（敦也視点です）

「もう十年も前の話だ」

山城さんが、遠い目をして言う。

「こんな話、聞きたくなかっただろ？」

そう聞いてくる山城さんは、もうそれで話を終えたつもりでいるようだった。

でも、俺にはどう考えても説明不足に思えて、その時点では、

まだ何か感想を口にすることなんて出来なかった。

それっきりだなんて信じられなくて、

「森野さんには、それから会わなかったの？」

俺が質問すると、山城さんは小さく息を一つ吐いた。

「もう一度病院に行ったら、あいつは別の病院に移ってしまっていて、もういなかった。

どこに移ったか聞いても教えてもらえなくて…」

その言葉に、俺は眉を寄せる。

「でもどうしても会いたくて、必死に探し回って、ようやく見つけて会いに行ったら、

家族や親戚やら人が結構いて…情けないけど…その中には入っていけなかった。

もう話が出来る状態じゃなかったようだったし…」

山城さんがそう続けて、瞳を閉じる。

「…じゃあ、それきりで、話せなかったんだ」

俺が言うと、

「できるなら、もう一度だけ、二人でちゃんと話したかったな」

そのときの気持ちを思い出している表情で、ポツリと口にした。

そうだろう、と思う。

『もう来て欲しくない。さよなら』

と冷たく言われた場面が、最後だったとしたら、俺だってそう思うし、きっとかなり悲しい。

黙ってコップを口に運ぶ山城さんを見ながら、森野さんの気持ちに思いを馳せる。

しばらく考えた後、俺は顔を上げて、山城さんを見ると切り出した。

「山城さん。俺、森野さんは本当の本当はそばにいて欲しかったと思うよ」

なんか当たり前のことを言ってるみたいだったけど、言わずにいられなかった。

「森野さん、きっと会いたくてたまらなかったと思うよ」

それから森野さんの気持ちを、グッと深く考えていたら、涙が出てきた。

「なんでお前が泣くんだよ。バカだな」

山城さんはそう言ったけれど、涙は次から次へとこぼれ出てきて止まらない。

ほんと、俺が泣いてどうすんだよ、と思った。

でも、俺には、どれだけ彼が山城さんと一緒にいたかったか分かる気がしたのだ。

山城さんが苦笑しながら、手の甲で涙を拭う俺を見る。

「私もそう信じたい…信じようと思っているけれど…でも、敦也はそれでいいのか？」

俺は、驚いた。

「え？」

「敦也は、私に、そんなことがあったと知っても、平気なのか？」

俺は、驚いた表情のまま、山城さんを眺めた。

そう聞かれるのが逆に不思議に思えるくらい、俺は、全然嫌じゃなかった。

森野さんという人がいて、かつて山城さんが彼を深く愛したということを知っても、

ちっとも嫌じゃない。

山城さんは、話を聞いたら軽蔑するかも知れないと言った。

それは、浮気そのもののことじゃなく、森野さんや奥さんとの向き合い方や、

自分のとった行動について、だったのだろう。

でも、話を聞き終わった今、山城さんを軽蔑しているかと言うと、全然そんな気持ちも湧いてこない。

「俺は、森野さんを愛した山城さんを愛してる」

そう言うと、山城さんが動きを止めた。

俺をじっと見て、それからフッと笑って無言で俺の頭に手を乗せ、

わしゃわしゃとかき混ぜるようにして撫でた。

撫でられながら思う。

森野さんが本当に冷たい態度を取ったんだとしたら、

きっと森野さんは、山城さんにわざと冷たくしたのだ。

山城さんが森野さんを失っても歩いていけるように。

そして、森野さんはどんどんやつれていく姿や、苦しむ姿、それに最期の姿を、

山城さんに見せたくなかったんじゃないかな、という気がした。

大好きな人に。

森野さん、ごめん。

俺、生きて、山城さんと一緒にいる。森野さんがいたかった場所にいる。

俺は、恨まれるかな。でも、少しだけ幸せになることを許して欲しい。

前に山城さんが教えてくれた言葉を思い出す。

『愛とは決して後悔しないこと』

浮気して、離婚して、一人になった山城さん。

でも、あの言葉を教えてくれたってことは、後悔していないということなのだろう。

俺は、目の前の卓袱台に置かれた指輪に目をやった。

「奥さんとは、それから一度も…？」

俺が聞くと、山城さんもそれに視線を落として、頷いた。

「ああ。叔父の話だと、彼女は私と別れた後、別の人と結婚して、子供も出来たらしい」

俺は言葉もなかった。黙っていたら、

「お前」

山城さんの口調が急に変わって、見ると、目が座っている。

「なんでも聞いていいと思ってるな？」

「そ、そんな」

俺は、顔の前で手を振った。

思ってるけど。

「もう、十年も前の話だ」

山城さんが、キリをつけるようにもう一度そう繰り返し、俺は十年という時の長さを思ってみた。

