（山城視点です）

　「お土産に、とろけるプリンはいかがですかー」

　前日同様、かなり暑くなった日だった。

　駅を出た路上で、臨時の店が出てプリンを売っていた。

　「とろけるプリンはいかがですかー」

　売り子の女の子が元気な声を張り上げていて、なんとなく足が止まる。

　ショーケースには、牛乳の瓶を小さくしたようなガラスの容器に入った、

　たくさんのプリンが並んでいた。

　そばに貼られた、

　プリンをスプーンですくったところを写真におさめたポスターが、

　口に入れたときの喉越しの良さを思わせて、購買意欲をくすぐる。

　立ち止まっていると、女の子が主に私に向かってもう一度声をかけて来て、

　私は観念した体（てい）で、店に歩み寄った。

　「これを、二つ」

　商品を指差して注文した私に、

　「はい。とろけるプリンを二つですねー」

　彼女が明るくハキハキと対応する。

　「ありがとうございましたー」

　代金を支払うと、女の子が笑顔で頭を下げ、

　私も品物を受け取りつつ笑顔を返して、家に向かって歩き出した。

　滅多に土産など買って帰らないが、ごく稀にこんなことがしたくなる。

　私は、手に提げた袋の中の、二つのプリンに意識をやった。

　家路を辿りながら、次第に嬉しいような、

　そのくせ物悲しいような気持ちになってきて、そうなっている自分に苦笑する。

　敦也が家に来る前だったら、私はこれを買っていなかっただろう。

　一つだけ頼むのも気が引けるし、自分の為に、

　いかにも土産物然としたこんなものを買って帰るなど思いつきもしなかった。

　夏祭りの浴衣だってそうだ。

　たまたまデパートに行く機会があり、

　売られているのを見たらどうしても欲しくなって、買ってしまった。

　十年の間一人でいて、その間には思いつきもしなかったことを、

　今、私はしている。

　敦也が現れなかったら、今も私は、

　一日一日をやり過ごすことだけを考える日々を過ごしていたのだろうか。

　もう誰とも暮らすことはないだろうと、

　誰も好きになることもないだろうと思っていた。

　家族も恋人もなく、孤独ではあったけれど、

　自分が受けるべき罰なのだろうとも感じていた。

　でも、そんな私の元に敦也はやって来て、これからもずっといる。

　彼は、私を必要としてくれている。

　私は、もう、許されても…？

　誰に尋ねたらいいのか分からない問いかけを、心の中で呟いてみても、

　何かが落ち着くわけでもなく、答えが聞こえることもなかった。

　家に着いて、二階の部屋を見上げると、

　もう敦也は帰っているようで灯りが点いていた。

　階段を登って部屋の前まで行き、呼び鈴を鳴らす。

　鍵とドアを開け、

　「ただいま」

　と言ったが、敦也が出てくる気配がしない。

　聞こえなかったか？と思いながら中へ入っていくと、

　敦也は座布団に頭を乗せてころんと転がっていた。

　灯りを点けたまま、扇風機の前で寝ている。

　ぐっすりと眠っている寝顔を見て、

　「おいおい」

　ちょっと笑ってから、敦也の横を通って、

　冷蔵庫まで行き、買ってきたプリンを納めた。

　私の立てる物音にも目を覚まさない。

　そして、私がスーツから甚平に着替え終えてもまだ起きなかった。

　彼に近づき、

　「敦也、飯は食ったのか？」

　声をかけたが、昼間よっぽど疲れる作業でもしたのか、

　眠ったままでウンともスンとも言わない。

　ふーっと息を吐き、ここで寝られていると狭い家がさらに狭く感じられるし、

　通りにくいので、移動させようと、

　「よっこらしょっ、と」

　抱き上げたら、

　「ん…山城さん」

　敦也が呟き、起きたかと思ってじっと顔を見たが、目は閉じられたままで、

　その後また静かになった。

　そのまま敦也をベッドに連れて行き、横にする。

　そうして離れようとしたら、いつの間にか背中に手が回っていて離れなかった。

　手を持って、そっと外そうとすると、

　「山城さん」

　耳元でまた呟かれ、「ん？」と聞き返してしまったが、

　やはり起きたわけではないようで何も返ってこない。

