アコギ 後編
翌日。練習の合間に、大河が突然、
「俺、ちょっと旅行に行ってくる」
と告げた。
「え、どこへ?」
「ん、九州の方。えっと、博多」
俺は驚いたけど、今は夏休みなんだから、旅行に行くこと自体は別におかしいことでもなんでもない。
「家族と?」
「ああ、うん。親父と」
でも、なんだか急だったし、旅行と言ってる割にはあまり楽しそうな感じがしない。
「その間、ギター教えられないけど、一人で練習できるよな」
大河がちょっと心配そうな顔をする。
「も、もちろん、できるよ」
小さな子供じゃないんだし、ストイックになろうと思えば俺だってなれる。
と思っていたら、言われた。
「隙があればさぼろうと思ってるくせに」
痛いところを突かれた俺は、苦笑しつつ、思わず言い訳がましいことを口にした。
「昨日は、クーラーが気持ちよくて、つい寝ちゃったんだよ」
そう返してから、そう言えば、と思う。
「なんで起こさなかったんだ?俺、起こされるかと思ってた」
大河が動きを止めた。なにかを考えるような表情をして、
「毎日根詰めてやってるから、ちょっとくらい寝させてやろうかと思って」
と、偉そうな言い方をする。
もう本当に先生みたいな態度と口ぶりだ。
俺は、その会話の流れで、
「どうしてギター、教えてくれる気になったんだ?全然お前の得にならないのに」
今まで聞けなかった質問を、やっと大河にすることが出来た。
大河がふいっと視線を逸らす。
「別に。音楽が好きでギターを弾くのも好きな奴が一人でも増えてくれた方がいいと思って」
…そうか。
俺は、自分がちょっとだけ落胆するのを感じた。
特別だったからじゃない。大河は教えて欲しいと請えば、誰にでも教えてくれるんだ。
そう思って、奴をなにげなく見たら、顔を赤くしている。
訝しく思って、じっと見ていると、大河は雰囲気を切り替えるように
パンパンと自分の頬を手で挟むようにしてはたいた後、
「さ、練習するぞ」
いつもの口調に戻って、顔を上げ、ギターを抱えた。
俺はポカンと大河を見つめる。
まだ顔、赤いけど…
と思ったが、どうも突っ込んで欲しくなさそうだったりするので、
なんか変だと思いつつ、俺は聞かずにギターを膝に乗せた。
大河は、俺に課題を課して、三日間の旅行に出かけた。
行く前に弾き方のパターンをいくつか教えた上で、それぞれの弾き方を、
ちゃんと弾けるようしておくようにと言い置いていった。
新しく教わった弾き方で、大河の指定した曲が弾けるようにもなっておかないといけない。
コードを押さえるのもそうだが、上手くなるには、とにかく練習あるのみだ。
とは言うものの、一人だと気分が乗らない。
ついぼんやりとしてしまう。
自分の部屋で、ギターを手にボーッとしていると、綺麗な大河の指の動きが脳裏で再生される。
ふいに奴に指先を触られたときのことを思い出した。
そのときの感触が指に蘇える。
「なんかその言い方、エロい」
あのとき大河は言った。けど。
俺は、目の前にいない大河に向かって悪態をつく。
お前の指の動きの方が、よっぽどエロいだろうが。
薄茶色に光る瞳や髪も、ギターのボディの曲線を何気に撫ぜる仕草も、全部エロいだろうが。
考えていたら、だんだん深みにはまって来た。
大河のことが頭から離れなくなる。
なんだかムズムズする。
