迷子の賢者は遠きナザリックを思う

第1話

<ナザリックでの再会と別れ>



 巨大な黒曜石の円卓と41の豪華な椅子が据え付けられた一室。
 その席の殆どは空いており、今この場に居る影はただ二つ、豪奢な衣装に身を包んだ骸骨と上半身は青緑の肌を持つ美しい女性だがその下半身は蛇のラミアと呼ばれる化け物の二体だけ。

 少しさびしげな雰囲気はあるものの、それに反してその空席だらけの室内にはこの二体の化け物による楽しげな声が響いていた。

 表情が解らぬ骸骨と邪悪としか見えない笑顔を浮かべるラミア、とは言え別にこの二体は人々の苦しむ様を想像したりこの世を混沌に陥れようと画策している訳ではない。
 あくまで本当に楽しくおしゃべりをしているだけだった。


 「フレイアさん、今日は来ていただけて嬉しかったですよ」

 「こちらこそ。モモンガさんに声をかけてもらえなければ私もログインする踏ん切りがつかなかったですからね」

 ユグドラシルと言うゲームがある。
 そのゲームは圧倒的な自由度や画期的なシステムによりDMMO−RPGと言えばユグドラシルを指すと言われるほどの大ヒットをする事となった。

 しかし、それもすでに過去の話である。
 それ以後にも続々とゲームは開発され、すでに時代遅れとなったこのゲームは今日、最後の日を向かえる。
 この二体はそのゲームのキャラクターであり、同じギルドに所属するギルドマスターとその構成員が操るアバターで、豪奢な衣装をつけた骸骨がギルドマスターのモモンガ、そしてラミアはフレイアというキャラクターだ。

 「メールを貰った時は驚いたけど、最後に会いたいと言われて私も悪い気はしなかったですからね。それにずっと離れていて情報も集めてなかったから知らなかったけど、サービス終了になると聞いたらあのなつかしの大地を思い出してもう一度立ちたいと思ったもの。モモンガさんが居なかったらもう一度ユグドラシルの世界をこの目で見る機会が永遠に失われていたんだと思ったら感謝しかないです」

 身振り手振りをしながら興奮したように話すフレイアを前に、モモンガはまぁまぁと抑えるようなしぐさで両の手の平を前に出す。

 「私の方こそ感謝してますよ。メールで参加をしてくれると返してくれたのは3名だけでしたから。正直誰も来てくれなかったらどうしようかと思いましたよ」

 「うふふっ、みんな立場が変わって忙しいですからね。私は休みが取れたけど、もう気楽な立場でいられる年齢でも無いですし、来たくても来れなかった人も多いと思いますよ」

 そう言うとラミアは顔をあげ、虚空を見つめる。

 「楽しかったですからね、このギルド。もう気楽に長時間遊ぶなんて事ができなくなってしまったけど、きっとみんなの心の中にはいい思い出として残ってると思いますよ。私がそうですもん。きっとそう」

 「そうだといいのですが。ところでフレイアさん、これ、頼まれていたものです」

 そう言うとモモンガはアイテムボックスから出した何かをフレイアに渡した。

 「ありがとうございます。無理を言ってしまって」

 「いえいえ、これはギルド共有倉庫に保存されていたアイテムですからフレイアさんにも使う権利があるし、用意する手間も名前が解っていればコマンド一つで済むのですから御気になさらずに」

 恐縮して頭を下げるフレイアに対して、モモンガは困ったような、それで居て照れたような口調でそう返した。

 「モモンガさん、やっぱりご一緒しませんか?」

 「いえ、夜遅くになると言う話ですがへろへろさんが顔を出してくれると連絡がありましたし、この場所とこの姿に愛着もあります。私は最後の瞬間をこのナザリックで、オーバーロードの姿のまま迎えようと思いますよ」

 「そうですか。そうですね。では」

 フレイアはそう言うとたった今モモンガから受け取ったアイテムを発動させる。
 発動させたアイテムの名は<精霊人の小枝>、ハイエルフへと種族を変更する為のアイテムである。

 「まさか、アインズ・ウール・ゴウンに異形種以外が所属する日が来るとは」

 「あら、モモンガさん。ハイエルフはエルフと違って人間種じゃなく妖精や精霊みたいなモノだから異形種の一種じゃないかしら? 寿命も無いしね」

 そう言うとフレイアはコロコロと笑う。

 その姿は先程までの邪悪な雰囲気はまったくなく、どこか神聖なイメージすら感じさせた。

 腰まである少しピンクがかった綿菓子のようなふわふわなプラチナブロンドと普通のエルフとは違って少したれた愛嬌のある瞳。
 そして決定的に普通のエルフとは違っているのはそのスタイルだろう。
 細身の体型しかいないエルフに対し、フレイアのスタイルは大きな胸とくびれた腰、そして少し大きめなものの、キュッと引き締まったお尻という少々扇情的なスタイルをしている。

 そのフレイアの新たなる姿を前にして、モモンガは王座の間にいるあるNPCの姿を幻視した。

 「フレイアさん、その姿、アルベドに似てません?」

 「うふふっ、解っちゃいました? 私、玉座の間に行くたびに思っていたんですよ、私もあんなスタイルだったらいいのになぁって。だからせっかくだし、あの子のスタイルを参考にして外装データーを作っておいたんです。どうです? 可愛いでしょ」