　「なんてハッキリした寝言なんだ」

　繰り返し名前を呼ばれて、なんとも言えない気分になり、

　敦也の額に手をやって、彼の前髪をかきあげるようにする。

　すると、彼の目から涙が零れ落ちて、それを見た私は驚いた。

　表情がなんだか苦しそうに見える。

　「敦也」

　寝かせておこうと思って移動させたのだったが、それを見たら、

　やはり起こそうと思えて呼びかけていた。

　名前を呼びつつ肩も揺すっていると、目が開いて私を見上げる。

　そのままジッと見つめてきて、

　「山城さん」

　また私の名前を繰り返した。

　でも、今度は寝言じゃないらしい。

　自分の頬が涙で濡れていることに気づいた彼が、手でそれを拭う。

　「どうした？」

　と聞くと、

　「嫌な夢、見てた」

　ポツリと呟いた。

　私の名前を呼んでいて、それでいて嫌な夢とはいったいどんな夢なんだ。

　「母さんが兄ちゃんと出て行ったときの夢」

　それを聞いて、「ああ」と頷く。

　その話は聞いていた。

　どうして自分でなく兄だったのか、と恨んだことも、

　一緒に連れて行って欲しかったと思っていることも。

　泣いた理由は分かったが、でも、そこに私はいない。

　「だけどお前、私の名前を呼んでたぞ」

　私が言うと、敦也はふいと顔を背けて不機嫌そうにしながらも、打ち明けた。

　「その後、山城さんと会って、良かったと思ってたら、

　山城さんも出て行って、俺、ずっと探してた」

　恨めしそうに私を見る。

　その言葉に苦笑した。

　夢のことで恨まれても、どうすればいいんだか。それに…

　「なんで私が出て行くんだ。ここは私の家だぞ」

　「知らないよっ。でも、出て行ったんだ」

　まだ涙目のままで怒っている様子の敦也に、私は笑って、

　「ずっといると言っただろ？」

　彼の頭をクシャクシャとかき回した。

　「飯、食ったか？」

　聞くと、「まだ」と首を振る。

　「じゃあ、冷やし中華でも作るか」

　私は、そう言ってシンクへと向かうと、鍋に水を入れて火にかけ、

　冷蔵庫からきゅうりとハムを出して、切り始めた。

　「プリンを買って来たんだが、食べるか？」

　冷やし中華の夕飯を終え、寝起きの不機嫌さのすっかり消えた敦也に聞くと、

　「え。山城さんが？」

　意外そうな声をあげる。

　「ああ」と答えながら、私がそれを取り出してきて、卓袱台の上に置いたら、

　「あっ」

　敦也は驚いた表情をした。

　「このプリン知ってる！この間ランキングの一位になってた！」

　目をキラキラさせて、叫ぶように言う。

　テレビの話だろうか。

　「そうなのか？私はそういうのは詳しくないから分からないが…

　駅を出た所で売ってて、たまにはいいかと思ってな」

　敦也は、私の言葉を聞いて「そうなんだ」と呟いたあと、それをじっと見た。

　私が自分のプリンのフタを開けていると、敦也もフタを開ける。

　それから、

　「山城さん、ありがとう」

　お礼を口にして、

　「いただきます」

　添えられていたスプーンで、とびきり嬉しそうにプリンを口に運んだ。

　一口食べて、

　「ウマーッ」

　敦也が、自分もとろけてしまうんじゃないかと思う笑顔を浮かべ、

　それを見てから、私もプリンを口に運んだ。

　丁度いい甘さで、柔らかくツルンとしていて、気持ちよく胃に落ちていく。

　なるほどスーパーで普通に売っているプリンとは、一味違うようだった。

　彼が、本当においしそうに食べるその顔を見ながら、

　「今日は、キツい仕事だったのか？」

　聞くと、大きく頷いた。

　「今日は一日中、荷物運びばっかやらされて、クタクタだよ」

　「…そうか。大変だったな」

　私も頷いて、なにげに敦也の体を見る。

　相変わらず細くて華奢だが、

　それでも少しずつ大人の体になって来ているような気がした。

　敦也は、仕事の愚痴を話し、私は黙って聞いてやる。

　その間も、プリンをゆっくりと口に運んでいるのだが、

　スプーンでちょっとずつ掬っていて、

　大事に味わって食べているのが分かった。

　彼は世間の物に対して擦れていないところがあって、

