「ルールも決まった事だし、そろそろ始めるわよ。」
「お手柔らかにね。」
「よろしくお願いします。」
江利子さまの言葉で、蓉子さまと可南子ちゃんが前に出た。
まず最初にバンキング対決。
「う〜ん、上手く行かないものね。」
「私のブレイクショットからですね。」
少し強く突きすぎたのか、蓉子さまの球は手前側のクッションを跳ね返って大きく離れてしまった。それに対して、可南子ちゃんは逆に弱すぎてクッションにとどかなかったものの、蓉子さまの球よりクッションに近いところで止まったので可南子ちゃんの先攻に決まった。
「それでは行きます。」
可南子ちゃんのブレイクショットは基本通りフットスポットの上に球を置いてを打った。これは、ルール上ではフットライン手前なら何処に置いてもいいのだけれど、なれていないメンバーばかりだから基本のフットポイントから始めようと話し合って決めておいたから。初心者が基本から外れてもいい事は無いからね。
「・・・・。」
勢い良く突かれた手玉は、1番ボールに見事命中。他の球も上手く散らばったのだけれど残念ながら一つもポケットには落ちなかった。
「では次は私の番ね。」
そう言ってキューを構える蓉子さまだったけど、1番ボールと手玉の間に他の球があって直接狙えない。
「これはクッションボールで狙うしかないわね。」
しかし、それも2クッションでないとあたらないという難しいボール。結局ほんの少しだけコースがずれて手玉は一番ボールにあたらず、他のボールを軽くはじいて止まった。
「残念。もう少しだったのに。」
「初心者があてるにはちょっと難しすぎたかもね。」
江利子さまが言う通り、1クッションならともかく、2クッションではかなりやりこんでいる人じゃないと確実にあてるなんて事は出来ないんじゃないかな?
「祐巳さんなら100回やってもあてられないでしょうね。」
「そうそう、私なら100回やっても・・・って由乃さん、それはちょっとひどいんじゃない?」
「そうよ由乃ちゃん。いくら祐巳でも100回もやれば1度くらいはあてられるわ。」
このお姉さまの一言でみんな大爆笑。おまけに聖さまが、
「祥子、いくらなんでも1回はひどいよ。2〜3回はあたるんじゃない?」
なんて言うものだから余計に笑われてしまった。瞳子ちゃんに至っては目に涙まで浮かべて笑ってるし。
「うう、どうせ私は・・・。」
「大丈夫よ祐巳さん、ビリヤードが下手でも祐巳さんは十分可愛いから。」
蔦子さん、それ、フォローになってないよ・・・。
コホン。続いては可南子ちゃんの番。蓉子さまがファールしたので手玉を1番ボールを入れやすいところに置いてキューを構える。
「あっ!」
ところがチャンスに焦ったのか、ここで可南子ちゃんの突いたボールがそれ、1番ボールは狙ったポケットとは違う方向へ。でも・・・、
ガコン。
なんと、その1番ボールにはじかれた8番ボールがポケットに入ってしまった。そして手玉と1番ボールもポケットに入れやすい位置に止まると言うラッキーな展開に。
「こんな事もあるのよね。」
そう言って苦笑する蓉子さま。ビリヤードというゲームは失敗しても弾かれたボールの軌道次第では偶然他のボールを落として命拾いなんてこともあるから、初心者でも楽しくてやる人が多いんだろうね。
ガコン。
流石に今度はきちっと突いて1番ボールポケット。しかし、次の2番が他のボールに囲まれるような配置になっていたため、上手く当てる事が出来ずファールになってしまった。
「う〜ん、この位置でファールもらってもどうしようもないわね。」
と、蓉子さまが言うように、2番ボールは3つの球に囲まれてあてる事はできても直接ポケットを狙う事の出来ない。
「蓉子、これはとりあえず強く突いてさっきの可南子ちゃんみたいにラッキーを期待した方がいいんじゃない?」
「そうね。」
聖さまの言葉を受けて力強く突く蓉子さま。しかしラッキーと言う物はそんなに頻繁に起こるものでもなく、残念ながらポケットは無し。
「聖さま、アドバイスはいいのですか?」
「なに祐巳ちゃん、私が蓉子の応援するのが不満?」
「そんな事は無いですけど。」
対決方式なんだし、どちらか一方のアドバイスするのはどうかな?なんて思うんだけど。
「その顔は蓉子の方だけ応援するのが不満って顔だね。」
「でも祐巳ちゃん。これは対決であると同時にゲームでもあるのだから、観客も楽しむ為に声援やアドバイスくらい送るわよ。」
「そうそう、テニス対決の時も蓉子が祥子の応援をしていたでしょ。」
私と聖さまの間に江利子さままで入ってきて、二人がかりで諭されてしまった。
「あっ、でも祐巳ちゃんはバツ。あくまで中立にね。」
「そうそう、祐巳ちゃんは優勝商品なんだから、一方に肩入れするのは無しね。」
もう!解ってますよ。私だって蓉子さまにも、可南子ちゃんにもがんばって欲しいし。
「三人とも静かに。可南子ちゃんが突くわよ。」
「あっ、すみません。」
いけない、いけない、蓉子さまに窘められてしまった。
「行きます。」
いつの間にか手玉を2番ボールとポケットとの直線上に置いてキューを構えていた可南子ちゃんが、周りが静かになったのを確認して突いた。
