「あっ、もう時間なんじゃない?」
私達が夜景に見惚れていると、由乃さんがふと思い立ったように腕時計に目を落としてそう言った。
「いけない、もう入れる時間だわ。」
由乃さんに言われて慌てて時計を見た志摩子さんもそうつぶやいた。確かに今の時間は18時5分。そしてホーンテッドマンションのファストパスには18時5分〜と書かれている。
「それは急がないと。別に指定の時間以降ならいつ行っても入れてはくれるけど、遅くなるとパレードが始まってしまうわよ。」
「そうね。」
蔦子さんの言う通り、エレクトリカルパレードは19時半からだから、急がないと場所を取る時間がなくなってしまう。でも、幸いシンデレラ城からホーンテッドマンションは目と鼻の先だから、急ぎ足で行った私達は2分とかからず入り口についてしまった。
「見て祐巳さん、まだ90分待ちですって。」
「本当、凄い人だね。」
志摩子さんに言われて一般列を見てみるとかなりの人が並んでいる。さっきファストパスを見に来た時は気づかなかったけど、入り口奥にかなりの人数が並べるようになっているんだね、ここ。
「ファストパス導入前は、比較的早く入る事のできるアトラクションだったのにね。」
「そうなの?」
志摩子さんが言うには、ここも結構大人数が一度に入る事のできるアトラクションだから回転が早かったんだって。
「でも、ファストパスで1度に入る人の3分の2が入ってしまうから一般列で入ろうとすると、今までの3倍時間がかかるようになってしまったのよ。」
「と言う事は、昔はこの人数でも30分並べば入れたわけか。」
なるほど、確かにそれはかなり回転が速いアトラクションだ。そんな大行列を横目で見ながら我々はすいすいと中へ。
「なんか悪い気がするわね。」
「そうね。」
プーさんのハニーハントやスプラッシュマウンテンはファストパスと言ってもある程度手前まで進めるだけだったけど、ここは本当に入り口前まで一度も止まる事無く進んでしまった。志摩子さんの言うとおり、これは長時間並んでいる人たちにちょっと悪いような気がする。
「何を言っているのよ。そのためのファストパスでしょ?」
「そうなんだけどね。」
由乃さんの言うとおり、並ばなくてもいいと言うシステムだから気にする事も無いんだろうけど、ねぇ。
「雰囲気、あるわね。」
「う、うん。」
そんな事を言っていた由乃さんも、立ち止まって夕闇にオレンジ色の明かりで浮かび上がった入り口のドアを見ると、少し緊張したような声でそう言った。
「大丈夫よ、祐巳さん、由乃さん。ファストパスの時にも言ったけれど、それほど怖いって感じではないから。」
「そうね。ここはお化け屋敷と銘打っているけど、脅かすと言う感じじゃないもの。小さな子供も入れるところだから大丈夫。」
志摩子さんと蔦子さんが口をそろえて大丈夫と言ってくれたところで、入り口のドアがギギギッと音を立てて開いた。
「開いたわ。行きましょう。」
そう言って志摩子さんが嬉しそうに中へ。う〜ん、意外な一面を見たような気がする。
全員が中に入ったことを確認するとキャストのお姉さんによって扉が閉められ、私達は円筒形の広間のような場所に案内された。
「上の方に絵が飾ってあるわね。」
「うん。」
初めてここに入る私と由乃さんはちょっとおっかなびっくりできょろきょろ。
「大丈夫よ、いきなり上から何かが落ちてきたりはしないから。」
「そうそう、そんな安物のお化け屋敷見みたいな事は無いから、緊張しなくても大丈夫大丈夫。」
志摩子さん、蔦子さん、私達を見て楽しんでない?なんて思っていると由乃さんが私の袖をいきなりつかんできた。
「ゆ、祐巳さん、絵が・・・伸びてる。」
由乃さんに言われて見上げてみると確かに絵が下に伸びていってる。でも、怖いと言うよりどうしてああなるんだろうと言う疑問の方が先に立ってしまった。しかし・・・
「わぁっ!!」
しまった、油断してた。ちょっとおどろおどろしいアナウンスが終わり、雷の音がなったと思ったら先ほどまで何も無かった天井に首吊り死体がいきなり浮かび上がった。
「びっくりしたぁ。」
「志摩子さん、さっき何も無いって。」
「あら?私は何も落ちてこないと言っただけよ。」
「そうそう。確かに落ちては来なかったでしょ。」
恨めしそうに私と由乃さんがくすくすと笑う志摩子さんを見ていると、蔦子さんが志摩子さんに味方した。
「さっきの二人の顔たら。ここでは写真が取れないのが本当に残念だったわ。」
なんて言いながら・・・。
この後、扉が開いて奥へ。すると前のほうがなにやら混雑していた。
「ここからは二人乗りの乗り物に乗って進むの。ここ、去年のハロウィンは飾り付けが特別バージョンになっていてとても可愛かったのよ。」
「それってナイトメア・ビフォア・クリスマスバージョンでしょ。私も見たかったなぁ。」
なんて言いながら盛り上がる志摩子さんと蔦子さん。でもナイトメア・ビフォア・クリスマスってあれ、確か骸骨のサンタクロースが主人公の映画だよね。なんか本当に志摩子さんの意外な一面を知った気がする。
「ここからは私と志摩子さんで乗るから、祐巳さんと由乃さんはお先にどうぞ。」
そう蔦子さんに言われて、私と由乃さんは二人で椅子型の乗り物に乗せられてしまった。隣を見ると、由乃さんの顔が心なしか緊張でこわばっているような?
