日陰の女

 

 

愛おしい旦那様

あなた様を誰よりも愛しております

あなた様のお顔も知らずに

婚姻をさせられた日に

私はあなた様に一目惚れをしました

あなた様のように

いと気品にあふれた美しき男性に

それまで会ったことはありませんでした

 

私は暗い少女時代を過ごし

ずっと不幸でした

しかしあなた様と結婚をして

私は本当に

心ときめく幸せな日々を

送れるようになりました

 

そして結婚をして1年後

男の子を産み

私はあなた様の家の

後継ぎさえももうけることができた喜び

ああ、何と言う幸せでしょう

 

 

しかしそれはつかの間の喜びでした

旦那様

あなた様には

私と結婚する前から

「愛人」という方がいらしたことを・・・

私は知らず

一人浮かれていたことを・・・

 

 

私は器量が悪いとは言われたことはないですが

決して器量よしではありません

ごくごく平凡で

これといった

個性もなく

特技もなく

料理の腕前も

こなしはしますが

舌鼓できるようなごちそうなどは作れません

 

愛おしき旦那様

あなた様は毎夜家をあけ

芸者遊びに興じ

それも仕事だと私に言い訳をしますが

本当は愛人で芸者の

菊乃と逢瀬をしていらっしゃるのですわ

 

菊乃さんは花町でも

一番の美女で

そして芸事も超一流で

その扇を使った舞は

わざわざ遠くから

見物にくる殿方がいっぱいいらっしゃるとか

 

生涯日陰の身とは

お妾さんのことを言う表現でしょうが

私こそが生涯日陰の女

 

旦那様

あなた様のことを思いながら

毎晩涙を流しながら

ちくちくと

あなた様の着物を縫うようになりました

お金には困らない待遇ですので

町に出かけては

上等の反物をたくさん買い込んでは

あなた様を飾る

着物を縫うのです

 

そしてあなた様は

上等の反物で作った

着物を着て花町へ出かけます

 

ああ、私には生き甲斐がある

私には人様の前で

舞を踊るような特技はありませんが

裁縫の腕前は

日に日に上達していきます

 

旦那様、あなた様が

お出かけになるとき

私が縫った新しい着物を

お着せさせていただいているとき

あなた様のお顔が笑顔になる

それが嬉しくて私はあなた様に連れ添っています