偉人の祖父

 

 

「やっぱりあの女の娘だ」

いつかそう言われるのが怖くて生きた母は

女性と言われる歳になった時に

伯母にあたる人から

本当にそう言われたと言います

気にするくらいなら親戚と縁を切りたい・・・

と悔しく思ったそうです

 

私の母はとても美しい女性ですが

深いコンプレックスを抱いておりました

「君はセクシーだね」

とよく言われたそうですが

そう言われるたびに

心を痛めました

 

セクシー

という言葉は

人を褒めるのかけなすのか

それは両天秤にかかっていると思います

 

 

私の母の父

すなわち私の祖父は

悲しい境遇だったそうです

それは母に聞かされた話

実際、私は祖父には会ってはおりません

 

母が結婚する前の年に

祖父は野たれ死にしたそうです

 

私は祖母にもあったことはありません

その消息は全く知りません

 

祖父と祖母は大恋愛の末に

結婚したそうです

 

それを人は美女と野獣と噂したそうです

私をごらんなさい

ごらんのとおり醜男です

私は祖父に似ているらしいです

そして祖母はめったにいないほどの

美女だったそうです

 

美女と野獣・・・

それは幸せになるか不幸になるか

どちらかの人生で

私の祖父と祖母は後者でした

 

美女は野獣の子を宿し

産み捨てました

美女は私の母を産んですぐに

男をつくって祖父と母を捨てたのです

 

それは本当に酷いことでしたが

祖父は祖母を諦められませんでした

 

人は言う

「あんな女に未練を持つな」

 

それでも祖父は

どうしても祖母を愛することをやめられなかった

愛することをやめたくともやめられなかった

 

 

そう・・・

祖父は情熱家だったのです

 

 

『いつか帰ってくる・・・

いつか帰ってくる・・・』

 

と精神病院のベッドの上で

祖父は呟いていたそうです

 

そんな祖父を情けない人間として

誰も祖父を相手にしなくなった

 

祖父は偶然にも

精神病院を抜け出て

病院のそばにある森の中で

息を引き取ったそうです

 

葬式の日・・・

「こいつは本当に馬鹿だった」

「死んでよかった」

などと祖父の兄弟姉妹たちは言ったそうです

 

そんな親族たちの中で

私の母は猛烈な苦痛を味わったそうです

 

母ももう年老いて

セクシーとも言われなくなったよ

と苦笑いします

そう笑う母は年老いていても美しいのですがね

 

 

母は孤児院で育ちました

孤児院を出て自立して

一生懸命メイドの仕事をしているときに

私の父と出会い

それからの人生はとても幸せだったと言います

「ただね。お祖父さんは悲しい人だった。」

と母は悲しそうな顔をします

 

しかし

私は母を励まします

 

「お祖父さんがいなければ私はいない

お祖父さんは

私という自分の子孫を残してくれた。

私はそれだけで満足です。」

と・・・

 

人の運命は色々で

幸せな結婚をしても

子宝に恵まれない人もいる

子宝に恵まれても

孫に恵まれない人もいる

 

「お祖父さんが存在したのだから

私がいる。それだけで私は嬉しい。」

 

人はどう思うか関係ないです

私にとって祖父は

辛い境遇と闘い葛藤し

勝利して天国へ旅立った

勇敢な偉人なのです

 

 

人は言う

「君は歴史に名を残す」

と・・・

私は我が国の首相です

情熱に満ち満ちた私を国民が誇りに思ってくれるそうで・・・

私は「血は争えぬ」

などと・・・思うのです