 可愛いというより、お色気過剰じゃないかとモモンガは考えるがそれを口に出すほど彼は考え無しではなかった。
 しかし、

 「そう言えばフレイアさんってリアルでは・・・」

 「モモンガさん、それ以上口に出したら殴りますよ、グーで」

 システム上変わるはずが無いにもかかわらず、なぜか先程までとは違って凄みを含んだ印象になった笑顔でフレイアは微笑みかけ、それを目にしたモモンガは口をつむぐ。

 フレイアさんは自分のスタイルにコンプレックスを持ってるんだな。

 オフ会で会った、背が低くきつめな顔で控えめな胸を持つ彼女のリアルな姿を幻視して、その姿とは真逆のアバターを手に入れた友人の心の中をモモンガは思う。

 「さて、それでは名残惜しいですが私はもう行くとします。最後にもう一度聞きますが、一緒に行きません? へろへろさんがログインしたらログが出るんだし、モモンガさんならゲートが使えるからすぐに帰る事ができるでしょ」

 「はははっ、私のこの姿のままではフレイアさんに着いて行く事が出来ないし、メールを返信しなかっただけでログインしてくれるメンバーが居るかもしれないですからね。私は今日一日、ここで待つ事にします」

 御気になさらずにと笑いの表現アイコンまで出してモモンガはフレイアに答える。

 「そうですか、折角だからモモンガさんと一緒に見て回ろうと思ったのですが。でもそうですね、みんなが来た時にギルド長が居なかったらがっかりしちゃうだろうし、私一人が独占するわけにも行きません。ここは涙を飲んで一人で行く事にします」

 「楽しんできてください。あっ、そうだ。後これをお渡ししておきます」

 そう言うと、モモンガはフレイアに掌に収まるくらいの小さなペガサスの像を渡す。

 「これって・・・騎乗動物を召喚するアイテムですよね?」

 「ええ。今まで使っていたあれはラミアならともかく、ハイエルフには似合わないでしょう。だからペガサスを用意しました。これなら今まで同様空も飛ぶ事ができるし、今のフレイアさんの姿にも似合うでしょ」

 まぁと言いながら目を見開いて驚くフレイア。(リアルでの事なので、残念ながらモモンガには伝わらなかったが)

 「まさかモモンガさんがこんな気の効いた事をするなんて。さては私に気がありますね」

 「いえいえ、男として当然の気遣いをしたまでです」

 「もぉ、そこはばれましたかと言って笑うところですよ」

 一瞬の沈黙の後、盛大に笑い出す二人。

 「それではフレイアさん、お元気で。ところで私がお預かりしている装備ですが、本当にお返ししなくていいのですか?」

 「はい、モモンガさんに渡したのは私の最強装備ではあるけど、あれしか持っていない訳じゃないですからね。この杖とローブもゴッズまでは行かないにしてもユニークとしては中々のものだし、今の姿に似合ってますから。それに私はこれがあれば十分」

 そう言ってフレイアはアイテムボックスから短剣のようなものを取り出す。

 「無駄にゴッズクラスの性能を持たせたこの包丁があれば何の問題もありません。これが私の代名詞だし、アイデンティティなんですから。私はこれと一緒にこの世界の最後を見届けられればそれだけで本望です。それに折角モモンガさんが私をかたどった像を作ってくれたのだから、あれに装備させたまま、ナザリックと共に眠らせてやってください」

 「フレイアさんは賢者と言うより料理人と言った方がいいビルドですからね。あちらの装備より包丁が大事だと言われれば私も頷くしかありません。解りました。私はこのナザリック地下大墳墓でフレイアさんたちの装備を守りながら眠る事にします」

 そう言うと二人は固く握手を交わした。

 「それではまだ見ぬ人の町へ、王城や天空都市の観光へ出発します」

 「お金は持ちましたか? 忘れ物はないですよね?」

 「もう! お金は買い付けの為にいつもストレージにもてるだけ持ってますし、各種アイテムはずっとアイテムボックスに入れたままですよ。というか、観光と言っても別にホテルに泊まるとか交通費がいるとかじゃないんだから。なんかお母さんに言われてるみたいです。モモンガさんのこと、これからはおかんと呼んでいいですか?」

 「これからって、今日でユグドラシルは終わりですよ。それ以前におかんと呼ばれる事自体却下します」

 たわいも無いことを言い合って笑う二人。
 そしてどちらともなく握った手を離し、

 「それじゃあ行って来ます。モモンガさん、もし何かネトゲをはじめる事があればメールしてください。昔みたいに長時間ログインする事ができないし、一緒に冒険する事はできないけど、私もそのゲームにキャラを作って同じギルドに入りますから」

 「解りました。その時は必ずメールします。再会する日を楽しみに。それまでしばしの間お別れです」

 モモンガの言葉に頷き、ナザリック地下大墳墓内で唯一転移が可能なアイテムである指輪を掲げて、

 「はい、また何時の日か御会いしましょう。あっ、ゲームじゃなくても近くによる事があったらメールください。その時はリアルで会いましょう。それではお元気で」

 そう言うとフレイアはナザリック地下大墳墓の入り口まで転移して行った。

 「何時の日かか。また一緒に冒険できたら楽しいだろうな」

 そう一人ごちてモモンガは自分の椅子に深く腰掛ける。
 そして虚空を見つめながらギルドの思い出に浸り、次に訪れるであろうへろへろとの再会の時を待つのであった。


後書き、だよなぁ

 

 三人称はこの回だけです。
 もし次回があるならフレイアの一人称になります。

 オリ至高、フレイアがこの物語の主人公になります。
 41人の中に料理人がいたという記述があるのでそのキャラと言うつもりで書いていますが、本人が本編に出てきた場合は別キャラと言う事でお願いします
 また、アインズの動向もちょくちょく出てきます。
 まあ、二人が再会したらこの物語は終わりなのでそう簡単に出会いませんがw
 一応、オチは決まっています
 実は第3話の途中まで書いてあるんだけど、続くかどうかは未定です。


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