ペアレンツ 後編






 そして、当日。

 内心ドキドキしながら、俺は椎と実家に行った。

 家に駐車場は一台分しかなく、既におふくろの車がとめてあるので、

 乗って来た車を近くにとめて歩く。

 空は快晴。風もなくよく晴れた日だ。

 「緊張してる?」

 手土産を持って歩く椎に横から聞かれた。

 ちょっと顔が強張っていたのかも知れない。

 でも、俺は自分の気持ちに意識をやってから、首を振って「いや」と答えた。

 「してないと言えば嘘になるけど…もう腹括ったから」

 そう返すと、奴は少し笑って「そっか」と頷く。

 

 

 昨夜のこと。

 寝る時間になり、俺はベッドの中で、

 打ち明けた直後のおふくろの反応を想像し、頭に思い描いていた。

 おふくろは、同性同士の恋愛について考えたことなんてあるんだろうか。

 あるとしたら、どう思っているのだろう。

 同性愛について話し合ったことなどない…と言うか、

 恋愛関連の会話というもの自体、ほとんどしたことがないから、分からないけど…

 驚くだろうか、悲しむだろうか。

 それとも、意外とすんなり認めてくれるだろうか…

 いろいろと想像してみたが、どの反応もありのようでなしのようで、

 結局予測はつかず、でも考えることをやめることも出来ずに、悶々と思考を巡らしていたら、

 椎がいつも通り布団をめくって隣に入り込んできた。

 俺の方へと体を向けてくる奴に、仰向けのまま、

 「明日…どうなるかな」

 と呟いたら、

 「心配?」

 と聞いて来た。

 「ん…まあ」

 認めてぼそっと呟くと、奴は少し間を置いた後、おもむろに口を開いた。

 「どうなるかは分からないけど…。

 どうなったとしても、玲二は玲二だし、おふくろさんはおふくろさんだよ」

 横から俺を見つめて言いつつ、俺の手に触れて来る。

 「誰かが変わったわけでも、誰かが悪いわけでもないし」

 椎の少し冷たい指先が、俺の手の平をなぞる。

 文字を書くような動きだ。

 あるいは本当に何か書いているのかも知れないが、

 何と書いているのかは分からなかった。

 「俺と玲二の想いは一緒で、俺とおふくろさんの想いも一緒。

 だから、きっと分かってもらえるよ」

 確信している口調で言葉を発しながら、手の平を滑っていた指が、

 俺の指と指の間に入り込み、絡んでくる。

 「俺もおふくろさんも、玲二が大好きなんだ。玲二に幸せでいて欲しい。

 いつも笑っていて欲しい。それだけを、考えてる」

 椎は、そう言って絡んだ指に力を込め、手をギュッと握り、俺の顔を覗き込むようにした。

 「……」

 なんだか照れ臭いのと、ちょっと切なくなってしまったのとで目を逸らして俯く。

 すると、

 「大丈夫。上手くいくよ」

 手を離して、今度は俺を包むように抱きしめてくる。

 続けて、俺の額とそして唇に順にキスをして、その後いつもと変わりなく求めてきて、

 そのまましてしまって、俺は寝てしまったのだった。

 おかげで『心配で眠れなかった』なんてこともなく。

 …よく眠れた。

 ……。

 