　良かれと思って何かしてやると、大抵思った以上に喜んでくれる。

　いくらなんでもそれは大袈裟だろう、と思うときもあったりするが、

　でも本人はいたって本気で、こっちが驚かされることも少なくない。

　これまでのことを思い出しながら、でもそれは敦也のいいところだよな、

　と思いつつ彼を見ていたら、ふと悪戯心が湧いた。

　プリンを置いて、

　「敦也、これ知ってるか？」

　私は両手の親指を立てて寄せ、二本をくっつけた状態で、

　卓袱台の縁に乗せた。

　突然何を言い出したんだろうという顔をして、

　敦也がそれを不思議そうに見て、首を横に振る。

　「知らない」

　「同じようにしたら、いいことしてやる」

　私の言葉を聞いて、

　「…いいこと？」

　敦也は何を想像したのか少し顔を赤くして、

　それから食べかけのプリンを置いて、戸惑っている様子ながら、

　私の言う通りにした。

　私は、並んだ彼の親指の上に、敦也のプリンを乗せる。

　「え？」

　手を動かすとプリンが転がってしまうという、

　軽い拘束状態になって、彼は慌てて私の顔を見た。

　「ちょっ、山城さん。プリン、零れるよっ」

　「大丈夫。気をつけていれば倒れない」

　私の言葉に、彼は指の上に乗ったプリンに意識を集中する。

　私は、自分のプリンを持ち上げると、中身をスプーンですくった。

　「ほら、口開けて」

　「えっ」

　口元まで運ぶと、敦也は驚いた表情をした後、かあっと顔を赤らめた。

　目の前まで運ばれたプリンと私の顔を交互に見て、

　どうしようか迷ったようだったが、そのうち恥ずかしそうにしながらも、

　口を開けた。

　そこに、プリンを入れてやる。

　「うまいか？」

　聞くと、なんだか複雑な顔をして「うん」と頷く。

　続けて運んでやると、敦也は素直に私のスプーンからプリンを食べた。

　まるでヒナに餌をやっているようだ。

　私は自分のプリンを食べさせ終えた後、

　敦也の親指の上に乗っていたプリンも手にして、食べさせてやった。

　「山城さんの分がなくなるよ」

　敦也は悪そうにしたが、

　「いいんだよ」

　構わず食べさせて、それも空になったところで、

　容器を置いて、敦也に体を寄せる。

　そのまま彼の頭を両手で包みこむようにして唇を合わせた。

　「んっ」

　舌を差し入れて味わうように口の中を舐めてから、敦也の舌に絡ませれば、

　彼も私の背中に手を回し、応えてくる。

　ふと、さっき疲れて眠っていた敦也の姿が脳裏をよぎって、私は一度離れた。

　「…そう言えば、疲れてるんだったな。やっぱり今日はやめとくか」

　それを聞いて、敦也がげっと顔を歪ませる。

　「つ、疲れてないよっ！って言うか、『今日は』って、もうずっとしてないしっ、

　ここでやめるとか、ひどいしっ」

　彼が大声で喚いて、

　「冗談だ。…そうだな。疲れてるときほど感じるとも言うしな」

　私がそう言うと、敦也が耳まで赤くした。

　そんな表情も楽しんでから、また唇を寄せて合わせ、貪る。

　彼の頬に手を沿わせて、唇全体を舐めるようにしては離れ、

　食むようにしてはまた離れて、その感触を味わった。

　敦也の表情が、だんだん恍惚としてくる。

　その後、舌を差し入れて絡ませながら、頬に置いた手を、

　その滑らかさを味わうように、首筋やうなじに滑らせ指先で辿った。

　「んっ…ん…ふっ」

　そのまま手を下へと降ろして行き、シャツのボタンを外して、乳首に触れる。

　「あっ、んっ」

　敦也がビクッとして声をあげ、唇が離れたところで、

　「まったく、今日も暑いな」

　扇風機の風量を最強にして、いつもはベッドへ移動するが、

　なんとなくその場でしたくて、板の間に敦也を押し倒し、彼の頭の下と、

　腰の下に、二人がいつも使っている座布団をあてがった。

　彼に覆いかぶさるようにして、首筋に唇を押し当てて、

　シャツの残りのボタンを外し、胸を露にする。

　肌に口付け、愛撫しながら降りて行き、辿り着いた小さな尖りを口に含むと、

　「あっ」

　敦也の体が、またビクッと揺れた。

　ズボンに手をかけ、それと下着も一緒に脱がして、

