箱の中から


 

 こんな映像をテレビで見たことがある。

 人が、その体の大きさと同じくらいか、それより小さな幅の隙間や穴にはまりこんで、

 身動きできなくなっている場面。

 ビルとビルの間の狭い空間。あるいはマンホール。

 でも、そんなの自分以外の誰かの身に起こることだと思ってた。

 まさか、自分が似たような目に遭うなんて、今日まで、夢にも思っていなかったのだ。

 ……。

 俺は、暗い中、四方を壁に囲まれていた。すごく窮屈な空間にいて動けない。

 いったいここはどこなんだろう。

 体に力を入れてみても、周りはびくともしなかった。

 どうすればいいんだ?このまま、こうしているしかないのか?

 考えることだけは出来るから、いっそ楽しいことでも考えようか?

 

 だけど、実際にはそんな余裕もなかった。

 なんか息苦しいし、もわっと汗くさい上に

 掃除道具みたいな独特な臭いがして鼻を塞ぎたくなるのに、体は身動きできないのだ。

 「誰かー」

 顔の前に、外の様子が見える線状の隙間が数本あったので、

 そこから、人の気配のしない外に向かって、無駄だろうと思いつつ、小さく声をあげた。

 が、案の定、反応はない。何も返ってこない。

 指先がどうにか動かせたので、俺は自分の周りを指先で、数回小突いてみた。

 金属質な音がする。

 どうやら俺の周囲は壁ではないようだった。

 そして、気がついてから数分が経過して、ようやく分かった。

 俺が入っているこれは、部室のロッカーだ。

 今いる場所は、いつも俺が着替えているテニス部の部室。

 自分のいる場所が明らかになって、ちょっとホッとする。

 それにしても、なぜロッカーなんかに入っているのだろう。

 扉側に力を入れて押してみるが、開かない。どうやら鍵がかかっているらしい。

 誰かが俺を閉じ込めたのだ。

 だけど、閉じ込めるとしたら、俺はそのとき意識を失っていたということで…

 なんで俺は、意識を失っていたんだろう。そのときの記憶が全くない。

 あー。せめて誰か入ってきてくれないだろうか。

 と思っていたら、部室のドアが開いて、人が入ってきた。

 隙間から目を凝らして見たら、それはうちの部の部長と副部長だった。

 一つ年上、二年生の先輩。

 二人とも、長そでの白いスクールシャツと黒のスラックス姿で、

 肩にはスポーツバッグをかけている。

 これからここで着替えるのだろうと思った。

 無言で入って来て、ドアを閉めた後、二人は中から鍵をかけてバッグを床に置き、

 「雪村」

 「朱川(しゅかわ)」

 お互いの名前を呼び合い抱きしめ合った。

 って、

 えええええええっ!?

 ちょっ、何してんスか、先輩っ!

 あわよくば助けてもらおうと思っていた俺は、めっちゃ驚いた。

 呆然とする俺の目の前で、先輩たちが唇を合わせる。

 ふ、二人はそういう仲だったんですかあっ!?

 俺は思わず、ここにいることを気取られないよう、ただでさえ息苦しいロッカーの中、

 息を潜めて体を強張らせた。

 きっと先輩たちは俺がここにいるなんて思っていないだろうし、

 誰もいないと思ったからあんなことをしているのだ。

 見てしまった今、どんなふうに出て行けばいいんだ?

 「ふ…んっ、ん」

 朱川先輩が艶かしい声を上げるのを聞きながら、

 俺は目の前で繰り広げられる光景に心を奪われていた。

 少し背の高い雪村先輩がリードして、

 朱川先輩の唇を積極的に貪っているようだった。

 雪村先輩はテニス部の部長で、テニスの実力も部員の統率力もあって、

 みんなの人望を集める人物だ。

 朱川先輩は色白の女顔で、線の細い綺麗な人だ。テニスも上手い。

 雪村先輩と互角にプレイできるのはこの人くらいだ。

 だけど、この二人がそういう仲だとは知らなかった。

 だって、男同士だろ?

