小林先生の初めての女装
小林先生は色白で甘いマスクで、背も高く脚も長く、外見に何一つ悪いところはなかった。その上職業は医者という、もう非の打ち所がない男性だったが・・・その性格がギャグであった。日常生活でいつもなにかしら面白いことをみつけることを追求している不思議な精神科医であった。
ある春の日。私は黄色くて長いスプリングコートを着て診察室に入った。小林先生はこうおっしゃった。
「マリさん。そのコートを裸の上に着て、道でホレホレと見せたらどう?」
と真顔でおっしゃる。
そのような冗談は小林先生にとっては日常茶飯事。でも、そんな小林先生が私は大好きだった。
そういう部分も持ちながら小林先生は優秀な精神科医であった。小林先生の処方する薬はとても効き目があって、まず、眠れないということが全く無くなった。よく覚えているのは
「先生、もし眠れなかったらどうしよう、どうしようという心配をして、眠りにくいです。」
と言ったら
「よし、大丈夫!」
と言って薬を処方してくれた。
その処方はものすごく効いた。
“そもさん” “せっぱ”という問答をするように、小林先生は薬学に詳しかったのだ。小林先生は若い先生だった。というか若くみえた。
小林先生が私の主治医になった時、先生は35歳であったが。でも見かけは26歳くらいにしかみえなかった。26歳と言うと当時の私の年齢より下だった。
「自分より若い先生なんて・・・いやだな・・・」と思ったものだ。
実際、小林先生は私より、年上だということがわかり、私は少し安心した。小林先生はものすごく気さくで、ギャグも冴えていて、気分をリラックスさせてくれて、素晴らしい先生だった。
ある日、外来で診察を待っていたら、小林先生が廊下を歩いていた。なんかとっても嬉しそうで、なんか自分の世界に酔っているようで、いつもの小林先生とは、感じが違っていた。
診察が始まって、先生はやはり浮かれていた。
「先生、なんか嬉しそうだね。」
と言ったところ
「だって僕今日初めて女装したんだよ!!!」
と、危ない事をとても嬉しそうにおっしゃった。
その言い方もなんか浮かれていた。
「エッ、そうなの?!先生廊下を歩いている時も、とっても嬉しそうだったよ!」
「えっ、そうだった?!」
と少し先生は我に帰った。
小林先生は、病院の演芸会で“ 自由の女神”の役をやったそうだ。
あとから演芸会を見た患者さんの話を聞くと、小林先生の女装はとっても美しかったと言う。私も実に見たかったものだ。
その次の年、病院の演芸会で先生は「白雪姫と七人の小人」という演目で主役を勝ち取ったそうだ。そう。白雪姫の役を・・・
残念ながら小林先生は転勤されて、今はどうしているか知らない。
小林先生は今ではその道の女優になっているのかもしれない・・・