名前のことを自慢げに話したときの奴の笑顔とか、歌に自信がないことを吐露したときの、
ちょっと情けない表情とか、いろいろと思い出されて、今、あのときみたいに言われたら、
俺はもっと過剰に反応してしまうに違いないと思えた。
何故かまた次第にイラッとした気分になって来て、俺はそれを振り払うようにギターを抱え直し、
弾き慣れた「チェリー」を弾いた。
もう楽譜を見なくても弾けるし、合わせて歌も歌える。
ちょっと前の俺には信じられないことだ。
大河に教えてもらわなければ、未だにまだ弾けないままの俺だっただろう。
大河は、今頃なにをしているだろうか。
観光でもしてるのか、美味いもんでも食ってるのか。
「あーあ。つまんね」
一曲弾き終わった後、ギターを置いてわざと大きな声で言ってみた。
「上手くなりたいんだろ?」
大河が、出かける前に念を押すように聞いた言葉が脳裏をよぎる。
そりゃ上手くはなりたい。練習は嫌だけど。
俺は、なんか理不尽さを感じながら、とりあえずもう一度ギターを手に取って、
そのあとは手を止めることなく練習を続けた。
畜生。帰ってくるまでにうんと上手くなっといてやる。
三日後、大河は旅行から帰ってきて、俺の家にやって来た。
暑い中、ギターと土産のラーメンを手に訪れた大河を、俺は家に上げた。
「博多はどうだった?」
お茶を出しながら聞くと、
「暑かったー。どこも変わらないな」
と顔を歪めて言った後、
「でも、食いもんは美味かったな」
と満足げにした。
俺たちは、床に直に置いたトレーを挟んで向かい合って座っていて、
「そうか」
俺が笑うと、大河が、俺の顔をじっと見る。
それに気づいて自分から申告する。
「さぼってなかったぞ。俺はやるときはやる男だから。あー、俺って優秀だなぁ」
冗談混じりに言ってやると、大河は笑った。
でもその笑顔に、ふいに残念そうな色が浮かび、やがて、申し訳なさそうな表情に変わる。
大河が、言いたくないことを、言おうとしているのが分かった。
それが分かったけど、聞かずにいられなかった。
「どうした?」
笑ったまま問うと、大河も薄く笑う。
「俺、悠人に、もうギター教えられなくなった」
「え」
俺は思ってもみなかったことを言われて、驚いた。
「両親が離婚することになって、俺、親父について博多に行くことになったんだ」
大河の言葉に、思わず眉間にしわを寄せる。
「離婚…?」
「うん。で、引っ越して、休み明けから向こうの学校に通う」
突然のことに何と言っていいか分からないまま、俺は大河を凝視した。
眉を寄せて、搾り出すように言う。
「だって、…博多には旅行だって」
「なんか言えなくて、嘘ついてゴメン」
それから、大河は事情を詳しく話してくれた。
両親の不仲がずっと続いていたこと、父親の実家の博多に行き、いろんな手続きをして、
向こうの学校の転入試験も受けて来たこと。
俺は、大河の話を聞きながら、頭では理解しているようでも、
気持ちはいつまでも唖然としたままでいた。
なんだか現実のこととは受け止められない。
そんなこと、今まで一言も話してくれなかったから、全然知らなかった。
大河の名前を一生懸命考えた人たちが、バラバラになる。
そして、大河は遠くへ行ってしまう…
大河が言っているのは、そういうことなのか?
