ペアレンツ 前編






 「もうこんなになってる。気持ち、いいんだ?」

 椎が、嬉しそうな口調で、

 でもちょっとだけ意地悪な響きを含ませつつ聞いてきた。

 俺の後ろは、よっぽど蕩けているのか、椎の指が出入りする度に、

 プチュプチュといやらしい水音をたてる。

 「も、いいから、早く…」

 長い愛撫に、体はすでに堪えきれないくらい昂らされていた。

 たまらず自分から求めてしまったが、その要求はすぐには聞き入れてもらえず、

 椎は一度引き抜いた後、本数を増やしてまた指を挿れる。

 「あ…ああっ、椎っ、もうっ」

 これ以上満たされたら、感じてイってしまうっ。

 「玲二、何が欲しいの?」

 聞かれて、言うのを躊躇する余裕もなく、

 「はっ、あ…っ…椎、の」

 と強請ったが、

 「俺の?」

 わざとのんびりした口調で返され、焦らすように指を止められて、

 快感が高まり本当にイきそうになった。

 前がヒクヒクと震え、後ろがキュウっと締まる。

 「あっ、あっ」

 焦ったように声をあげると、椎がすぐに指を引き抜いて、体を起こした。

 そのまま俺の足を持ち上げ、自身のモノを後ろの入口に宛がう。

 そして、

 「行くよ」

 力を込め、そのままそれを押し入れた。

 「ああっ」

 ズッと強く穿たれ、疼きの残っていたその場所が、より大きく開かれる。

 半端ない気持ち良さが体を駆け抜けて、背中が反った。

 先走りの露が溢れて、サオを伝い濡らしていく。

 「あ…っ、あ…」

 椎が上体を倒して、ビクビク震える俺の頭の後ろに手を回した。

 そのまま唇を重ねてくる。

 「んっ…」

 口を塞がれ、舌を吸われたら、体中を支配していたウズウズとした感覚に、

 フワッとした気持ち良さが加わった。

 腰と頭が痺れて、

 「ふ…っ」

 目尻に涙が浮かぶ。

 それから、唇を離した椎に、

 「玲二、俺の名前、呼んで」

 耳を食むようにして優しく囁かれ、言われるまま奴の名を呼ぶ。

 「…マサ、ユキ…」

 「もっと」

 さらに呼ぶことを求めつつ、椎がゆっくりと腰を動かし始めた。

 「ん、あっ、マサユキ…」

 応えてもう一度呼ぶと、椎が愛しげに俺を見て、

 「玲二…」

 俺の名を呼び、少しずつスピードを上げ始める。

 グッグッと中を繰り返し貫かれ、

 「あっ、あっ」

 ゾクゾクとした感覚が、背筋を駆け抜ける。

 それが次第に大きくなり、

 「は…っ、ああ…っ」

 体中を強い快感が包んだ。

 絶頂が近づいてきて、

 「…イくっ、イ…くっ」

 と告げれば、

 「いいよ。イって」

 椎がさらに腰の動きを速く激しくする。

 「あっ、…んっ」

 椎のモノに最奥まで開かれて突かれ、腰が浮く。

 埋め込まれた質量に、何も考えられなくなって、

 涙がこぼれてこめかみを伝う。

 「あっ、あ、もう…っ」

 高みへと昇り詰めた俺は、

 「あ、ああっ!」

 やがてドクッと白濁を吐き出して果てた。

 椎が、俺の腹の上に勢いよく放たれる精液に目をやり、腰の動きを止めて、

 「ん…っ」

 自らも達し、熱い液を俺の奥へと注ぐ。

 そうしてしばらく射精の感覚を味わうようにしてから、

 一呼吸置いて俺の胸元に顔を寄せ、そこにチュッと口づけをした。

 「良かった」

 吐息と共に椎が呟き、顔を上げて俺の額に手をやり、

 ゆっくりとなぞるように、指先を顎に向かって滑らせる。

 「…もう一回したい」

 ポツリと、本音がつい出てしまったという感じのそんな言葉が聞こえ、

 まだ繋がったままの俺の中の奴のモノが、少し硬さを取り戻すのを感じた。

