鬼と狼(ウルフ)と少年と


 

 シルクハットを被り、裏地の赤い、黒マントを羽織った紳士が、その子供の前で足を止めた。

 「これはヴァンパイアの旦那。どうです。堀り出しもんですよ」

 その日は、年に一度の人間市の日。

 人間界からつれてきて、ある一定の年齢まで育てた子供を、商人が各自の店で売る。

 紳士は、目をつけた子供の顎を掴んで、上を向かせた。

 子供の手と足には、枷(かせ)がはめられている。

 「生意気そうな目をしているな」

 「それだけ活きがいいってことでさぁ。肌艶もいいし、ベッピンですぜ」

 「いくつだ」

 「十四歳」

 紳士は、じっと子供の目を見つめた後、フンと鼻を鳴らしてから、店の主人に尋ねた。

 「こいつをもらおう。いくらだ?」

 紳士と主人は値段の交渉をし、やがて、子供は紳士の邸(やしき)へ連れて行かれることとなった。

 今から三年前のことになる。

 それが、その子供、つまり俺が伯爵の邸にやって来た経緯だ。

 

 

 

 

 気づくと、床に転がっていた。

 絨毯が一面に敷かれていて、赤い地にいろんな模様の描かれたそれが、

 床の冷たさや硬さを和らげている。

 起き上がろうとしたが、すぐにそれは無理だと分かった。

 腕を後ろ手に縛られていた。足首も紐で束ねて縛られている。

 でも服はちゃんと身につけていて、ちょっとだけホッとした。

 

 視界に入るのは、床面から見る景色。

 そして、人。

 首を回すとすぐそばに人が立っていた。

 でも、よく見てみたら違った。人じゃなくて、ロッシュだ。

 毛むくじゃらで、まるで雪男のようななりをして、銀色の長い毛に全身を覆われている。

 一応服を着ているが、肌の見える部分には全て長い毛が生えていた。

 人ではなく犬に似た顔をしていて、よく見れば分かるが、

 正確に言うと雪男でも犬でもなくて、銀狼。

 つまり狼男だった。満月の夜じゃなくても毛深い。

 ロッシュは、俺が起きたことに気づくと、顔を寄せてきた。

 「やあ、イアン、起きたね」

 

 それからひょいと俺を担ぎ上げて、どこかへ運び始める。

 「降ろせよ、バカロッシュ!」

 叫んだが、聞く耳を持たないようで、彼はシカトしたまま歩き続ける。

 物扱いかよ。と思いながら、俺は黙った。

 今いた部屋を出て、廊下を進む。

 ここはどこなんだろう。

 邸じゃないことは確かだけど…

 ホテルっぽい?

 

 ロッシュはしばらく歩くと、あるドアの前で止まった。

 ドアの造りからして高級そうな部屋だったが、

 「失礼する」

 ロッシュが声をかけ、ドアを開けて中に入ると、さらに高級感が増した。

 広さが半端ない。

 入った部屋がまず広くて、そこから続く部屋も見えるが、その向こうにもドアがある。

 そして、テーブルやら椅子のセットも雰囲気別にいくつもおかれている。

 なんで、こんなに広い空間が必要なんだ。

 人が過ごすには、こじんまりとしてた方がいいんだぞ。掃除もしやすいし。

 

 「じゃあな。頑張れ」

 ロッシュはそう言うと、俺をソファの上に転がすようにして降ろし、去っていった。

 「おい、待てっ」

 慌てて叫ぶが、ドアを閉めて出て行ってしまう。

 この紐をはずしてから行けよっ。

 「いくつかね?」

 向かいの椅子から声がして、そちらを見た。

 が、窓から入る光が逆光で眩しくて、相手の顔が分からない。

 顔をしかめて見ていると、そのうち目が慣れてきて、向こうの顔が分かるようになって来た。

 向かい側には初老の男が座っていた。

 初老といっても白髪の筈の頭髪は真っ黒に染められていたし、体は締まって顔立ちも整っている。

 遠目に見れば四、五十代と言われても違和感がないし、

 まぁ、いい男と言っても過言ではない容姿の男だった。

 でも、よく見てみると目元や口元にけっこう皺があって、やっぱり初老であることは間違いない。

 それに、着ているスーツの色が渋くて、落ち着いた雰囲気を醸し出している分を差し引いても、

 四、五十代と言うには貫録がありすぎる。

 