 そう思ったけれど、数秒後には俺はそれを、撤回したい気分になっていた。

 二人は角度を変えながら深く激しいキスをしていたが、

 やがて、雪村先輩が平らな長椅子の上に朱川先輩をゆっくりと押し倒し、

 そのシャツのボタンを外して開くと、白い肌と胸の小さな突起が露になる。

 上の方にある窓から光が差し込み、

 その光に包まれるように朱川先輩の体は白く浮かび上がって、

 信じられないくらい綺麗だったのだ。

 一瞬男だってことを忘れそうになるくらい。

 「冷たいよ」

 背中の椅子の質感のことなのか、雪村先輩の手のことなのか分からないけど、

 朱川先輩がそう訴えると、

 「そんなの分からなくなるくらい良くしてやるよ」

 雪村先輩が笑って、その体の上に覆いかぶさるようにして、胸の尖りを口に含んだ。

 「あ…」

 朱川先輩がビクッとして、その口から、感じているらしい声が漏れた。

 ごく。俺は唾を飲み込む。

 なんかもう…股間が痛い。

 こんな狭い場所で、ちょっと呼吸困難気味になりながら、あそこを大きくしてるこの状況って、

 そして俺って、いったい…

 本当は、ここで助けを求めるべきなのかも知れないが、やっぱり俺は、声をあげることができず、

 そのまま二人の営みを見続けてしまう。

 

