「祐巳さまの妹が可南子さんに決まったって本当ですか!」
ドタドタと大きな音を立てて階段を誰かが上ってきたと思ったら、バタン!とそれ以上の音を立てて何者かが扉を開けて飛び込んでいた。
注:この話は由乃さん視点です
「ごきげんよう、どうしたの二人とも。」
てっきり昼休みの事が耳に入った瞳子ちゃんだろうと思ってみていたら、瞳子ちゃんだけでなく、なんとあの乃梨子ちゃんまで一緒になって飛び込んできた。これには正直ちょっとびっくり。
「ごきげんよう由乃さま。そんなことより、あの話は本当なんですか?」
「祐巳ちゃんと可南子ちゃんがスールになるって話?うん、本当だけど。」
そう不用意に言ってしまった言葉を私は後悔することになる。
「そ、そんな・・・。」
その言葉を聞いて瞳子ちゃんが真っ青になって崩れ落ちる。そしてなんと泣き出したのだ。誰彼はばかる事もなく、声をあげて・・・。
「ちょっ、ちょっと大丈夫?瞳子ちゃん。」
まさかこの子がこんな風になるなんて思わなかった。意地っ張りな子だけに、みんなが見ている前では何ともないって顔をすると思ったのに。そんな瞳子ちゃんを抱きしめるように乃梨子ちゃんは、
「由乃さま、瞳子がこのような状態なので、すみませんが今日は休ませてください。」
「解ったわ。志摩子さんにもそう伝えておくから。」
「ありがとうございます。行こう瞳子。立てる?」
そう言って、いまだ泣き止む気配の見せない瞳子ちゃんを立たせ、支えるようにビスケット扉を開けて出て行ってしまった。
その日の私の頭の中はもうぐちゃぐちゃ。この事を祐巳さんに言おうかとも思ったけど、そんなことをしたら折角決めた可南子ちゃんとの事もどうにかなってしまいそうだったし、何より祐巳さんが決めた事とは言え、可南子ちゃんとの話を祐巳さんが呆けているうちに進めてしまった私にも瞳子ちゃんがあんなふうになった責任がまるでないとも言えないのだ。
「令ちゃんだけには相談しよう。」
そう決めて夜、令ちゃんの家に行って話してみたのだけれど、
「それは祐巳ちゃんたちで解決しないといけないことだよ。」
なんて薄情な答えが返ってきた。それは私にも解っているけど、あの子のあんな顔を見たらほっておけないじゃない。
ふわぁ〜。結局この事が頭から離れず、昨日は夜遅くまで眠れなかったから今朝は眠くて仕方がない。そんなボケた頭を自覚していたから、マリアさまの像の前でその姿を見た時は思わず寝ぼけて幻を見たのかと思ってしまった。
「あっ、ごきげんよう、令さま、由乃さま。」
「ご、ごきげんよう瞳子ちゃん。」
昨日あんな顔をしていた瞳子ちゃんが笑っているのだ。そして、
(小声で)「由乃さま、昨日の話、昼休みに詳しく聞かせてもらえませんか?」
(小声で)「いいけど・・・。」
(小声で)「ありがとうございます。」
なんて言ってきたのだ。一体どういうことなんだろうか?
「カラ元気かな?」
瞳子ちゃんは私と同じでかなり意地っ張りな子だから、事実を突きつけられた昨日こそ取り乱したけど、一晩たって冷静になって仮面をかぶりなおしたのかもしれない。でも、いつも支えてくれる令ちゃんのいる私はともかく、誰も支えてくれない状態でそんな事をしていてはいずれ心が壊れてしまうかも。
「一度ちゃんと話さないといけないわね。」
う〜ん、寝不足な上にこの事が気になって午前の授業、まったく頭に入らなかった。でも、授業の合間の休み時間ですむような話じゃないから仕方がないか。
「とにかく瞳子ちゃんの所へ行ってみよう。」
そう思い、昼食を一緒に薔薇の館で食べようと言う祐巳さんの申し出を「ごめん、今日はちょっと用事があるから。」と断わって教室を出た。
「由乃さま。」
「えっ?」
教室を出て、1年生の教室へ向かおうとした時に不意に呼び止められたので振り返ってみると、そこには瞳子ちゃんと乃梨子ちゃんの姿が。あれ?でも何故この二人がここに?