 けれど、眠気はすぐそこまでやって来ていて、

 「ん…でも、もう」

 俺が申し訳ない気分でそう言うと、指先がまた額に置かれ、

 今度は前髪を掻き上げるようにされる。

 「分かってる。ごめん、わがまま言った」

 椎も悪そうにしながら見つめて来て、俺は奴の背中に手を回した。

 ギュッと力を込めたら、

 「寝る前に、俺が今一番聞きたい言葉、聞かせて」

 奴が耳元で囁く。

 もう数えきれないくらい繰り返したやりとりだけど、

 椎は毎回と言っていいくらい、今もそれを求めてくる。

 俺は、迫りくる眠気を感じつつ、

 「愛してる」

 と口にした。

 「もう一回」

 椎に請われ、笑って目を閉じる。

 もう目を開けていられない。

 「…愛してる」

 「もっと」

 「ん…、椎も…」

 だんだん手から力が抜けていき、口も重くなり開きにくくなってくる。

 奴も、俺の体に腕を回し、抱きしめてきた。

 「俺も愛してる」

 そう言い終わるのと同時に、口を塞がれる。

 「んっ」

 唇を吸われ、ついで侵入して来た舌に舌を絡め取られて吸われた。

 気持ち良さと眠気に包まれていきながら、ふいにある想いが湧きあがる。

 

 いつまでも、いつまでもこうしていたい。

 

 でも、ずっと一緒にいることを望むなら、このままでは駄目なんじゃないか。

 この想いが本当なら、このままでいるのは、何か違うような気がする。

 最近考えるようになったそれについて、俺は、もっと深く考えてみようとした。

 けれど、それは叶わず、意識は眠りの波に呑まれて、スッと遠ざかっていった。

 

 

 翌朝。

 起きて朝食を摂りながらテレビを見ていると、

 向かいに座っている椎が、トーストに齧りつくのが目に入った。

 トーストには綺麗な歯型がつき、それに目を奪われて、

 やっぱり歯には気を遣っているのだろうなぁ、などとボンヤリ思う。

 俺の視線に気づいた椎が、

 「ん?何?」

 と聞いて来て、

 「…いや、何も」

 俺は首を横に振り、テレビに目を戻した。

 そして、また自分の分の飯を、食べ始める。

 朝の番組は、芸能関係の情報を流していて、

 テレビの四角い画面の中では芸能人カップルの破局が伝えられていた。

 付き合いが長く、雰囲気も良くて結婚が噂されていたカップルだったが、

 どうやら女性が浮気したらしい。

 なかなか煮え切らない相手に、愛想をつかしたんじゃないかと、

 コメンテーターが推測の言葉を添える。

 それを見ながらコーヒーを啜っていると、同じようにテレビを見ていた椎が、

 「結婚してるのとしてないのとじゃ大違いだよな」

 と呟き、俺は奴の顔を見た。

 何が言いたいのかとジッと見つめれば、

 「ちゃんと結婚していれば、どこかの誰かに簡単に持っていかれることもない。

 もちろん誰にも渡す気なんてないけど、今の状態だと、持っていかれても、

 結婚してるわけじゃないだろうと言われたらそれまでなんだよなぁ」

 奴がそう続けて、俺はちょっと考えて眉を寄せる。

 椎は、どうもテレビの中の話を、自分たちに引用して考えているらしく、俺が、

 「俺たちの話?」

 とはっきり口にして聞いたら、「うん」と頷いた。

 椎は、テレビや雑誌で見聞きした体験談を、

 よく「自分だったら」というふうに置き換えて考える。

 自分の中だけでやるのは構わないが、

 時々俺にも振ってくるので正直ちょっと面倒臭かったりしないでもない。

 …それにしても。

 こいつは、これまでの俺の話をちゃんと聞いていたのか?