 とにかく。考えていたって分からないことを、いつまで考えていたってしかたがない。

 とりあえず、目の下にクマの出来た顔をおふくろに見せることにならなくて良かった。

 悩んでげっそりしてる姿なんて、心配させるだけで、

 二人の関係を認めてもらうのに、きっとマイナス要素にしかならない。

 やがて家に着き、門扉を開け、ドアの前に立って呼び鈴を押すと、

 待っていたらしいおふくろが出て来て顔を出した。

 いつも通りに見える笑顔で「おかえりー」と迎えてくれる。

 その変わらなさに、

 ホッとすると同時になんだかちょっとだけいたたまれない気分になりかけ、

 でもすぐに気を取り直した。

 笑って「ただいま」と返す。

 「あれっ、今日はなんだかいつもと雰囲気が違うね」

 目を合わせた後、視線を下に落としたおふくろが、意外そうに、

 でも明らかにいい印象を受けたという感じで言った。

 今日の服装は、椎に見立ててもらったものだ。

 「いつもの服もいいけど、ちょっとだけきちんと感を出そうか」

 大事な日だから、と言って選んでくれたのは、カジュアルだけど、

 どこか上品な雰囲気の漂う組み合わせで、派手じゃないので俺も抵抗なく着られた。

 「うん。椎が選んでくれたんだ」

 言いながら後ろを振り返るようにすると、

 「え、そうなの?」

 おふくろが、俺の視線を追って椎に目をやる。

 「こんにちは、椎君。センスいいのねー」

 感心した口調で振られて、奴が満面の笑みを浮かべ、

 「こんにちは」

 挨拶する。

 奴の服装も、合わせたのか、俺と似たようなテイストだ。

 おふくろが、

 「あれ以来ね。その節はありがとう。お世話になりました」

 頭を下げつつ礼を口にし、

 「いえいえ。俺に出来ることがあったら、いつでも何でも言ってください」

 椎が、そう応えてから手土産を差し出して渡す。

 おふくろは好青年を見る目でそれを受け取り、

 「さ、上がって」

 中へ入ってくるよう促した。

 俺と椎は、靴を脱いで上がる。

 「お邪魔します」

 そして、一緒に居間へと向かった。

 実家の居間は、八畳の洋間にラグを敷き、

 その上に冬はこたつにもなる背の低いテーブルを置いて和室のように使っている。

 そこに入っていくと、ばあちゃんがいてテレビを見ていた。

 「ばあちゃん。ただいま」

 声をかけると、こちらを向く。

 ばあちゃんは、座ったり立ったりするのがキツいので、

 一人がけのソファをテレビの見える位置に置いて、いつも大抵そこに座っている。

 「玲ちゃん。いらっしゃい。お友達?」

 ゆっくりと立ち上がって椎に目をやり、見上げながら聞いてくる。

 「うん、大学の。椎って言うんだ」

 「こんにちは、椎雅之です。いつもお世話になってます。お邪魔します」

 「まぁ、こちらこそお世話になってます。どうぞ座って」

 挨拶を交わした後、ばあちゃんに座布団を勧められ、

 「ありがとうございます」

 椎はそれに腰を下ろした。

 俺も隣に座り、テーブルの長い方の一辺に二人で並ぶ。

 テーブルを挟んだ向かい側、台所に近い側が、おふくろの定位置だ。

 「楽にしてていいからね」

 おふくろが椎に声をかけ、台所の方へ消える。

 少ししてトレーにお茶と、手土産の和菓子を乗せて戻ってきた。

 お茶を飲み、菓子をつまみながら、しばらく世間話などをする。

 「椎君のご両親は、どんな仕事をされてるの?」

 おふくろが質問し、

 「椎の家は、歯医者をやってるんだ。ほら、シーズデンタルクリニック」

 俺が事実を伝えると、聞き覚えのある名前だったからか、目を大きく見開いた。

 「えっ、ほんとに?」

 その表情のまま椎を見て問いかける。

 「はい」

 奴が頷き、おふくろは、ちょっと固まった後、

 「全然知らなかったわ。私、診てもらったことある」

 その時のことを思い出すようにして言った。

 「俺もあるよ」

 と言うと、「そうよね」というようにうんうんと頷く。

 「評判いいわよね。いつ見ても混んでるし」

 感心したようにするおふくろに、

 「ありがとうございます」

 椎が小さく頭を下げる。

 それから、はにかんだ表情で、

 「でも俺は脛かじってるだけなんで」

 言い訳のようにつけ加えた。

 「え、じゃあ家も近いの?あそこに住んでるなら同じ学区よね」

 「いえ、家の方は、クリニックとはまた別の場所にあって…」

 おふくろに聞かれて、椎が実家のある場所を説明する。

 その後も、高校の頃の部活の話や、おふくろの仕事の話などで盛り上がり、

 なんとなくその場が和んで、打ち解けた雰囲気になった。

 みんなの湯呑みのお茶が減ってきて、話のきりのいいところで、

 おふくろが急須に湯を入れに行くために立ち上がる。

 また戻ってきて、全ての湯呑みにお茶を注ぎ、

 おふくろが座り直して落ち着いた。

 そのとき。

 「あの…」と椎が切り出した。

 少し姿勢を正す奴に、

 「ん?」

 おふくろが、視線を向ける。

 「今日は、大事な話があって来ました」

 椎が、改まった口調で告げ、奴が本題に入ろうとしているのを察して、

 俺も同様に背筋を伸ばした。

 「ああ。そう言えば、玲二が電話でそんなようなことを言ってたけど…

 何なの?」

 おふくろがちょっと不思議そうに俺たちを見る。

 俺は、にわかに緊張した。

 心臓がドキドキしてきて、握った手に力がこもる。

 俺たちの様子から、生活の中で何かトラブルでもあったのかと勘違いしたのか、

 おふくろの表情に、少し訝しげな色が浮かぶ。

 そんな空気の中、椎が一呼吸置いて、ハッキリとした口調で、告げた。

 「実は、俺と玲二は恋人としてつきあってます」

 その告白に、二人とも「えっ」という感じで、口を開けた後、

 椎の言うことが、すぐには呑みこめないようで、呆然とする。

 言葉も出ないのか、どちらも何も言わずにいる。

 場がしんと静まり返り、俺はなんだか身が縮こまるような思いがした。

 が、椎は躊躇うことなく、さらに自分の想いとこれからの展望を語り始める。

 おふくろの表情が次第に険しくなっていく。

 その表情のまま、椎の言うことに耳を傾け続ける。

 ばあちゃんは、というと、何か難しい話を聞いた時のように、

 よく分からないという感じでいる。

 多分、『男同士で成立する』という事実が、もう理解の外なんだろう。

 やがて、椎が話し終わり、口を閉じた。

 俺が言わなければと思っていたことも、だいたい言ってくれた形で、

 二人しておふくろの言葉を待つ。

 おふくろは、しばらく黙って何か考えていたが、

 そのうち、小さく息を吐き出して俺を見、口を開いた。

 「玲二」

 名前を呼ばれて、ドキッとする。

 「…はい」

 「椎君の言ってることは、本当なの?」

 顔を覗き込むようにして聞かれ、

 「…うん」

 正直に頷くと、今度は目を閉じ、大きく息を吐き出した。

 それから、目を開けて、俺を見つめつつ言う。

 「いつか、どこかの娘さんを連れてくるかも知れないとは思っていたけど…

 こういう展開は予想しなかったわ」

 「……」

 そうなんだろう。

 そうだろうと思うから、俺は何も言えず…

 そんな俺から視線を椎に移して、おふくろが真っ直ぐ奴を見た。

 「椎君がいい人だって事は、玲二が入院した時お世話になったから分かってます」

 奴に向かってそう言葉を発した後、

 「椎君が玲二を大切に思ってくれてることも、今話を聞いていて伝わってきました」

 と続ける。

 椎もおふくろを真っ直ぐ見返し、「はい」と頷く。

 「でも、二人がそういう関係で、それをすぐに認めろと言われても…

 難しいわね」

 おふくろが、至極真面目な表情と強い口調でもって告げ、椎は黙った。

 ピンと張りつめた空気を痛いほど感じる。

 簡単に認められない気持ちは、今まで一緒に過ごした日々を想えば、

 俺自身にもよく分かる。

 だけど。

 難しい…ってことは、俺たちの付き合いに反対だということになるのだろうか。

 反対されたら、俺はもうこの家に来られない…?

