「ごきげんよう祐巳さん。」
 「あっ、ごきげんよう由乃さん。今日は一人?」

 今朝、もし偶然祐巳さんに出会わなかったらと思うと、冷や汗が出る。

うっかり

 「ええ。もう3年は自由登校だからね。でも、剣道部の後輩達に呼ばれているから、部活に顔を出すために午後からは来るって言っていたわよ。」

 令ちゃんがあまり学校に来なくなってからは一人での登校が増えてしまって、正直ちょっと寂しいんだよね。

 「そうなんだ。ところで由乃さん、その顔を見ると昨晩は苦労したみたいね。」
 「ええ。でもそのおかげで満足できるものも出来たし、これを菜々に渡せばきっと喜んでくれるわ。」

 今回のは結構苦労したけど、結構自信作なのよね。

 「で、何を作ったの?」
 「トリュフチョコよ。」

 それを聞いた祐巳さんがちょっと変な顔をした。

 「どうしたの?トリュフってバレンタインチョコの定番でしょ。」
 「うん、そうだけど、正直度胸あるなぁと思って。」

 度胸?そんなに難しい物だっけ、トリュフって?でも確か、祐巳さんも去年作っていたような気がするけど。

 「だって令さま、江利子さまに送るくらいトリュフチョコレート、得意なんでしょ。それなのにあえてトリュフをチョイスするなんてって思ったのよ。」
 「!?」

 (ギクッ!!)あっ!

 「どうしたの?由乃さん。そんなにびっくりした顔をして。」
 「忘れてた・・・。」
 「忘れた?あれ?今日って課題とかあったっけ?」
 「違うのよ、令ちゃんに、令ちゃんにあげるチョコレートを作るのを忘れてたの!」
 「そう、令さまに・・・って、えぇぇぇぇぇ〜〜〜〜!?」

 しまった。菜々に渡す事ばかり考えていて、肝心の令ちゃんへのチョコを忘れるなんて。

 「大変じゃない!どうするの?由乃さん。」
 「どうするも何も、まさかあげない訳には行かないから何とかするわよ。」
 「でも、何とかと言ったって・・・。」

 確かに学校に来てしまった以上、今からトリュフチョコなんて手間のかかる物を作るわけには行かない。それ以前にチョコレートの材料自体をどこかで調達しないといけないし。

 「祐巳さん、わるいけど今朝は薔薇の館の仕事はパス。材料だけでも買ってこないと。」
 「ちょ、ちょっと待って由乃さん。闇雲に材料をそろえたって仕方が無いじゃない。一旦教室によって見ましょう。誰か頼りに出来る人がいるかもしれないし。」
 「そ、そうね。」

 この祐巳さんの判断は正しかった。運良く料理部のクラスメイトが早めに登校していたのだ。でもどうしてこんなに早く来ているのかと気になって聞いてみたら、

 「チョコレートケーキの生地、昨日の内に仕込んでおいたから今から調理室に焼きに行くのよ。」

 との返事が。なるほど。前日に焼いたものではなく、当日に焼いた物を渡す為なのね。確かにスポンジとかは、前日焼いたものだと硬くなったりするものね。

 「由乃さん、由乃さん、そんな感心している場合じゃないよ。」
 「ああそうだった!!ねぇ、ちょっといい?」

 簡単に事情を説明し、何かいい案はないかと聞いてみる。なにせ普段お菓子作りなどしない私が、今日の午後までに手作りチョコレートを用意しなければ行けないのである。手の込んだものはできるはずも無いけど、だからと言ってただチョコレートを湯煎して固めただけの物ではあまりにもだから、見た目だけでも少しはましな物を作る方法を教えてもらいたかった。

 「う〜ん、そうねぇ。」

 彼女はちょっと考えた後、

 「そうだ、こんなのは?」

 無理としか思えない私の思惑にばっちり合う物を提案してくれた。

 「ありがとう!それで行くわ。」

 彼女曰く、道具は調理実習室にそろっているから、材料だけそろえれば何とかなるとの事。そうなれば善は急げである。薔薇の館の方は祐巳さんに任せ、私は急いでバス停近くのコンビにまで材料を買いに走った。


 昼休み、祐巳さんと志摩子さんを伴なって調理実習室へ。

 「ごめんね、付き合わせちゃって。」
 「仕方ないよ。一人じゃ大変だし。」
 「そうね。時間の事を考えるとみんなで手分けしないと間に合いそうにも無いですもの。」
 「ありがとう。恩に着るわ。」

