シスターアンジェリカ

 

 

シスターアンジェリカは

イエス・キリストの妻だが

心の中では不倫をしていた

 

心を病みながらも

詩を書き続け

不世出の詩人と呼ばれて

絶賛を浴びたが

ある日突然

ビルから飛び降りて自殺した

詩人ニーノに

シスターアンジェリカは深い思いよせていて

聖書を読みながら

実はニーノの詩を

暗唱していた

 

 

『もう二度と取り戻せない

青春時代の失敗

あの時私が素直に

ニーノに抱かれていれば

ニーノは死ぬことはなかったのよ・・・』

 

 

 

「あなたには誰もついていけないわ!

と女の子達はみんな言うのに

僕と一緒にいて笑顔でいてくれるのは

アンジェリカ・・・君だけさ」

ニーノは頬をこわばらせて

言った

 

 

その時アンジェリカは

看護学校を卒業したばかりの

精神科のナースで

ニーノははじめて担当した患者だった

 

ニーノは感受性があまりに強すぎるがゆえに

社会には適応できず

14歳の時からずっと精神病院に入院している

躁鬱病の青年で

アンジェリカがナースになったばかりの21歳の時

同じ21歳だった

 

「アンジェリカ・・・

僕には何の希望もないんだよ

このまま僕は一生精神病院で暮らすの?

義務教育も最後まで受けられなかった・・・

仕事も一度もしたことがない

ああ、僕だけが

世の中からはみ出しているような気分さ」

と言っていつもニーノは泣いた

 

ニーノを助けたいと思いアンジェリカは考えた

「ニーノ。そんな風に思わなくていいのよ

あなたはとても純粋で心が美しいわ

なにも怖がらなくていい

ニーノ

私がこのノートと

シャープペンシルをプレゼントするわ

あなたの思っていることを

書くといいわ

うれしい時も苦しい時も

自分の気持ちを書くといいわ

自分を省みたい時

自分の書いた文を読んでみると

助かる事もあるわ

実は私もそうしているのよ

毎日日記を書くといい

何も書くことがなければ

“今日は何もなかった”

そう書くといいわ

ニーノ涙をふいて

ホラ。」

アンジェリカのできることはそれくらいのことだけだったのだが

ニーノにとっては

それが未来への大きな架け橋となった・・・

 

 

ニーノはそれから毎日

がむしゃらに日記を書いた

それをまるで仕事にでもするように

情熱を持ってした

ニーノの日記には

ニーノの鋭い感受性で感じた世界が

美しい文体で表現されていて

それはちゃんと詩になっていたのだが

ニーノ自身は

別に詩を書いているつもりはなかった

自分の心を素直に書いただけのことだったが

暇をもてあましていたニーノは

わずか1週間で

アンジェリカにもらったノートを

全部埋め尽くした

 

「アンジェリカ、もう一冊僕にノートをくれないか?」

ニーノはキラキラとした瞳をして言った

それは今までいつも悲しい目をしていたニーノが

変貌した表れだった

「ニーノ、そんなに書いたの?でも無理しちゃダメよ!

ほどほどにね!

でもニーノ私は嬉しいわ

あなたは徐々に健康を取り戻しているわ!」

 

アンジェリカは仕事の帰り道に

文房具屋へ嬉々として行き

ニーノのために

ノートを買った

 

「ニーノ、君は毎日日記を書くようになってから

うつ状態から随分と脱皮したようだ

もしよかったら

私に君の日記を読ませてくれないか?

君の日記を読むことによって

今までより君の気持ちがわかるようになったら

私もこれから君を治療するために

役にたつことがあるかもしれない

君のこころの奥底にある

君の本当の気持ちを知ったら

君の病を治すこともできるかもしれないよ。」

とドクターが言った

 

「アンジェリカ、ドクターが僕の日記を読みたいと言う

僕の心の奥底にある僕の気持ちを

ドクターが知ったら

僕の病気が治ると・・・

でも、なにか恥ずかしい気もするよ

どんなものだろうね。」

ニーノは少し緊張した面持ちでいた

 

「ニーノ、ドクターに読んでもらったらどう?

日記にしたためたあなたの気持ちを

ドクターが読んで

病気がよくなれば

あなたはこの病院から出られることだってあるわ!

ニーノ。ここは勇気を出してみたらどう?

私もあなたの病気が治ったら

どのくらい嬉しいことでしょう」

アンジェリカはその時微笑んでいた。

 

「アンジェリカ

今君の笑顔を見たら

僕は勇気が出たよ!」

そう言ってニーノは満面の笑みをたたえていた。

 

ニーノはドクターに日記を手渡した

 

それをきっかけに

彼は栄光を得た

彼は詩人として大成功を収めたのだ!

 

 

ある晴れた日

ニーノは正装をして

薔薇の花束を持って

精神病院の外来に現れた

 

「僕には収入もある

立派な社会人だ

僕と一緒に暮らそう

アンジェリカ

僕は君を抱きたい・・・」

 

「ニーノあなたの気持ちに気付かなかった私が馬鹿だった

ニーノ

ごめんなさい

でも結婚もせず

一緒に暮らすなんてお父様が許してくれないわ

私の家は代々カトリック教徒で

とても厳しい戒律があるのよ。」

 

「アンジェリカ・・・君は僕の情熱を

受け取ってはくれないのか?

カトリックの家に生まれたというのは

言い訳だね」

そう言ってニーノは

泣きながら走り去った

それっきりニーノはこの世にいなくなった

 

ニーノがこの世にいなくなって

半年たって

ニーノが書いた古めかしいノートが出てきた

ノートには文壇では未発表の詩が

たくさん綴られていた

それは全てアンジェリカを讃える詩で

それはキラキラした希望の光りでつつまれたように

幸せに満ち満ちた詩であった

が、

ノートの最後には

読み取れないほどに

乱れた字の走り書きがしてあった

 

“アンジェリカは僕にとっては

マリア様みたいな存在だった

でも

やはり

マリア様はマリア様でしかなく

アンジェリカの僕に対する愛情は

「恋」

ではなく

「母性」だった

僕は無謀にもマリア様に

恋をしたのだ

僕は罪人です

だから僕は死ぬしかない・・・“

 

 

『ニーノ

あなたが書いた私を讃える詩

あれほどまでに美しい言葉で讃えられた女性が

かつてこの世にいたでしょうか?

あなたの書いた詩を読んで

私はあなたを深く愛するようになりました

ニーノ・・・私があなたを拒んだ時

自分の家がカトリックである事を言い訳にした

あなたの深い思いも知らずにです

だから私は

懺悔します

私は尼僧になります

生きているこの世では

イエス・キリストの妻になりますが

天国ではあなたの妻になるわ

ニーノ

天国で私を待っていてくださいますか?

シスターとしては邪道だけど

私が生涯愛する男性は

ニーノあなただけでいいわ

イエスさまには悪いけど

そのくらいはいいよね

イエス様は神様なのだから

きっと私の不倫の恋を許してくださいますよね』