「だから、ゴメン。ギター、中途半端で」
その言葉に急にリアルを感じて、胸が痛くなる感じがする。
本当にそういうことなのだ。
「ここに残ることは出来ないのか?」
「母親の方の実家が北海道でさ。両方ともそれぞれの地元に帰るって言うから、
どっちかに行くしか…ここには親戚もいないし…」
そう言った後、ふと大河がおかしそうにして、
「両極端だよな。どっちも遠い」
そう言うのを聞いて、俺は何と返していいか分からず、視線を宙に這わせた。
大河が続ける。
「二人とも働き口を探して出てきて、日本の真ん中で出会って暮らし始めたんだ。
でも里帰りとかも毎年大変でさ、遠いっていいことないよな」
「……」
「せっかく仲良くなれたけど」
俺が黙ると、大河もそれを最後に口を噤んだ。
沈黙が部屋の空気を支配する。
その沈黙に先に耐えられなくなったのは、俺の方だった。
「なんかすっげぇビックリした」
と小さく呟いた後、
「でも、しょうがないよな」
なるべく明るく聞こえる口調で言って、バッとギターを手に取る。
ベッドに腰掛け、
「ずっとちゃんと練習してたんだからな。完璧な『チェリー』を弾くから、聞いてろ」
と前置きして、俺は、弾き始めた。
前奏を奏でるうちに、歌も一緒に歌いたくなる。
大河より下手に違いないけど、弾き語りをしたくてギターを教わっていたのだから、
なんと思われようと構わない。
家で練習するときは歌ってたし、今、ここには大河しかいないのだ。
俺は、前奏が終わると、ギターを弾きながら同時に歌も歌った。
「君を忘れない」
出だしを歌っただけで、なんだか胸にグッと来て、泣けそうになる。
こんな歌詞だったっけ、と改めて気づかされる。
なんか妙に今の気持ちとリンクしているように思えた。
大河がじっと耳を傾けて聞いている。
もうGやFの押さえ方が不十分なせいで、耳障りな音が出ることもない。
大河が教えてくれたから、これだけ弾けるようになった。大河がいたから…
サビの部分に差しかかり、感情を込めて歌う。
すると、なんだかすごく切なくなった。
初めの頃、チェリーは嫌だとごねたことが思い出される。
こんなにいい歌だなんて、全然気づいてなかった。
本当に、全然気づいてなかったんだ。
最後まで弾き、演奏を終えると大河が俺を労わるようにしみじみと言った。
「すごく上手くなった。頑張ったよな」
俺は頷いて、ギターを大河に差し出す。
「長い事貸してくれて、サンキュ」
借りていたギターだから、当然返さなきゃならない。
これからどうしよう。
せっかく覚えたのだから、出来れば毎日弾いた方が腕が鈍らないに決まっている。
小遣いからどうにか捻出して買うしかないかな。
そんなことをちょっとだけ頭の隅で考えながら、大河が受け取るのを待っていると、
奴はギターを押し返した。
「このギターやるから、今度会うまでに、もっと上手くなって、もっとレパートリー増やしとけ」
大河がとんでもないことを言い出して、俺は驚いた。
「嘘だろっ。もらえないよっ」
やるなんて、簡単に言うけど、ギターがそんなに安いもんじゃないってことを、
そして大河にとって大事な物だってことを、俺は知ってる。
「いいから」
「良くないっ」
俺が大声を出して拒むと、大河はちょっと怯んだように見えた。
なんで、教えてくれた上に、ギターをやるなんて言うんだよ。
なんでそこまでしようとするのか分からない。
信じられない、という目で見ると、大河は考えるようにしてから、
「じゃあ…」
と笑った。
「俺は、きっと戻ってくる。それまで預かっとけ」
「え…」
「悠人が今の俺くらいの実力になるには、三年かかる。…いや、もっとかかるかな」
う。俺は苦笑した。
「キツいなぁ」
「俺はこっちの大学受ける気でいるから、戻ってくるまでに、できるだけ上手くなっとけ。
戻ったら、セッションしよう」