 俺が黙っていると、そばにいた秘書らしい男が代わりに答えた。

 「十七です」

 それが気に入らなかったのか、初老の男は秘書を睨むように見て言った。

 「もうお前は下がっていい」

 秘書は「はい」と返事をして頭を下げ部屋を出ていく。

 

 男がソファから立ち上がり、近づいてくる。

 俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 「私はね、若い男の子と寝るのが大好きでね」

 ゾッとして、全身に鳥肌が立つ。

 何言ってやがる、この変態野郎。

 「君の年齢を君の口から君の声で聞きたかったのに、無粋な真似をしてくれる」

 困ったように文句を言うその対象は、さっきの秘書らしい。

 「まあ、いいがね。声ならこれからいくらでも聞けるだろう」

 男はそう言って、俺の口元を見ていやらしく笑った。

 「啼き声をね」

 男がテーブルについている薄い引き出しを開け、何やら取り出す。

 それは小型のナイフだった。

 俺はびっくりして、焦った。

 「お、おっさん、商品に傷つけるなって言われなかった?」

 俺が言葉を発すると、顔を上げて嬉しそうにする。

 「…品がないが、かわいい声だ」

 おぞぞぞ…

 鳥肌どころか、鳥になれる…

 って、それよか、人の話、聞けっての。

 「ちょっと、おっさん、ちゃんと聞いてね。商品に傷つけちゃいけないんだって」

 「君が暴れなければ、傷つけたりしないよ」

 俺は黙った。

 ちょっとこのおっさん、目つきがヤバイんだけど。

 男は、ナイフを持って俺に近づくと、切っ先を俺の胸元に向けて振り下ろした。

 思わず目を瞑る。

 死んだら、伯爵を恨んでやるっ。

 痛みはない。

 恐る恐る次に目を開けたとき、俺の白いシャツには裂け目が出来ていて、

 左乳首が露になっていた。

 「あっ」

 これ、地味に恥ずかしいっ。

 と思っていたら、男が顔を寄せて、そこに素早く吸い付いた。

 ぎゃっ、やめろっ。

 胸の突起を吸いながら、男が下の方も手でまさぐってきて、

 俺は縛られて自由にならない体をソファの上で芋虫のようにくねらせた。

 「ちょっとくらいスリルが合った方が面白いだろ?」

 聞かれて、俺が首を横にブンブン振ると、男はニヤリと笑った。

 「白い胸だね。乳首が赤くて、実にそそるよ」

 男はそう言って、裂け目に両手をかけるようにして突っ込み、シャツを左右に引き裂いた。

 布が剥ぎ取られ、上半身裸同然になる。

 やらなきゃいけないのは分かってる。だけど、なんかこいつ気持ち悪いんだよ。

 「もう少し色っぽいといいんだが…

 ま、気持ちよさに屈しないくらい強気なのがいいと注文したのは私だから仕方ないか」

 そんな注文知らねぇよっ!伯爵めっ。

 ムカムカしていると、男がキスしてくる。

 結構うまい。それに、やっぱり男前だ。

 長いキスをするうちに、気持ちの苛つきが、だんだんとおさまっていく。

 どこからかいい香りが漂ってきて、ウットリした気分になった。

 香水を選ぶセンスも悪くない。

 「この紐、外してくれよ。フェラしてやるから」

 唇が離れてそう言うと、男は俺の顔の上に跨った。

 「縛られたまま、しゃぶってくれるかな」

 そう言って、自分のモノを取り出して、俺の口へとあてがい、俺が口を開けると、少し腰を落とす。