 実際には外の様子の全てが分かるわけではなかった。

 顔の前の数本の隙間から見える範囲は限られていて、

 全部は見えなかったが、でも声は聞こえるし、やらしい動きも色もなんとなく分かるし、

 雰囲気も伝わってくる。

 見えなくて、もっと見たいと思うほどに、付け足し、というか妄想、

 というか脳内補完?の力が働いて、余計に興奮した。

 「あっ、はっ」

 胸の突起を吸ったり舐められたりして、朱川先輩が喘ぎ声をあげる。

 「なんだよ、むちゃくちゃ感じてるな」

 雪村先輩が顔を上げると、

 「良くしてくれるんだろ?」

 朱川先輩がそう聞いて、一瞬間があった。

 どうやら見つめあっているらしい。

 それから、「ああ」と雪村先輩が笑いを含んだ低い声で応えると、二人の顔が合わさった。

 またディープキスをしているらしく、

 「ん…あっ…ふ」

 朱川先輩の声の合間に、絡まりあった舌と唾液のたてる音が聞こえてくる。

 雪村先輩が、今度は手で乳首を突いたり転がしたりして、

 「んっ、んっ」

 唇を塞がれたままの朱川先輩の声が、少し大きく高くなった。

 身動きできないというだけでも、それがかなりなストレスになっていたが、

 それに加えて、すっかり勃ち上がってしまった息子が痛くてしょうがない。

 童貞の俺には刺激が強すぎるっ。

 動きたくてしょうがなかったが、それでも、俺は我慢強く、そのままでいた。

 正直言って、興味があったのだ。その先に。

 この状況、変態みたいだし、悪趣味かも知れないけど、

 動く事も出来ない状態で生のエッチシーンが目の前で繰り広げられていたら、

 男なら見るに決まってるっ。

 「ああっ」

 朱川先輩が急に大きな声を出して、密かにビクッとする。

 「あっ、やっ」

 雪村先輩の手は相変わらず胸にあるのに、反応がちょっと変わった。

 さっきより強めに攻められているらしい。

 何をされているんだろう。

 想像したら、腰が疼いてさらに前がキツくなる。

 「声デカい。外に聞こえる」

 雪村先輩がそう言って、スポーツバッグに手を伸ばし、中からタオルを取り出した。

 それを朱川先輩の口に噛ませて後ろで結び、ベルトを外してズボンと下着を脱がす。

 「もうこんなにしてんだ」

 「う…ふっ、…んっ」

 こんなに、ってことは先輩のは、俺のと一緒で大きくなってしまってるってことだ。

 考えただけで、体が熱くなった。

 喋ることの出来ない先輩があげる、鼻から抜ける声がまた色っぽくてたまらない。

 俺がヤってるわけじゃないのに、同じ部屋にいるというだけで、

 なんだか自分も一緒に交わっている気分になる。

 雪村先輩が、露になった朱川先輩の下半身を開いて、顔を寄せた。

 ピチャピチャと淫猥な音がして、そこを舐めているのが分かった。

 「んっ、ふ…んっ、うんっ」

 タオルを噛まされたまま、絶え間ない喘ぎ声をあげて体を捩る朱川先輩の姿態が、

 どうしようもなく俺の股間を刺激する。

 俺のモノからは、先走りがどんどん溢れ始めていた。

 しばらくそうして、股間に顔を埋めていた雪村先輩が顔を上げ、

 その手を、開いた足の間に持っていく。

 「んっ、うっ、んっ」

 何をされているのか分からないけど、朱川先輩がせつなげな声を出した。

 それからしばらくその体勢でなにやら手を動かしていた後、雪村先輩が顔を上げて、

 自分のズボンのファスナーを降ろし、大きくなったペニスを取り出した。

 そして、ポケットからコンドームを出し、封を開けると中身を自分のモノに被せる。

 え、うそ。入れるんだ?

 俺が、男同士ってどうするのかピンと来なくて、眉を寄せながら隙間から目を凝らすと、

 雪村先輩が朱川先輩の足を持って高く上げた。

 息を呑んで見ていたら、雪村先輩が朱川先輩の後ろに自分のモノを押し当て、グッと腰を落とす。

 「んんっ!」

 挿れられた朱川先輩がその衝撃に声をあげ、背中を仰け反らせた。

 雪村先輩が、腰を動かし、ペニスが徐々に呑み込まれていく。

 ……。

 挿れた…。しかも後ろに。

 なんかビックリしたけど、こっちまですっげぇ感じてきて、もうあそこがビンビンになって、

 はちきれそうだった。

 二人の体が揺れて、

 「ああ…いいよ。締め付けてくる」

 雪村先輩が呻くように、気持ち良さそうに呟いた。

 「ふっ、んっ、んっ」

 思うようには声をあげられない朱川先輩も、かなり気持ち良さそうにしている。

 男同士なのに、俺が今まで見たり聞いたり読んだりしたセックスの中で、

 一番気持ち良さそうに思えた。

 だんだん二人の息が上がり、抽挿が激しくなってくるのを見ていたら、

 苦しくなってきて俺が叫びそうだった。

 もう…イカせてくれっ!と。

 そして、次の瞬間、俺はイけなかったが、

 「う、んんーっ!」

 二人はフィニッシュを迎え、しばらく動きを止めたあと、

 雪村先輩が朱川先輩の口からタオルを外した。

 「雪村」

 「朱川」

 セックスの余韻を楽しむように唇を合わせると、長々と舌を絡ませあっている。

 なんか…むちゃくちゃ良さそうだ。男同士って、そんなにいいもんなのか?

 男同士なんて、気持ち悪いだけだと思っていたのに…

 頭の中がグルグル回って、今までのそれに対する概念が俺の中でちょっと変わったのを感じた。

 そうして、俺がぼーっとしているうちに、二人は後処理を済ませて服を着替え、

 何事もなかったかのように、部室を出て行った。

 気づいてもらえなかった俺だけが残され、ハッとする。

 目の前で展開されていた目くるめく世界に圧倒されて忘れていたが、

 そういえば俺は助けが必要な身なのだった。

 誰でもいいっ!誰でもいいからっ、入ってきて、このロッカーの鍵を開けてくれぇっ!!