 またその場が沈黙に包まれて、冷や汗が出るような感覚に襲われていたら、

 ふいに、おふくろの表情が緩んだ。

 「でも…。難しいけど、こうして来てるってことは、

 反対されたからって諦める気もないんでしょう」

 おふくろが、静けさを破って口をきき、俺を見つめる。

 視線を合わせ、ちょっと申し訳ない気持ちになりながら、

 目だけで返事をすれば、おふくろは、フッと笑みを浮かべた。

 「とりあえず様子を見ましょう。今までそういう目で見てなかったし…

 知り合いにそういう人もいないから、どんな感じなのか分からないし」

 二人に向かってそう言って、俺は、えっと思う。

 それって、保留ってことだろうか。

 認めるでも反対するでもなく、中間…

 俺が椎を見ると、疑問に思ったらしい奴が、おふくろに向かって聞いた。

 「あの、どんな感じ…と言うと?」

 眉を寄せる椎に、おふくろが応える。

 「男同士で、幸せになれるものなのか」

 その言葉に、椎が驚いたように動きを止めた。

 そして何か言おうとし、一度はそれを抑えようとしたらしいが、

 抑えられなかったようで、結局口に出した。

 「それは、…異性同士でも同じだと思います」

 それを聞いて、今度はおふくろがハッとした感じで黙る。

 固まって今の会話を思い返すようにした後、

 「そうね」

 と納得した体で呟き、頷いた。

 次いで、笑顔を浮かべて椎を見る。

 「とりあえず、椎君のことをもっと知りたいから、

 今度ご飯でも食べにいらっしゃい」

 

 

 

 玄関を出て、家を後にする。

 なんだか微妙な結果に、何も言わずに歩いていると、珍しく椎も黙って横を歩く。

 そして、二人して車に乗り込んでドアを閉めた、次の瞬間。

 「玲二」

 椎が俺に抱きついてきた。

 「わっ、ちょっ、いきなりなんだよっ」

 聞いても何も言わず、黙っている。

 知り合いが通らないとも限らない場所なので、俺は焦った。

 「こ、こんなところでっ」

 引き剥がそうと力を入れても、全然離れない。

 「なぁ、おいっ、椎」

 喚くようにして呼びかけつつ背中を軽く叩くけど、やっぱり返事がない。

 この感じには、心当たりがある…

 そう思った俺は、ひとまず自分が冷静になれるように黙り、ふうっと息を吐いて、それから、

 「どうしたんだよ」

 椎に話しかけた。

 すると、奴が耳元で絞り出すようにして、声を発する。

 「…緊張した…っ」

 告げられた言葉に、

 「え、嘘だろ?」

 俺は、思わず顔を歪めつつ笑った。

 だって、そんな気配は微塵も感じられなかったのに。

 信じられない。

 「ほんとだって」

 信じられないけど…

 今、椎は、俺にもたれかかりながら、思いっきり脱力している。

 言われてみれば、なんとなく干からびているようにも見えなくもない。

 柄にもなく、本当に緊張したらしい。

 「チャージしたら、車出すから」

 知り合いに見られるかも知れないという焦りは変わらずあったが、椎の言葉に、

 「いいよ。分かった」

 俺は諦めて頷き、その格好でしばらくじっとしていた。

 なんとなく労うような気持ちになって、手の平でポンポンと背中を叩く。

 叩きながら、さっきの家でのことを思い出し、

 ああ、とうとう言ってしまった。と思い、でも、言ってよかったのだ。と思う。

 しばらくして、もう大丈夫なのか椎が俺を離れ、

 サンキュと短くお礼を呟いた後、何事もなかったかのように、車を発進させた。

 

 

