クリスマスに、二人きり


 ここが無人島で、俺と司の二人だけが島に流れ着き

 「この世に二人だけ」みたいな状態だったとしたら、司は俺を見てくれるのだろうか。

 

 

 「来てたんだ」

 司は、玄関から居間へと入ってくると、ソファに座っている俺に向かって言った。

 サラサラでおかっぱを短くしたような髪型に、色白の肌。

 スッと通った鼻梁に、男にしては赤くて薄い唇。涼しげな瞳。

 性格に反して、一見スマートで爽やかな風貌に見える彼は、勝手に上がりこんでいた俺を一瞥すると、

 ガラスのテーブルの上に、ストラップが幾つかついた鍵を放った。

 それのたてるジャラという音と、ガラスのたてる硬質な音が部屋に響く。

 「お邪魔してるよ」

 俺が笑うと、

 「どうぞ、ご勝手に」

 笑い返すでもなく、疎ましげにするでもなく、ただ少しダルそうにして、そう返す。

 「風呂沸かしといた」

 と言ったら、「そう」と答えて、そのまま風呂へと消えた。

 どうやらあまり機嫌はよくないらしい。

 まあ、珍しいことでもないが。

 むしろ司が機嫌良くしていたら、その方が珍しい。

 テーブルの上の鍵に目をやってから、立ち上がる。

 俺は、司と同じ鍵を持っている。この家の合鍵だ。

 来たかったら、いつ来てもいいと言われている。

 どうやらそう言われているのは、俺だけらしく、

 俺だけの特権だと考えるとまんざらでもない気分になる。

 

 俺は風呂に向かって歩き、その前に辿りつくと、ゆっくりと脱衣所のドアを開けた。

 中に入って、司の様子を窺う。

 しんとしていて、シャワーを使っている様子はない。

 俺は、湯船に浸かっているらしい司に声をかけた。

 「開けてもいいか?」

 しばらく待ったが、返事はなく、俺は了承したのだと受け取って、風呂場のドアを開けた。

 「悪趣味だな。男の入浴シーンを覗いて、楽しいか?」

 中の少しの湿気と、司の険のある声が漏れてくる。

 「楽しいよ。相手が司なら」

 湯気で見えにくかったが、バスタブの中に横たわるようにして司の体がある。

 色白で、すんなりとした腕と、その先に続く綺麗な指。

 薄く肉のついた腹に、形のいい臍と腰骨。

 腕と同じように、伸びやかですんなりと長い足。

 そして整った顔に小さな頭。

 見るだけでも気持ちのいい体だ。

 『その手の場所』へ行けば、司を抱きたいというやつはいくらでもいる。

 そういう俺も、奴と出会ったのは、その手の店だった。

 「いつまで見てんだよ」

 少しうっとおしそうに、司が見上げる。

 「一緒に入ってもいいか?」

 と聞いたら、即「ノー」と返された。

 そう言われることを知っていて聞いたのだから、別に落ち込みもへこみもしない。

 「今日が何の日か知ってるか?」

 「さあな」

 続けて質問したら、どうでもいい事らしく、答えないまま流されてしまった。

 「いいからそこ閉めて、出るまで向こうでおとなしく待ってろ」

 強い口調で言われたが、こんな応対も珍しいことじゃないので、やはり落ち込みもへこみもしない。

 「…分かった」

 俺は頷いて、ドアを閉めようとした。

 でも、途中で止めて、

 「ちゃんと磨いといた」

 中に向かってポツリと言うと、

 「ああ、そうだな」

 と、このお姫様は答える。

 当たり前のことだと言うように。

 労いの言葉など、もらえないのも分かってる。

 でも、一応アピールしておく。

 ドアを閉めて居間に行き、司が風呂から出るのを、もう一度ソファに座って待つ。

 

 俺は、この家にくるとまず風呂のタイルを磨く。

 中に置いてある備品も洗って綺麗にする。

 どこよりも風呂を念入りにと言われているからだ。

 

 俺はこの家の家政夫のようなものだ。

 いや。任されているのは掃除だけだから、掃除夫、か?