 手も足も縛られた状態で、口だけを使って、しばらく男のモノを愛撫する。

 「うん。上手いよ」

 男が言いながら乳首を指で弄り、「んんっ」感じて仰け反ると、

 「出すよ」

 それと同時に口の中で、男のモノが精を吐き出した。

 それを飲み込んでいると、一度引き抜いたモノをもう一度口に入れてくる。

 今のがよっぽど良かったのかと思っていると、すぐにそれは力を取り戻した。

 やがて男が腰を振り始め、喉の奥を突かれて苦しくなる。

 「んっ、んっ」

 割とデカくて、咥えているだけでもキツかったが、意地になって舌で愛撫を加えていると、

 男が慌てたように引き抜いた。

 呆れた、という目で俺を見て笑う。

 「とんでもないな」

 それから、俺の上を降りて、またテーブルの引き出しを開け、今度はハサミを取り出した。

 彼は、さっき「暴れなければ、傷つけたりしない」と言った。

 それで、今度は何をするのかと黙って見ていると、

 「肝が据わっているね」

 と言いながら、俺を四つん這いにさせる。

 そして、ハサミを持って、俺のズボンの尻の真ん中に、刃先が肌に触れないよう、

 慎重に縦に切り込みを入れた。

 目が輝いていて、刃物を持っている時のこいつは、ちょっとヤバイ人に見えた。

 それから、下着にもハサミを入れ、布を開いてアナルを露わにする。

 吸い付くようにそこに、唇を押し付けた後、舌を入れてきた。

 「う」

 変態っ。と思いつつも妙に感じてしまって、息遣いが荒くなる。

 「こんな服じゃ、帰れない」

 息を乱しつつ言うと、

 「大丈夫。着替えは用意してあるから、それを着て帰りなさい」

 そう答えて、唾液で湿ったソコに今度は、指を入れてきた。

 「ああっ」

 指が出し入れされ、どんどん感じてくる。

 でも、この状態でイったら、下着の中に出すことになって、

 そんなのは随分前に夢精したとき以来で、気持ち悪いに違いないと思えた。

 が、男の指の動きは止まらない。あまつさえ、指を増やされて、我慢できなくなってくる。

 「あ…ああっ」

 「イってもいいよ。下着の中を汚す感覚。懐かしいだろ?」

 男は、そう言ったけれど、俺は感じても感じてもなかなかイけない。

 そのうち、イかない俺に業を煮やしたのか、男は指を抜いて、自身のモノを捻じ込んできた。

 男も、かなり熱くなっているらしく、ハアハアと喘ぎながら、前後に腰を振る。

 「いい締り具合だ。これじゃあ、私の方がもたなくなりそうだ」

 布の裂け目で、モノの出し入れをしながら、男は後ろから手を前に回し、

 ズボンの布越しに俺のモノをしごいた。

 先走りで、布が湿り気を帯びているのが分かる。

 「あっ、ああっ、はっ、…ああっ!」

 おかしくなりそうなくらい感じているのに、イけなくて歯がゆい。

 「ああっ!もっとっ、もっと突いてっ!」

 思わず叫ぶと、男が突きを激しくした。その後数回打ち付けて、

 「うっ」

 こらえきれなかったようで、男が俺の中に白濁を注いだ。

 俺は、結局イけないままで、

 「君が汚した下着とズボンを土産にしたかったのに」

 男が残念そうに呟いて、事は終わった。

 俺はそれを聞いて、苦笑してシャワーを浴びに行き、男の用意した着替えを身につけると、

 その部屋を出た。

 

