リュシアンの芸術

 

 

それはなくても生きていける

今日の糧に追われる人にとっては

芸術など

あってもなくてもどうでもいいもの

 

しかしリュシアンにとって

芸術は

心の糧だった

 

 

リュシアンが作った初めての芸術は

いとも麗しい表現のソネットであった

それは15歳の少年が書いたとは誰も信じられないもの

 

リュシアンの初恋の相手は

国語の教師

初恋と言うにはおそすぎるような

15歳という年だったが

リュシアンの辛い私生活では

恋などと言うものはぜいたくな思いで

その日その日を

ただ生きていくことが精いっぱいな

とても悲惨な家庭環境に生きるリュシアンにとって

知性にあふれた36歳の独身の女教師は

まるで女神にも等しく思えた

 

リュシアンは勇気を出した

「先生僕の書いた詩です」

と少し震えた声で女教師にソネットを書いた

レポート用紙を渡した

 

「まあ、これをあなたが書いたって言うの?

お笑いね。これはまるで古典のよう。

現代人には通じないわ

誰かのマネをして書いたのでしょ?

日頃から私はあなたのことを問題児だと思っていたけど

教師を馬鹿にするものじゃないわ。」

 

女教師はリュシアンを軽蔑する目で見た

 

繊細な心を持ったリュシアンは

悲しみと怒りを抑えるのに精一杯だった

握ったこぶしは震えた・・・

 

それからというもの

リュシアンの悲しみと怒りは

全ての女性へと向けられ

それでも

女性を賛美した

 

いとも美しいソネットを

書いては燃やし書いては燃やしした

 

「あの子は気狂いの男の子よ」

人々はリュシアンをごみくず以下の人間として

扱った

親も兄弟もリュシアンのことを理解できなかった

 

リュシアンは本当に一人ぼっちだった

それでもソネットを書き続けた

 

ソネットを書き始めた

15歳の年に

リュシアンは年としては小さな少年で

152センチという身長であったが

リュシアンが17歳になったときには

身長が188センチという

とても大きな少年になっていた

 

リュシアンは目立たない存在だったのに

その上背で目立つようになったのだ

 

町一番の美女と言われる

ビアンカがリュシアンに目をつけた

 

しかしビアンカにとってリュシアンは

大勢の男の中の一人にすぎなかった

 

ビアンカの求愛に

孤独なリュシアンは有無もなく応じ

そして激しく恋をした

 

誰にも愛されなかったリュシアンは

ビアンカなしでは生きていけなくなった

そしてビアンカの美貌が

リュシアンのソネットに磨きをかけた

ビアンカに出会ってから

ソネットを書いても燃やすことはやめた

 

『ソネットをビアンカに見せたらどう言うだろう』

しかしリュシアンには自信がないのだった

 

リュシアンはソネットを

身を粉にするほどに書いた

それほどまでにビアンカは美しく

可憐であった

 

「ああ、僕の芸術をすべてビアンカにささげよう

僕の芸術すなわち僕の命はビアンカのためにある!」

純粋なリュシアンはビアンカの虜になっていた

心も体も・・・

 

 

リュシアンはソネットをたくさんたくさん書いた

「僕の芸術を世に出そう!

そしてビアンカにプロポーズをするんだ!」

 

しかしどうすれば

僕の芸術を世に出せるのかしら

 

リュシアンにはそれがわからなかった

 

「ひとまず僕のソネットを解ってくれるような人を探さなければ・・・」

 

リュシアンが住んでいる町の

隣町に

有名な吟遊詩人がいた

その人は歌いながら

本も出して

優雅な暮らしをしているという

 

『あの吟遊詩人に僕のソネットを見てもらおう』

 

お金のないリュシアンは

3日間歩きつづけて

有名な吟遊詩人に会いに行った

 

噂には聞いたが

吟遊詩人の歌はすごかった

リュシアンは我を忘れて吟遊詩人の歌に聞き惚れてしまった

 

涙を流しながら

自分の歌を聴いているリュシアンを見て

吟遊詩人は何か共感するものを感じた

 

夜11時になって

吟遊詩人は歌うのをやめて

リュシアンに声をかけた

 

「僕の歌を聴いて涙を流してくれたのは今まで君だけだ」

吟遊詩人は微笑んだ

 

「僕も詩を書きます

でも誰にも見せたことがないのだけれど・・・

あなたに見てもらいたくて・・・」

 

「そうかい。君の目を見て

僕は君が芸術がわかる人間だと思ったが

君も詩人なんだね」

 

吟遊詩人は

快くリュシアンのソネットを読んでくれた

 

「君、素晴らしいじゃないか!

これは僕よりも君の方に才能があるようだよ」

吟遊詩人は本当に素晴らしい人で

自分よりもリュシアンを認めた

 

「しかしだね、君の才能は素晴らしいが

君が恋する女性だというビアンカは

君の住んでいる町で有名な

酒場で働く

町一番の美女かい?」

 

「え、知っていらっしゃるのですか?

ビアンカは僕の最愛の恋人です」

 

「そう・・・君を傷つけるようなことを言いたくはないが

ビアンカは有名な悪女だよ

あの女は男を魅了してはボロボロにして

捨てる。そういう女だよ。

やめた方がいい。

しかしね、君のビアンカへの純粋な思いをつづったソネットは

素晴らしいと認める」

 

リュシアンはなんとも言えない気持ちだった

自分の芸術を褒められても

自分の芸術の源泉であるビアンカを悪女と言われて・・・

 

『吟遊詩人の言うことは信じない!!!』

 

リュシアンは

心を閉ざしてとぼとぼと自分の町へ帰った

そのあくる日

ビアンカが猟奇殺人をされたと

新聞に報じられた

ビアンカに恨みをもった男が

ビアンカを斧でバラバラにして殺したという・・・

 

『おぉ・・・・・・・』

リュシアンは自分にはもう何もないと思った

死んでしまいたかった

リュシアンはその日から

家から一歩も出ることができなくなった

そしてソネットも書かなくなった

 

それから3週間後・・・

リュシアンを訪ねる人があった

 

リュシアンの母親は

見ず知らずの初老の男が

どうしてもリュシアンに会いたいと情熱を持って訪ねる

けげんに思ったが

その男を家に通した

今までリュシアンを訪ねる友達はひとりもいなかったので・・・

 

悲しみにくれるリュシアンは

本当は誰にも会いたくなかった

しかし小さな家の玄関で聞こえた男の声は

リュシアンの心をなぜか癒した

 

「君、僕も新聞を読んだよ

そして君が心配になったよ」

 

そういう男は見たことのない人だった

 

「あなたは誰ですか?」

 

「君の次にすぐれた詩人だ」

とその男は少し微笑みを交えていたが真面目な顔をしていた。

 

それは化粧をしていない吟遊詩人だった

 

「君の悲しみは僕にもよく解る

僕も失恋は何度もした

それにしてもビアンカは気の毒だったね

でも僕はあの新聞記事を読んで

一番に気の毒なのは君だと思った

でもね

詩は恋愛からしか生まれるわけではない

君はもっとたくさんの世界を見なければ・・・

僕と一緒に旅に出ないか?

そしてたくさんの詩を一緒に書こう

君の才能の物凄さに打たれて僕は君をさがした

そのような情熱を君のソネットからもらった

僕はこれから東の国へ旅に出る

君も一緒に行かないか?

僕の弟子になってほしい

いや、僕が君の弟子になりたい。」

 

吟遊詩人の目は澄んでいた

 

こうして流浪の天才詩人と呼ばれた

リュシアンの伝説の第一章の幕が開いたのだ