 まあ、なんでもいいや。

 最初はセフレだと思っていたけれど、そう思っているのは俺だけだと、あるとき気がついた。

 奴とこういう関係になって二ヶ月ほどが過ぎた頃。

 セックスの後、司は言ったのだ。

 「俺、掃除苦手だから、暇だったら掃除しに来てよ」

 セフレなら対等なのだろうが、どうやら俺の立ち場は、奴より下のようで、

 そのときの司の目は、確かに自分より下のものを見る目をしていた。

 それまでだって、司は自分の都合に合わせて俺を呼び出したり、俺が会いたくなって家に行くと、

 無碍に追い返したりと、自分が上だと思っている風情ありありではあったけど、

 そのときハッキリと知った。

 それなのに、俺は、その後もずっとここに通い続けている。

 家政夫、もしくは掃除夫としか思われていなくても、それでも司と関わっていたい。と思うからだ。

 俺は、その時にはもう、奴に完全に魅入られてしまっていて、

 例えもっとたくさんのことを頼まれたとしても、きっと言うことを聞いていただろう。

 

 掃除を何度かした後、合鍵を渡された。

 「いつ来ても構わない」

 と奴は言った。それは、

 「いつ掃除に来ても構わない」

 という意味だったのだろうが、俺は嬉しかった。

 気ままで勝手でわがままな司は、噂では誰とも長続きしないようだった。

 そんな奴に合鍵をもらったのだ。

 

 俺は、奴が気持ちよく過ごせるように、留守の間に床に掃除機をかけ、

 雑巾であらゆる場所のホコリや汚れを拭く。

 時々、頼まれれば、料理を作ったり、洗濯をすることもある。

 けど、まあ、それは基本司が自分でやっているようで、俺がやるのは、

 奴がよっぽど面倒に感じて、やってくれと頼まれた日だけだ。

 

 司が満足できるような仕事をすれば、俺は奴と一緒にいることを許された上に、寝てもらえる。

 そこに、奴の感情は伴わない。ただの報酬。

 それと、司の性欲解消の為だけの行為。

 俺がいくら奴を好きでも、もらえるのは、体だけ。

 なんだか空しい気もするけど、でも、とりあえずは働いたのだから、

 その分の報酬はもらわないといけない。

 

 「冬吾(とうご)ってプライドとか、ないわけ」

 一度、本人に、容赦なく聞かれたことがある。

 「プライドにこだわって司と会えなくなるくらいなら、そんなのないと思われても構わない」

 そう返したら、表情一つ変えずにフンと鼻を鳴らされて、その話はそれで終わりだった。

 どう思ったのか、それとも何も思わなかったのか。

 それさえ分からない。

 俺はひょっとして、Mなのかも知れないな。

 

 司が言うには、俺は見た目は合格らしい(一般的に、ではなく司的に)。

 奴は最初から俺の体だけが目当てだと明言していて、抱き合える体があれば、それでいいようだ。

 俺に、奴を好きという感情があることを、逆に面倒だと思っているかも知れない。

 でも…それなら、俺をそばに置かないだろうか?

 

 奴が何を考えているのかは、よく分からなかった。

 俺は、いつか司が俺を想ってくれる日がくるかも知れない、と期待しているのだろう。

 だから、離れないでこうしている。

 

 

 ドアが開く音がして、そちらを見ると、湯で温まり、

 上気してほんのりと赤みを帯びた肌を晒して、司がこちらへ歩いてきた。

 水気を拭っただけの洗い髪を、額や頬に張り付かせているその顔の印象は、

 乾いてサラッとしているときのそれとは随分違う。

 ずっと艶っぽくて、ドキリとさせられる。

 

 「いいぞ」

 司が一糸纏わぬ姿で俺の前に立つ。

 座る俺の視界に、俺に見られたくらいでは反応を見せたりしない、慎ましやかなものが入ってきて、

 俺は目のやり場に困りつつ立ち上がった。

 そして、出会ったころ司に教えられた通り、

 自分の上衣を脱いで上半身裸になり、司の肌へと指先を伸ばす。

 

