廃墟〜ムーンライト・ラヴァー〜


 

「ヒロ、本当にここに出るのか?」

後ろからヒロに話しかける。ヒロは振り返って、肯いた。

「そういう噂だぜ」

この状況を楽しんでいる様子でやつがニッと笑う。

 

町の外れにある、幽霊が出ると噂の廃墟。

元はホテルだったとか、学生寮だったとか、いろいろ言われているが、

実のところ何なのかを俺たちは知らなかったし、

周りの大人たちにもちゃんと知っている人はいないようだった。

気づいたら、廃墟としてそこにあって、誰が管理しているかも定かでない。

手入れされている様子もなく、かといって取り壊されるでもなく、

歳月とともに劣化して、おどろおどろしさを増していく。

 

そんな建物に忍び込んで、何をしようとしているのかと言うと、

ありがちな「探検」というやつだった。

だけど、まさか、自分がすることになるとは思わなかった。

季節は夏。夏休みに暇を持て余して友達同士で喋っていて、

思いついたのがこの廃墟での探検だった。

 

確たる目的があるわけではない。

中を見て、どんな場所だったか知り、

それを見たことを友達に得意げに語るためだけの探検だ。

まあ、ヒロの場合は幽霊を見たいと思っていて、

それが個人的にこの探検の目的になってはいたけれど。

 

最初は四人の予定だった。

が、あとの二人はいざ行くという段になって、

急用が出来たとかで行けないと電話がかかってきた。

夜に懐中電灯を持って、廃墟をうろうろするというイベントに

参加すること自体が面倒になってしまったのか、ひょっとすると、

じわじわと怖くなってきたのかも知れない。

とにかく、急用が出来たという理由をヒロも俺も信じていなかった。

俺も出来るなら行くのをやめたいと思っていたが、ヒロは一人でも行くというし、

一人で行ったって面白くないだろうと思い、しかたなくついてきた。

 

ヒロは始め、墓で肝試しをしようと言っていて、その計画に俺は猛反対した。

「俺が霊感強くて、しかも幽霊とか苦手ってこと知ってるだろっ。嫌だよっ」

でもヒロは、俺が怖がっていることなどお構いなしに、不敵に笑った。

「見えたら教えてくれよ。俺も見たいんだよ」

するとそれを聞いていた残りの二人が、肝試しなんて定番過ぎると言い出した。

それで、その後みんなで話し合って、廃墟の探検に変更になったのだ。

 

「あいつら、あの時点でそうとう怖がってたに違いない」

ヒロが嘲るように笑い、俺も合わせるように笑ったが、

霊感が強くてときどき怖いものが見えてしまう俺も、そのとき、

墓よりは廃墟の方がましだと思って内心ほっとしたのだ。

廃墟の方も幽霊が出るという噂はあるらしいが、

出る確率は墓よりよっぽど低いように思えた。

 

俺たちは半そでのシャツにジーパンという格好で、廃墟の前に立っていた。

手には、懐中電灯。

ヒロは、幽霊が出たら写真を撮るんだと言って、

首にカメラをぶら下げている。

月が煌々と照らす明るい晩だった。

月下の物が、青白さにハチミツの黄を足したような色の光に

浮かび上がって、懐中電灯で照らさなくてもよく見える。

 

目の前に、立ち入り禁止の札が立っていた。

が、札があるだけで、柵らしきものは壊れていたし、

どこからでも入り放題だった。

「どっから行くかな。…って、どこでもいいか」

そう言って、ヒロが壊れた柵の隙間を、自分の体が通れる幅にグイと開いて、

中へと足を踏み入れた。

 

俺も続いて中へ入る。

ヒロがそのまま建物に近づき、大きな玄関ドアのノブに手をかけて回した。

ドアのはめ殺し窓のガラスが割れていて、中の様子が見てとれる。

ヒロはガチャガチャと何回か試みた後、

「開かねぇな」

そう言ったと思ったら、足でドアを蹴破った。

 

大きな音が廃墟にこだまする。

「ちょっ、乱暴だなぁ。いくら壊れてるからって」

俺は驚いて、非難するようにヒロを見たが、ヒロは悪びれる様子もなく、

「いいだろ。もう壊れてるんだし」

平然として言い放った。

 