 俺は自分が誰かに心を奪われ、浮気をするところなんて、まったく想像できない。

 「俺は、ずっとお前と一緒にいるって言っただろ?」

 もう何度も言っている言葉だけど、俺は椎に向かって、同じ言葉をまた口にした。

 それを聞いても椎が納得する様子はなく、

 「そうなんだけど…玲二が凄くかわいいって事に、ある日誰かが気づくかも知れない」

 と、真顔で呟く。

 俺はそれを聞いて、ん?と眉間にしわを寄せた。

 またまた、こいつはいったい何を言い出したのか。

 「そして、押しまくられて流されたら、ひょっとして…」

 どんな場面を想像しているのか、椎が続けてショックを受けたような表情をする。

 俺は、椎の表情の変化を一通り眺めた後、

 「あのなぁ」

 呆れて溜息と共に言葉を発した。

 「お前、今普通にかわいい言ってるから。

 いつの間にか、もう許されたような気でいるのかも知れないけど…

 言うなっつってるだろっ。しばくぞっ」

 とりあえず、そこにきっちりツッコミを入れ、軽く拳を握って睨んでから、本題に入る。

 「で?俺は、押しまくられたら流されたりするんだ?」

 どこか身に覚えのあるような気のする話に、フッと笑うと、

 「あ…いや、例えばの話…」

 椎がちょっと慌てたように手を振って、誤魔化すように笑った。

 俺も合わせて笑い、再び溜息をついた後、今話に出たシチュについて考える。

 もし椎以外の誰かが、椎のように、もしくは椎以上に押しまくって来たとしたら、

 俺はどうするか。どうなるか。

 その状況を思い浮かべ、おもむろに口を開いた。

 「例えば…。そんなことあるわけないだろうけど、

 もし万が一椎の言うように誰かが俺を気に入って、押しまくって来たとしたら…」

 そこで言葉を切ると、

 「来たとしたら?」

 椎が続きを促し、俺は奴を見て言葉を継いだ。

 「来たとしても」

 なんだか恥ずかしい話をしているような気がするけれど、真剣な椎に対して、

 ここは自分もあくまで真剣に、向き合わなければならないだろうと真面目に話す。

 「もう俺には椎がいる」

 俺は少し強い口調で、言い含めるようにして、そう口にした。

 そうだ。あの時とは状況が違う。

 「流されようがないだろ?」

 いつもそばにいて、想われていることもちゃんと感じている。

 そして俺も、同じように奴を想っている。

 そんな状態で、他の人なんて見ようがない。

 どうやったらよそ見出来るのか、教えて欲しいくらいだ。

 他の人は出来るんだろうか。

 そうだとしたら、それは俺には分からない感覚だ。

 俺は椎を安心させるために、精一杯の誠実な態度と言葉で応えたつもりだったが、

 奴の気持ちはまだ落ち着かないらしく、

 「でも、人を好きになるのって、理屈じゃないから…」

 浮かない顔をして、そんなことを呟いたりする。

 「……」

 この男は、どうして恋愛経験ほとんどゼロと言っていい男(俺)の浮気を、

 こんなにも心配できるのだろうか。

 あり得ないっつーの。

 と、そこまで考えた時、ふいに、

 最近よく考えるようになったあの事が、また脳裏を過ぎった。

 もうずっと、考え過ぎるほどに考えている。

 俺の目の前には、俺を好きで俺の好きな男がいて、

 起こる筈のないことを心配している。

 実際奴は、心配し過ぎだと思う。

 だけど…

 こうやって心配させ続けてしまうのだとしたら、

 俺は椎のパートナー失格だよな。

 「椎。あのさ」

 俺は、思い切って、ついにそれを口にすることにした。

 これ以上、一人でいつまで考えていたってしょうがない。

 考えるだけで超緊張するし、しなくても済むものならしたくない気もするけれど、

 でもやっぱりしないで済ませるわけにも行かないと思うし…

 どこかで踏ん切りをつけて言わないと、いつまでも行動に移せない。

 「ん」

 モヤッとした気持ちが残ったままの表情で、

 朝食の続きを口に運ぼうとしていた椎が、返事をして顔を上げる。

 俺は、その日のことを頭に思い描き、覚悟を決めて、胸にあった言葉を発した。

 「今度、いつでもいいから、実家に行っておふくろとばあちゃんに会って欲しい」

 それを聞いた椎の動きが止まった。

 

 

 正月に先生が遊びに来た際、俺は椎の実家に遊びに来るよう誘われたわけだけど、

 実はそれから二ヶ月後に、本当に訪ねていた。

 招待されてその立派な家を訪れると、

 椎の家の家政婦さんである橘花代さんは、俺を見て大歓迎し、

 「ようこそ、いらっしゃいませ」

 にこやかに笑いながら近づいて来て、握手をした。

 歳は、はっきり聞かなかったけど40代後半位で、

 中肉中背、思っていたより小柄で明るい人だった。

 俺と椎の関係も把握しているらしい花代さんに、俺は最初ちょっと緊張したけど、

 少しすると慣れてきて、その日は俺と椎と花代さんの三人で、

 のんびりと食事をしたり喋ったりしつつ過ごした。

 (残念なことに、先生は用事があるとかで不在だった。)