 いつも、事の前には「触れていいのか」と戸惑う。

 それくらい司の体は綺麗だ。

 司の肌に触れ、そのまま柔らかく抱きしめる。

 ファスナーやボタンのついた服で抱きしめたりしようものなら、

 途端に不機嫌になって、情事はそこで終わる。

 風呂上りの奴の肌は温かく、胸を合わせるとしっとりと俺の肌に吸い付いてくる。

 司の心臓の鼓動は早くて、まるで緊張しているかのようだが、奴に限ってそんなわけはない。

 熱い風呂に長く浸かっていたという、ただそれだけのせいだ。

 腕を背中に回し、縦に走る窪みをなぞるようにして指を落とし、手のひらで尻を包む。

 それは、小ぶりで張りがあって触り心地がいい。

 以前、あんまり気持ちが良くて、しつこく撫で回したら、

 「スケベ親父みたいだからやめろ」

 と言われて、それから撫で回すのはやめている。

 俺は、尻朶を両の手のひらで掴むようにして、司の体を自分の体へと押しつけた。

 布越しでも、俺のモノが変化していることは伝わるだろう。

 司が顔を上げ、俺を見ながら、俺のモノの状態をただの事実として、

 「勃ってる」

 無感情に呟いた。

 

 

 司は俺より二つ年下だけど、最初からタメ口だった。

 出会ったのは男たちが同性の相手を求めてやってくるバーで、店のカウンターで、

 言い寄ってくる男たちを適当にあしらっている司の姿を、俺はずっと見ていた。

 そんな店に来たってことは関係を求めているに違いないのに、

 司はどの男からの誘いも断っていて、その物憂げな雰囲気と、ちょっと高飛車な態度は、

 俺には凄く魅力的に見えた。

 俺は、自分が男しか好きになれないのを、それまでの経験からやっと認めたばかりで、

 雰囲気を探るだけ、という気持ちでそこに来ていた。

 場慣れしていないことは、バレバレだっただろう。

 声をかけたのは、司からだった。

 目を離したちょっとの隙に、奴の姿が見えなくなり、キョロキョロと周りを見回していたら、後ろから、

 「出ないか?」

 と声をかけられたのだ。

 むちゃくちゃ驚いた。

 彼の容姿に惹かれ、店にいた数分間で虜のようになっていた俺は、信じられない気持ちだったが、

 言われるまま奴と一緒に店を出た。

 「抱きたいんだろ。抱かせてやるよ」

 司は俺の気持ちなどお見通しのようだった。

 そのままホテルに行き、事に及んだのだが、慣れないことに焦って見境なく抱きつく俺を、

 司はグッと押し返して、抱きつく前に上に着ているものを脱ぐように言った。

 そうして、奴が自分の抱き方を教えながら事は進み、俺はさらに奴の虜になった。

 次の時、うっかり上衣を脱がずに抱きついたら、お預けをくらい、

 その次の時には、ちゃんと間違えないように、注意深く司を抱いた。

 

 恋人のような振る舞いをしたら怒られる。

 ただし、口も性感帯だから、キスはしてもいい。

 肌に歯を立てるのはNGで、キスマークもつけてはいけない。

 俺は、司に好きだと言うけれど、奴は言わない。

 司が俺に望むのは、体の快楽だけだ。

 俺は、もちろん気持ちよくもなりたいけど、できれば想いも欲しい。

 そう思うのはこっちだけで、いつも俺だけが気持ちをぶつけ続けて、

 そうして司と会ってから、もう一年と一ヶ月になる。

 

 

