白い足首






 二人で住み始めて少し経ったころ。

 椎が押入れの中のものを外に出して、何かやっていた。

 押入れの片付けだろうか。

 椎の周りの床にいろんなものが置かれている。

 服やら旅行鞄やら、ボードゲームやら使ってない家電…

 その中に白い布にくるまれたものがあった。

 目を止めて、なんだろうこれは、と思っていると椎が顔を上げて、俺の目線を追った。

 「ああ、これ」

 気づいてそれに手を伸ばし、持ち上げる。

 結構大きいし、重量もあるようだ。

 「ほら、初めて玲二を家に呼ぶとき、見せたいものがあるって言っただろ?」

 そうだったっけ。すっかり忘れてた。

 「っつっても、あのときは呼ぶための口実だったんだけど」

 「……」

 「でも、もし玲二と付き合うことが出来たら、見せてもいいな、と思ってた」

 椎が布を開き、中から出てきたものを見て、俺はげんなりした。

 そうと分かってたら、別に見せてもらわなくても良かったな。

 それは白い足首だった。立っている人の両の足。原寸大?

 台座に乗っている、足首からつま先までの置物、オブジェ。

 また足首だよ。まったくどんだけこだわりを持ってるやら。

 「あとは、包帯を巻けば完成」

 そんでもって包帯だ。足首フェチの包帯フェチ。

 いったいその二つのどこにそんなに魅せられる要素があるってんだよ。

 俺は、顔を歪めて椎を見た。

 「こんなもの。どこで買ったんだよ」

 こういうのってのは、高いに違いない。

 よく買うよ、と思いながら聞いたら、意外な答えが返ってきた。

 「買ったんじゃないよ。作ったんだ」

 「え、誰が」

 「俺が」

 俺はびっくりして、その置物を食い入るように見た。

 それは白く滑らかだった。

 美術の授業でデッサンさせられたときに見た石膏像のように。

 くるぶしや指の骨っぽい感じもきっちり表現されている。

 血管が浮いててリアルだし…

 それから椎の顔を見る。

 「だってこれ、すっげぇちゃんとしてるぞ?」

 十分鑑賞に堪えうる。

 どこからが『芸術品』というものなのか分からないが、それに入れていいくらいの出来だと思う。

 俺の言葉に、椎は嬉しそうにした。

 「玲二の足首を初めて見たとき、どうにもじっとしていられなくなって、

 美術の先生にこういうのをどうやったら作れるか聞きに行って、

 教えてもらいながら作ったんだ。ほら、高村光太郎の『手』みたいな、あんな感じで作れないかと思って」

 凄い。作れると思うところが凄い。

 「そのときは、まだ自分はゲイじゃないと思ってて、玲二を好きだってことも認められないころだったけど、

 それとは別に、どうしても作りたくて…」

 作ろうと思うところが凄い。

 「こうして玲二に見せるときが来るなんて、ちょっと不思議な感じ」

 椎が首を傾げるようにして言い、俺は目線をまた置物に戻した。

 凄い…

 頭の中で、何度も同じ言葉を繰り返す。

 運動が出来て頭がいいだけじゃなく、こんなことも出来てしまうんだ。

 やったこともないのに、初めてで、こんな置物を作ってしまえるなんて、信じられない。

 どんだけ器用なんだ。いや、器用という枠を超えてる。

 「粘土で形を造ってから型取りするんだけど、大変だったな」

 そのときのことを思い出しているのか、懐かしそうにする。

 「玲二の裸足は見たことなかったから、つま先の方は想像して作ったんだ」

 「だよなぁ。どうりで俺の足よりずっと綺麗だと思った。滑らかで、生きてるみたいだ。これ」

 でも、初めて家に来たときこれ見たら、俺、引いてただろうな。

 今だから理解…というか納得できるけど。

 ちゃんと爪もある…それに、この血管。

 俺が感心して、浮き出た血管の部分にそっと触れて、その膨らみをなぞっていると、

 椎がその俺の手をぐっと掴んだ。

 「椎?」

 俺は驚いて、椎の顔を見た。

 「こんなものは所詮、偽物だよ」

 そのまま俺を抱き寄せる。耳元で、椎の声がする。

 少し怒気を含んだようにも聞こえる声。

 な、なんだよ。どうしたんだよ。

 「玲二の足の方がずっと綺麗に決まってるだろっ。生きてて、暖かくて、動いてる。玲二の方が」

 そう言って、しばらく俺を抱きしめていたが、すっと離れて白い足を睨んだ。

 「なんか腹が立ってきた」

 「え」

 「もう捨てる。今すぐゴミ箱に捨てる」

 椎は、それを持ち上げると、本当にゴミ箱に向かって投げ捨てようとした。

 「わっ、ちょっと待て!」

 俺は奴を後ろから羽交い絞めにして、その動きを止めた。

 もったいない!

 頭の中で叫んでからハッとする。

 なんか知らないけど、俺、これに愛着持っちゃってるよ。

 「こ、これまだ完成してないんだろ?そういうことは、せめて完成させてからにしようよ」

 「玲二が自分の足より綺麗だと思うような作品なんて、いらないっ」

 どうすりゃいいんだよ。お前が作ったものを褒めちゃいけないのか。

 「捨てるんだったら俺にくれっ。遅めの誕生日プレゼントでっ」

 思い切って言ってみると、椎はじっと俺を見た後、手の内の足を見つめた。

 俺もそれに目をやる。

 「……」

 この足に包帯が巻かれるところが目に浮かんだ。

 マジで包帯巻いてみたくなって来た…って、なんでなんだ。

 ああ…変態の仲間入りだ…

 「こんなんでいいのか?」

 椎が俺に向かってそれを差し出す。ちょっと複雑そうな表情をしている。

 「玲二が欲しいなら、いいけど」

 「あ…りがとう」

 「俺はもういらないから」

 なんの執着もないようだ。

 俺はほっとして、それを受け取った。ずしりと来る。

 だけど。

 成り行きでこうなっちゃったけど、これもらって、俺、どうする気なんだろう。

 

 結局、置物は飾っても部屋の雰囲気に合わないってことで、また布にくるまれて押入れにしまわれた。

 この家には、白い足首の置物がある。所有者は、なぜか俺だ。

 

 

 

                                     了

 

 

 

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