 「認めてはもらえなかったけど、前向きに捕えていい結果だよな」

 夜。

 ベッドに入ってきた椎に言うと、奴は「ああ」と同意した。

 「おふくろさんが、それだけ玲二のことを大事に思ってるってことだよ」

 横から、俺の腰に手を回して引き寄せつつ言う。

 「でも、俺も負けないくらい大事に思ってる。

 そして、それが伝われば、きっと認めてもらえるよ」

 昼間、珍しく弱みを見せていた椎は、今はもう、いつも通りの奴に戻っていた。

 今日の結果も、俺が言わなくとも、十分前向きに捕えているようだ。

 「必ず認めてもらうようにする」

 気合の入った言葉に、

 「ゆっくりでいいんだよ。そんなに頑張らなくても」

 と返すと、椎が半身を起こした。

 そして、

 「玲二」

 名前を呼びながらのしかかってきて、俺をじっと見つめつつ、

 自分の前髪をかき上げるようにして分けた。

 それは、何度だって見ている仕草の筈なのに、ちょっとドキッとして、

 でも、それを知られるのはちょっと悔しくて、俺は平静を装う。

 「誰にも渡さない」

 そんな俺の上で、椎が、怖いくらい真面目に言った。

 思わず苦笑する。

 「いや、うん。だから、その為に動いてるんだろ?」

 強い気迫を感じて少したじろぐ俺の言うことを、

 聞いているのかいないのか、奴が続きを口にする。

 「今までだって、消えないペンで『俺のもの』って書きたいくらいだった」

 「……」

 なんかそれっていかがわしい感じがする、と思うのは俺だけだろうか。

 そんなのが書かれてる俺って、どうなんだろう。

 などと考えていたら、椎が俺の首筋にふいに顔を寄せ、そこをペロッと舐めた。

 「んっ」

 ゾクッと来て首を竦めると、おかしそうにフッと息を吐く。

 「くすぐったい?」

 笑ってから、奴がもう一度首筋に顔を寄せた。

 耳元で、熱い吐息と共に、小さく囁く。

 「玲二…したい」

 そうして視線を合わせた後、背中に腕を回しお互いに顔を寄せ、唇を重ねた。

 「んっ、ふ…」

 椎が、キスしながら俺のパジャマのボタンを外して前を開き、

 離れると、今度は首から肩のラインにかけて、少しずつ下へ向かって唇を滑らせる。

 ふいに強めに皮膚を吸われ、

 「ん…」

 思わず体を捩ったら、離れまいとするようにますます強く吸いついてきて、

 「あっ」

 何をしようとしているのか気づいたときには、

 もうすでに赤い痕を付けられてしまっていた。

 離れて眺めるようにした椎が、満足げにするのを見て軽く睨むと、

 「大丈夫。下の方だから」

 何が大丈夫なんだか、そう言った後、大事なものを愛おしむみたいに、

 素早く俺の額に口づけしてきて、瞬間的に目を閉じる。

 まだ前の分のキスマークが残っているからあまりつけて欲しくないのに、

 油断しているとすぐに付けようとしてくる。

 でも…付けてしまったのなら、しょうがない。

 俺がそう思ったのを見透かしたように、椎が嬉しそうに笑みを浮かべ、

 また俺の体を辿り始める。

 さっきの続きで、再び鎖骨の辺りに唇が降りて、次第に胸へと移っていく。

 胸の突起に徐々に近づき、やがて辿り着くと、チュッチュッと小刻みに口づけた。

 「…っ」

 繰り返される刺激に反応して、そこが硬く立ち上がってくる。

 ツンと張ったそれを、上唇と下唇でキュッと挟まれ、体がビクッと揺れる。

 続けて表面を舌で舐められて、口に含まれ吸われたら、

 「んんっ」

 気持ち良さが体を駆け抜け、背中が反った。

 椎が舌を器用に動かして、絶え間ない愛撫を繰り返しながら、

 もう一方の乳首も、指で軽く押したり摘まんだり、弄ってくる。

 「あ…っ、んっ」

 下半身に生まれた疼きが少しずつ大きくなり、椎の舌や指が、

 硬くなったそれの上で動く度、合わせるように自然と腰もユラユラと揺らめく。

 「玲二…気持ちいい?」

 奴が胸の尖りから顔を上げて聞き、胸を弄っていた手を離して、

 そのまま俺の股間へと持っていった。

 そして、俺のモノに触れ、そこも硬く大きくなっていることを確認すると、

 俺を見つめて顔を寄せて来る。

 唇を合わせて舌を忍ばせながら、腰を俺の体に押し付けてきた。

 「ん…ふっ、んっ」

 椎のモノも同様の変化を遂げていて、腰骨の辺りにそれが当たると、

 くすぐったくて、俺は思わず眉を寄せる。

 「玲二、挿れたい。…いい?」

 唇を離した椎が、その存在を意識させるように、

 下半身をさらにくっつけてきた。

 俺は、耳に息がかかるのと、腰に触れるモノのもたらす両方の感覚に、

 たまらず目を閉じコクコクと頷く。

 でもその後、椎の動く気配はなかった。

 いい?と聞かれたから、いいと応えたのに、椎は動かずにいる。

 どうしたのかと目を開けて奴を見上げると、