 半年ほど前のこと。

 ある日、いつも通りここにやって来たら、玄関に鍵がかかっておらず、

 怪しく思いながら入っていくと、中で司が頬を赤く腫らして倒れていた。

 床が汚れているのが気になって目を凝らすと、玄関から居間に向かって、点々と足跡がついている。

 「司、司っ」

 倒れている司に駆け寄って声をかけたら、小さく呻いて、奴が目を覚ました。

 「何があったんだ!?強盗か!?警察呼ぶかっ!?」

 司はぼんやりと焦点の合わない目で、俺の方に顔を向けていたが、

 やがて意識がハッキリしてきたらしくバッと起き上がって、周りを見回した。

 「司?」

 呼びかけても、俺のことなどどうでもいいかのように、ソファを見て、

 それからテーブルの上の、酒盛りでもやったのかワインやらオードブルの残りに目をやる。

 そして、何かを考えている様子を見せた。

 「司…警察…」

 俺が言いながら電話に手を伸ばしかけたら、手を振って

 「呼ばなくていい」

 と言う。

 ということは、これ以上しつこく言ってもしょうがないのだろう。

 「でも…何があったんだよ」

 司の顔を見て心配になって、眉間にしわを寄せていると、その後、奴は声をあげて笑い出した。

 司の頬は赤く腫れていて、殴られたに違いなかった。

 なのに、笑っている。

 「司…頬、赤い」

 その痛々しい様子に、俺は思いついて、冷凍庫からアイスノンを持ってきて、

 少し揉むようにしてから、奴に渡した。

 司は受け取って、素直にそれを頬に当てている。

 俺は、それからすぐに雑巾を持ってきて、床についている足跡を拭いて消した。

 拭きながら、聞いた。

 「例の奴絡みなのか?」

 俺は、司に想い人がいるのを知っていた。

 そいつに恋人がいることも。

 「ああ…」

 なんで殴られるのかは見当もつかないが、

 とにかくそいつと関係があるらしいことは分かって、俺は続けて聞いた。

 「なんか悪いこと、したんだ?」

 すると、司は視線を落としてふっと笑う。

 …したのだろう。

 「お前を殴るなんて、凄いね」

 俺は、その男にちょっと感心しながら、司の頬を見つめた。

 「俺、殴り返して来ようか?」

 俺が言ったら、司は驚いた顔をした。

 俺がそんな威勢のいい言葉を口にするとは思ってもみなかったようだ。

 司は笑って、

 「やめとけ。怖いぞ」

 と言った。

 「すっげぇ馬鹿力だし、顔もいいぞ」

 その言葉に、苦笑する。

 「…顔、は関係ないだろうが」

 司は、俺が情けない表情をしたせいか、自分の言った言葉が気に入ったのか、愉快そうに笑った。

 それから、

 「いててっ」

 痛みを感じたようで、頬を押さえる。

 誰かに殴られて、頬を腫らして…

 奴にとっては醜態であるはずのその姿を、奴はきっと俺に見られたくないに違いない。

 そう思って帰ろうとしたら、

 「おい、どこ行くんだよ」

 玄関に向かい始めた俺に、司が声をかけた。

 「帰る。今日はヤるのは無理だろ」

 振り返ってそう言うと、俺を見て、

 「行くな。今夜はずっとそばにいろ」

 と言う。

 「…えっ」

 俺は、その言葉に驚いて、司の顔をじっと見た。

 奴がそんなことを言うなんて、信じられなかった。

 まさか、殴られたことで、一人でいるのが心細くなったとでもいうのだろうか。

 意外な面を見た気分で、司の顔を凝視していたら、

 「そばにいて一晩中俺の頬、冷やせ」

 司がいつもの口調できっぱり言って、俺はポカンと口を開けた。

 それからガックリと肩を落とす。

 …そういうことか。

 自分に、ものすごくガッカリした。

 いったい俺はどんだけおめでたい奴なんだろう。

 司に、何を期待しているんだろう。

 

 その後、

 「全力で冷やせ」

 と言われ、考えてみたけれど、出来ることなんて知れている。

 「全力で、っつったって、限度があるだろ」

 俺の言葉に、司が忌々しそうな表情をする。

 「こんなみっともない顔じゃ、外に出られやしない」

 言うほど変わってはいなかったけど、結局俺は、寝ている間も冷やすようにと言われて、

 司と並んでベッドに横になり、一睡もせずに奴の頬を冷やし続けたのだ。

 ずっと同じ体勢でいたせいで、腕が痛くなるし、迫り来る眠気と戦わなければならなかったし、

 ヤらせてもらえないしで、なんか理不尽な想いに捕らわれつつ一夜を過ごした。

 途中で、司の体に触れたくなり、そっと手を握ってみたら、

 奴は起きなかったのでそのまま握り続けて、少しだけ報われた気持ちになった。

 でも翌朝早くに、礼を言われることもなく「もういいから」と言う一言で帰らされたら、

 やっぱり理不尽な想いでいっぱいになり、俺は憮然としつつ奴の家を後にしたのだった。

 

