2
二つの影が我先にと薔薇の館に飛び込んできて、ハモるようにそう言った。そう、お邪魔虫のドリルとノッポだ。
「え?あ、うん、今一息ついたところだから大丈夫だよ。どうしたの二人とも?」
「祐巳さまと二人っきりでお話したい事が。」
「祐巳さま、ここではなんですので少し外に出ませんか?」
「え、え〜っと。」
「む!」×2
お互い、邪魔だとばかりににらみ合って・・・。最近は仲が良くなったと思ったけどこういう時はやっぱりいがみ合うのね。それにドリルとノッポの二人が私が先よと言わんばかりに喋るものだから祐巳も困っているじゃない。第一、私が先に祐巳を誘うはずだったのにぃ。もぉ、この雰囲気じゃ口を挟めないじゃないの。
「まぁまぁ、二人とも。話は聞くからとにかく外へ行こうよ。お姉さま、そう言う訳ですので、ちょっと席をはずしますね。」
「え、ええ。」
そう言いながら祐巳は行ってしまった。うう、悔しい。またチャンスを逃したわ!
「祥子も大変ね。ホント、うちはそれほどもてない妹でよかったわ。」
「令ちゃん、私だって下級生からチョコの10個や20個、もらったんだから。」
「あれ?今日の一年生の授業に手作りチョコを作る調理実習なんてあったっけ?」
「それってどういう意味よ!令ちゃんのばか!」
「はははははは。」
隣では令達がのろけ始めるし・・・全く。私はいつになったら祐巳と二人っきりになれるのよぉ〜〜〜〜。(魂の叫び)
祐巳たちが帰ってきたのはそれから30分も後。何故か蔦子ちゃんも増えていて、
「瞳子ちゃんも、可南子ちゃんも、そろそろ離れよ?ね。」
「祐巳さまがそう言うのでしたら・・・。」×2
なおかつ祐巳は両腕にドリルとノッポをぶら下げての帰還だった。
それから、今日一日なにも出来なかった祐巳は大忙し。溜まった仕事を片付けるのに手一杯で誘える暇などまるでなし。おまけにドリルとノッポ、フランス人形に三つ編み、そしてこの状況を写真に収める為に蔦子ちゃんまで祐巳にまとわりつくものだから、ろくにしゃべることさえ出来ず、ただただ時間が過ぎていく。そしてとうとう何も手を打つことができないまま下校時刻になってしまった。
「(ああ、とうとう、祐巳と二人っきりになることが出来なかったわ・・・。)」
そう思い、落ち込みながら帰る支度をしていると、祐巳の方から声をかけて来てくれた。
「お姉さま、これから少しお時間、いただけませんか?」
き、来た!祐巳からのお誘い。ああ、なんて嬉しいんでしょう!
ふらっ
「大丈夫ですか?お姉さま!」
「だ、大丈夫よ、祐巳。ちょっと足元がふらついただけだから。」
あまりの嬉しさに思わずめまいが。いけない、いけない。折角のチャンスを不意にするところだったわ。
「で、お時間の方は?」
安心したのかほっとした顔で、そして少しほほを染めながら上目遣いで聞いてくる祐巳。ああ、なんて可愛いの。よくってよ、よくってよ祐巳!あまりの破壊力に思わず鼻血を噴いてしまいそうだわ。
「いいわよ、祐巳。」
「ありがとうございます、お姉さま!」
ああ、なんていい笑顔なの祐巳。ほほ染め上目遣いもいいけど、その笑顔も破壊力抜群ね。思わずお持ち帰りしてそのままベットに押し倒したくなるほどよ!そう!いっその事!!・・・いっいえ、ダメ。ダメよ、そんな事をしては。そんな事してしまったら祐巳に嫌われてしまうかもしれないわ。でも・・・嗚呼、襲ってしまいたい!(ハァハァ)
「こら祥子、少し冷静にならないと、いくら鈍感な祐巳ちゃんでもばれるよ。」(小声)
「そ、そうね。ありがとう、令。」(小声)
「どうしたんですか?令さま?」
「いや、なんでもないよ、祐巳ちゃん。」
ありがとう、令。あのまま突っ走ってたら本当に祐巳を拉致ってしまう所だったもの。おかげで助かったわ。
「そうい言う事なので、皆さん、すみませんがお先に失礼させてもらいますわね。ごきげんよう。」
「あっ、お姉さま、待ってください。それじゃあみんな、ごきげんよう。また明日ね。」
ぐずぐずしていたら、また横槍が入りそうだったからさっさと脱出。ふぅ〜、やっと祐巳と二人っきりになれた。後はこの時間を満喫するだけね。
さすがに時間も遅いと言うことで下駄箱には誰もいない。かと言ってここでチョコの受け渡しをするわけにもいかないので、二人とも靴を履き替えて再合流して外へ。向かうのはマリア様の前。芸はないけれど、やはりあそこが一番よね。
「お姉さま。」
「なぁに?祐巳。」
お祈りを済ませた所で祐巳が声をかけてきた。そしてその手には小さな包みが。やはり考えることは同じね。
「バレンタインチョコです。受け取ってください。」
そういって差し出されたチョコを受け取る。
「これは・・・ビックリチョコレート?」
「いえ、今年は普通のトリフチョコレートです。でもビックリするくらい愛情がこもってますよ。」
ああ、まぶしいわ、笑顔がまぶしすぎるは祐巳。このまま天に登っていってしまいそうよ。
「ありがとう。」
何とか意識と体面を保ち、そう言って受け取った後、私もかばんの中から小さな包みを取り出した。
「それじゃあ、これは私からね。」
「これはまさか。」
「そうよ、私からのチョコレート。祐巳のように美味しくは出来ていないでしょうけど、受け取ってもらえるかしら?」
「あ、ありがとうございます。」
それはもう嬉しそうに祐巳はその包みを受け取ってくれた。ああ、なんて嬉しいのでしょう。こんなことなら、去年も用意しておくんだったわ。
「ところで祐巳、チョコレートは私にだけ?」
「あ、はい。瞳子ちゃんや可南子ちゃんにはホワイトデーにお返ししようかと。もし今日あげたら、ホワイトデーにとんでもないものを返してきそうですから。」
「それもそうね。でも待って、と言うことは、祐巳はその二人からは必ずもらえると思っていたわけね。」
「あ、そっか。これってかなり自信過剰な発言ですね。」
「フフフ。」
「ハハハ。」
その後二人で大爆笑。そしてその笑いが去った後、祐巳は真っ直ぐ私の目を見つめてきた。こ、これは!?
