「令ちゃんのバカ〜!」

 遠くから由乃さまの絶叫が聞こえる。去年祐巳さまの作ったびっくりチョコを再現して黄薔薇様にお渡しすると言っていたけど、何かあったのだろうか?

びっくりのツケは番外編 志摩子×乃梨子の場合

 「今の、由乃さんの声よね。」
 「そのようですね。」

 志摩子さんの不思議そうな声を聞いて、慌てて今はそんな事に気を取られている場合ではないと思い返した。なにせ、これからが私の正念場なのだから。

 「きっといつものじゃれ合いですよ。そんな事よりお姉さま、早く行かないと。」
 「そうね、少し遅くなってしまったし、祥子さまたちもお待ちになっているでしょうから。」

 私達は今、志摩子さんの委員会の仕事を済ませて薔薇の館に向かっている。本来私は委員会とは関係が無いのだけれど、今日だけは志摩子さんに「祐巳さまと紅薔薇さまに二人きりの時間を作って差し上げましょう。」と言って手伝いを買って出たのだ。本当の思惑は別にある事を隠して。

 「今日は乃梨子までつき合わせてしまって悪い事をしたわね。」
 「いいのいいの、今日は私もその方が都合が良かったから。」
 「都合が、いいの?」

 あっ!

 「いや、その・・・そう!さっきも言ったけど、祐巳さまが紅薔薇さまにバレンタインのプレゼントを渡すから私もちょっと遅れてきて欲しいと言われたけど、ぶらぶらと独りで時間をつぶすよりは志摩子さんを手伝っていた方が有意義だったって事。」
 「そうだったわね。」

 ふぅ。本当はこの後のバレンタインの事があるから、志摩子さんと一緒に行動したかったのよね。

 「祐巳さん、上手くいったのかしら?」
 「どうなんだろう?私が朝お会いした時は準備万端なんて言ってましたけど。」

 と、ここまで言ったところで、志摩子さんが不思議そうな顔をするのを見て、またも失言をしてしまったことに気が付いた。

 「乃梨子、祐巳さんと今朝あったの?」
 「ゆっ、祐巳さまに今朝頼まれたんですよ。先ほど言ったちょっと遅れてきてほしいという話を。」
 「そうなの。」

 危ない危ない。志摩子さんと話をしていると、ほんわかしたペースに乗せられて全て話しそうになってしまう。気をつけないと。

 「祐巳さんもいろいろと積極的に動いているのね。」

 親友ががんばっている姿を想像して微笑む志摩子さん。ほんと、この人はなんてやわらかく笑うんだろう。

 「ところで乃梨子、祐巳さんにはいつ頃来て欲しいと言われたの?」
 「いつ頃?」
 「?、遅れてきてと言われたのでしょう?」
 「ああ、えっと、とりあえず委員会の仕事が終った後くらいならもう問題ないみたいだったけど、薔薇の館に入る前にちょっと合図をした方がいいですね。」
 「合図?」

 志摩子さんの方から話を振ってくれて助かった。あらかじめ薔薇の館に入る前に私達が来た事を祐巳さまに知らせる必要があるのよね。

 「祐巳さまには窓を少し開けて外の音が聞こえるようにしておいて下さいと頼んでおいたんですよ。いきなり私達が入って来てびっくりしないように。」
 「そうね。祥子さまたちがびっくりしてはいけないものね。」

 ふぅ、納得してくれて一安心。ここがこの作戦の一番の問題点だったからね。

 「それで乃梨子、どうやって合図するの?」
 「普通に、でも少しだけ大きな声で会話をすればいいんじゃないですか?」
 「大きな声で?」

 そう言うと志摩子さんは、ちょっと不自然な感じで声を大きくしてして見せた。

 「う〜ん、志摩子さんが大きな声を出すのはやっぱり不自然だなぁ。ここは私はちょっと興奮したみたいな感じで話をしますよ。」
 「そうね、その方がいいかもしれないわ。」

 流石に私のたくらみで志摩子さんに負担をかけるわけにも行かないからね。

 「乃梨子、そろそろ大きな声を出したほうがいいのではないかしら?」
 「あっ、そうですね。」

 もう薔薇の館はすぐ目の前だ。と言う訳で声のトーンを少しだけ高く、大きくする。すると・・・。

 がちゃ

 おもむろに薔薇の館の2回の窓があいた。

 「ほらお姉さま、やっぱり志摩子さんたちだ。」

 そこから祐巳さまが顔を出して私達の顔を確認した後、後ろにいるであろう紅薔薇さまに声をかけた。

 「あら本当ね。ねえ志摩子、ちょっと頼めるかしら?」
 「はい祥子さま、なんでしょうか?」

 えっ!?紅薔薇さまにまで手伝ってもらえるの!?今朝祐巳さまに頼んだことなのに・・・。

2月14日朝の温室にて。

 「祐巳さま、わざわざお呼びたてして申し訳ありません。」
 「いいよいいよ。で、何の用?」

 昨晩電話をしていつもより早い時間に、それも後輩の頼みで来てもらったと言うのに文句一つ言わないなんて。祐巳さまがみんなから好かれるのも無理は無いと思う。1年生の間では志摩子さんより祐巳さまの方が人気があるのはこう言う性格だからなんだろうなぁ。