そう言った大河の目は、本気だった。
「いいな?」
確認を取るように、俺の顔を覗き込むように、そう言ってきて、
それを聞いたら、泣けてきそうになって鼻にツンときた。
こらえようと思ったのに、目頭が熱くなってきて、抑えられない。
「泣くなって」
大河が困ったような表情をする。
「だって…教えてくれる人も…いないのに…」
その言葉に、大河は俺に顔を寄せると、俺の唇に自分の唇を軽く合わせた。
短いキスで、すぐに離れる。
俺は驚いて、大河をまじまじと見つめた。
さらに涙がこぼれて来て、目をぎゅっと閉じる。
「遠くに行くなら、キスなんかするな!!」
大声で叫んでいた。
「ごめん…」
大河が困った表情のまま笑う。
その顔を見たら、もっと泣けてきて、俺は、あろうことか、そのままその場で号泣してしまった。
むっちゃ恥ずかしかったけど、涙が次から次へと溢れて止まらなかったのだ。
まるで涙腺が壊れたようだった。
奴が行ってしまうことが本当は凄く悲しかった。
泣いたら困るだろうと思ってこらえていたのに、キスされて、感情の収集がつかなくなった。
俺は、大河のことが好きだった―
大河に手を取られ、エロいと言われて、イラッとしたあの日。
俺はあのとき、すでに大河を意識していた。
でも、大河はギターを教えることに熱心で、色恋のことなんて全く頭にないように見えた。
だから。
好きじゃないなら触らないで欲しかった。
俺の方ばっか好きで、俺のことをなんとも思ってない奴に、エロいなんて言われたくなかった。
俺は、確かに大河のことが好きだったのだ。
大河は、最初俺の背中を撫でていたが、そのうちそっと抱きしめてきた。
「悠人のこと、前から好きだった。でも転校することが決まって、言わないまま行こうと思ってた。
…だって、もうすぐいなくなる人間にそんなこと言われたって困るだろ」
俺を包むように抱きしめる大河の声が、上から降るように聞こえてくる。
「そしたら、あの日、健太との会話が耳に入って来て…好きだって打ち明ける気はなかったけど、
俺に出来ることがあると思ったら、声かけずにいられなくて」
背中に回された手が動く。今度は抱きしめつつ、背中を撫でる。
「本当はギターを楽しいと感じてもらえるような教え方したかった。
だけど、時間なくて、なんか俺、焦ってて…楽しくなかったよな、きっと。
ただひたすら練習ばっかだったもんな」
笑っているけれど、でも少し悔やんでいるような響きを含む声色に、俺は顔を上げて首を横に振った。
「そんな、そんなことない。俺は大河といれるだけで楽しかった」
俺が言うと、大河は優しい目で俺を見た後、天井を仰いで、はーっと大きく息を吐いた。
「言わずに行くつもりだったけど…結局、言っちゃったな」
その後、目線を俺に戻して、俺の顔を覗き込むようにして聞く。
「でも、言って良かったかも。ひょっとして、悠人も俺のこと、好き?」
真正面からズバリ聞かれて、俯いて黙って目を逸らす。
聞かなくたって、もうバレバレじゃんか。
こんな、目ぇ赤くしてて、どうやって否定するってんだよ。
「メールするし、電話もするから」
大河が耳元で、約束をするように囁く。
「俺、必ず戻ってくるから」
だから…?
「待っていて欲しい」
それは…誰も好きになるな、って…ことか?
そばにいない、すぐには触れられもしない、
間近で顔を見ることも出来ない、大河をずっと待っていろと?
『やっぱり近くにいないと駄目だな』
健太の言葉が脳裏をよぎる。
今高二だから、大学までまだ随分ある。一年半以上…
一年半あれば、いろんなことが変わっていく…
離れていれば、きっと季節と同じように、気持ちも移ろいでいく。
「寝顔、かわいくて起こせなかった」
「え」
大河が突然そんなことを言ってきて、俺は奴を見た。顔が赤い。
ひょっとして、この間顔を赤くしてたのも、その理由を思い浮かべたからなのか?