 祐巳さんと志摩子さんの友情に感謝しながら急いで準備に入る。なにせ今回作るチョコは型をいくつか作らないとどうしようも無いからね。

 「由乃さん、何故小さいのをいっぱい作るの?大きいのを一つの方が時間がかからないんじゃないかと思うのだけど。」

 祐巳さんの疑問ももっともだと思う。実は私も詳しい説明を聞くまではそう思ったのだから。

 「それはねぇ、大きいのが一つだと固まるまでの時間が長いからなのよ。その点、一つ一つが小さいと固まるまでが早いでしょ。このチョコレートを作る行程上、仕方が無いのよ。」
 「ああ、なるほど。」

 これはクラスメイトの受け売り。今回教えてもらった手作りチョコは、短い時間で一見手の込んだ物を作ると言う相反する二つを兼ね揃えたものだった。その作り方はというと、

 「えっと、由乃さん、私はブラックチョコを湯煎すればいいんだよね。」
 「そう。それを型に流し込んで、固まってから次を入れるから。」

 ケーキ台を作る厚紙を切って小さなハート型をいくつか作り、オーブンなどに入れる金属製の皿の上に置く。そして祐巳さんがいま湯銭しているブラックチョコ流し込んで冷やし、固まったら次に私が湯煎しているミルクチョコを、そしてそれが固まったら最後に志摩子さんが作っているちょっと固めのガナッシュを流し込んで3三層のチョコを作り、最後にココアパウダーを振りかければ短時間にできるけど一見かなり手の込んだように見えるチョコができると言う寸法だ。

 「でも由乃さん。」
 「何?志摩子さん。」
 「確かガナッシュって生クリームで作るのではなかったかしら?」
 「本当はそうなんだけど、コンビニに売ってなかったのよ。」
 「なるほど、だから牛乳なのね。」

 牛乳だと酷がなくなってしまうけど、背に腹は変えられない。それに、本当ならガナッシュにはリキュールやクラッシュアーモンド、きざんだレーズンとかを入れたほうがいいのだけれど(因みに、菜々にあげるトリュフはクラッシュアーモンドバージョンとオレンジリキュールバージョンの二つを作ってあったりする。)今は材料が無いからプレーンで。

 「今の時期は、チョコが固まりやすくて助かるね。」
 「夏だったら、こうはいかないものね。」

 今の時期なら、金属製の皿の上で流し込んでそのまま窓際に持っていけばすぐに固まってくれるから本当に大助かり。正直言って、この時期じゃなかったら間に合わなかったかもしれないわね。

 「由乃さん、とりあえずチョコはこれで大丈夫そうだけど、ラッピングはどうするの?」
 「縁がレースになっているクッキングペーパーで包もうと思っているんだけど・・・ねぇ祐巳さん、変な事聞くけど、髪どめのリボンの予備って持ってない?」
 「もしかして・・・?」
 「もし持っていたらそれを使わせて欲しいなぁ〜、なんて。」

 周りがレース模様になっている可愛いものとは言え、キッチンペーパーで包んだだけでは流石に渡せないし。

 「ブラウンのちょっとおとなしめの色だけど、いい?」
 「持っているの!?ありがとう、中身はチョコだし、ブラウンのリボンなら問題なし。助かるわ。」

 予備のリボンを祐巳さんからもらい、冷えて固まったチョコをキッチンペーパーで包んで縛る。

 「二人ともありがとう。本当に助かったわ。」
 「なんのなんの。」
 「困った時はお互い様ですものね。」

 思えば私はいつもこの二人に迷惑ばかりかけているような気がする。言葉では言い表せないけれど、本当に感謝してます。ありがとう二人とも、大好きだよ。(ちょっと赤面)


 放課後、急いで中等部へ行き、奈々にチョコレートを渡す。本当ならここでしばらく話込みたいところだけど、

 「ごめん。お姉さまにもチョコレートを渡さないといけないから、これで失礼するわね。」
 「令さまへ先にお渡ししていないのですか?」
 「うん、お姉さまは剣道部の後輩達からのチョコレート授与式があるからね。」
 「ああ、なるほど。黄薔薇さまは今年ご卒業ですものね。」