 「後ろから、いい?」

 と聞いてきた。

 「え」

 「今日は、後ろから攻めたい」

 思いがけない問いに、どう答えようか迷う。

 「むちゃくちゃ嫌ってわけじゃないんだよな?」

 続けて聞かれ、絶対嫌だと拒む理由も思いつかないまま黙っていたら、

 体を反転させられた。

 俺は、今までの数少ない後背位の経験から考えてみたが、

 確かにむちゃくちゃ嫌だとは思わない。

 どっちかっていうと、俺の中では、

 いつもより気持ち良かった印象の方が強かったりもする。

 「玲二」

 椎が名前を呼んで、四つん這いの俺の後ろから、

 覆いかぶさるようにして体を密着させてきた。

 そうして俺の耳の後ろにキスをした後、舌で首筋を舐める。

 「ん…っ」

 やっぱりくすぐったくて首を竦めたら、

 手を伸ばして俺の胸に触れ、乳首を指先で押した。

 「あっ」

 そして、

 「んんっ」

 尖り始めたそれを、ゆっくりと転がす。

 椎がうなじに顔を寄せて唇を押しつけつつ、指にそれまでより強めに力を込めて、

 摘まんだりつねるように触って来て、

 「あっ、あっ」

 体を駆け抜ける快感に、俺は知らぬ間に自分の腰を、

 椎の体へと押しつけるようにしてしまっていた。

 すると、奴も硬さを持ち始めた自分のモノを強く押しつけてきて、

 まだ挿れられてもないのに、中が感じて熱くなってくる。

 「ああ、なんかこれだけでもう、すっげぇ気持ちいい」

 椎が呟き、もう一度うなじに唇を押し付けて、何度もゆっくりと口づけを繰り返した。

 肌に、椎の唇の濡れた感触と熱を感じ、チュッチュッという音を聞いているうちに、

 なんだかすごくやらしい気分になってくる。

 奴は、俺の上衣を脱がして取り去ると、口づける場所をうなじから背中へと移した。

 それと同時に、胸の尖りを弄っていた手も下方へと動かし、

 手をするりと下着の中に差し入れて、すでに勃ち上がっていた俺のモノを握る。

 握られただけで、ものすごく感じて、次いでシュッと緩く擦られたら、

 「あ、んっ」

 また体がビクッと揺れた。

 「玲二…濡れてる」

 俺のモノはすでに先端に先走りを浮かべていて、そこで椎が指先を、

 円を描くように動かすと、ヌルヌルと滑って、粘着質な音をたてる。

 「は、あ…」

 感じて来てしまってどうしようもなく、

 「ん…っ」

 快感を耐えていたら、俺のモノが十分に硬く勃起したのを確かめた椎が、

 離れて上体を起こした。

 後ろから、俺のズボンと下着を脱がして裸にし、自分も着ていたものを全て脱ぐ。

 椎の手が尻に置かれ、尻たぶが左右に押し広げられるのを感じた。

 次の瞬間、すぼまりに強烈な刺激を感じ、

 「あっ!」

 ビクッとして声をあげる。

 柔らかく濡れた舌でそこを舐められ、それだけでもかなり感じるのに、

 途中から、舌を中へと挿し入れるようにしてきて、

 「あっ、ああっ」

 俺の体は、椎の舌が動くのに合わせて、ビクビクと揺れた。

 「や、んっ、椎っ」

 たまらずに声をあげると、椎が体を起こす。

 それから、俺の腰を引き寄せ、

 そばに置いてあったローションの容器を手に取って指先に出して馴染ませ、

 優しくすぼまりを撫でるようにしながら、入口に塗り広げた。

 ヌルヌルと滑って、指が入りそうなのに入って来ないその動きに、

 疼きがどんどん大きくなり、下肢に熱が集まっていく。

 やがて指先が中心にあてがわれ、

 「あっ」

 ツプリと、沈められた。

 椎が、そのまま浅い場所で出し入れを繰り返してから、

 解れてきたのを見計らって、一気にグッと奥まで挿し入れる。

 「ん…っ」

 いつもと同じ過程でも、この四つん這いの体勢は、

 全部丸見えな感じで、やっぱり恥ずかしい。

 正常位の時だって見られているんだから、

 今更なのかも知れないけど、なんだか無防備な感じもして落ち着かない。

 軽い圧迫感を伴って、入口から奥までをゆっくりと出し入れされる指が、

 そのうちスムーズに滑り始めた。

 椎が指を抜き、本数を増やしてもう一度挿入する。

 奥まで開かれ、侵入される感覚に、呼応するように中が指を締め付ける。

 椎が、徐々に動きを速くして、淫猥な音が部屋に溢れ始めると、

 「はあ…あっ、んっ」

 ものすごく中が熱くなって来た。

 「玲二、もうトロトロだよ」

 奴が頃合いを見計らって、また指を引き抜く。

 だいぶ解れてきて、次は自身のモノを挿れてくるかと思ったら、

 入れられたのはやっぱり指で、でも、さっきよりキツくて、

 もう一本増やされたのだと分かった。

 ググッと挿入され、開かれる感覚が強くなる。

 奥まで入れた後椎が動きを止め、

 三本の指の大きさに開かれたままで保たれている状態に、中が急激に感じてきた。

 「椎…、もう…っ、ああっ」

