おまけその1 伯爵とアシュレイの会話
(※短編のおまけなので、本当にお暇なときに読んでいただけるといいな、
という程度の代物です。三人称。エロはありません)
「おじさま。イアンはロッシュが好きなんですね」
「…ん。そのようだな」
「いいんですか、それで」
フレデリック・リラン伯爵は、その円らな瞳に、
イタズラな色を浮かべるこのかわいい甥っ子の小さな唇に、顔を寄せて口付けた。
「私には、アシュレイがいるだろ」
伯爵の言葉を聞いて、アシュレイがうっすらと笑う。
「僕は、いつまで生きられるか分からないから」
伯爵がふっと笑い返す。
「アシュレイがいくら体が弱いと言っても、それでも、人間の方が短命だよ」
アシュレイは、優しくそう口にする伯爵の本心を読み取ろうとするかのように、
首を傾げて上目遣いで彼を見つめた。
「人間に恋をしたら、悲しいですね?」
その問いに、ちょっと考えてから伯爵は毅然として言い切る。
「人間に恋をする鬼などいない」
そして、自分がクールであることをわざわざ強調するような言い方で続けた。
「あれは、ただの金稼ぎのための道具だ。
あとはアシュレイのために生かしているだけの、それだけのものだ」
それを聞いてアシュレイは、伯爵の腕にそっと手を置いて体を寄りかからせ、
瞳を少し伏せ気味にする。
それから、伯爵に気づかれないようにして、
その顔に仄かな笑みと、何かを哀れむような色を浮かべた。
おまけその2 フェスター(兄)とフェレス(弟)の毎日
「お前、ちょっと吸わせろよ」
「兄ちゃんも吸わせてくれるならね」
「いいよ。兄ちゃんの吸わせてやる」
「なら俺もいいよ」
イアンが自分の部屋に入って行くと、天井の梁にとまって、
双子の吸血コウモリがそんな会話を交わしていた。
すぐに互いの首筋に噛み付きあって、血を吸いあっている。
イアンは呆れて顔を歪めた。
「おい、お前らバカだろ。その行為に意味はあるのか?」
そう聞かれて相手の首筋から離れた二匹は、イアンを見てそれぞれに言った。
「暇つぶし」
「腹の足し」
それを聞いて、イアンは笑う。
「暇つぶしはともかく、腹の足しはないだろ」
吸っているだけでなく、吸われているのだから。
と考えて言ったのだが、二匹は気にしないようで、
何の返答もせずにお互いの顔を見合ってから、イアンに目をやった。
「イアンも入るか?」
「入るか…って、俺、鬼じゃないんだし、吸われるばっかでいい事ないじゃん」
それを聞いて、二匹は気の毒そうな顔をする。
「イアン、吸われるばっかで可哀想」
「暇つぶし出来なくて可哀想」
イアンは、笑いながらもちょっと怒っているような表情になって言った。
「可哀想言うな。
俺、今からこの部屋掃除するから、お前たち、他の部屋に移動してくれ」
イアンが軽く追い払うような仕草をすると、
二匹はバサバサと羽をばたつかせて飛び去っていった。
違う部屋の梁にとまると、双子のコウモリはお互いを見合って話し始める。
「お前はかっこいいな」
「兄ちゃんだってかっこいいよ」
「お前の方がかっこいいって」
「そんなことないって」
それを聞いていた邸の主人、フレデリック・リラン伯爵はフッと息を吐いた。
ここは伯爵の部屋だった。彼は机の前に座って、仕事の書類に目を通している。
「お前たちは、毎日毎日そんなことばかり喋っていて、よく飽きないな」
視線を机上に落としたまま、そう言って笑う。
すると、二匹の視線が伯爵に注がれた。
「伯爵もかっこいい」
「うん。伯爵もかっこいい」
「そりゃ、どうも」
思いがけず自分に振られて、伯爵は悪い気はしなくて、そう返した。
ところが、
「でも、ロッシュに負けてる」
「うん、ロッシュに負けてる」
「……」
二匹に続けて言われ、伯爵は驚いた後、ムッとした。
「私のどこがロッシュに負けていると言うんだ」
余裕なフリをして笑ったが、書類に書き込むサインの文字が乱れている。
伯爵の気持ちを揺らしておきながら、
二匹は言ったことなど忘れたような顔で無邪気に歌を歌い始め、
「お前たち、仕事の邪魔だから、違う部屋に行ってくれないか」
伯爵に疎まれ追い払われると、
またバサバサと羽をばたつかせて飛び去っていった。
次に二匹が飛び込んだ部屋は、青い目の銀狼、ロッシュの部屋だった。
梁にとまって、ロッシュの様子を見つめる。
一応二本足で立って歩いてはいるものの、満月が近づいてきて、
ロッシュの体はますます体毛が濃くなり、どんどん人間離れしてきていた。
「ロッシュ、犬になってきたー」
「ロッシュ、犬ー」
双子の声は聞こえていたが、ロッシュはいつものことだと無視をした。
彼は、この邸の雑用のようなことをしている。
車の運転をしたり、壊れものを直したり、荷物を運んだり、
時には他の邸の執事のような役割もこなす。
とにかく伯爵に頼まれれば、なんでもした。
彼は、幼い頃、両親と死に別れ路頭に迷っているところを伯爵に拾われた。
狼男は見た目がむさ苦しいことから、
その姿が目に付く場所で雇っている邸は多くないのだが、
伯爵はそのときからずっとロッシュをここに置いて生活させている。
邸にやって来たイアンの面倒を見たのも彼だ。