 納得顔の菜々を置いて中等部を後にする。ああ、本当ならこのチョコで菜々を落とそうと思っていたのに・・・。

 そんな事を考えながら高等部へ帰ると、丁度剣道部のチョコの授与式が終ったらしく、令ちゃんが薔薇の館に向かって歩いていた。

 「令ちゃん!」
 「あっ、由乃。」

 令ちゃんは後輩からもらったであろうチョコレートの入った紙袋(両手に持っているところを見ると、1、2年生のほとんどからもらったんじゃないかな?)を慌てて後ろに隠した。まったく、堂々としてくれればいいのに、変に隠すから余計に気になるじゃない。(まぁ、数が多すぎて隠し切れてないんだけど。)

 「いっぱいもらったね。こんなにもらったのだから、私のチョコはいらないね。」
 「えっ?・・・ちょっ、ちょっと、由乃ぉ〜。」

 とたんに慌てる令ちゃん。私としては忘れていた負い目もあるし素直に渡そうと思っていたけど、こんな物を見せられると・・・ねぇ。

 「まぁいいわ。令ちゃんに渡したい人たちの気持ちも解るし。」

 令ちゃんは卒業したらリリアンからいなくなってしまうのだし、チョコを渡せるのは今年が最後。だから仕方が無いものね。

 「はい、ハッピーバレンタイン。」
 「ありがとう由乃、誰からのチョコよりも嬉しいよ。」

 そう言って令ちゃんは受け取ってくれた。

 「食べていい?」
 「うん!」

 令ちゃんは受け取ったチョコのリボンをほどき、

 「・・・・。」

 変な顔をした。

 「どうしたの?何か変だった?」
 「い。いや、なんでもないよ。ありがとう。」

 そう言うとハート型のチョコを一つ口の中に放り込み、

 「本当においしいよ。」

 と言って笑いかけてくれた。ごめんね令ちゃん、忘れていたりして。でも、無事渡せたからいいよね。

 今日は本当に大変な一日だったなぁ。けど苦労したかいがあったと思う。この令ちゃんの笑顔が見れたのだから。

うっかり 令さま編

 「今晩わ。」
 「いらっしゃい。由乃ならキッチンよ。」

 勝手知ったる由乃の家、玄関を入ってそのまま由乃の部屋に向かおうとした所、おばさんにそう教えられたのでキッチンに向かう事にした。

 「由・・・。」
 「むきぃ〜、リキュール、生クリームが暖かいうちに入れたら分離しちゃって上手く混ざらないじゃない!」

 声をかけてキッチンに入ろうとしたら、中なら由乃のうめき声が。どうやら明日のバレンタインチョコを作っているみたいね。

 「これは知らないフリをした方がいいかな?」

 と思いながらも、つい由乃が何をくれるか気になったので、気付かれないように覗き込んでみる。

 「机の上にあるのは生クリームとココアパウダー。それと絞り袋か。と言う事はトリュフかな?クラッシュアーモンドやリキュールまであるところを見ると、今年はかなり力を入れてくれているみたいだね。」

 これはやはり知らないフリをして、明日驚いて見せた方がいいねと思い、今日は声をかけずそのまま退散した。


 次の日の午後、本当は登校する必要は無かったのだけれども、可愛い後輩達に呼ばれていたので剣道部に顔を出した。てっきりここに由乃がいると思ったのだけれど、

 「由乃さんなら、祐巳さんに頼まれている事があるから、今日の部活は休むとの事です。」

 と2年生の田沼ちさとさんが教えてくれた。

 「でも実際それは口実で、最後だからと私達にチョコレートを直接手渡す機会を作ってくれたのかも?」

 と言う言葉を添えて。由乃はやさしい子だし、案外ちさとさんの言う通りなのかもしれない。

 チョコレートをもらった後もすぐには帰らず、1時間ほど剣道部の子達と話をしたあと薔薇の館へ。

 「令ちゃん!」
 「あっ、由乃。」

 てっきり薔薇の館で待っているとばかり思っていたからびっくり。不意を突かれたのでつい、剣道部でもらったチョコを後ろに隠してしまった。そんなしぐさを当然由乃が見逃すわけも無く、。

 「いっぱいもらったね。こんなにもらったのだから、私のチョコはいらないね。」
 「えっ?・・・ちょっ、ちょっと、由乃ぉ〜。」

 なんて言われてしまった。でも由乃の表情を見る限り怒っていると言うよりはイタズラをしているって感じだから、ちさとさんが言っていた事は案外的外れではないのかもしれない。