 あれから半年以上が経った。が、俺は未だに掃除夫兼セフレだ。

 掃除夫以上セフレ未満…かな。

 まあ、どっちにしろひどい扱いなわけだが、関係は続いている。

 

 

 司の尻を掴んだまま、さっきと同じ質問をした。

 「今日が何の日か、知ってるか?」

 すると、司の表情が曇って、つまらなそうな色が浮かんだ。

 「知らねぇよ」

 さっきと同じく、どうでも良さそうにしている奴の耳元で、

 「クリスマス」

 と呟く。

 それを聞いて、司は呆れた顔をしつつ、鼻で笑った。

 「何言ってんだよ。クリスマスはもう終わっただろ」

 日本中のカップルが盛り上がる、クリスマスイブと呼ばれる夜は確かに昨夜のことで、

 もう過ぎてしまっている。

 「終わったのはイブで、本当のクリスマスは今日だろ」

 俺がそう口にすると、

 「あー。そういう理屈っぽいこと言うんだ」

 司が、嫌そうに顔を歪め、それを見た俺は付け足した。

 「俺の誕生日でもあるけど」

 奴は、その言葉には、ちょっとだけ興味ありげな反応を見せた。

 「誕生日、12月25日だったんだ?」

 俺を見上げつつ聞いてきて、俺は「ああ」と頷く。

 「別に祝ってくれ、とかプレゼントくれ、とか言わないけどさ」

 「当たり前だろ。なんも用意してねぇよ」

 司がちょっとおかしそうにした。

 それから、俺のズボンのベルトに手をかける。

 「クリスマスなんか、どうでもいいし」

 ベルトを外しながら、

 「幸せそうな奴らは、みんな気に入らない」

 そんな穏やかでないちょっと尖った言葉を発しつつ、俺の下半身をさらけ出して、

 改めて自分のモノを押し付けてくる。

 俺はもうビンビンだったが、司のそれもようやく硬さを持ち始める。

 「キスして」

 言われて、俺から唇を合わせると、奴が舌を差し入れ絡めてくる。

 恋人同士でもこんな深いキスはしないんじゃないかと思うくらいディープなキスをしてきて、

 俺はいつも、好きじゃないくせにこんなキスをする司を、少し憎らしいと思う。

 唇が離れると、足元に絡みつくズボンと下着を足から抜いて、

 俺は、司をベッドへと誘(いざな)った。

 奴をベッドの上に横たえて、両足を持ち上げて広げ、その間に顔を埋める。

 勃ちあがったペニスを咥えて、愛撫し、そのまま舌を下方へと滑らせ移動させていく。

 後ろの潤みにも舌を這わせて、やがて舌先を尖らせて差し入れるようにし始める頃には、

 司の息遣いが変わってくる。

 唾液を塗すソコも、感じているのか舌を締め付けようとするようにビクビクと蠢く。

 もっと深く挿れたくて力を込めたら、

 「んっ」

 司が小さく声をあげ、俺はたまらなくなり、奴の上に乗ると、

 濡れたソコに自分のモノを押し当てた。

 グッと力を加え、司の中へと入っていく。

 司は抑えているのか、声をあまりあげないが、俺が腰を前後に揺らし始めると、

 背筋を反らして息遣いを荒くし始めた。

 感じているのが伝わってくる。

 弓なりになった体の、胸の突起が目の前に迫って、それに吸い付いたら、

 「ふ…、ンッ」

 思わず出てしまうらしい声を、司は手で押さえた。

 俺のモノで良くなっているのだと思うと、ついもっと腰を激しく振ってしまいそうになるけれど、

 「先にイくな」

 と言われているので、必死に抑える。

 司の中は物凄い締め付けで、攻めているのは俺の筈なのに、