 体が小刻みに震える。

 「玲二。俺の、欲しい?」

 奴が耳元で囁いてから、グッと力を込めて指をさらに深く押し入れた。

 「ああっ、あっ、あっ」

 指じゃなく、椎のモノで中を満たして欲しい。

 もっと大きなモノで貫いて、最奥を突いて欲しい。

 「ちゃんと玲二の口から聞きたい」

 椎が言い、耐えられなくなってきた俺は、観念して告げた。

 「ん…椎、の…欲し…ぃ、あっ」

 言っている間にも、中がキュウッと椎の指を締め付け、

 先端から先走りの液が滴るのを感じる。

 「挿れていいの?」

 また耳元で囁かれ、

 「ん…」

 頷くと、指がズルリと引き抜かれ、次いでその場所に、

 硬くなった奴のモノの先端が押し当てられた。

 「行くよ」

 椎が言って、俺の中を押し開きながら、入ってくる。

 少し挿れて、指と同じように浅い場所での出し入れを数回繰り返した後、

 半分ほど挿れて一度止め、残りをグッと一気に奥まで挿入した。

 「ああっ」

 一度空になった中が、奴のモノによって再び開かれ満たされる感覚に、背中が仰け反る。

 椎が根元まで入った状態で、また動きを止めた。

 ひとつ大きく息を吐き、俺の体に腕を回して、その腕に力を込めながら言う。

 「俺、後ろからって結構好きなんだけどな。深く繋がれる気がするから」

 胸を背中にピッタリと押しつけるようにしてくっつけて来て、

 耳元で少し笑いを含んだような声で呟く。

 「でも、玲二と一緒で顔を見られないのが残念」

 椎の言葉を聞いて、また言ってる、と思って頬が熱くなる。

 あれは前が壁なのが嫌で、でも咄嗟に何て言ったらいいか、

 上手い言い方が見つからなかったからああ言っただけで、

 そんなにむちゃくちゃお前の顔が見たかったわけじゃ…

 なんて、そんなことを、

 今更必死になって説明するのもバカげてる気がするので黙っていたら、

 椎が一度、うなじに軽く口づけした後ふいに動き始めて、

 「あっ」

 その刺激に、俺は思わずシーツを掴んだ。

 後ろから、力を込めてグッグッと突き入れられ、

 「あっ、はっ、ああっ」

 気持ち良さが体中を駆け巡る。

 「玲二の中、めっちゃ気持ちいい」

 椎が上体を起こし、俺の腰を掴んで穿ち続ける。

 「あっ、んっ、あ…っ、ああっ」

 だんだん感じてきた俺は、腕から力が抜けて、シーツに肘をついた。

 そのまま額を枕に押し付けると、尻を高く上げた体勢になり、

 椎のモノが少し上の角度から突き入れられるようになって、

 さらに奥深くまで届くように感じる。

 「はっ、んっ」

 その体勢のまま揺られていたら、椎が腰に置いていた手を離して、

 胸へと伸ばし、後ろから俺の乳首に触れた。

 「あっ」

 キュッと摘ままれ、同時に、もう一方の手の平で俺のモノを包んできて、

 「はっ」

 ビクッとする。

 「上も下も、すごく硬くなってる」

 嬉しそうに言いながら、椎が胸の尖りを指先で押しつつ転がしてきて、

 「ああっ、んっ」

 中が一層強く、奴のモノを締めつけるのを感じた。

 握られたモノの先端からは、先走りが半端なく溢れ、くぼみを指先で弄られると、

 その刺激にビクビクと体が震える。

 「玲二、横向いて」

 後ろから奴が注文をつけた。

 「玲二の感じてる顔、見たい」

 「……」

 そんなこと言われても…

 手に力が入らなくて動けないし、素直に応えるのにも、ちょっと抵抗がある。

 それで俺がじっとしていると、椎が胸を弄っていた手をさらに伸ばし、

 頬に手の平を柔らかく添えるようにして、俺の顔を横向きにした。

 俺は、左を向き、右頬を枕に押し付けた格好になる。

 その状態で腰を掴まれ、改めてグッと押し込まれたら、

 背筋を快感が電流のように駆け抜け、思わず「んっ!」と声が漏れて、眉根が寄った。

 椎が、その反応を見て、

 「玲二…エロい」

 嬉しそうに呟く。

 そうして再び動き始め、突き入れられる毎に、ピッタリと合わさるそこがどんどん熱くなっていく。

 「はっ、あっ」

 合わさったモノが少し引き抜かれた後、挿れられてまた合わされば、

 気持ちよさが前の抽挿を上回って、高みへ高みへと昇りつめていく。

 「玲二…もっと欲しい?」

 「あっ、んっ、も、もっと…」

 「奥まで?」

 「んっ、んっ」

 突き続ける椎の腰の動きが速く激しくなり、

 俺の中を出入りする湿った水音が淫靡さを増して耳を刺激する。

 「あっ、あっ、ああっ、もうっ」

 柔らかくトロトロになったソコが、椎の硬いモノに押し入られ、

 穿たれるごとにますます蕩けていくように感じる。

 椎の抽送に合わせて自然と腰が動き、

 「はっ、あっ」

 滑り合うそこから生まれる快感に、頭が痺れたようになって、

 奴がさらにスピードを上げると、体中がこの上ない気持ちよさに包まれた。