ガコン。
こうして2番ボールがポケットへ。続けて3番ボールを狙うも、1クッションの難しいラインだったので、ファールにならないよう無理はせず当てただけ。その後の蓉子さまも3番ボールに当てたものの、ポケットに弾かれてしまった。
「これはちょっとまずいわね。」
蓉子さまの言うとおり、この後可南子ちゃんが3番4番と連続ポケット。
「でも、ナインボールは最後に9番ボールを音した方が勝ちなの・・・よっと。」
可南子ちゃんのミスで変わった蓉子さまがそう言いながら突いたものの、
「ああ、また。」
手玉に弾かれた5番ボールは、ポケットの淵で左右に振られるも後少しと言うところで落ちずに止まってしまった。
「祐巳さん、これは可南子ちゃんのチャンスね。」
「そうね。手玉の位置も悪くないし。」
由乃さんの言うとおり、5番ボールはポケットのすぐ前だし、手玉からその5番ボールまでの間に障害物は無し。これなら絶対に落とせると思って見ていたら、
「あっ!」
あまりにチャンスボールで力んでしまったのか、なんとキューを突き損なって上をこすってしまい、手玉はころころと数センチだけ進んで止まってしまった。
「これは流れが変わったかな?」
そう聖さまが言う通り、可南子ちゃんの方に傾いていた流れが一気に蓉子さまへ。5番6番と続けてポケットし、なんと7番まで落としてしまった。そして、
「このは位置なら9番が狙えるわね。」
と言ってキューを構える蓉子さまの視線の先にはほとんど直線状に並んでいるポケットと9番ボールが。そして・・・
ガコン。
勢いよく突かれた手玉が9番ボールを弾き飛ばし、9番ボールはそのまま真っ直ぐポケットに落ちた。
「ああ、蓉子が勝っちゃったか。」
そう、ちょっと残念そうに江利子さまがつぶやいた時、思いも寄らない音が部屋に響いた。
ガコン。
なんと9番ボールを弾き飛ばした手玉が別のポケットに入ってしまったのだ。
「ねぇ江利子、この場合はどうなるの?」
「さっきのルール説明で言ったでしょ。9番ボールをフットスポットに置いてやり直しよ。」
聖さまの質問に答えながら9番ボールをフットスポットに置く江利子さま。でもこれって・・・。
「これは大チャンスですね。」
そう言いながら手玉を拾い上げる可南子ちゃん。そう、手玉が落ちたと言う事はファール。好きなところに手玉を置くことができるのだ。そして、
ガコン。
今度はミスする事無く、可南子ちゃんが突いた手玉が9番ボールをポケットに落とした。
「祐巳さま、勝ちました。」
私の方に振り返り、そう言って笑う可南子ちゃん。このゲームで負けた時点で1位になる事が出気無くなる可南子ちゃんは結構プレッシャーがあったらしく、そのプレッシャーから開放されたためか、本当にいい顔をしていた。それに対して
「負けちゃったか。これは由乃ちゃんと瞳子ちゃんにがんばってもらわないといけないわね。」
なんて負けても結構余裕のある蓉子さま。悔しいのは悔しいだろうけど、確かにこれで蓉子さまの優勝が無くなったわけじゃないからね。
「でもこれで私達が1位になれる可能性がぐっと増えたわけだ。」
「そうですね。ありがとう可南子ちゃん。」
聖さまとお姉さまはそう言って笑った。そう、これでこのゲームで優勝さえすればこの二人は1位が決定する。
「御礼を言われる筋合いはありません。決勝でも勝って、私が祐巳さまと同室になるのですから。」
一転して真剣な顔をして答える可南子ちゃん。でも、
「はいはい、そんな顔しない。それに聖さまも祥子も挑発しないで。まだ1回戦が終ったばかりなんだから、この先どうなるか解らないでしょ。」
なんて令さまに窘められてしまった。そう、ビリヤード対決は始まったばかり。この後どういう展開になるのか解らないんだからね。
あとがき(H17/8月8日更新)
少々お待たせしてしまった初めての合宿37話、いかがだったでしょうか?
いやぁ、今回はダイスを振る時、緊張しましたよ。もし蓉子さまが勝ってしまったら最低ポイントが14点。最悪決勝をやる前に優勝が決まってしまうなんて事もありえましたから。(まぁ、そうなったらそうなったで、仕方が無いんですけどね。)しかしダイスの目が先攻を示したので一安心。これによってプレーオフに持ち込まれる可能性も出て来たから書く方としてはかなり面白い展開になりました。
この後の試合、どちらが勝つかまだダイスを振ってないので(SSを書く寸前に振ろうと思っています。)私自身ちょっと楽しみだったりします。由乃さんや瞳子ちゃんの逆転勝利なんて事になったら面白いんだけどなぁ。
さて、今回のビリヤードですが、前に日記やこれまでのあらすじで書いた通り、実際に自分でプレーしてきた物をノートに書いてそのまま使っています。展開もそのまま。そう、最後の9番ボールを落としたにもかかわらず、手玉がポケットに落ちたと言うのもそのまま・・・。
最後なんだからそんなに強く突かなきゃいいのに、誰も見てないのにカッコつけて全力で突くからこんな事になるんですよね。でも、これがなければ蓉子さまが勝っていたんだよなぁ。