 花代さんのおいしい手料理を味わったり、

 彼女と椎との思い出話に聞き入って笑ったりしたその時間は、

 何というか、不思議な時間だった。

 「初めて会ったとき、雅之さんは私より小さかったんですよ。

 それなのに、いつの間にかこんなに大きくなって、今じゃ見下ろして喋るんですから」

 椎父子に長いこと関わってきたせいか、

 同性愛にほとんど抵抗がない様子の花代さんは、

 「良かったですね。雅之さんは、いい人ですよ」

 なんてズバリ面と向かって言ってきたりして、それがあまりに自然過ぎて、

 こっちがどう反応していいか分からなくなるくらいだった。

 こんなに理解され、祝われ、認められる状況は、明らかに特別に違いないのだが、

 その場の雰囲気に馴染むうちに、特別だという意識も薄らいできて…

 椎が病気だったときの姿も知っているらしい彼女に、

 「どうか雅之さんを幸せにしてあげてください」

 二人きりになったタイミングで、ちょっと潤んだ目と声で、

 頭を下げながら言われた時には、俺は、その自然に思える流れの中で、

 当たり前のように「はい」と頷いていた。

 

 元々そのつもりだったのだから、その答えに偽りはない。

 椎の家族や、椎に近しい人は俺を認めて受け入れてくれていて、

 そのことはとても嬉しかった。

 

 でも。家に帰って一人になってよく考えてみたら、それはあくまで椎サイドに限ったことで…

 きっとそれ以外の場所では、俺と椎の関係は、

 簡単には受け入れてもらえないだろうという現実の感覚が戻ってくる。

 

 果たして。

 俺は、本当に奴を幸せになんて出来るのだろうか?

 今まで俺は、家族や近しい人にさえ、事実を言っていない。

 話すことをためらっている。

 椎が、俺の家族とちゃんと話がしたいと言ったあの時も、俺は正直かなり動揺していた。

 椎には、その心づもりがあったらしいが、あの時点の俺には、まだなかったのだ。

 

 奴は、俺の気持ちを察したのか、

 あれから、俺の家族と話す云々について一言も言って来ない。

 

 この道を歩くと決めたのだから、もちろん受け身なだけでなく、

 俺も奴を幸せにするよう努めようという気持ちは、確かにある。

 ある筈なのに…

 俺は、なんとなく「それ」には、真正面から向き合いたくなくて、

 考えないようにしていた。

 でも、花代さんに会って、会ってから、また二ヶ月の時が流れて…

 彼女の言葉を時折思い返し、自分の気持ちを確認しながら、

 世の中の同じようなカップルの話にも耳を傾けるうちに、

 だんだんと俺の中で意識が変わっていった。

 このまま本気で二人で歩いていくつもりなら、黙っているのは、

 なにか違うんじゃないか。

 ちゃんと周りに認めてもらうこと、

 周りに知っていてもらうことは大切なことなんじゃないか。

 次第にそう思うようになっていた。

 カミングアウトすることには、今だって抵抗がないわけじゃないけれど…

 何かが起こったときに、パートナーだと知られず、

 認められてもいない自分はどうだろうと考えたら、やっぱり嫌だと思うのだ。

 

 椎本人はと言うと、今以上の関係になりたいと望んではいるようだけど、

 だからと言って無理強いはしない。

 急かしたりもしない。

 俺がその気になるまで、出来るだけ待とうと考えてくれているようだ。

 

 

 

 