　そばにあった、いつも私が枕代わりにしているクッションを取り、

　それも敦也の腰の下に据える。

　「え、やだ、これ」

　腰が持ち上がる格好になって、敦也が恥ずかしそうにした。

　「駄目か？」

　聞くと、彼は顔を赤らめたままジッと私を見て、そのあと首を横に振った。

　クリームを取ってきて近くに置き、私も下を脱ぐ。

　いつもより深く繋がりたくなっていた。

　クリームの中身を左手に取り、右手で敦也の髪を撫でてから、

　クッションのせいで持ち上がり、突き出されるような状態で

　勃ち上がっている彼のモノに顔を寄せ、口に咥える。

　「んっ」

　そうしながら、指を敦也の中に挿し入れ、解していった。

　指の出し入れをしつつ、口で敦也のモノをしごくうちに、中が震え始め、

　「は、ああっ、イくっ」

　敦也が背筋を反らして、私の口に白濁を放った。

　その間も、私は指の動きを止めずに二本三本と増やして、奥を広げる。

　「山城さん」

　彼が私の名を呼び、私が顔を上げて瞳を合わせると、

　「もう大丈夫だから…欲しい」

　懇願するように見てきて、私は指を引き抜いたが、

　少しでも彼の負担を軽減したくて、もう一度クリームを多めに手にし、

　指を奥まで挿し入れ行き渡らせた。

　「山城さんっ…焦らさないで。も…いい…からっ」

　また敦也のモノが勃ち上がってきて、

　かなり感じているらしい彼の先端からは、どんどん透明な雫が溢れて、

　彼の腹を濡らし始める。

　言われていることは分かっていたが、それでもさらに解してから、

　「入れるよ」

　私は敦也の後ろに自分のモノをあてがい、グッと力を込め貫いた。

　いつもより位置が高くて挿れやすく、腰を振って奥へと突き入れると、

　敦也の中が私のモノを徐々に飲み込んでいく。

　「あっ、あっ」

　声をあげる敦也の唇を唇で塞ぎ、抽挿のスピードを上げた。

　「んっ、んっ」

　私のモノと敦也の中が滑り始め、気持ちよさが体を駆け抜ける。

　一度動きを止めて、少し引き抜いてから、最奥をズンッと穿つと、

　「ああっ！」

　敦也の足の親指に力が入って、握りこむような形になっているのが視界に入り、

　私は思わずその足を掴んで、そこに唇を押し当て口づけた。

　中がキュッと締まったのを感じつつ、また抽挿を再開すると、

　「山城さん…っ。いいっ…いいっ」

　敦也の目から涙が零れ落ちる。

　初めての時には受け入れることさえ出来なかった敦也の後ろが、

　今は私のモノを根元まで咥え込み、熱く締めつけている。

　「敦也…私も…」

　馴染んでいく体と体が嬉しく、

　「ああ…」

　愛しさで声が漏れた。

　「山城さんっ。はっ、ああっ、もうイくっ…」

　「…私もだ」

　上体を倒し、敦也の頭を抱き締めるようにして唇を合わせたら、

　中がひときわ締まって彼がイった。

　続いて私も射精し、彼の中に白濁を放つ。

　敦也の中が私の形を覚え、「難なく」と言っていいくらいに、

　私をたやすく受け入れ、私のモノで満たされる。

　そんな日は、まだ遠いと思っていた。

　けれど、もうほとんどそうなっている気がする。

　やっぱり疲れていたのか、終わってしばらくして眠ってしまった敦也の、

　若い寝顔を見ながら、もっとゆっくりでも構わないのに、と思い、

　思ってから、一人苦笑いを浮かべる。

　でも、それでは私がキツいか。

　私は彼に、いつまで、どれぐらい応えてやれるだろう。

　板の間に転がっている敦也を抱き上げて運ぶ。

　ベッドに降ろしたら、

　「山城さん…好き」

　彼が言って、私は彼の顔を見たが、

　また寝言らしく目は閉じられたままで、そのまま静まった。

　私は少し笑ってから、

　「私もだ」

　また理不尽に恨まれないよう、夢の中に聞こえるくらいハッキリと、

　耳元で囁いてやった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　了

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　2011.06.12