ヒロはちょっと乱暴なところがある。

喧嘩っ早くてすぐ手が出るし、先生からも目をつけられている。

怖気づく、ということがほとんどなく、また、

頼めば誰でも言う事を聞いてくれると思っているオレ様な性格をしている。

加えてバカで、成績は下から数えて一番だ。

 

でも、どこか憎めない感じがあって、乱暴者ではあるが、嫌われ者じゃない。

思いがけないハプニングに見舞われることがあっても、

楽しい思いもできるので、俺はいつも奴と行動を共にしている。

ヒロの生気に溢れた瞳と行動力は、

後ろからついていくタイプの俺にとって魅力的で、

それを見られるだけでも、奴と一緒にいる甲斐はあると思っていた。

 

「どっからでも入れそうなんだから、わざわざ壊すことないだろ」

俺が真面目な顔で小言を言うと、ヒロは気にしない風で、

「分かった、分かった。分かったから行くぞ」

スタスタと歩き出した。俺は一つ嘆息する。

ヒロは故意に事を大きくするようなところがあって、

そこが面白くもあるんだけど、その性分が、

いつかヒロに災いをもたらすんじゃないかと、俺はちょっとだけ心配もしている。

 

ヒロの今回の目的は、前述のように幽霊を見ることだ。

そして、あわよくば写真もゲットしたいようで…

ヒロは、宇宙人にしろ幽霊にしろ必ず心を通じることが出来、

友達になれると本気で信じている。

でも、俺は霊感が強く何度か実物を目にしているので、そうは思えない。

何かされた経験はないけど、怖いと感じる。

ま、普通はそうだよな。

怖いと感じるからお化け屋敷やホラー映画に意味があるんだ。

みんなヒロみたいだったら、商売あがったりだよ。

 

中に進んで、階段が壊れないことを確認しながら登る。

「ゲームのダンジョンみたいだな」

ヒロは、楽しそうに言って登りきると、二階の長い廊下の前に立った。

廊下の左側が部屋になっていて、ドアがずらっと並んでいる。

俺が隣に立つと、ヒロは一つ目のドアに近寄って、ドアノブを回して開けた。

 

元ホテルか学生寮と噂されているように、内装はどちらとも取れるものだった。

古びた洗面台とベッドがある。

机と小さなタンスもあって埃をかぶっている。

そして、そこここに蜘蛛の巣が張っていて、

壊れた壁や、割れた窓から月の光が差し込んでいた。

 

灰色の世界で、ひどい有様のはずなのに、滑らかで細やかな光の粒子が、

全体の汚れた印象を少しずつ拭い去っていっているようだった。

「これだけ明るいと、懐中電灯いらないな」

ヒロが無用の長物となったそれを、邪魔くさそうに見る。

辺りには、一種独特の透明感のようなものが漂っていて、俺は眉をひそめた。

背後に、人ならざるものの気配を感じたような気がして、

思わず振り返るが何もいない。

 

「ショーゴ、次の部屋行こう」

「…ああ」

ヒロに言われて、部屋を出る。

「ゲームなんかだと、こういう場合、

新しい部屋に入るたびに何かイベントが起きるんだけどな」

「起きなくていいよ。なんでそんなに楽しそうなんだか」

 

少し寒気を感じた気がして、苦笑しながら言うと、ヒロは、

「余裕余裕」と笑いながら次の部屋を開ける。

一つ目の部屋と別段変わった様子もない。

「なんだ」

ヒロはがっかりしたように呟いて、

三つ目の部屋のドアに近寄り開けようとしたが、

何かに驚いたような顔をして、手を止めた。

 

後ろにいた俺は、怪訝に思い声をかける。

「どうした?」

すると、ヒロがドアのガラスの割れ目から、中を指差した。

このドアにも玄関のドアと同じようにガラスがはめ込まれている。

その割れた隙間から中の様子が見え、ソレを見た俺も動きを止めた。

 