 邸に帰ると、邸内を伯爵がうろついていて、

 「伯爵っ!!」

 俺は見つけるなり駆け寄った。

 振り返って立ち止まっている伯爵に、訴える。

 「勝手にウリ、引き受けないでくれっつったろっ!?」

 それを聞いて、伯爵はとぼけた顔をした。

 「彼の提示した額が、破格だったので、つい」

 「つい、じゃねぇよっ。それに、引き受けたなら引き受けたで、ちゃんと俺に話してくれっ。

 寝てたらいきなり現場、ってないだろっ」

 「イアン、暇そうだったし、ビックリさせようと思って」

 そんなドッキリいらねぇよ。

 「暇じゃねぇっ。お前と一緒にすんなっ、タコッ」

 俺が喚いてるってのに、伯爵は余裕の表情で薄笑いを浮かべる。

 「だけど、テクも見た目も悪くなかったろ?」

 俺は黙った。

 それは、まぁ認める。でも。

 「…変態だった」

 視線を落として、ボソッと言うと、「へぇ…どんな風に?」と興味ありげに聞いてくる。

 俺が、あの男にされたことを話してやると、伯爵は楽しそうに耳を傾けていた。

 「それはいい想いが出来て、良かったね」

 「良くねぇよっ」

 俺はムッとしたが、たくさん喋ったらなんとなくスッキリしたし、それに、怒っても無駄に思えて来て、

 「まあいいや。次は、ちゃんと先に連絡入れてくれよ」

 そう言い置いて、自分の部屋へ行こうとした。すると、

 「待った。今から儀式」

 伯爵が、いつもの部屋の方角を指差す。

 「はあ?俺、帰ったばっかなんだけど」

 俺は、顔を歪めて声をあげたが、

 「アシュレイが、また元気がないんだ…」

 自分自身も元気をなくしたように呟くその表情と言葉に、ふーっと溜息をついた。

 それを言われると弱い。

 「しょうがないな」

 伯爵に付いていつもの部屋へと入る。

 広くて、ベッドと鉢植え以外何もない部屋だ。

 中央に置かれたベッドのそばまで行くと、伯爵が俺に近づき、

 手を伸ばして俺の首に回して引き寄せる。

 そのまま、唇が合わさった。

 意地でも目を閉じてやらねぇ、と思い、舌を吸われても絡め取られても目を開けていたら、

 伯爵も閉じずに見つめ続ける。

 「ん…ふっ…」

 だんだん感じてきて、奴の腕を掴んだとき、伯爵が俺の股間に手を伸ばした。

 「んっ!」

 思わず、目を閉じる。

 「ひっ、卑怯だぞっ」

 「だって、イアンが大きくしてるから」

 言われて、股間を見ると…っつうか見なくたって分かってるけど、俺のはすでに勃ちあがっていた。

 「私のは大丈夫なんだけど?」

 伯爵のそこに目をやるが変化はない。

 って、こいつはズルい。

 こいつは、自分のモノのサイズを自由に変えられるのだ。

 勃ってないように見せかけることだって出来る。

 が、今は実際勃っていないのだろう。悔しいけど。

 でも、伯爵にその気で触られると、どんなに抗おうとしても、

 俺の体は勝手に熱くなって感じ始めてしまうようになってんだから、それもズルい。

 「抱くならサッサと抱けよ。俺はアシュレイの為にやってるんだからな」

 俺が睨むと、強くぐいっと引き寄せられた。

 「抱いて欲しいくせに」

 耳元で囁かれて、ゾクッとして目を瞑る。

 「抱いて欲しくなんか…ない」

 伯爵は首を傾げて「そうかな?」と言った後、俺をベッドに押し倒して、服を全部脱がした。

 もう、こうなったら逃れられないのを、俺は知っている。

 伯爵が、自分の指を俺の口に入れて濡らし、その指で俺の後ろを解し始める。

 「う…あっ…は…」

 指の入れられたソコが熱くなり、下半身が疼いてしょうがない。

 「は…っ、ああっ」

 目を開けて、伯爵を見ると、伯爵がこっちを見ていて、目が合った。

 奴は不敵な笑みを浮かべると、後ろから指を抜く。

 そして、後ろのすぼまりに自身をあてがうと、グッと腰を落として突き入れてきた。

 「んっ、ああっ」

 伯爵のモノが入って来て、出し入れが始まる。

 「いい具合に体が温まっているな」

 俺が快感をこらえて声を抑えていると、伯爵が動きを止めた。

 「どうした、この程度では足りないか?」

 意地悪な声が聞こえてきて、それと同時に、ただでさえデカい伯爵のモノが、

 俺の中でワンサイズ大きくなった。

 「く…あっ」

 ギチギチに詰まった状態になって、体が震える。

 張り裂けそうで、苦しい。

 「このまま動かしても構わないかな」

 「こ、の…ドS伯爵…っ!」

 「裂けちゃうかも知れないな」

 俺は、伯爵をキッと睨みつけた。

 それを見て、伯爵が面白そうに眉を上げる。

 「こんなときでも、そんな表情が出来るなんて。立派なんだなぁ、イアン君はっ」

