女医


     「室井さん、ついに退院ですよ。良かったですね」

     女医は微笑みながら、患者である室井和子に話しかけた。

     しかし、和子は浮かない顔をしている。

     「どうかなさったんですか?ひょっとして、どこか具合が?」

     女医の問いに、和子は首を横に振った。

     「いえ、そうじゃないんです。ほら、私一ヶ月も入院してたでしょう?

     うちの家族は男ばかりで、しかもみんな家のことなど何もしないタイプだから、

     今、うちの中がどうなっているかと思うと、なんとなく帰りたくないんです」

     「ああ、分かるような気がします。どうしても男性はね…

     でも、ご主人とお会いしましたけど、優しそうな人じゃないですか。

     きっと、綺麗にしてくれてますよ」

     女医は朗らかにそう言ったが、和子の気は晴れなかった。

     心配事は、それだけではなかったのだ。

     最近の夫からは、女の匂いがする。

     夫はごまかそうとしているが、妻の和子には感じるものがあった。

     自分が、たった一ヶ月家にいないだけで、浮気するような人だったとは。

     和子が黙って考えこんでいると、女医はとにかく励まそうと思ったのか、

     微笑んだままの表情を崩すことなく、力強く言った。

     「大丈夫ですって。意外と綺麗にしてましたから」

     「え?」

     「あ」

     それから二人は、長いこと黙ってお互いの顔を見つめ合っていた。

 

                                               了

 

 

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