明日はバレンタイン。でも、祐巳は今年も私にチョコレートをくれるのだろうか?

 「なぜ、なぜ私はあそこまで強く怒ってしまったのかしら・・・。」

それぞれのバレンタイン 祥子サイド

 今日、私たちは些細な事で喧嘩になってしまった。
 始まりは些細な事。単純な書類の計算ミスだった。でも、そこからいろいろと揉めている内に私のヒステリーが始まってしまって・・・。

 「この性格、直さなければいけないわね・・・。」

 いまさらこんな事を思っても後の祭りね。でも祐巳も祐巳よ。私のヒステリーはいつもの事ではなくて?なのに今日に限って「もういいです!」なんて言って先に帰らなくてもいいじゃないの。あの後私がどんな気持ちだったか、あなたには解らないでしょうね。

 「でも・・・、明日あったらどんな顔したらいいのかしら・・・。」

 いつものようにごきげんようって挨拶してくれるかしら?タイを直そうとしたら拒絶されるなんて事は無いわよね?

 まさかロザリオを返すなんて事は!?・・・いいえ、流石にそれは・・・。祐巳にかぎってそんな事をする訳無いわよね、由乃ちゃんじゃないんだから。

 「やっぱり・・・謝った方がいいわよね。」

 そうね、電話をしましょう!たまには姉の方から折れないと。それに電話なら顔を合わさない分、素直に謝れるだろうし。

 ピッポッパッ・・・・ツー、ツー、ツー

 「話し中・・・。はっ、もしかしたら祐巳がこちらに電話をかけているのかもしれない。そうよ、きっとそう。しばらく待ってみましょう。」

 数刻後

 来ない・・・。さっきの電話は私にかけていた訳ではないようね。やはりもう一度かけ直してみましょう。

 ピッポッパッ・・・・ツー、ツー、ツー。

 「もう!どうして繋がらないの!」

 少々荒っぽく受話器を置いた後は、思考の堂々巡り。喧嘩した後だけにちょっとした事でも悪い方、悪い方へと思考が傾いてしまう。まさか由乃ちゃんにロザリオを返した時の事を聞いているの?とか、聖さまに私の悪口を言っているの?とか。いえ、祐巳に限ってそんな事は無いわ。でも、もしこのまますれ違いが続いて祐巳に嫌われるような事があったら、私はどうしたらいいの?

 ・・・そうだ!明日はバレンタイン。私も手作りチョコを作って祐巳に逢えばいい。チョコを渡しながらなら自然と会話できるし、謝るチャンスもきっと出来ると思うわ。

 「そうね、そうしましょう。」

 こうして私は、早速お抱えシェフに教わりながらチョコレートを作り始めた。

 次の日の朝、私はマリア様の像の前で祐巳を見つけた。いつも祐巳が登校する時間よりかなり早い時間っだので一瞬人違いかとも思ったけど、あの後姿は間違いなく祐巳だわ。でも、いざとなると・・・どうやって声をかけたらいいのだろう?

 「あ、お姉さま。・・・ごきげんよう。」
 「ご、ごきげんよう。祐巳。」

 ゆ、祐巳が目の前に・・・。い、今よ、チョコレートを渡して昨日はごめんなさいって・・・ああ、でもどんな感じで言えばいいの?

 「それではお姉さま、また後程薔薇の館で。ごきげんよう。」

 ああ、祐巳が行ってしまった・・・。やっぱりまだ怒っているの?普通だったら一緒に校舎まで歩いていくのに・・・。まさか顔を見るのも嫌なくらい嫌われたとか!?だめ、だめよ祐巳。絶対ロザリオは受け取らないからね。

 いえ、そこまで深刻な事態のはずないわ。でも・・・ではなぜ先に行ってしまったの?ああ祐巳、私を置いていかないで。

 「祥子?何マリアさまの前でかたまってるの?」
 「れ、令っ!」

 どうやら私はマリアさまの前で固まっていたらしい。おまけに周りの生徒は腫れ物に触るような目で遠巻きにこちらを見てるし。

 「何があったか知らないけど、ここじゃ目立ちすぎるから薔薇の館へ行こう。」
 「そ、そうね。」


 「で、昨日の喧嘩が原因で祐巳ちゃんに嫌われたかもしれないって言うの?いくらなんでも、それは考えすぎなんじゃないかなぁ。」
 「でも、祐巳が私をおいて行ってしまったのよ。こんな事は今まで無かったわ。」
 「それはそうだけど・・・。」
 「それに、後程薔薇の館でと言ったにもかかわらず、一向に祐巳が現れないのはなぜ?これこそが私が祐巳に嫌われてしまった何よりの証拠ではなくて?」

 自分で言えばいうほど不安は募るばかり。ああ、祐巳、本当に私の事を嫌いになってしまったの・・・。

 コンコン、ガチャ

 「令ちゃ・・・あっ!・・・お姉さま、祥子さま、ごきげんよう。」
 「ごきげんよう。ダメじゃないの由乃、学校では令ちゃんと呼ばないの。」
 「だってぇ、てっきりお姉さまだけだと思ったから。」

 ビックリした、一瞬祐巳が来てくれたのかと思ったわ。それにしても由乃ちゃんは今日も元気ねぇ。あの様子では、すねて見せてはいるけど反省はしていなさそうね。それに注意している令も・・・あの表情ではねぇ。

 「それで何の用なの?」
 「お姉さま!今朝言ったでしょ、マリアさまの前で待っててって。教室に荷物を置いて、急いで行ったのに居ないし。」
 「それでここへ来たと言う訳か。」
 「そうよ、本当はマリアさまの前で渡そうと思ったんだけど・・・、はい、チョコレート。」
 「おっ、ありがとう。由乃の手作りかぁ、でも食べてもおなか壊さない?」
 「ひっどぉ〜い。」

 私が祐巳の事で落ち込んでいると言うのに、この二人と来たら・・・。ほんと幸せそうでいいわね。

 「あっ、そう言えば由乃、祐巳ちゃん見なかった?」
 「祐巳さん?さっき蔦子さんと教室で何か話していたけど?」

 コンコン、ガチャ

 「ごきげんよう。」
 「ゆ、祐巳、ご、ごきげんよう。」

 祐巳、ちゃんと来てくれたの?でも、なんだかいつもと違って改まった感じだし、やっぱりなにか・・・。あ、祐巳が私の方をっ!なっ何を言われるの!?