 「実はですねぇ、先日言ったバレンタインチョコを薔薇の館の倉庫に隠すと言う件のことなんですが。」
 「ああ、あれなら今日、ころあいを見て志摩子さんに話すつもりだよ。」
 「いえ、まだ話していないのなら話さないで置いてもらえますか。」
 「どうして?」

 私の返事に怪訝そうな顔をする祐巳さま。前に志摩子さんが、「私のお姉さまがよく祐巳さんは表情がころころ変わって面白いといつも言っていた。」と聞いた事があるけど、本当に祐巳さまの表情はころころと変わる。確か百面相とか言っていたっけ?流石志摩子さんのお姉さま、上手いこと言う。

 「ちょっと考えがあるので。それでですねぇ、今日、志摩・・・じゃなかった、お姉さまは委員会の仕事があるので私もそれを手伝って二人で遅れていきます。その時、薔薇の館に入る前に外で合図をしますから、そこで窓からお姉さまに倉庫から何か物を取ってくるように頼んで欲しいんですよ。」
 「なるほど、そうすれば志摩子さんがチョコを手にした時に乃梨子ちゃんも一緒にいられるものね。解った、任せておいてよ。」

 祐巳さまは胸を叩きながらそう答えてくれた。

回想終わり

 「1階の倉庫の中に小さな箱があるから、それを持ってきて欲しいのよ。」
 「解りました。」
 「悪いわね。」

 そう言うと紅薔薇さまは窓を閉めてしまった。1年生の企み事にわざわざ紅薔薇さままで巻き込んでしまうなんて。でも、ここまで来てしまったからにはもう後には引けない。(引く気も無いけど。)後は前進あるのみ!由乃さまじゃないけど、行け行けゴーゴー!である。

 「何しているの乃梨子、行くわよ。」
 「あっ、はい。」

 私が決心を固めている間に志摩子さんは先に薔薇の館に入ってしまった。慌てて後に続くと、志摩子さんは丁度倉庫のドアを開けて、

 「これの事かしら?」

 そう言いながらピンク地に白薔薇模様の包装紙でラッピングされた箱を手に取った。

 「それでは乃梨子、二階に行くわよ。」
 「えっ!」

 ちょっと志摩子さん、まさか気付かないの!?

 「えっ、でも・・・。」
 「どうしたの?」

 本当に気付かないの?ちゃんとどう言うものか祐巳さまに聞いて再現したのに。いや、祐巳さまだけでなく、紅薔薇さまにまで手伝ってもらったのにこのままじゃ・・・。

 「これ、祐巳さんのチョコレートかもしれないわね。祐巳さん、そそっかしい所があるから。」

 そう言いながら階段を上っていってしまう。違うの志摩子さん、それは・・・

 「志摩子さん!」

 つい、大きな声を出して呼び止めると、志摩子さんは立ち止まってこちらを振り向いた。いつものやわらかい笑顔ではなく、少しイタズラっぽい笑顔で。

 「乃梨子、私のお姉さまはこれを見つけた時、始めは祐巳さんがくれたものと勘違いしたのよ。」
 「はっ?」

 何?どう言う意味?ああ、頭が混乱して上手くまとまらないよぉ。

 「それにピンク地で白薔薇模様が入っていたのは包装紙ではなく紙袋よ。きっと祐巳さんの勘違いだと思うけど。」
 「えっ?えっ?」
 「祥子さまにまで手伝ってもらって。ちゃんと御礼を言うのよ。」
 「それじゃあ!」
 「ふふふ。」

 はぁ〜、脅かさないでよ。ちゃんと解ってくれてたんだ。

 「ありがとう乃梨子、後でいただくわ。」
 「はい!」

 そう言うとつい志摩子さんの腕に飛びついてしまった。志摩子さんは、

 「乃梨子、こんなところではしゃいではダメよ。」

 と言ったけど、今だけは許してよね。さっきまでは本当にドキドキで、立っていられなくなりそうだったんだから。少しだけ甘えさせてね、大好きな志摩子さん。


あとがき(H17/3月17日更新)
 びっくりのツケは、志摩子×乃梨子の場合、いかがだったでしょうか?う〜ん、やはり志摩子さんは難しい。どうも雰囲気が出ないんですよね。

 乃梨子の方も口調がちょっとラフすぎるかなぁなどとも思いますが、他の山百合会のメンバーと一緒の時と違って、志摩子さんと二人の時はこんな感じなんじゃないかなぁなどと私は思っています。チェリーブロサムの頃の乃梨子はこんな感じでしたから。(あくまで私から見てですが。)

 後、あまあまのらぶらぶ話はちょっと苦手なので、読んでいる人の中には「ここはちょっと違う!私ならこうする。」なんて所もあるでしょうね。でも私にはこれが精一杯がんばった方なんですよ。と言う訳ですので許してやってください。

 さて、次はいよいよこのびっくりのツケはシリーズ(短編のつもりが全5話の短期連載になってしまった。(笑))のラストなんですが、実はまだ完成していません。と言うか、平日にSSを書くのは無理っぽいのでアップは早くても土曜日。仕上げなどもあるのでたぶん日曜日になるんじゃないかな?最後の話しですが、だからと言って特に大きな盛り上がりもないのは私のいつものSS通り。のほほ〜んと読んで貰えると幸いです。

びっくりのツケは、祐巳ちゃんの受難へ

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