俺たちは固まったまま、ソレに見入った。

ふわふわとした青く光るものが、ベッドの上を漂っている。

それは、ときどき人の形を成し、よく見るとどうも二人いるようだった。

おそらくは幽霊と呼ばれるもの。

フワッと離れてはくっついて、仲むつまじそうにしている。

 

ソレは始めはぼんやりと輪郭もあやふやな様子だったが、

そのうち体の線もきっちりしてきて、

何をしているのかはっきり見てとれるようになって来た。

ずばり、ベッドでいちゃついているのだ。

どうやら恋人同士らしい。

でも、何せ幽霊なので、すり抜け合ってしまって思うように交われず、

やがてどこか悲しそうな雰囲気を漂わせ始めた。

 

ほ、ほんとに出たっ。

俺はそう心で叫び、

「あれ、なん…む!」

でかい声をあげようとするヒロの口を、手の平を貼り付けて塞いだ。

それからヒロをしゃがませて、自分もしゃがむ。

 

「バカッ。向こうに気づかれるだろっ」

小声で言う。ところが、

「お、俺にも見えるっ」

こんなときだと言うのに、幽霊だと認識したヒロが、感激して嬉しそうに叫んだ。

そして、あろうことか胸元にぶら下がるカメラを手に取る。

 

「何する気だよっ」

「撮るに決まってるだろ」

「お前、何考えてるんだっ」

怖いもの知らずとは、まさにこのことだ。

気づかれたらマズイということが分からないのだろうか。

 

どんな種類の幽霊なのか分からないのに、何悠長なこと言ってんだよっ。

焦っていると、ふいに携帯の着信音が鳴った。

突然の音に、顔が強張る。

しんとした廃墟に、ヒロが最近ダウンロードしたばかりの、

激しい曲調のメロディが響き渡る。

鳴ったのはヒロの携帯で、俺は慌ててヒロの尻ポケットからそれを取り出し、

電源を切った。

 

心臓が高鳴る。

完全に気づかれたよな…。

「ショーゴ…」

ヒロの声がして、奴を見ると、目を見開いて目線を俺の後ろに注いでいた。

俺が恐る恐る後ろを振り返ったら、青い顔が目前にあって、

「ひっ」

全身総毛立つ。

 

俺の眼前で、幽霊は嬉しそうに微笑んだ。

いや、実際に微笑んだのかどうかはよく分からなかったが、

ただ、周りの空気が嬉しくてたまらないという色を帯びているのが感じられ、

俺は青くゆらゆらと揺れる幽霊から目を逸らせなかった。

 

「こんちは」

ヒロが幽霊に合わせるようにして笑いつつ、挨拶をして、俺は愕然とする。

能天気にもほどがあるっ。この嫌な感じが分からないのかっ!?

『体が欲しい…』

幽霊が囁くような声を発し、続いて轟音が聞こえた。

 

何かが俺たちに向かって、すごい勢いでぶつかって来た。

とっさにヒロと幽霊の間に入ると、

猛火にブワッと煽られるような風を感じ、目を閉じる。

次いで大砲の弾に撃たれらこんな衝撃なんじゃないかと思えるほどの

凄まじい衝撃が体を襲い、よろめいた。

もう一体の幽霊が、ヒロにスッと近づくのが視界に入る。

 

「ショーゴっ」

倒れこむ俺を支えながら叫ぶヒロの声が聞こえ、「ぶつかった」んじゃなく

「入って」来たのだ、と気づくと同時に俺は意識を失った。

 

 

『あっ、ん、ん、聖(せい)ぃ…あんっ』

目を覚ますと、俺はベッドにいて、俺の体の下で、ヒロが喘いでいた。

いつの間にか、俺のペニスがヒロのアナルに突っ込まれていて、

ヒロが艶かしい声をあげている。

『ああ、凄くいいよ。英彦』

勝手に口が動いて、言葉が紡ぎ出される。

 

これはいったいどういう事なのか。

俺は、勝手に動いている体を、

自分の意思で動かそうとしてみたが、無理だった。

とり憑かれた?