 「まぁいいわ。令ちゃんに渡したい人たちの気持ちも解るし。」

 そんな事を考えていると案の定、由乃からこんな言葉が。あのやきもちやきだったの由乃が・・・。う〜ん、何と言うか、由乃の成長が嬉しいような、寂しいような複雑な感じ。

 「はい、ハッピーバレンタイン。」
 「ありがとう由乃、誰からのチョコよりも嬉しいよ。」

 感慨にふけっていると、由乃がレースの包み紙をブラウンのリボンで縛ったチョコレートを手渡してくれた。

 「食べていい?」
 「うん!」

 いよいよ、昨日由乃が一生懸命作ってくれていたトリュフチョコとのご対面。ドキドキしながらリボンをほどくと、

 「・・・・。」

 そこに入っていたのはトリュフチョコではなく、いくつかのハート型ミニチョコレートだった。それを見て思わず頭にハテナマークが浮かんだのを見逃さなかったのか、

 「どうしたの?何か変だった?」

 と、由乃が不安そうに顔を覗き込んできた。いけない!このハートチョコレートの材料を見るに、トリュフを作るのに失敗して、それでも何とかしようと頭をひねって作ってくれたに違いない。そんな由乃の苦労を無にするわけには!

 「い。いや、なんでもないよ。ありがとう。」

 一つ摘んで口の中へ。なるほど、ブラックチョコとミルクチョコ、ガナッシュの3層チョコか。ちょっと作りは甘いけど(慌てたのかな?ガナッシュが何も入ってないプレーンだ。)一生懸命作ってくれた気持ちが伝わってくる。

 「本当においしいよ。」

 予想とは違ったけど、由乃の思いのこもったチョコレートをもらえたのだから大満足。由乃、帰ったらお返しにおいしいチョコレートケーキをプレゼントしてあげるからね。


次の日

 今日は用事があって登校していたので放課後薔薇の館へ。そこで由乃達とお茶を飲んでいると中等部の生徒がノックをして入ってきた。

 「ごきげんよう、由乃さま。」

 確かこの子はクリスマス会に来ていた菜々ちゃんだっけ?由乃が妹にしたがっていると言う・・・。

 「由乃さま、昨日はトリュフチョコ、ありがとうございました。」

 えっ!?

 「どう?気に入ってくれた?」
 「はい、美味しくいただきました。」

 ど、どう言う事?由乃ぉ〜。

 「でも、流石に上級生からもらいっぱなしと言うのは悪いので1日遅れですが私もチョコレートを作ってきました。急なことだし、初めて作ったのであまりおいしくは無いかもしれませんが。」

 もしかして、あのトリュフは菜々ちゃん専用?私のは菜々ちゃんの余り材料で作ったの?

 「うれしいわ。ありがたくいただくわ。」

 私はもういらない子なの?

 「それでは私はこれで。」
 「もう帰ってしまうの?ゆっくりしていけばいいのに。」
 「いえ、流石に中等部の制服で高等部にいるのは・・・。」
 「そっか。」
 「それでは失礼します。」

 菜々ちゃんの気配が薔薇の館を出て行ったのを感じた時、とうとう我慢できなくなってしまった。

 「よ、由乃ぉ〜。」
 「わっ、令ちゃん、どうしたの!?」

 正直言ってこの後どうなったかはよく覚えていない。気づいた時は祥子になだめられていた。

 「令、由乃ちゃんべったりもいいけどそろそろ大人になりなさい。」

 頭では解っているのよ。でもね・・・。ああ、やっぱり大学、リリアンにすべきだったかなぁ。


あとがき(H18/2月14日更新)

 私のSSとしては珍しい黄薔薇姉妹SS、如何だったでしょうか?

 このHPに来てくれている人なら、私がもし今年のバレンタインSSを書くとしたら祐巳×瞳子だと思った人多いんじゃないでしょうか?でも、実際に私の頭の中に浮かんだのは祐巳×祥子でも祐巳×瞳子でもなく、この二人だったんですよね。やっぱり令さまがリリアンではなく、他の大学に行くといったのが心のどこかに引っかかっていたのかも。あれがなければ多分このSSを書くことも無かったでしょう。

 なんとなく、由乃ちゃん離れしようと努力している令さまをいじめたくなってしまったんですよ。(爆)まぁ、実際は由乃さんが令さまの事を忘れるなんて考えられないけど、SSの中くらいはいいですよね。去年のバレンタインで令さまも由乃さんと江利子さまの事、忘れかけてたし。知らず知らずの内に由乃さんがその敵を撃ったと言う事で。(笑)

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