 と思っていたら、しばらくして部室のドアがガラッと開いて誰か入ってきた。

 同じ学年の戸田と言う奴だった。

 「戸田っ。戸田っ!」

 必死に呼びかけつつ、ちょっとだけ動かせる手も動かして扉をコンコンと叩く。

 怪しい声と音に気づいて、戸田が眉を顰めつつこちらへ寄ってきた。

 艶のあるストレートの黒髪が隙間から見える。

 「戸田っ、ここ開けてくれっ」

 どうも声がくぐもって聞こえにくいらしいので、できる限りの大声で言うと、

 戸田が「えっ」という顔をした。

 「木下!?」

 聞こえたらしく、戸田が俺の名前を口にする。

 「この中、ロッカーの中」

 呼び寄せるようにして自分の居場所を教えると、俺の入っているロッカーの真ん前に来た。

 「なんでこんなとこ入ってんだよ」

 隙間から目の前にいる奴の顔が見える。二重のパッチリした目が見つめている。

 「入ったんじゃないよ、入れられたんだ。頼む。鍵、取ってきてくれないか」

 俺が言うと、戸田がロッカーの扉の取っ手に手をかけた。

 このロッカーの扉の取っ手は、車のドアのそれのような形状になっていて、

 戸田がへこみに手を入れて引くと、カチャッ。という音がして、あっけなく、あいた。

 あれ。

 目の前が開ける。

 「あいたよ?」

 戸田が普通の顔で言い、鍵を取ってきてと頼んだ俺は、なんか恥ずかしかった。

 ただフックが引っかかっていただけらしい。

 「鍵、かかってなかったんだ…」

 でも中からは開けられなかった。手も動かせなかったし。

 俺は開け放たれた扉から、外へ出る。

 窮屈な箱の中から開放されて、すごい自由を感じた。

 新鮮な空気に触れて感激しながら、

 「中からは無理だったんだ。ありがとう。恩に着るよ」

 礼を言う。

 なんにしても良かった。出られて。

 身動き出来ないつらさというものが、身に染みて分かった。

 「別に、何にもしてないけど」

 心底ほっとしている俺を見て、戸田が苦笑する。

 そのあと少し視線を下に移した奴が、何かに気づいたらしく、首をかしげるようにした。

 「木下、濡れてる…?っていうか」

 そこまで言った後、訝しげな表情になる。

 「勃ってる?」

 「え」

 俺は指摘されて自分の股間に目をやった。

 ズボンには、見事に大きなシミが出来ていて、慌てて押さえたけど、もう見られてしまったし、

 しかもまだちょっと勃っていて、すごく恥ずかしくなる。

 「こ、これはっ。事情があって…」

 「ロッカーに入って、何してんの」

 「入ったんじゃないっ。何もしてないっ」

 先輩たちのエッチを見ただけだっ。とは、言えなくて、なにか説明をしなくてはと思うのだけど、

 その説明も上手くできる自信がなくて黙っていると、

 「大丈夫?とにかく着替えた方がいいんじゃない?もうすぐ他の奴らも来るだろうし」

 と戸田が言う。

 「あ、うん」

 なんだか冷静な戸田に促されて、その場は何も言わずに、俺は急いでジャージに着替えた。

 

 

 結局、先輩たちのエッチを見たことは誰にも言わなかった、というか言えなかった。

 でも、その日から、俺は周りの人達を、すごく意識して見るようになってしまった。

 共学なんだから学校には女の子もいて、今まで興味があるのは確実に彼女たちだけだったのに、

 今は男にも目がいく。

 特に部活時には、ロッカーの中から見た先輩二人をついじっと見てしまう。

 そんな自分に呆れるし、溜息も出るけれど、勝手に目が追ってしまうのだからしょうがない。

 どうすんだ、こんなになっちゃって…と改めて思うと、また溜息が出る。

 あの日、あそこで見た場面が、頭の中で繰り返されて、何かが抑えられなくなりそうで自分が怖い。

 