というよりは…

乗っ取られている。

その言い方のほうがピッタリ来る。

俺は今、幽霊に体を乗っ取られていて、自分の体ながら、

自由に動かすことができないのだった。

 

聖と呼ばれているらしいこの幽霊が、

腰を前後させるたびに快感が背中を駆け抜けた。

自由に動かせないのに、感覚だけはあって、

はちきれそうになっている自身のモノをヒロのそこに強く締めつけられ、

たまらなく感じる。

「ヒロ…う…っ」

思わず声に出すと、ちゃんと音声として発することができた。

体は動かせないが、喋ることは可能のようだ。

それにしても、この二人、男同士だったんだ…

 

そんなことを考えていると、

英彦と呼ばれたヒロの体から聞きなれた声が聞こえた。

「いてーっ!!」

俺はハッとする。ヒロも中で目覚めたらしい。

でも、多分は奴も乗っ取られているので、体を自由に動かせないに違いない。

『や、んぅ、…はぁあ』

英彦が喘ぎ声をあげながらよがっている。

その声が途切れると、割り込むようにヒロの声が聞こえた。

「ショーゴ、…う…やめないか、んっ、こら、

…てめぇ、ハッ、あっ…ぶっ飛ばすぞっ」

完全に目が覚めたらしい。合間に聞こえる口調が、いつものヒロだ。

 

『英彦…』

俺に乗り移った聖が、愛しげに名前を呼ぶ。

すると、ヒロの体が突かれて揺れながら、

「俺、は、ああっ…英彦な、んんっ、か、じゃ、ないっ、ふ、っあ…」

『聖ぃ、ああっ、いい…いいの。好き、好きぃ』

その同じ口から、入れ替わりに強気な言葉と甘えた言葉が吐かれる。

 

俺は、腰にどうしようもない疼きを感じながら、成り行きを見守っていた。

自分がどう思おうと、この体に乗り移った聖は英彦を、

つまりヒロを、最後にはイかせるつもりでいる。

そして、それを止めることは自分にはできない。

「あっ、あっ、も、う…んっ」

体が動かせないことで諦めたのか、だんだんよくなって来たのか、

ヒロが少し大人しくなって、感じているような声をあげ始める。

 

あのヒロが自分の下で、乱れている。

眉根を寄せて、普段決して見せることのない淫らな表情をしている。

それは俺にとって信じられない、

見る事などできるはずがないと思っていた光景だった。

ヒロの中は、熱く締まって俺を気持ちよくさせる。

聖も同じように感じているのだろう。

俺の体を駆使して、英彦を精一杯気持ちよくさせてやろうとしていた。

 

激しく突き上げる結合部から、

ズチュ、ズチュという耳を塞ぎたくなるほど卑猥な音が響いて、

たまらなくなってくる。

出来るなら、俺が自分で、自分の意思でヒロを突き上げたい。

こんな操られているような状態じゃなく…

俺がヒロを喘がせたい。

だけど、これは、この状況だから許されることで、

普段なら確実にぶっ飛ばされてる。

 

『聖』

ヒロが呟いて、

『英彦』

俺の唇が、ヒロの唇を塞ぐ。

「んっ、んっ」

『んっ、んっ』

快感に必死に抗おうとする声と、快感に身を委ねようとする声が交互に漏れる。

 

『もうイきそうだ。英彦、顔にかけるよ』

唇が離れると、聖がそう言って、

「「えっ」」

ヒロと俺が同時に叫んだ。

が、英彦はそうして欲しいようで、ヒロの体がこくりと頷くと、俺の体は、

ヒロの中からペニスを引き抜いて、ヒロの顔の前でそれをしごき始めた。

 

そんなプレイは、俺の好みじゃなかったけれど、しごかれるとものすごく感じて、

それはすぐに弾け、白濁した液が勢いよくヒロの顔に飛んだ。

まぶたから唇から、ドロリとした体液で汚れる。

『ああ、英彦…』

聖が満足そうに呟いて、英彦を抱きしめた。

『聖…』

 

ヒロの声は聞こえてこない。ショックで声も出ないのかも知れない。

恐ろしくて、あまり深く考えたくない。

そのまま聖が、英彦のモノを握った。

『あん、聖ぃ。いいのぉ』

甘ったるい声が聞こえ、聖は握ったそれをしごき始める。

 