って、言われてる内容をよく考えると、俺も恥ずかしいんだけど。
かあっと頬が火照ってくる。
「歌、上手いって言ってくれて嬉しかった」
続けて大河が心から嬉しそうにして言って、
俺は大河の歌を誉めてケンカしてるみたいになった時のことを思い出した。
あの時と違って、今の大河は、やけに素直で俺の方が照れくさくなる。
俺は笑った。笑うと、また涙がポロリとこぼれた。
待っていられるだろうか。…待っていられるかも知れない。
流れるような綺麗な動きでコードを押さえる左手と、弦をつまびく右手。
思い出そうと思えば、いつでも思い出せる。
「俺は…俺は、ギター弾いてるときの大河の手の動き、すっごく綺麗で大好きだ」
大河が自分の気持ちを打ち明けてくれたお返しに、俺もいつも思っていたことを明かす。
すると、大河はいたずらっぽい口調で言った。
「俺は、悠人のぎこちない手の動きが好きだけど」
その言葉に、俺は苦笑する。
「言ったな。そのうちそんなこと言ったのが嘘みたいに滑らかに弾きこなせるようになってやる」
それを聞いて、大河が笑う。
色素の薄い瞳と髪が、陽に照らされて薄茶色に見える。
俺はそこも、やっぱりすごく好きだと思う。
「戻ってくるから」
「うん」
俺が返事をすると、大河は嬉しそうな表情を浮かべた。
それから俺たちは、どちらからともなく顔を寄せ、そっともう一度唇を合わせた。
夏休みが明ける前に、大河は引越し先へと去って行った。
休み明けの教室に、大河の姿はない。
部活後に二人でギターの練習をすることも、もうない。
でも、毎日会えなくなっても俺の頭の中にはずっと、あのとき聞いた大河の歌声が流れ続けていた。
愛してる、から始まる、チェリーのサビの部分。何度も何度も繰り返される。
そして、今日もメールが届く。トラのマークの入ったトラメール。
「そっちは雨だろ。今日はどんだけ練習した?」
俺たちには思い出なんか、ほとんどない。
密室でひたすらギターを弾き続けた、ある意味濃厚と言えなくもない時間の記憶があるだけだ。
遠い空の下で、別々に暮らしながら作れる思い出なんて限られているから、
思い出もほとんど増えていかない。
「たくさん」
とメールに返信すると、
「ごまかすな」
と返ってきた。
お互いに好きだと分かってからも、練習については変わらずに厳しい大河だった。
二日に一回は、演奏を聞かせろと言って、電話もかかってくる。
俺は、電話口でギターを弾いて、奴がそれを評価する。
サボっていると、音に顕著に現れてしまうから、サボれない。
と言うわけで、ギターの腕は大河がそばにいなくても、それなりに磨かれていっている気がする。
「今の演奏、良かっただろ?」
「ん、まあまあだな」
「何点」
「85点」
評価は割りと甘い。
よく考えてみれば、いつも結構甘いのだ。
俺が誉められて伸びるタイプだと分かっているらしい。
ギターを聞いてもらった後は、違う話もする。
同じクラスの奴の面白かったエピソードなんかを話すと、黙って聞いていてもそのうち、
「浮気するなよ」
なんて言い出すので、俺はわざと言ってやる。
「なんだよ、それ。俺たち付き合ってないだろ」
「ええっ。俺、もう付き合ってるつもりだけど」
「じゃあ今すぐ俺にキスしてみろ」
「…むちゃ言うなよ」
電話の向こうで、苦笑しているのが分かる。
「今すぐしたいけどさ」
大河が小さな声でポツリと付け足すのを聞いて、自分もまったく同じ気持ちだと感じる。
俺は、携帯を耳にあてたまま窓に寄って、遠い空を見上げる。
「あーあ。会いたいなぁ」
「…俺も」
二回のキスだけで、一年半とかもたねぇよ。
と思ったけど、声に出しては言えなかった。
なんかそればっかり考えてるみたいに思われそうだ。
……。
なんでだろう。離れたら駄目になるかもと思っていたけれど、全然気持ちが冷めていかない。
練習を続ける限り、いつも大河の指の動きを思い出すし、
別れ際をスタート地点に、どんどん想いが募ってきている気がする。
「冬休みに、そっち遊びに行こうかな」
「本当に?来るか?」
大河の嬉しそうな声が聞こえてきて、それを聞いた俺も嬉しくなる。
遠距離恋愛が、どれくらいの確率で駄目になり、どれくらいの確率で成就するのか、俺は知らない。
知らないけれど―
俺は、ケースを開けてギターを取り出す。
今日も俺は、練習を怠らない。
大河の綺麗な指の動きを思い浮かべながら、毎日毎日ギターを弾く。
どんどん募っていく想いにちょっと戸惑いながら。
どんどん募っていく想いをかなり持て余しながら。
バラードなどの甘いメロディを奏でると、自分の中から水が溢れ出て、
気持ちが瑞々しくなるような感じがする。
それはそのまま、大河への想いと繋がって、絶える事がない。
俺はギターを弾く。
大河がいつか戻ってくる日のために。
了
2010.08.06