 そうして、何日かが経ったある日、部活が終わって帰ろうとしていたら、戸田が声をかけてきた。

 「おーい、木下」

 自転車に乗ろうとしていたところで呼び止められて、乗るのをやめて足を止める。

 「ちょっと、帰りながら話さないか?」

 と言われ、

 「いいよ。でも、戸田の家って方角違うだろ?」

 と聞くと、はにかむようにして笑った。

 「そんなに違うってわけでもないから。…話がしたいんだ」

 そうして歩き出す奴に合わせて、俺も自転車を引きながら歩き出す。

 ここは広い歩道が設けられていて、自転車を引いて歩いていても、

 他の生徒が通る邪魔になることもない。

 今は紅葉の季節で、夕陽に空が染まるこの時間は、辺りに濃いオレンジ色が溢れて、

 あったかいような寂しいような、なんとも言えない雰囲気に包まれている。

 それにしても、話ってなんの話だろう。

 戸田とは、これまで別にそんなに親しくなかった。

 でも、ロッカーの件で助けられたり、みっともないとこを見ても笑わずにいてくれたことで、

 俺はなんとなく奴にいい印象を抱いていた。

 それで、最近はよく話すようになっている。向こうも話しかけてくれるし。

 「木下って、もしかして朱川先輩好きなの?」

 いきなりそう切り出されて、心の中で『おわっ』と思う。

 「えっ、どうして」

 「ん、よく見てるから」

 戸田は、あっけらかんとした笑顔を俺に向けつつ、無邪気な感じで言う。

 見られてたんだ。

 俺は、驚いて、でもこの感じは、

 そういう意味の「好き」じゃないなと勝手に判断して真面目に答えた。

 「そりゃ、テニス上手いし憧れてはいるけど」

 俺の言葉に、戸田はおかしそうにした。

 「違うよ。恋をしてるって意味の好きか、ってこと」

 それを聞いて、俺は「あれっ」と思う。

 本当に、そっちの意味だったのか?

 俺は、笑った。

 「そんな意味で好きだなんて、思ってないよ。だって男だし」

 すると、戸田が、辺りを見回すようにしてから、足を止めて真剣な顔をした。

 「木下は男同士は駄目なんだ?」

 奴に聞かれて、俺も足を止める。

 まさかそんなことを聞かれるとは思っていなくて、思わず眉を寄せていると、

 「俺、木下のこと好きなんだけど」

 と告白された。

 びっくりして戸田をじっと見ると、奴の方が背が低いので、

 下から見上げるようにして、俺を見つめ返してくる。

 それは、あの時隙間から見た、二重でパッチリした目で、

 今は少し濡れているような感じにも見えた。

 「全然ダメ?考えられない?」

 先輩たちのアレを見る前だったら、俺はとても考えられずに、笑い飛ばしていただろうと思う。

 絶対に受け入れられなかったはずだ。

 でも今は、なんか俺の中で考える余地みたいなものが生まれている。

 戸田は、よく見たら、鼻や口が小ぶりのかわいい顔立ちをしていて、

 それに気づいたら、なんだか下半身が疼いてきた。

 いや、待て。好きって言われて、かわいい顔してるって思ったからって、ここでOKするのは、

 ちょっとあまりにも、即物的だろう。

 ソレだけが目的みたいじゃないか。

 見合ったまま、頭の中でいろんなことを思った後、

 「少し考えさせて」

 猶予が欲しくてそう言うと、戸田は、

 「うん。分かった」

 と笑った。

 

 

 「昨日お前、戸田と帰ってたよな」

 翌日、同じテニス部でクラスメイトの高橋に言われて、

 「ああ」と答えると、高橋は不思議そうにした。

 「あいつ、家お前んちと逆方向だろ?」

 「え。うそ。逆だなんて言ってなかったけど」

 「逆だよ。あいつ、俺と同じ町内だもん」

 それを聞いて、思わずポカンとする。

 それって、そうとう遠いじゃないか。

 「…そうなんだ」

 戸田の奴、俺と話をする為に、俺に合わせてわざわざ遠回りして帰ったんだ。

 なんか、胸にキュンときた。そんなことで。そんなことなんだけど。

 高橋が、戸田のことを物好きだと言いた気な顔をしてから言う。

 「最近、あいつと仲いいな」

 「あ…うん。まあな」

 俺がそう答えると始業の鐘が鳴り、話はそこで途切れた。

 でも、俺は授業の間中、戸田のことばかり考えていた。

 部活の時も、それまで先輩たちを追っていた俺の目は、戸田を追い始めて…

 

 数日後、俺は奴にOKの返事を出していた。

 「つきあっても…いいよ」

 「ほんとにっ!?」

 俺の言葉に、戸田がものすごく嬉しそうな顔をする。

 それを見たら、めっちゃかわいく思えて、ドキドキした。

 あの日から、何かがどんどん変わって行っている。

 そして、俺はついにその道へと、足を踏み入れてしまったのだ。

 

 

 例の件の犯人が誰かということを俺が知るのは、それからずっと後、

 もう抜き差しならない状態になってからのことだったりする。                          

 

 

 

 

 

 

                               了

 

 

2010.10.20

 

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