 言い終えるのと同時に、グッと突かれた。

 「いっ、ああっ!」

 伯爵は、本当に俺を壊す気かも知れない。

 伯爵にとっては、俺など探せばいくらでも代わりの見つかる、ダッチワイフのようなものだ。

 俺の命は、奴の掌中にあって、壊そうと殺そうと好きなようにできる。

 「イアン…?驚いた?」

 伯爵に極太のまま貫かれたと思った俺は、一瞬放心したようになったが、

 ふと気づいたら、中のモノは通常サイズに戻っていた。

 「突く寸前にいつもの大きさに戻したけど、これじゃあ緩いな」

 伯爵が、言いながら腰を軽く前後に揺らす。

 それだけでも十分感じて、

 「ん…んっ」

 俺は目をきつく閉じて、快感をこらえようとした。

 儀式ならサッサと済ませればいいのに、いつもついでみたいに、俺を弄ぶようにして楽しむ。

 「いったい、イアンの穴はどこまで貪欲なのかな」

 伯爵は口の端を上げながら笑うと、近くの植物に「アデラ」と呼びかけた。

 アデラ、と呼ばれたそれは、伯爵が育てている触手型の植物で、柔らかな一つの幹から、

 同じく柔らかな長い枝状の触手のようなものが、何本も伸びている。

 呼びかけられて、アデラは嬉しそうにユラユラと揺れた。

 バスタブほどの植木鉢が必要だが、その場所さえ確保できれば、

 どこでも育てることができる植物で、どこぞのいかがわしい奴らが性交用に作って、

 金持ちに売りつけているらしい。

 物好きな伯爵も、試しにと一鉢購入してそばに置いている。

 感応植物で、光は必要なく、毎日水をやるだけで、その人の言うことをきくようになるという話だ。

 アデラは触手をこちらへするすると伸ばしてきた。

 「イアンを気持ちよくさせてあげよう」

 俺に言っているのか、アデラに言っているのか、そう呟くと、伯爵は、

 自分のペニスが突っ込まれている俺のそこを、指でさらに広げるようにした。

 「あっ」

 出来た隙間に、アデラが触手を差し込んでくる。

 「やっ、ああっ!」

 グッと差し込まれ、またきつい状態になった。

 伯爵は動かず、触手だけが挿出をはじめると、そこの箇所だけ感じてくる。

 やがて、伯爵もゆっくりと腰を前後させ始めた。

 「や…いやだ」

 伯爵のモノと触手がランダムに出入りを繰り返して、

 背筋をゾクッとするたまらない感覚が駆け抜ける。

 「アシュレイ、いるか?」

 俺のモノが十分に勃ち上がったのを見て、

 伯爵が黒いカーテンで仕切られた向こう側の部屋に向かって声をかける。

 「はい。おじさま」

 中から、か細い返事が聞こえてきた。

 それから、カーテンが少し開いて、青白い顔をした少年が姿を現す。

 こちらに向かって歩いてきて、傍まできて立ち止まると、

 目の前で行われている行為を冷めた瞳で見つめる。

 白い肌に、赤い瞳、赤い唇。細い体は今にもくず折れてしまいそうで、

 生気というものが感じられない。

 俺と目が合っても、じっと見つめるばかりで何も言わない。

 「用意しておきなさい」

 「…はい」

 伯爵の言うことに従順に頷くと、アシュレイは俺の横に来て、その場に跪いた。

 祈りを捧げるように胸の前で手を合わせる。

 「ん、ああっ、あっ、あっ」

 伯爵の突きが激しくなって、大きな声が出てしまう。

 それを合図のように、天井の梁にとまっていた二匹のコウモリが俺の胸の上に降りてくる。

 このコウモリは双子で、フェスターとフェレス。フェスターが兄で、フェレスが弟だ。

 人語を解し、話しもする。そして、時々人の血を吸う。

 「イアンを気持ちよくしてやってくれ」

 伯爵の言葉に頷いて、二匹が俺の右と左の乳首にそれぞれ吸い付いて、

 舌を使って愛撫を始める。

 「ああっ」

 巧みな舌使いで、固くなった突起を吸われ、思わず仰け反る。

 「もう…はっ、あっ」

 ビンビンに勃ち上がっている俺のモノを、そばで祈りを捧げるように跪いていたアシュレイが、

 手を伸ばしてそっと握った。

 そのままその小さな赤い口に咥える。

 「うっ…ん、あっ」

 性感帯をあちこち攻められて、体は感じまくっているのに、俺はなかなか絶頂を迎えなかった。

 「相変わらず、なかなかイかない奴だな」

 伯爵が困ったように笑って、さらに突きを激しくしたが、感じるばかりでやっぱりイけない。

 アシュレイが俺のモノを舐めながら、イくのをまだかまだかという感じで待っている。

 「ロッシュ」

 伯爵がロッシュを呼び、毛むくじゃらの彼が姿を現した。

 「キスしてやれ」

 伯爵に言われて、ロッシュがベッドに近寄り、顔を近づけてくる。

 「キスがいるのか?」

 ロッシュが聞いた。青い目の銀狼。