「だっ大丈夫よ由乃さん。さっき志摩子さん達も言っていたでしょ、怖いと言うよりコミカルな感じだって。」
「そ、そうね。」
しかし乗り物が中へ進んでいくとどんどん雰囲気が怖くなっていく。頭の後ろにあるスピーカーからもゆっくりとした口調で声がするものだから気分がどんどん高まってしまって
「本当に怖くないんだよね?」
なんて思わず由乃さんが言い出すような状態だ。
「祐巳さん、あの首・・・。」
「うん。」
大きな水晶球のようなものの中で女性が何か話していて、ちょっと怖い。きっとびくびくする感情って相乗効果があるんじゃないかなって思う。こんな物、志摩子さんや蔦子さんのように大丈夫と言っている人と一緒ならたいした事では無いのだろうけど、由乃さんのようにびくびくしている人と一緒だと、怖さがよりいっそう大きくなっているような気がするもの。
「確かにびっくりはしないけど・・・。」
「うん。」
十分怖いような。ふと気付くと由乃さんも私の手をぎゅって握っているし。と、その時、
ガタン!
「わっ!?」
「と、止まっ・・・た?」
なんと乗り物が停止してしまった。スピーカーのアナウンスがすぐに動き出すから慌てず座っていなさいと言っているところを見ると何かのトラブルみたいね。でも・・・、
「何もこんな所で止まらなくてもいいのに。」
と由乃さんが言うとおり、私達が止まった場所は何も無い真っ暗な通路。その上、直前に乗り物がくるりと回って後ろ向きに進むようになったから、次のセットからもれる薄緑色の光が後ろからさして来て怖さが増しているし。
「祐巳さん、大丈夫だよね?」
「だ、大丈夫よ。本当にお化けが出るわけじゃないから。」
トラブルの為か、他の人たちからも不安そうな声が聞こえる。由乃さんが握っている手も、心なしかさっきより強く握られているような・・・。
「あっ。」
「動き出した!よかった。」
止まっていたのは1分ほどかな?乗り物が動き出した事によって周りからも安堵感が伝わってくる。そしてその安堵感のおかげでそれか後は怖さも薄れ・・・、
「わぁっ!」
「きゃあ!(ビクッ!)」
るなんて事はまったく無く、出てくるお化けに驚かせられながら進み、出口に辿り着いた時は由乃さんと二人でぐったりしながら乗り物から降りた。そんな私達を他所に、志摩子さんと蔦子さんは、
「何度かこのアトラクションに乗っているけど、止まったのは初めてよ。」
「貴重な体験だったわね。」
「止まった時用にあんなメッセージまで聞けたものね。」
なんて興奮気味に先ほどのトラブルを話し合っていた。確かに貴重な体験なんだろうけど、それを楽しむ余裕なんて無かったよ・・・。
「でもよく言われている事、あれって本当よね。」
「よく言われている事って?」
蔦子さんが聞き返す私の方を振り向いてこう言った。
「怖いと思っている人が居る時ほど、怖い事が起きるって言うあれよ。」
確かに普通はアトラクションが止まるなんて事、無いものね。
「案外本当に幽霊がいて、祐巳さんたちをもっと怖がらせようとしてやったのかもしれないわね。こう言うところには霊が集まるって言うし。」
「ま、まさかぁ。」
怖い事言わないでよ志摩子さん!なんか本当にホーンテッドマンションが怖い建物みたいに見えてきたじゃない。
「い、行こう祐巳さん。」
そう言うと、由乃さんは私の手をとって足早にホーンテッドマンションから離れた。やっぱり由乃さんも私と同じように考えたのね。
パシャ
そんな私達の後ろからは、シャッターを切る音とフラッシュ、そして蔦子さんと志摩子さんの、
「ちょっとやりすぎちゃったかな?」
「フフフ、そうね。」
という楽しそうな声が聞こえていた。はい、やりすぎです。ほんと〜に怖いんだからぁ!
あとがき(H17/8月21日更新)
ブゥトン、ネズミの園へ行く第7話、いかがだったでしょうか?
今回は志摩子さん、ちょっとブラック入ってます。(笑)志摩子さんと言うとおしとやかと言うイメージがありますが、色々な人のSSを見ているとたまにブラック志摩子さんを見かけるんですよね。いいなぁと私も思うのですが、完全なブラック志摩子さんと言うのは私は書けないので少しだけブラック(と言うか、意地悪。)にしてみました。
後、祐巳ちゃんと由乃さんがちょっと臆病気味なのは黄薔薇革命の病院でのエピソードがあったから。まぁ、ホーンテッドマンション程度ではここまで過剰反応しないかなとも思いますが、その方が可愛いと思ったのでこのような内容になってしまいました。皆さんもそう思いません?
ところで、今回のエピソードにあるアトラクションの停止ですが、実はこの時本当にあったんですよ。ネタの神様は見ていてくれてますよね。SSを書こうと思ってランドを周っている時に限ってこう言うことが起きるんだから。おかげでこの話はこのシリーズを書き始めた頃から書くのが楽しみでした。でも読んでくれた方たちはどう感じるだろう?今回もweb拍手などで感想など送ってもらえると嬉しいです。