かつお味の梅干

 

私がかつて入院していた精神病院の食事は、まずくて量が少なかった。私は20歳のころ、ある精神病院の女子半開放病棟に入院していた。
そこにはエミちゃんという女性がいた。決して美人ではないが、個性的な顔立ちをしていて、頬が高く四角い輪郭をした顔に、パッチリとした瞳。小さくて高い鼻。やはり小さくて可愛らしい口をしていた。こんな事を言うのもなんだが、エミちゃんは私の親戚のおじさん。すなわち私の父の弟に似ていた。その風貌を男性に例えるのもなんだが、おじさんを女にしたような・・・
ちなみにおじさんはとてもハンサムだと言い加えておこう。そんな理由で私はエミちゃんに好感を持っていた。
エミちゃんは40代くらいに見えたのだが、実際の年は知らなかった。本当のことは知らないが、エミちゃんは20年くらい病院に入院していたようだった。その真相は知らない。エミちゃんは誰にも優しく、イイヒトだった。いつも微笑んでいて、怒ったところは見たことがなかった。
病棟の中で私とエミちゃんは同じ部屋だった。確か6人部屋だったと思うが、同じ部屋の住人は、今ではエミちゃんしか覚えていない。
 そのころ私は、母から「かつお味の梅干」を差し入れしてもらっていて、普通の梅干より塩辛くなく、かつおの風味がほどよく梅干の味に溶け込んでいて、とてもおいしかった。かつお味の梅干は直径12,3センチの丸いタッパに入っていて、それは大切に大切に保管していた。
精神病院の食事がまずかったから、余計にかつお味の梅干がおいしく感じられたのか、本当にかつお味の梅干がものすごくおいしかったのか、今ではわからないけれど・・・
 私はその梅干をエミちゃんだけにあげた。エミちゃんはいつも「うみゃあ、うみゃあ」と言いながら、うれしそうに梅干を食べていた。
 精神病院の消灯時間は早い。九時消灯。普通の病院のように、テレビや電気スタンドなどはない。テレビや電気スタンドは、精神を病む人にとっては凶器になるからだろう。
私もエミちゃんもなかなか眠れないとき、眠れない中でのたあいない話などよくしたものだ。そんなときエミちゃんは少し遠慮がちに「マリちゃん、梅干くれん?」とよくせがんだ。私は出し惜しみもせずに「いいよ」と返事をして、エミちゃんに梅干をあげた。エミちゃんは「うみゃあ、うみゃあ」と喜んでいた。
 かつお味の梅干は私とエミちゃんにとっては、ご馳走だった。

 社会的入院といって、エミちゃんのように、病気が治っていても、親、兄弟の反対で長い年月を病院ですごさざるをえない患者はたくさんいる。私の入院していた半開放病棟には20年30年という長い年月を精神病院に入院している人が多かった。今、それが改善されつつある。
エミちゃんは今どうしているのだろうか・・・