「確かに、意地を張って全てが終ってから後悔しても遅いものね。」
「えっ!?」
「三奈子さま!?」
そう、そこに居たのは前新聞部部長、そしてこの場に一番居て欲しくなかった人、築山三奈子さまだった。
注:この話は由乃さん視点です。
油断した。瞳子ちゃんも乃梨子ちゃんも山百合会関係者だから、一緒に歩いていても誰も気にもかけないだろうと思っていたのに。
「察する所、祐巳さんのスールが決まった。それも細川可南子さんにってところかしら?」
「うっ。」
この人、よく先走って自爆するけど、こう言うことに対する嗅覚だけは鋭いのよね。でも、そのまま認めるのはしゃくだから、
「何のことですか?私達は今後の山百合会について、昼食を取りながら話をしようとしていただけですけど。」
「あら、それなら祐巳さんが居ないのはおかしくない?私が見るに、つぼみの中でリーダーになっているのはいつも祐巳さんだったと思うけど。」
「うっ。」
しっかり読まれてるし。
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。私はもう新聞部の部長じゃないんだし、現部長の真美はこう言う話はちゃんとアポを取ってインタビュー付で新聞に載せるタイプだから、私が先走っても意味が無いもの。」
「はぁ。」
そう言うものですか。
「とにかく、どういう状況なのか話してくれないかしら?悪いようにはしないから。」
「でもですねぇ・・・。」
やはり今までの事を思うとそう簡単に信用は出来ない。だから断わろうと思ったのだけれど、
「いいじゃないですが、全てお話しましょう。」
「と、瞳子、いいの?」
乃梨子ちゃんの問いに黙って頷く瞳子ちゃん。その意味が本当に解っているのか、なんと三奈子さまに話すのをOKしてしまった。こうなると私達が無理にとめるわけにも行かず、これまでのいきさつを説明する事に。
「なるほど。そう言ういきさつなのね。」
「はい。瞳子のいないところでの出来事、それも勢いで決めてしまったようなものですから、これではあまりにも瞳子がかわいそうで。」
「だから祐巳さんに可南子さんを妹にするのを思いとどまって欲しいと言うのね。」
「えっ。」
三奈子さまにそう言われて言葉が詰まってしまう乃梨子ちゃん。指摘されるまで気付かなかったけど、確かにこの状況を何とかするには祐巳さんに可南子ちゃんを妹にするのをやめてもらうしかない。
「でも、そうなると今度は可南子さんが可愛そうなんじゃないの?」
「・・・はい。」
その通りだ。瞳子ちゃんを助けてあげようと言う気ばかりが先に立って可南子ちゃんの気持ちと言う物をまったく考えていなかった気がする。私達が勢いで祐巳さんに詰め寄って、もし可南子ちゃんを妹にすると言う話を撤回してしまったら、今度は可南子ちゃんがどれだけ悲しい思いをするか解らないわけではないのに。
「でもどうしたらいいのですか?このままでは瞳子があまりにも!」
「もう、いいわ。乃梨子さん。皆様もありがとうございました。三奈子さまに言われて目がさめました。」
三奈子さまに食って掛かる乃梨子ちゃんを制して、しかしそのままうつむいてしまう瞳子ちゃん。何か声をかけてあげたいのだけど、どう声をかけてあげたらいいか誰も解らず、みな黙り込んでしまった。
「瞳子さん。」
「はい・・・。」
そんな中、この重い沈黙を破ったのは三奈子さま。何か考えているなぁとは思ったけど私達はこの後、三奈子さまから自分の耳を疑うようなセリフを聞かされることになる。。
「あなた、祐巳さんに妹にしてくださいと言いに行きなさい。」
「えぇ〜!?」
何を言い出すのですか、この人は。
「ちょっと待ってください三奈子さま、先ほども説明した通り祐巳さんの妹には可南子さんが。」
「ええ、確かにその話は聞いたわよ。」
「じゃあ、何故?」
瞳子ちゃんに最後の思い出でも作らせようとでも言うのかしら、この人は。
「ねぇ由乃さん、妹は1人じゃないといけないなんて校則に書いてあるのかしら?」
「えっ!?いえ、そんな事は書いてないですけど・・・常識じゃないですか。」
「何故?」
何故って、
「だって、スール制度と言うのは1人のお姉さまが1人の妹を指導すると言う制度で、」
「由乃さん、スール制度は昔、全ての上級生を全ての下級生がお姉さまと呼び、また、全ての上級生が全ての下級生を指導すると言うものだったのよ。それがいつの間にか1人の上級生が仲の良い下級生1人を指導するように変わっただけ。」
「そんな事は私も知っています。でも、」
私が続けようとするのを、三奈子さまが片手を上げてさえぎった。
「私、前にあることがあって以来、ずっと疑問に思っていた事があるのよ。本来指導するという目的で作られたはずのこの制度で不幸になる人や哀しむ人が出るのは何故だろうかと。」
「不幸ですか?」
「そう。本来こんな制度がなければ仲の良い先輩後輩でいられたはずなのに、誰かが誰かのスールになる事によって不幸になる人がいる。そんなのは間違っていると思うわ。」