この英彦は、ヒロと全然違う性格みたいだ。

甘えん坊のかわいいタイプで、それも悪くないけど、

俺はやっぱり断然ヒロの方がいい。

『あ…や…んっ、も、出ちゃうぅ』

「あっ、く…ぅ」

『いいよ。出して』

二人の会話の合間に、ヒロの快感に耐える声が聞こえてくる。

俺はその声を聞き逃すまいと、耳を澄ませた。

 

『ああっ』

「ああっ」

ヒロのモノが、ビクッビクッと脈打って、精液が放たれる。

ああ。ヒロのイく顔を見てしまった…

その後、熱い口づけが交わされ、唇が離れると、聖が嬉しそうに呟いた。

『これでようやく…』

英彦も嬉しそうにしている。

『うん。やっとだね』

 

そのまま、光の粒子が月に吸われるみたいに、

自分の中から何かが抜け出て天へ登っていくのを感じた。

急に体が自由に動かせるようになる。

ヒロの上に乗っていた俺は、その感覚に「わっ」と驚いて、慌てて退いた。

ヒロが、気持ち悪そうに顔を歪める。

「てめぇ」

 

「お、俺じゃないの分かってるだろっ」

「っつったって、お前のだろっ、これはっ」

ヒロが、自分の顔にかかっている精液を指差す。

俺は、ヒロについている白い液体をじっと見た。

数箇所に渡ってまんべんなく飛び散っている。

 

はい。その通り。

俺は何も言えず、ポケットからハンカチを出して、それを拭き取った。

自分のものながら、溜まっていたせいか、粘度が高くて拭き取りにくく手こずる。

なんか逆に伸ばしてしまっているような…

しかも、ヒロの顔だと思うと、怖さとドキドキするのとで、手が震えてしまう。

「ああ、もういいよ」

歯がゆそうにそう言って、奴が俺の手からハンカチを取り上げ、

脇にあった下着とジーンズを身につけると、自分で拭き始めた。

 

「でもさ、ヒロ。今回のことは」

「うるせぇよ。自業自得だってことは分かってんだよ。

だからもう文句は言わねぇ」

俺が、「ヒロにも悪いとこはある」と続けて言おうとしたら、

途中で遮ってそう言った。

ちゃんと自分の行動の浅はかさを分かっているらしい。

どうりで、本当ならもっとキレてそうなのに、静かだと思った。

 

ヒロがあらかた拭き終わって、立ち上がろうとして顔をしかめる。

「…ケツいってぇ」

それから俺を見た。

「お前、でけぇよ」

俺はなんと返していいか分からず、とりあえず謝った。

「ご、ごめん」

「おんぶ」

「えっ!」

 

「歩けねぇから、おぶってけ」

「…はいはい」

仰せの通りに。

俺は、仕方なくヒロを背中に背負って歩き、階段を降りて、廃墟の外へ出た。

ヒロの体は、しっかりしていて重く、ずっしりと負荷がかかってくる。

だんだん腕も足も痛くなってきたけど、

でも、このまま家に帰り着かないといいと思った。

 

相変わらず月の光が煌々と降り注ぎ、先に続く道を明るく照らしている。

ヒロが耳元でポツリと言った。

「お前、俺のこと好きなの?」

俺は突然の質問に、ギクッとした。心臓が止まるんじゃないかと思った。

さすがに止まりはしなかったが、鼓動が早まって、

それが背中越しに伝わってしまうんじゃないかと心配になる。

 

そして、俺はあろうことか、

「そうかもな」

肯定してしまった。

口に出して言うことはないだろうと思っていた想いを、口にした。

ヒロは背中で黙っている。

 

あんなふうにヤられて、俺のこと嫌いだったら、

俺におんぶしろなんて言わないよな?

男×男を認められないなら、「お前、俺のこと好きなの?」なんて聞かないよな?

俺は、自分に都合のいい事を考えながら、

次第にずり下がって来たヒロを持ち直した。

 

俺の前には道が続いている。

 

月の光に照らされて、見通しは、果てしなく、明るい。

 

 

 

 

 

                          了                                    

 

2010.02.23
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