 「ふっ、んっ、あっ」

 涙が溢れ落ちて、枕を濡らす。

 「玲二…イきそう?」

 「あ、ああっ、イっ…くっ、イくっ」

 絶頂の予感が体を駆け抜け、椎が腰を掴む手に力を込めて、

 最奥へ向け強く貫いた次の瞬間、

 「んっ、ああっ!」

 俺は達して、白濁をシーツに放った。

 勢いよく吐精するのに合わせて後ろが収縮すると、続いて椎のモノが弾けて、

 熱い飛沫が、体の奥深くで放たれるのを感じる。

 ドクッドクッと奴のモノが長いこと中で脈打ち、俺は動きを止めてその感覚が止むまで待った。

 それから、脱力して、うつ伏せのままゆっくりとシーツの上に突っ伏す。

 すると、椎も合わせて動いて覆いかぶさり、体を重ねてきた。

 後ろからの、椎の息遣いを耳にしながら、思う。

 気持ちいい…

 気持ちいい、けど。でも、やっぱ俺、これ、嫌かも。

 …椎の顔、見たい。

 前が壁じゃなくてもそう思ってしまい、もう認めざるを得なくなる。

 壁が嫌だったからというのは言い訳で、

 やっぱり俺は、とにかく椎の顔がむちゃくちゃ見たいのだった。

 ついでに言うと、キスが出来ないのも嫌だ。

 椎の顔を見て、そして、キスしたい。

 椎の体のぬくもりを感じるほどに、猛烈キスがしたくなってきて、

 でもそれを自分から口にすることは出来ずにいると、椎が、

 自身のモノを俺の中から引き抜き、俺を仰向けにした。

 上から見つめてくる。

 「最中は後ろからでもいいけど、やっぱりイく時とイった後は、玲二の顔見たいな」

 そう呟くのを聞いて、俺は椎の顔を見つめ返した。

 自分が考えたことをそのまま口に出されて驚いていると、椎は笑って、

 「キス出来ないし」

 と付け足し、そのまま俺を抱きしめ、唇を重ねてきた。

 椎の唇が、俺の唇を包むように動いて、差し入れられた舌が優しく俺の舌を絡め取る。

 俺も、奴の体に腕を回した。

 温かな胸と胸が触れ合って、強く抱きしめ返すと、汗ばんだ肌がしっとりと重なり合う。

 キスが深く長くなり、

 「ん…、ふっ」

 フワッと眠気がやって来たけれど、俺を掬い上げるように椎の腕に力がこもるのを感じて、

 俺はホッと安心するような気持ちになった。

 「ああ。玲二の体、本当にしっくり来るなぁ」

 唇が離れると、椎が言って、俺は笑った。

 そんなこと言いながら、大きくなったモノを、

 俺の太腿に押し付けるのは、やめてくれないかな。

 椎のモノは、今達したばかりだと言うのに、また勃ち上がりかけていた。

 そうして下半身を密着させた状態で、俺の額に張り付いている前髪を、

 指先で上にあげ、愛おしげに見てくる。

 俺が、

 「当たってる」

 少し熱くなりつつ言うと、

 「当ててる」

 しれっと返した。

 「復活早い」

 「ありがとう」

 誉めてない。

 「もう俺、眠いのに」

 復活されても、俺は応えてやることができない。

 と思ってそう言ったが、椎は、

 「いいよ。ヤらなくて。こうやって抱きしめてるだけで、すごく幸せだから」

 と返して、俺の額に顔を寄せ、唇を押し付けてきた。

 思わず目を閉じると、椎の腕に、もう一度ギュッと強く力がこもる。

 「ほんと。玲二がここにいると思うだけで、すっげぇ幸せ」

 椎がしみじみ言って、それを聞いた俺は、笑ってから奴と同じように、

 背中に回した腕に力を込めた。

 相変わらず太腿には、硬く勃ちあがった椎のモノが触れているのを感じる。

 俺は、椎を見上げて、呟いた。

 「…挿れてもいいぞ」

 それを聞いて、奴が驚いた顔をする。

 「え、だけど…」

 躊躇している様子に、

 「するなら、早くしないと…寝そう」

 と言うと、決めたようで、体を起こして俺の足を開き、

 後ろに自分の勃ちあがったモノを宛がった。

 そのまま上から体重をかけるようにして挿入してくる。

 「ん…っ」

 イったばかりの俺のソコは、少しの圧迫感を感じながら、もう一度奴を受け入れた。

 ググッと挿れられて、中が奥まで椎のモノでいっぱいに満たされる。

 「玲二」

 椎が上体を倒して、俺の首筋に顔を埋めた。

 「めっちゃ気持ちいい…」

 うなじに唇を押し付けるようにしながら囁かれて、

 その嬉しそうな口調とくすぐったさに思わず笑う。

 その後すぐに強烈な眠気がやってきて、

 もう少し椎を感じていたかったけど、どうやら無理のようだった。

 目を閉じて、

 「おやすみ、椎」

 と言うと、椎が顔を上げ、一瞬間があってから、

 「おやすみ、玲二」

 奴の唇が、俺の唇に触れるのを感じる。

 そして、

 「愛してる」

 唇を離した奴がそう呟くのを聞いた後、

 「ん…俺も…」

 と返して静かに息を吐いたら、俺はそのまま眠りへと、吸い込まれていった。

 

 