確かに私もそう思うけど・・・。
「だから私はこう思うの。一人が泣く事になるくらいなら、妹が二人いたっていいのではないかって。」
「でっ、でも、一人の上級生が同時に二人の妹を持つなんて言うのは前例が・・・。」
「あら、妹がお姉さまにロザリオを返すなんて前例の無い事をやった人が何を言うのかしら。」
そう言ってコロコロと笑う三奈子さま。確かにそうですけど、それとこれとは話の次元が違うような気が。
「しかし三奈子さま、そのような事をしたとして、他の生徒の方たちが納得するでしょうか?」
「お姉さまの言う通りです。私達は山百合会というほかの生徒達の見本にならなければいけないという立場なのに、そんなルールを破るような事は・・・。」
志摩子さんの意見に追随するように意見を言い出した乃梨子ちゃんだったけど、全てを言い終わる前に声がすぼんでしまった。多分、乃梨子ちゃんも他に方法が無いと考えたのだと思う。
「黙ってやれば確かに問題になるでしょうね。」
「えっ!?」
話に夢中になっていた私達の後ろから声がした。声の主はというと・・・、
「ホント、あなたと三奈子さまはスールなんだと実感したわ。だって登場の仕方が同じですもの。」
「あのねぇ、同級生に対していきなりの挨拶がそれなの?」
そう、現われたのは現新聞部部長の山口真美さん。
「薔薇の館内でならともかく、いくらなんでもこのメンバーがこんな所に集まって密談なんかしていたら私の耳にも入るわよ。」
と言って、笑いながら話の輪に入ってきた。言われてみれば確かにその通りかもしれないわね。
「これはあくまで祐巳さんが瞳子さんも妹にするのを了解したらという前提の話よ。もしそうなった時は、この話を記事にした上でリリアン瓦版で呼びかけて、祐巳さんが妹を二人持つ事の是か非かを投票してもらうというのはどうかしら?」
「投票?」
何を言い出すのかしら、この人は。って、さっき三奈子さまにも同じ事を思わされたような?ホントつくづくよく似た姉妹だと実感させられるわ。新聞部と言うのは、人の予想を越えないと部長なんてやっていられないのかしら?
「そう。要は全校生徒が納得すればいいのでしょ?だったら、今までのいきさつと何故お姉さまがこのような事を言い出したかをリリアン瓦版に載せて、その上で賛成か反対か投票してもらうの。」
「でも、そんな事をして、もし反対票が多かったら瞳子はたださらし者になるだけじゃないですか!」
自分の為に怒ってくれている乃梨子ちゃんの方をただ静かに見つめていた瞳子ちゃんだったけど、ふっと何かを決意したような表情に変わり、そして、
「ありがとう乃梨子さん。でもそれしかもう手は残っていないと思う。だから、三奈子さま、真美さま、よろしくお願いします。」
「瞳子。」
乃梨子ちゃんを制して、三奈子さまと真美さんの前に立ち、深深と頭を下げた。
「任せてくれていいわ。ところでお姉さま、こんな事を言い出したのは前に話してくださった二人のお友達の事があったからですよね?あの話、瓦版に掲載してもいいですか?」
「話の流れからして仕方が無いわね。大丈夫、ちゃんとあの二人には許可を取っておくし、ちゃんと説明すればきっと解ってくれるから。そして、この原稿は当然私が書かせてもらうわよ。」
「はい。初めからお願いするつもりです。」
そう言って笑う新聞部の二人。いつもは色々と問題のある新聞部だけど、今回の事は感謝しないとね。
「では後は祐巳さんの説得だけね。」
「解ってるわね瞳子、失敗したらこの話自体、意味の無いものになってしまうんだから。」
志摩子さんと乃梨子ちゃんが、ぽんと瞳子ちゃんの肩を叩く。
「ちゃんと妹にしてくださいと言うのよ、いつものように変な意地を張らずに。」
「はい。」
結果がどうなるかは解らないけど、瞳子ちゃんには後悔のないようにして欲しいと思う。そうしないときっと瞳子ちゃんだけでなく、祐巳さんも可南子ちゃんも、3人とも幸せにはなれないだろうから。
あとがき(H17/12月5日更新)
えっと、次回後編と言っておきながら中編になってしまいました。それも前編より長いという困った状態。でも、次回ではかならず終わるのでご安心を。流石に連載には出来ないですからね。(苦笑)
さて、今回の冒頭、三奈子さまが出てくると予想できた人はどれくらいいるでしょうか?かなり予想外の人選だとは思うのですが、この話ではこの人しかいないんじゃないかと思うんですよ。チョコレートコート(イン ライブラリー掲載)の件もあるし、レイニー事件の時も祐巳ちゃんたちの事を気にかけていた所なんか見ると、案外こう言う時は一番心配してくれる先輩なんじゃないかな?実際、この話で祐巳ちゃん達が不幸になりそうだったら黙って見ているなんて事、できそうに無いだろうし。
まぁ、真美さんに関しては瓦版のネタとしてはかなり特上の物という打算が働いていると言う部分が大きいと思うけど。(笑)