「丁度良かったわ、私もあなた達の教室へ向かおうと思っていたのよ。でも、何故ここに?」
「朝お話した通り、今回の件の顛末を伺おうと思いまして。」
と、瞳子ちゃん。なるほど、考えている事は同じと言うわけか。で、乃梨子ちゃんはその付き添いというわけね。でも、さすがにこんな話を廊下でするわけにもいかないから移動しなければいけないのだけれど、薔薇の館へ行くわけにも行かないし、どうしようかな?
「あの、講堂の裏はどうですか?銀杏並木のある。あそこなら誰も来ないと思いますよ。」
「そうね。」
他にいい考えもなかったから乃梨子ちゃんの提案を即採用。と言う訳で移動したのだけれど、そこには先客がいた。
「乃梨子ちゃん、知ってたでしょ?」
「フフフ、ごきげんよう。由乃さん。」
そう、そこにいたのは乃梨子ちゃんのお姉さまであり現白薔薇さま、そして私と祐巳さんの親友でもある志摩子さん。
「祐巳さんの事ですもの、私だけ蚊帳の外と言うのは無いと思いませんか?」
「そうね。でも、厳密に言うと瞳子ちゃんの話なんじゃない?」
「私の話では無く、可南子さんと祐巳さまの話ですわ。」
瞳子ちゃんの言う通り、確かに今のところはまだ祐巳さんと可南子ちゃんだけの話だけどね。
「由乃さま。とにかく、どう言う事があったのか話してもらえますか?」
「そうね、とりあえずその話をしないと。」
乃梨子ちゃんにせかされて、先日薔薇の館で起こった事を説明する。
「なるほど、可南子さんが積極的に出て、その勢いで妹に決まってしまったわけですか。」
「勢いか・・・。確かにそうかもしれないわね。」
乃梨子ちゃんの言葉に一瞬だけ瞳子ちゃんが反応する。でも、
「なんの考えも無しにその場の勢いだけで決めてしまうなんて、祐巳さまにもあきれてしまいますわね。」
なんて憎まれ口を叩く。でも瞳子ちゃん、それはちょっと痛々しすぎるよ。
「瞳子。今日は素直に話をするって言う約束でしょ。」
「・・・・。」
そんな瞳子ちゃんをすかさず叱る乃梨子ちゃん。でも、この言葉からすると、
「乃梨子、瞳子ちゃんとは何か話し合ったみたいね。」
「はい、お姉さま。実は昨日、由乃さまに祐巳さまと可南子さんの事を聞きまして。」
乃梨子ちゃんが言うには、あの後、泣き止まない瞳子ちゃんをバスに乗せるわけにもいかないから、この場所につれてきてしばらく話をしたらしい。
「その時、とにかく今回だけは素直になるって瞳子に約束させたんです。今回ばかりは意地を張っている場合じゃないって。」
「意地なんか張っては・・・。」
張ってはいないと言おうとしたのだろうけど、その声はどんどん小さくなってしまい、最後には消えてしまった。そして残ったのは仮面が外れて涙が溢れ出してしまった自称女優さんの本当の顔。と、その時、
「確かに、意地を張って全てが終ってしまってから後悔しても遅いのよね。」
「えっ!?」
不意に予想外の所から声が。全員が一斉にその声の主の方を振り向くと、そこにはとんでもない人がいた。
あとがき(H17/11月11日更新)
早めにアップすると言っておきながらこの体たらく。可南子ちゃんが妹だったらシリーズの第2弾、瞳子ちゃんの逆襲、かなり長くなってしまったので前後編に分けて、とりあえず前編だけお届けします。と言うか、本当に後編で終るかどうかは解りませんが。(汗)
ところで、今回の話は本当は祐巳ちゃん視点のはずでした。ところが、始めてみたらいきなり由乃さんが出てきたんですよ。いやぁ、私の中の由乃さんはこのシリーズがお気に入りのようで。私の場合は、キャラの動きを妨げたり動きたい方とは別の方に行かせようとするとぱたっと話が止まってしまうことが多いのでこのままいく事にしました。でも、それは今回は正解だったかも。本当によく動いてくれるしね。
あと、書きあがりがかなり遅い時間なので半分頭が死んでます。と言う訳で、明日もう少し手直しすると思います。
追記(11月12日更新)
ちょっと加筆したり、本来消さなければいけなかったところ(朝、マリアさまの像の前に居たのは瞳子ちゃんだけなのに乃梨子ちゃんの名前が残っていた。初めはこの二人がこの場所に居ると言う設定だったけど、後な話の流れで消す事にしていたのに忘れてました。)を修正したりと、結構手を加えてあります。こうして見ると、昨日は本当に頭がボケてたんだなぁ。