 目が覚めた時、いつもは大抵先に着替えてさっぱりしている椎だけど、

 今日は、裸のままで、俺に横から抱きつくようにして、ベッドにいた。

 でも、やっぱり眠ってはいなかったらしく、俺が目を開けたら、奴も目を開けて、

 「おはよう」

 と笑顔を浮かべる。

 朝から素肌が触れ合っていて、なんだか気恥ずかしいような気分になり、

 「おはよう」

 とちょっと無愛想に返すと、嬉しそうにして唇を合わせてきた。

 裸で抱き合っててキスなんかしたら、朝からもよおしてしまうっての。

 そう思った俺は、唇が離れるのと同時に、

 「朝からくっつくな」

 椎の体を押し離すようにする。

 そして、まだ眠かったので体を少し丸めて目を閉じたら、

 頭上から、すんすんという音が聞こえてきた。

 椎が、俺のつむじ辺りに鼻を持っていって、匂いを嗅いでいるらしい。

 「何してんだよ」

 眠気に抗い薄目を開けて聞くと、奴が笑った。

 「玲二、いい匂い」

 「いい匂い…って、シャンプーの匂いだろ?だったらお前も同じじゃん」

 俺がいい匂いだってんなら、一緒の使ってるんだから、椎もいい匂いのはずだ。

 椎と暮らし始めてから、それまで椎が使っていたものを、結構共有している。

 二種類置くと場所を取るし、大抵椎の方がいいものを使っていて、

 「これ使ってもいいから。っていうか、使って欲しい」

 と言われて、なんか言われるままに使ってしまっているのだ。

 「うん。二人、同じ匂いがするかと思うと」

 椎はそこで、喋るのをやめて、もう一度深く息を吸い込み、

 ほうっと感嘆するように吐息を漏らした。

 それから、髪にキスをし始める。

 もう、その感覚がよく分からないが、したいようにさせておこう。

 俺は、口づけし続ける椎を、ちょっとおかしく思いながら、また目を閉じた。

 体が眠りの余韻に包まれていて、それに身を任せているのは心地がいい。

 椎はしばらくその行為に没頭していたが、やがて満足したのか、

 それをやめて、ギュッと抱きしめてきた。

 「玲二」

 名前を呼ばれて、「ん」と返事をして目を開ける。

 すると、

 「玲二は俺の体の中で、どこが一番好き?」

 と聞いてきて、俺は眉間にしわを寄せた。

 「また…なんでそんなこと聞くんだよ」

 朝から、質問の内容が濃いよ。

 と思い、じとっと見つめたが、構わず「いいから」と続ける。

 「あるだろ?体の中でも好きなパーツが。ほら、俺と付き合う前は、

 女の胸がいいとか言ってたじゃん」

 「……」

 そんな昔のことは、もう忘れた。

 「ちなみに、俺はもちろん玲二の全部が好きだけど、でも、特に足首が好き」

 それは、知りすぎるほど知っている。今更言われるまでもない。

 例を挙げて言った椎が、待っている雰囲気を醸して俺を見たが、俺は何も言わなかった。

 言わずに済むならその方向で、と思い、やり過ごすつもりでいたら、

 「玲二は?」

 そうは行かないというように、椎が、もう一度語気強く答えを要求してくる。

 ふうと息を吐き、しょうがなく俺も考えてみた。

 椎の体の中で一番好きなパーツ。一番好きな…パーツ?

 すぐには考えつかず、頭の中で、椎の体の各部位を順番に思い浮かべてみる。

 俺は…

 俺は、俺の体を辿りながら降りて行く、椎の長い指が好きだし、

 喉仏があって男を主張してるのに、なんだか色っぽい首や肩の辺りなんかも好きだ。

 筋肉質で思ったより固くて、でも表面が滑らかでしなやかな胸は、

 自然に額を寄せたくなるし、細く見えてもしっかりと肉がついて張りのある太腿は、

 気持ち良くて、ずっと足を絡めて触れ合っていたい。

 それに、足首だって、椎は俺のを誉めてくれるけど、俺は俺のそれよりよっぽど綺麗だと思う…

 から好きだし、顔も唇も好きで…よく動く舌…とか…あ…アソコだって…もちろん好きで…

 う…ヤバ。

 いろんな箇所を思い出していたら、ちょっともよおして来てしまった。

 「玲二」

 椎がそんな俺を見て、ニッと笑う。

 「今考えたこと、全部言ってみて」

 「え、やだよっ」

 俺が焦りつつ喚くようにして断ると、椎がますます嬉しそうにした。

 また横から抱きついて、何気に俺のに触れてくる。

 「何考えて、こんなにしてるんだろうなー」

 「バッ、触んなっ」

 もう、何もかもバレバレなんじゃないかと思えて、しかも、椎の言う通り、

 ちょっと妄想しただけで本当にこんなになってる自分が恥ずかしくて、

 顔が熱く火照ってくる。

 椎の手を除けようとしていると、奴が耳に口を寄せて囁いた。

 「玲二…。大好きだから、もっともっと俺を求めて」

 そのまま、耳朶を柔らかく噛んできて、ビクッとする。

 「あ、や、もうヤらないってっ」

 流されてしまう予感に、慌てて椎を押し離そうとすると、

 奴が宥めるように言った。

 「分かってる、ヤらない。ヤらないから。ちょっとイチャイチャしたいだけ。

 だって、新婚だし」

 「新婚って、まだ認められてもいないだろっ」

 「大丈夫。きっと認めてもらえるよ」

 って、おいっ。

 「それ以上は駄目だってっ」

 なんだか尚もしつこく触れて来ようとする椎の手を掴んで、押し留める。

 すると、

 「もっともっとエッチでも構わないんだけどなー」

 椎が笑いながら言い、

 「俺は、エッチじゃないっ。お前と一緒にすんなっ」

 俺が反論したら、奴は困った人を見る目で俺を見た。

 そんな目で見られても…俺は…

 俺は、エッチじゃないっ!

 俺は椎を軽く睨んだが、性懲りもなく奴の手が伸びて、

 まだ触るかとそれを阻もうとしたら、

 「玲二」

 真面目な口調になって、名前を呼んでくる。

 「な、なんだよ」

 「俺…毎日玲二に触れられて、ぬくもりをもらって、

 こんな幸せなことってないよ」

 ちょっとしおらしい感じで言いつつ、腰に手を回してきて、

 そのまま自然な動きで抱きこまれてしまった。

 跳ね除けるつもりだった気概を上手く削がれて、

 そのことに気づいたけど抗わずに、

 「俺だって」

 と小さく呟くと、回した手に力がこもる。

 俺だって、幸せだ。

 

 男とか女とか関係なく、椎だから好きになった。

 椎じゃなかったら、こんなに好きにはなれなかった。

 楽しい時間も、愛しいと感じた時間も、椎とだから持てたものだ。

 他の誰かとでは、駄目だった。

 椎とだから幸せなんだ。

 

 いつか、分かってもらえるかな。

 いつか。将来。

 どうなるかなんて分からないけど…

 分かってもらえる日が来て、みんなで笑って話ができるといい。

 そして、

 「ずっと一緒にいて欲しい」

 椎の望み。それは俺の望みでもあって…

 

 うん。ずっと。

 ずっと一緒に、いよう。

 ずっと一緒に、

 いるよ―

 

 

                             了

 

 

 

                                                                  

                                                                                                          

 2015.01.01

 

 

 

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