卵かけご飯with魚卵
イクラを入れてみた。
白磁の茶碗にその透き通った琥珀は映えた。スプーンで瓶から取り出され、山状に置かれたそれは、
粘りを持ちつつ器の中で崩れてころりと転がった。
その上からご飯を被せるようにしてよそう。それから窪みを作ってそこに卵を落とし、
仕上げに海苔を散らした。
「ただいま」
玄関で声がした。敦也が姿を現す。
「うわっ、何それ。うまそう」
私の前にある物を見て、大きな声をあげる。しかし卵かけご飯は、一人分しかない。
「俺、腹減って死にそう」
敦也が弱った顔をして、腹をさすった。
だが、卵かけご飯は、一人分しかないのだ。
私はおもむろに目の前のそれに、醤油を回しかけた。
「なぁ、俺にもそれ作ってくれよ」
「もう飯がない」
手近にあった空の釜を見せると、彼が哀願するような目でこちらを見る。
私は黙った後、素知らぬ振りで茶碗を手に取った。
「わああああっ」
途端に敦也が喚く。私は眉間にしわを寄せ、茶碗をテーブルの上に置いた。
息をひとつ吐いて彼の方へとずずっと差し出す。
敦也はとびきり嬉しそうな顔をした。
「やったっ。いいの?山城さんって、本っ当に優しいなぁ」
目尻が下がっている。
そんな彼に一言、
「イクラ入りだ」
と言うと、「げっ」と顔を歪めて伸ばしかけた手を引っ込め、それからゆっくりとそれを押し返した。
私は、戻ってきた茶碗を手にとって箸で中身をかき混ぜた。
中から湯気が立ちのぼるのとともに、熱で色が変わり白濁したイクラが現れる。
敦也が気味悪そうに、そして悔しそうにつぶやいた。
「なんでイクラ入れるかなぁ。しかもなんで隠すように入ってんだよ」
そうして、諦めてカップラーメンの入っている棚を漁っている。
私は、イクラ入り卵かけご飯をほおばった。
うまい。やはり卵かけご飯は熱いうちに食べなければ。
魚卵嫌いの敦也が、ラーメンの容器にお湯を注ぎいれるのを横目に見ながら、しみじみと味わう。
「ったく、ドSなんだから」
彼は不満げに言ったが、そんなことはお互い百も承知のことで、今さら言うようなことでもない。
「嬉しいだろ?」
でも、あんまり黙っていても可哀想かと思い、そう返してやると、敦也は顔を赤くした。
本当にいじめ甲斐のある奴だ。
私の茶碗が空になった頃、出来上がったラーメンを持って来て、敦也がテーブルの向かい側に座った。
「ったく、イクラなんてあんなもの食いもんじゃないよ。プチプチプチプチして気色悪いったら」
まだブツブツ言っている。しつこい。食べ物の恨みはなんとやら、だ。
敦也が嫌いなのはイクラだけではない。タラコも、それからなんとキャビアもだったりする。滅多に食べないが。
「……」
私のタラコは好きなくせに。
ラーメンをズルズルすすっている敦也を見ながらそう思ったが、
「なんだよ。じっと見て」
「いや、なんでもない」
言わずにおいた。