「ロッシュ、他の奴らが何と言ったとしても、お前は気高くあれ」
ここに連れて来られたとき、自分の瞳を見つめて伯爵が言った言葉を、
彼は今も覚えているし、忘れない。
一見、ロッシュの方が年上に見えるが、
実は吸血鬼である伯爵の方が、彼よりずっと上だった。
「伯爵は怒りんぼ」
「伯爵はほんとに怒りんぼ」
そんな言葉が聞こえて来て、ロッシュは壊れた椅子の修理をしていた手を止めた。
顔を上げて、二匹を見る。
「どうせ、またお前らが怒らせるようなことを言ったんだろ?」
高をくくったような言い方のそれを聞いて、フェスターが幾分悔しそうに言う。
「俺たちは『伯爵はかっこいい』って言った」
「え、じゃあなんで怒ってるんだ」
ロッシュの問いにフェレスが答える。
「それから『ロッシュに負けてる』って言った」
それを聞いたロッシュの表情が固まって、その後苦笑に変わった。
「ああ…それは」
事の成り行きが分かってロッシュは額に手をやる。
イアンが自分に思いを寄せていることは、薄々気づいていた。
自分が面倒を見る中で、情が湧いたのだろうと推測する。
伯爵が、イアンに冷たくしているように見えても、
イアンを特別に気に入っていることも分かっている。
でも、それについて伯爵と勝負をする気などもちろんないし、
あまり大きな声で言ってまわって欲しくないことでもあった。
伯爵とロッシュとイアンの関係は、
はっきりさせないことで上手く回っているようなところがあるのだ。
でも、退屈を持て余しているこの双子のコウモリ達は、
面白ければなんでも口にする。
「お前たちは、もう一箇所にじっとしてろ」
ロッシュがムッとして言うと、二匹が口を揃えて喚く。
「横暴だーっ。横暴犬ロッシューっ」
ロッシュはムッとするのを通り越して、ムカッと来た。
思わず大きな声をあげる。
「また犬と言ったなっ。調子に乗りやがってっ。
お前たち、ちょっと来い。焼き鳥にしてやる」
二匹が梁にとまったまま、翼を広げてバサバサと羽ばたいた。
「俺は鳥じゃない」
「俺も鳥じゃない」
「ネズミと鳥の合いの子だろうがっ」
二匹が嫌がることを知っていて、ロッシュはわざと言ってやる。
「俺はネズミじゃない」
「俺もネズミでも鳥でもない」
「なんでもいいから、ちょっと来い」
ロッシュが強い口調になり、降りて来ない二匹に痺れを切らして、
身を低くして飛びかかる寸前のような姿勢をとると、
二匹は「ワアーッ」と叫びながら、逃げ去っていった。
その飛んでいった方角へと目を向けつつ、ロッシュが溜息をつく。
「バカ兄弟め」
ロッシュは悪態をついてから、自分の体を見下ろし、
「これで生きていくしかないんだから、しょうがないさ」
と呟いてから、笑った。
「ま、あいつらもそうか」
そうして、椅子の修理の続きを始めた。
「またみんなを怒らせて遊んでたの?」
次の部屋で二匹は、今度は梁ではなく、両膝の上に一匹ずつ乗っていた。
そこは極上の安全地帯、魅惑の楽園アシュレイの膝の上だった。
二匹は、アシュレイの優しく儚げな雰囲気が大好きだったし、
短めのズボンから覗く膝の上は、柔らかくてスベスベと気持ちが良く、
その感触もまた大好きだった。
「アシュー綺麗」
「アシューかわいい」
アシュレイを褒め称えながら、二匹は彼の膝に猫のようにして、
嬉しそうに体を擦りつけていた。
「ふふ…そんなにおだてても何にも出ないよ?」
兄のフェスターの顎を右手で撫でてやりながら、アシュレイが言う。
「フェスターは男前だね」
それを聞いて、言われた彼は蕩けそうな表情をする。
「フェレスもかっこいいよ」
弟のフェレスの頭を左手で撫でると、こちらも幸せそうにした。
「アシュー。ここの住人、みんなアシューだったらいいのにー」
フェスターに言われて、アシュレイはアハハと笑った。
「みんな僕だったら、きっとつまんないと思うなぁ」
「どうしてー」
「だっていろんな人がいて、いろんな反応が返ってくるのが面白いから、
いろんな部屋へ行くんでしょ?一つの反応しか返って来ないんじゃあ、
話かけ甲斐もないし」
フェレスの問いにそう答えてから、彼は目を少し伏せ気味にした。
「それに、こんなのが何人もいるのは、あんまり良くないと思う」
体が弱いせいで曲がってしまったのか、それとも元々なのか、
アシュレイは時々、自分が少々歪んでいると感じることがあった。
そんなとき、イアンの元気の半分でもいいから欲しいと思う。
「どうして?」
聞かれてアシュレイは、にこっと笑いつつ答えた。
「僕は意外と黒いんだ」
それを聞いて、二匹がポカンと口を開ける。それから同時に首を捻った。
「黒い?」
二匹は、アシュレイの体を上から下まで眺めたが、
黒っぽいと感じるところはなかった。
「アシュー、黒くないよ?」
フェレスがなぜか悲しそうに呟き、
アシュレイはそれを口したことをちょっとだけ悔やみつつ、彼の頭を撫ぜた。
「うん。そうだね。ごめんね変なこと言って」
いつもの笑顔でそう言うと、二匹が安心した顔になって、
また体をアシュレイに擦り付けた。
アシュレイが腕で巣のような囲いを作ると、
二匹はその中で彼に身を預けて丸くなり、
やがて、気持ち良さそうに眠り始めたのだった―
了
2010.07.26