 最後の方にはいつも俺が攻められているような気分になってくる。

 先にイくなと言われてはいても、イってしまいそうになる。

 「司…イく」

 射精感に襲われて、許しを請うように奴を見るが、

 「んっ…、まだだ」

 堪えることを要求される。

 「司…イくってっ!」

 「まだ…イくな、ハッ…あっ」

 俺は、目をギュッと瞑って耐える。

 司の中で先走りがどんどん溢れて、そこがトロトロになり、

 抽挿の度にこの上なくやらしい音が響いて、耳を刺激してくる。

 滑りも良くなり、摩擦による気持ちよさは半端なく、

 自分のモノが溶けてしまうんじゃないかと思うくらいだ。

 ふいに、

 「…っ」

 司が、体を震わせて精液を吐き出した。

 奴がイったのを確認して、俺はやっと射精することが出来る。

 

 

 

 司が煙草に手を伸ばして火を点けて吸い始めたので、俺も一本もらった。

 二人して、ベッドの上でセックスの後の煙草を味わう。

 「初めてのとき、どうして、俺に声かけたんだ?」

 不思議に思って、なにげなく聞いてみると、

 司は「何を今さら」というように鼻で笑ったが、その後答えてくれた。

 「ずっと熱い視線を送ってきてただろ。物欲しそうに見て。

 あの日声をかけて来た奴らは、みんな趣味じゃなかったし、お前はいくらかましだったからな。

 とにかく誰かとヤりたかった。それだけだ」

 あくまでも快楽を求めてのことだったと、キッパリ示して、俺が

 「そうか」

 と相槌を打つと、黙って煙草を吸い続けた。

 しんとなった部屋に、吐き出された二人分の煙が立ち昇っていく。

 しばらくの沈黙の後、吸い終わった煙草を灰皿に押し付けていると、

 「今日は用事あるのか?」

 司が聞いてきて、「いや」と返したら、奴が言った。

 「プレゼント、やってもいいぞ」

 「え?」

 それを聞いて、まさかと思ったが、

 それでもちょっとだけ期待しかけていると、奴が視線を下に落として呟いた。

 「解雇だ」

 「……」

 俺は動きを止めた。

 ゆっくりと司を見る。自然に眉が寄った。

 「もう掃除しに来なくていい」

 奴が何を言いたいのか、頭では理解していたが、あんまり突然で驚いたし認めたくなくて、

 俺は抗議の表情で奴をじっと見た。

 「ここに通っても、いいことなんかないだろ。俺は、お前を好きにならないし、優しくもできない。

 不毛な体だけの関係が続くだけだ」

 奴にそう口にされて、目を逸らして俯く。

 「そんなこと…分かって来てるのに」

 搾り出すようにして言うと、上から見下ろすような視線で、司が俺を見る。

 「お前じゃあ役不足なんだよ」

 思わず奥歯に力が入った。

 悔しいが、事実なのだろう。

 「……言ってくれるよな」

 発する声が震える。

 司を、今の生活から失いたくなかった。

 でもどうすればいいか分からなくて、黙っていたら、

 奴が初めて交わった後、口にした言葉が頭をよぎった。

 『俺はいつも飢えてるから』

 司は、あのときそう言っていた。

 飢えてるというよりは、本当の本当は淋しがり屋なんだろう。

 俺の勝手な推測だし、そんなこと、面と向かって言ったら怒るに違いないけど。

 俺は、その思い出した言葉にすがるようにして、感情を奴にぶつけた。

 「常に飢えてるんだろ?セフレが必要なんだろ?