 「それは…、二人にありのままを全て話すってこと?」

 動きを止めて、ちょっと驚いた顔で、

 しばらく黙って俺を見つめていた椎が、口をきいた。

 その問いに、俺は「ああ」と返す。

 「それって、俺が今、結婚の話なんかしたから?」

 椎が微かに眉を寄せて、俺の気持ちを窺うように聞いて来た。

 それに対し、俺はゆっくりと首を振る。

 「いや…。もう、ずっと考えてたんだ。

 このままでいいんだろうかって」

 俺が椎を見て言うと、奴が、俺を気遣う口調で言った。

 「俺は、ただ玲二の気持ちを確かめたかっただけだから。

 慌てなくてもいいよ。まだ、じっくり考えてからだって」

 その言葉に、俺は少し笑って、もう一度首を横に振る。

 「前に俺の家に行って挨拶するって話が出たときには、

 俺、まだ心構えが出来てなかった。だから、頷けなかったけど…。

 今は、話して認められて、その上で一緒にいたいと思う」

 真剣にそう告げると、なんだか重い話をしているなと実感した。

 でも、口に出してしまったら、

 ちょっと踏ん切りがついたような潔い気持ちになってくる。

 俺の気持ちは伝えた。

 もう迷わないし、躊躇わない。

 椎の気が変わっていないなら、

 俺はいつでも家族に奴を紹介するために、実家に行ける。

 椎が、俺をジッと見つめ、やがてその表情が、ふっと和らいだ。

 「ありがとう。なんか…すっげぇ嬉しい」

 感動した、という目で見られて、

 「ん」

 なんか照れ臭くなって、俺は目を逸らした。

 が、次に椎が発した、

 「俺、もうこれ以上進むのは、ひょっとして無理かもと思ってた」

 という言葉に、思わず「え」と視線を戻す。

 「玲二を諦めるのは、俺が無理だから、もし玲二がそれを嫌だと思うなら、

 このまま過ごすしかないんだろうなぁ…って思ってた」

 「……」

 言われて、俺も奴をジッと見つめ返した。

 『俺はいつも考えてる。どうしたら玲二を気持ちよくさせてあげられるか。

 ちょっとでも不快なことがあるなら、取り除きたい』

 いつかの台詞が、脳裏に蘇る。

 椎はいつも俺のことを考えてくれ過ぎだし、甘やかし過ぎだ。

 でも…正直、嬉しくないわけじゃない。

 椎の気持ちが胸に沁みて、何も言えずに黙っていると、

 奴がきりっとした表情になった。そして、

 「けど、そういうことなら…」

 気合のこもった口調で、

 「俺は、玲二と家族になれるなら、

 なんでもするし、どんな形でもいいと思ってる」

 と続け、俺は驚いて口を開ける。

 家族…ってことは、椎の頭の中には、

 俺の考えよりもう一歩先を行く二人の姿があるのだろうか。

 俺は、『恋人としての自分たちを認めてもらう』のが目標で、

 それが出来れば、とりあえずクリアのつもりでいた。

 それだって、かなり高いハードルだと思っていたのに。

 「家族…って、一気にそこまでは、ちょっと考えにくいけど…

 だって、男同士で結婚は、出来ないだろ」

 「うん。夫婦として認められるのはこの国では無理だけど、

 でも家族にならなれるよ」

 言われて、俺の脳裏を某書類の画像が過ぎっていった。

 それについては、俺も少しは勉強したから、知っている。

 だけど…

 「それとも玲二が、どうしても『夫婦』にこだわるなら、

 いつか外国に行って結婚するって手もある」

 「えっ!」

 俺は、本当にそこまでは考えていなくて、

 思いがけなくて、ちょっと唖然とした。

 そして、今度は頭の中に、教会で式を挙げる二人の姿が思い浮かぶ。

 なんかドキドキして、ちょっと恥ずかしくなり、ついで頬が熱くなってきた。

 笑えるような、渋面になるような、なんとも言えない気持ちになって下を向く。

 驚いた。驚いた、けど…

 俺は俯きながら、改めてそれについて思案する。

 でも。

 二人のことを認めてもらえて、その上で椎がそうしたいと言うのなら、

 俺もそれについて真剣に考えるだろう。

 その考えは…悪くない。

 そこまで考えたとき、ふと我に返り自分にツッコミを入れる。

 だから、それはやっぱりまだ先の話で、

 ともかく挨拶をしに行かなければ、始まらないだろう。

 「お前それ、ちょっと先走り過ぎだから。

 まず二人のことを認めてもらわないと、その先もないだろ」

 俺が言うと、椎も気づいたように笑って、

 「ああ。そうだよな。…じゃあ、いつ行くか決めようか」

 自分の使っている手帳を持ってきて、カレンダーのページを開いた。

 

 

 おふくろに、近いうちにそっちに行くと電話を入れた。

 次の土曜日なら、仕事も用事もないと言うので、土曜に行くことにする。

 椎も連れて行くことと、話があるということだけ告げた。

 電話では伝えにくいので、そのときに直接話そうと思っていることを言うと、

 「何よー、もったいぶって」

 おふくろは気になったようで、なんとなく聞きたそうにしたが、

 「ん、まぁ…」

 俺が、お茶を濁すようにすると、それ以上は聞かずに、

 「分かった。今度の土曜日ね。気をつけて来なさいね」

 明るく言って、電話を切った。

 その後で、なんだか複雑な気持ちになる。

 こんな気持ちを、同じ道の先を行く人達は、みんな味わってきたのだろうか。

 

 

 

                              後編へ続く…                                     

                                                                                                          

 2014.11.30

 

 

 

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