「お姉さま、ハッピーバレンタインです。」
そう言ってにっこり笑う祐巳。前に令に進められて読んだ小説に書いてあったわ。これって、キスする前のシーンよね。ってことは!湯、油、癒、愉、祐巳・・・、胃、伊、異、意、いいのね!?(パニック突入!)
「お姉さま?」
ここで行かなければ次は無いかもしれないわ。と、とにかく間違えないようにしないと。えっと、まず軽く抱きしめて、そして、そして、機、気、来、鬼、キスすすすすすすす・・・・。
「大丈夫ですか?お姉さま?ご気分でも悪いんじゃぁ?」
「だだだ、大丈夫よ、祐巳。」
慌てないで、慌てちゃ駄目よ祥子。とにかく冷静に。まずは祐巳の肩に手を置いて、それから優しく抱き寄せるのよ。
「お姉さま?」
「祐・・・。」
「ゆ〜みちゃ〜ん!」
「ぎゃう!あっ、聖さま!?いきなり現れてなにをするんですか!」
「お久しぶりの祐巳ちゃんの抱きごこちを確かめてる。」
な・な・な・なにぃ〜!?ど、どうしてここに聖さまが!?
「あ、祥子。祐巳ちゃん借りてくね。祥子の事だから、どうせ今日1日祐巳ちゃんを独占して、たっぷり堪能したんでしょ。」
「えっ?」
「ちょっと聖さま、待って。」
「じゃあね祥子。」
「聖さまってば、ちょっとぉ〜。あ〜ん、お姉さまぁ〜。」
呆然、唖然。
「はっ!ゆ、祐巳ぃ〜!」
気付いた時にはもう遅く、祐巳の姿は影も形も無かった。
「あああああああのフランス人形の親玉めぇ〜!いつか殺す!殺してやるぅ〜!」(血涙)
バレンタインの夜、静まり返った平和なはずのリリアンの庭に、魂からの、そして悲しい呪いの咆哮がいつまでも響き渡った・・・。
あとがき(H18/2月14日更新)
新年の抱負にも書いたバレンタインSSをお送りしましたが、いかがでしたか?
今回のSSは初め、祐巳ちゃんを主役に書こうと思っていたんですよ。ところが最初に頭に浮かんだフレーズが「私の妹はもてる。」。そして一度この言葉が頭に浮かんでからはほかの事が考えられなくなり、結局主役は祥子さまに。しかし、この時点ではらぶらぶな話にするつもりだったんですよね。
ところが、何故か頭に浮かぶのは「祥子さま、不幸!」という場面ばかり。という訳でらぶらぶはどこへやら、このような作品になってしまいました。う〜ん、困ったものだ。
でも、やっぱり祥子さまは不幸の方に進んだほうが輝くような気がするのは私だけでしょうか?(いや、本編ではちゃんと幸せになって欲しいですよ、あくまで私のSSに限っての話です。)多少不幸になってくれた方が壊れてくれるんですよね、祥子さまは。
ただ、今回は取り掛かるのがちょっと遅かったので壊れ具合が少なめなのがちょっと心残りです。やはり祥子さまはもっともっと壊れて、「誰?これ?」って言われるほどになってほしいのは私だけかしらん?出来たら妄想の中でもいいから瞳子ちゃんたちを鞭でシバキ倒したりして欲しかった。(笑)
次にちょっと悩んだのが祥子さまの言う可南子ちゃんのあだな。確かどこかで聖さまが針金と言った気がするのですが、見つからないんですよ。(ちなみに瞳子ちゃんは電気ドリルなのですが、何度もこのあだ名が出るので電気は省きました。)この記憶を元に、はじめは針金と呼ばせていたのですが、もしかしたらどこか別のSS作家さんが書いたものが印象に残っているだけかもしれないので、この部分をノッポに変えました。でもおかしいなぁ、確かに針金って呼んだ気がするんだけど?
最後になりましたが、感想などもらえるととてもとても嬉しいです。web拍手でもBBSでもいいのでぜひともお願いします。それがあればこれからもSSを書き続けられるので。
ただ、メールで送る場合は題名にちゃんとSSの感想と書いてくださると嬉しいです。何せ毎日35通以上迷惑メールが来るので題名があいまいなものだと、中身も確認せずにそのまま消してしまう可能性があるので。