 ヤりたいときにヤれる相手が欲しいみたいなこと、言ってたじゃないか」

 司は、そのときのことを思い出すように上目遣いをした後、言い放った。

 「あのときはそう言ったかもしれないけど、

 今は、本当にいて欲しい奴以外といるくらいなら、一人でいる方がいい」

 「…冷たい奴め」

 俺は奴を睨むようにしたが、口では強気を装っていても、

 心の中では泣きそうな気持ちになっていた。

 俺と司の関係は、今日、ここで終わってしまうのだろうか。

 俺は、なんとか終わりにせずに済む方法を頭の中で必死に模索した。

 みっともなくても、しがみついていたかった。

 「そんなプレゼントは、いらない」

 そして、口を突いて出たのが、それだった。

 「受け取り拒否、か」

 司が言いながら笑って、新しい煙草を手にする。

 「お前って、ほんと俺のストーカーみたいだな」

 「いいよ。なんでも。司が好きなんだ」

 指にはさんだ煙草にライターで火をつけ、司は俺に目を向けると、煙を吐いた。

 「声をかけたのは俺だけどさぁ。俺はお前の容姿が気に入っただけで、

 つまり、ソレに用があっただけで、何度も言ってるけど、俺は、お前を好きにはならない」

 契約内容を確認のために読み返す店員のような口ぶりで、司が俺の下半身に目をやって言い、

 俺は改めてそれでもいいのだという意を込めて、奴を見返す。

 随分長いと感じられる時間見合った後、司は目を逸らし、フーッと煙を吐き出しながら、

 「まあ…掃除夫は必要だからな」

 と呟いた。

 窓の外のどこか遠くに目をやりながら、一呼吸置いて、また呟く。

 「ずっと俺を好きでいろ」

 言ってることが意味不明だ。

 期待してもいいのかと思わせる。

 「報われなくてもいいなら」

 そのくせ、一瞬後には奈落の底に突き落とす。

 司はひどい。

 ひどいけど…好きなんだ。俺だけの一方的な想いだとしても。それでも。

 

 俺は、Mなんだろうか。

 もう何度も考えたことを、また考える。

 多分、そうなんだろう。いや、ただのバカなのかも知れない。

 「今日一日、ここにいてもいいか?」

 「想ってもくれない相手と一日一緒にいることの、どこが楽しいんだ」

 「…司には分からないよ」

 俺は、ただ、司のそばにいたい。こんな愛の形が良くないものだとしても。

 「誕生日プレゼントだよ」

 自分でそう呟いたら、少し切なくなった。

 司が、黙って俺を眺めた後、煙草を灰皿でもみ消して言う。

 「暇だから、セックスでもするか」

 「今したばっかだろ。いいよ。しなくても」

 「お前のためじゃない。セックスが好きだから、するんだ」

 それを聞いて、俺は苦笑する。

 エロいなぁ。

 そう思いながら、そんな司が好きだと思う。

 エロいから好きなわけじゃなく、エロいとこも好き、なんだけど。

 

 それから、俺と司は思いつく限りのことをして抱き合った。

 快感に身を委ねて、喘ぐ司を見ながら思う。

 もっと、もっと感じればいい。俺のモノで貫かれて。

 

 ここが無人島で、俺と司の二人しかいなくても、多分、司は俺を想ってはくれないのだろう。

 同じ島に二人きりでいながら、

 「お前と生きていくくらいなら、一人で生きていく」

 とキッパリ別居されて、時々、

 「抱かせてやるから、食い物、持って来い」

 とか言われてしまうのかも知れない。

 でも無人島じゃないこの日本で、今日、この日だけでもこうして二人きりでいられるなら、

 それでいい。

 それでいいよな、と自分に言い聞かせる。

 俺は、半年後も、その半年後も、この部屋の主に想われることなく、掃除をしているのだろうか。

 …きっと、しているんだろう。

 空しいと感じたら終わりの、この関係を続けながら…

 

 

 

                               了

 

 

 

 もうお分かりかと思いますが、司は「一人きり…2」のあの人です。

 なので、甘々にはなりません。クリスマスにハッピーな話じゃなくてスイマセン。

 長編に番外編として追加するか、短編に入れるか迷ったのですが、

 ちょっと毛色が違う気がして、短編としてアップしました。

 「一人きり…」シリーズを未読の方は、そちらを先に読まれることを超お勧めします。
 
2010.12.10

 

 

  BACK      web拍手です 押してくださると励みになります

  HOME     NOVELS