 その瞳の底を覗き込むように見つめ、キスされることを思うと、

 アシュレイに握られているモノが、ますます固くなる。

 その反応をアシュレイに知られたくなかったが、握っている彼に伝わらないわけがなく、

 隠しようもない。

 ふいと目を逸らすと、ロッシュは答えを聞かないまま、唇を合わせて舌を入れてくる。

 「んっ」

 頭の中で何かが弾けた感じがし、体中の攻められている箇所から、一気に快感が襲ってきて、

 体の芯を駆け抜けた。

 「んーっ!!」

 唇を塞がれたまま叫ぶと、俺は達してアシュレイの口の中に精液を放った。

 彼が俺のモノに吸いつくようにして、それをおいしそうに飲み干す。

 ロッシュが離れて、ニッと笑う。

 「良かったか?」

 聞かれて、なぜか頬がかあっと熱くなる。

 バカロッシュっ。

 「ロッシュにキスして欲しくて、なかなかイかないのか?」

 俺の後ろから自分のモノを引き抜いた伯爵が、からかうように聞いてくる。

 「バッ、ちが…」

 「顔が赤いぞ」

 は、伯爵のバカヤロウッ。

 伯爵がアシュレイの方を向いて、

 「おいしかったか?」

 優しく笑いかけながら聞くと、

 「うん」

 彼は満足げに頷いた。

 アシュレイは伯爵と同じく吸血鬼だ。

 でも、体が弱くて血だけでなく人間の精を飲まないと生きていけない。

 今のアシュレイはさっきまでと比べるとずいぶん元気になったように見える。

 血の気が戻り、頬が赤みを帯びて、すごく綺麗だ。

 伯爵とはどういう関係なのか知らないけど、アシュレイは伯爵のことをおじさまと呼んでいて、

 伯爵に溺愛されている。

 「ねぇ、イアン。ちょっとだけ飲んでもいい?」

 アシュレイが俺の方に寄って来て、上目遣いに聞く。

 「もう飲んだだろ」

 「違う。血の方」

 瞳がキラキラ輝いて、ピンク色の頬をして赤い唇でそう言うアシュレイは、女の子みたいだ。

 こっちが素っ裸でいるのが恥ずかしく思えてくるくらい女っぽくて、思わず照れる。

 とりあえず、ズボンを拾って履いて、

 「い、いいよ」

 と承諾すると、アシュレイは俺にスッと寄り添って、顔を首筋に近づけた。

 「いい匂い」

 彼が、鼻を寄せて匂いを嗅ぐ仕草をし、ウットリと囁き笑うと、尖った犬歯が顔を見せる。

 俺は、アシュレイが吸いやすいように、首を逆側へ軽く倒した。

 そこへ彼が、自分の歯を突き立てる。

 ツプリと小さな衝撃と、チカッとした痛みを感じて、俺は顔を歪めた。

 何度されても慣れないし、気持ちのいいものじゃない。

 しかも、時々アシュレイが加減を誤って吸いすぎるときがあるのだが、

 その後はしばらく歩けなくなる。

 気持ち悪くもなるし、あれだけは勘弁して欲しいと思う。

 「アシュ、もうよせよ」

 俺は、なかなか離れようとしないアシュレイの体を押して離した。

 離れた彼は、名残り惜しそうな目で見てくる。

 「あとは他の人間の、吸えよ」

 「だって、イアンのが一番おいしいんだもの」

 血を誉められても、嬉しいんだかなんだか…

 俺は立ち上がると、自分の部屋へと向かった。

 途中で、伯爵とすれ違う。

 「イアン君は、この邸になくてはならない存在だね」

 嫌味っぽく言われ、

 「ああ。大事にした方がいいぜ。アシュレイのお気に入りだからな」

 強気で返したら、クックッとおかしそうに笑いながら、離れて行った。

 クソ伯爵。

 心の中で、悪態をつく。

 俺は、伯爵に買われて、ここへやって来た。

 邸に着いて、俺の手枷と足枷を外しながら、伯爵は、

 血液と精液の提供が、ここでの俺の仕事だと言った。

 吸血鬼に買われると、血液を抜かれると聞いたことはあったが、

 精液の話を聞いていなかった俺は驚いた。

 セックスの経験がないと言ったら、伯爵は、その晩から俺を抱いて、それを教え込んだ。

 お前は素質があるから、と言われ、今はたまにウリもしたりする。

 話は伯爵が持ってくるのだが、相手は大抵べらぼうな金持ちばかりだ。

 なんで俺を買ったのか、聞いたことがある。

 「健康そうだったからさ」

 伯爵は簡潔に答えた。

 そして、奴の見込み通り、俺は健康で丈夫で、ここに来てから風邪一つひいていない。

 俺は、文句を言ったり、悪態ついたりしながら、でもどこかで、悪くないと思いつつ、暮らしている。

 ちょっとだけ、あいつに想いを寄せながら―。

 

 

 

 

 

 

                               了

 

 

2010.06.11

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