 「お姉さま、何かあったのですか!?お顔の色が優れないようですが。」

 えっ!?心配・・・してくれたの?

 「それはねぇ、祐巳ちゃん。恋煩いの相手がいきなり現れたからよ。」
 「れ、令!」
 「さっ由乃、邪魔者は退散しよう。」
 「そうですわね、お姉さま。」

 あっ令、ちょっと・・・。どうしましょう、とりあえず何か言わないと。

 「ゆ、祐巳・・・。」
 「お姉さま?もしかして私に嫌われたかもとか、考えていませんでした?」
 「そ、そんな事・・・。」

 ドキン!心臓が一つ大きく鳴った。イタズラっぽく笑う祐巳が、動揺している私にたたみ掛けるようにこう告げてくれた。

 「クスクス、知らなかったんですか?私はお姉さまの事が大好きなんですよ。それはもう言い表せないくらい。」

 ああ、倒れてしまいそう。全ては私の勘違いだったのね。それに今の祐巳の言葉・・・。

 「ゆ、祐巳、よかった・・・もし嫌われてしまっていたらどうしようって・・・。」
 「えっ?お、お姉さま!」

 ううっ涙が・・・止まらない・・・。こんなっ、私は姉なのに・・・。でも、でも・・・。

 「大丈夫です、お姉さま。私はいつまでもお姉さまのそばに居ます。たとえどこかへ行けと言われたとしても、しつこくついて廻りますからね。」
 「えっ?」

 そう言うと、祐巳は私の首に腕を巻きつけ、そのまま頭をやさしく胸に抱いてくれた。祐巳のぬくもりが私の中に染み込んでいく。このぬくもりを感じてしまっては・・・もう一人で立っていられない。

 「ごめんなさい、情けない姉で。でも、もう少しだけこのままで居て。」
 「はい。」

 ああ、さっきまでの不安がどんどん薄れていく。まるでマリアさまの懐に抱かれているかのよう。いつまでも、この幸せなぬくもりを感じていたい。生まれたての赤ん坊のように、祐巳の優しさにつつまれていたい。でも・・・。

 「ありがとう、祐巳。」

 私は立ち直らなければいけない。なぜなら私は祐巳の姉(グラン・スール)なのだから。ちょっと無理をしていつもの顔を作り、祐巳の胸から離れた。すると・・・。

 「お姉さま、昨日はすみませんでした。バレンタインの贈り物です、受け取ってください。」
 「あら?この写真は・・・。」

 チョコレートらしき包みの上面が写真入れになっていて・・・これは私が祐巳のタイを直している写真?

 「実は朝、先に行ってしまったのは、蔦子さんからこの写真を受け取る約束をしていたからなのです。」
 「そうだったの・・・。」

 今朝の事は、私へのプレゼントの為だったのねだったのね。ああ、それなのに私ったら、祐巳の事を疑ったりして・・・。ちょっと反省しながら、早速包みを開けて一つ口に入れた。

 「おいしい。」
 「今年も令さまにレシピをもらって作ったんですよ。後で御礼を言っておかないと。」

 祐巳のまごころがこもったチョコレート。甘くてほろ苦くて。私はチョコと一緒に祐巳からもらった幸せをかみ締めた。

 「祐巳、実は私からもあるのよ。昨日のお詫びの気持ちをこめて、受け取ってもらえるかしら?」

 私もお返しとばかりに、鞄の中からチョコレートを取り出して祐巳に渡す。

 「思い立ったのが昨日だったから、あまり手をかけられなかったけど・・・。」
 「いえ!とてもうれしいです。」

 手の込んだ祐巳のチョコレートの後に渡すのは少し恥ずかしいけど、仕方ないわよね。

 私の前で封を開けて、祐巳が一つ口に入れた。ドキドキ、大丈夫かしら?ちゃんと味見はしたけれど・・・。えっ!?

 「・・・祐巳、チョコレートは泣きながら食べるものではなくってよ。」
 「どおりでちょっと塩味の効いたチョコだと思いました。」

 よかった、どうやらあまりにまずくて涙が出たわけではなさそうね。

 でも祐巳にはいつも笑顔で居て欲しい。私の大好きなあの笑顔で。


あとがき
 祥子さまサイド、やっと書きあがりました。

 流石にお題があるSSは大変だなぁ。実はこの話、祐巳に「知らなかったんですか?私はお姉さまの事が大好きなんですよ。」と言う言葉を言わせようというコンセプトだけ決めて書き始めたんですよ。

 でも、最初にセリフを決めるとだめですね。本当に苦労しました。と、同時に書いていたら祥子さま視点だけでは説明できない所まで出てきてしまったので結局もう一本、祐巳ちゃん視点の話も書く事になってしまった。

 2本とも、いつもより少し長めの話になってますが、セットの話なので両方読んで貰えると幸いです。

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