山城さんが森野さんと出会ってから長い時が過ぎている。俺なんて、まだ数ヶ月で…

山城さんは胸に森野さんを抱えていて、そうして、思い出す思い出さないに関わらず、

彼をその胸の内に秘めたまま俺を抱いている。

それが嫌かっていうと、やっぱり俺は何故だかちっとも嫌とは思わないのだ。

「だから言っただろ？こんな話は面白くもなんともないと」

山城さんが、自分から手を伸ばして、俺の腰を引き寄せた。

え？

俺は驚いて、山城さんの顔を見つめた。

「抱いてくれるの？」

「嫌か？」

「ううん。嬉しいけど…いいの？」

山城さんが唇を寄せる。

「ああ」

答えながら唇を合わせた。

山城さんの熱い唇が俺の唇を包むように動き、その柔らかな感触に蕩けそうな気持ちになる。

でも、ふとあることを聞きたくなって、俺は唇が離れるのと同時に聞いた。

「ねぇ。森野さんの下の名前、何て言うの？」

俺が聞くと、山城さんは言葉に詰まって、少し躊躇うようにした後、ボソッと答えた。

「…敦史」

俺は、それを聞いてちょっとだけ驚き、でも、すぐに笑った。

敦也と敦史。

それで、俺の名前、初めて聞いたとき、あんなリアクションをしたんだ。

俺は名前を山城さんに告げたときのことを思い出して、おかしくなる。

だけど、似てるだけで同じ名前ってわけでもないのに、反応し過ぎだよなぁ。

それだけ、山城さんの中の森野さんの存在が大きいということで…

俺がそんなことを考えていると、山城さんがのしかかって来る。

それはそれで嬉しかったけど、山城さんの吐息から酒の臭いが漂ってきて、

その臭いを嗅いだら自然と顔が歪んだ。

「山城さん、酒くさっ」

山城さんを見ると、どうも酔っ払っている様子だ。

「いいだろ。たまには飲んだって」

「なんだよ。酔った勢いかよっ」

抱いて欲しいとは思うけど、どんなんでもいいわけじゃない。

ちゃんと俺を俺として認識して、俺としたい、と思ってして欲しい。

…贅沢かな。俺。

「親父さんを思い出すか？」

山城さんが、俺の上に乗った体勢で、俺を見下ろして聞く。

酒飲みだった親父。山城さんは俺が嫌な想いをしていないか、気にかけてくれているらしい。

俺は首を振った。

「ううん。それはない」

キッパリ否定した後、

「でも酔った勢いは嫌だ」

と言うと、山城さんが笑う。

「これくらいで酔うもんか」

首筋に唇を押し付けて来て、そのまま俺のシャツの胸元を開く。

「ねぇ、最中に、森野さんを思い出したこと、ある？」

俺が聞くと、山城さんは顔を上げてキョトンとした表情をした後、

「デリカシーのない奴だな」

と呟いて少し笑って、でもちゃんと答えてくれた。

「ない」

はっきりと言う。

「本当に？正直に言ってもいいよ」

「しつこいな。ないと言ってるだろう」

山城さんが、眉間にしわを寄せた。

「敦也は敦也だし、森野は森野だ」

「…そっか」

どっちの方が上なのか、聞いてみたい気もしたけれど、

そんなことをしたってしょうがないことも分かってる。

山城さんが俺を抱き上げ、倒れこむようにしてベッドに乗って、

そのまままた俺の首に顔を埋め、唇を首筋から胸へと這わせる。

「は…あ、暑いけど、…いいの？」

俺は、山城さんの肩にもたれかかったとき、鬱陶しそうにされたのを思い出した。

山城さんは、俺の胸に顔を寄せながら言った。

「抱き合えば、どっちみち熱くなる」

そうして、俺の乳首に吸い付く。

「あっ」

ずっと放っておかれた体に、その刺激はすごく強く大きく感じられた。

気持ちよさが電流のように体中を駆け巡って、背中が反る。

「あ、んんっ」

山城さんが、乳首を舌で転がしながら、俺の腹と腰の辺りを、肌の感触を楽しむように手で撫でた後、

その手をスルリとズボンの中へと滑り込ませた。

すでに硬くなっていたそれを握られて、胸も同時に攻められたら、すぐにイってしまいそうになった。

「山城さんっ、ああっ」

それを訴えるように声をあげると、山城さんは手を離して体を起こし、俺の下を全部脱がした。

それから、例のクリームに手を伸ばし、中身を手に取ってその手を俺の後ろへと持っていく。

クリームを塗り広げ、馴染ませるようにしながら、山城さんは俺のすぼまりへと指をゆっくりと沈めた。

最奥まで入れ、出し入れを繰り返して解しては、指を順に増やしていく。

そうする間に、立ち上がった俺のペニスからは先走りが溢れ出てきて、

山城さんがそれを舐めつつ全体を口に咥えた。

彼が数回口を上下させただけで、俺は耐え切れなくて、

「んっ」

山城さんの指を締め付けながら、イってしまった。

「は…ああっ、山城さんっ」

イって吐精している間も、山城さんは指を動かし続ける。

「んっ、んっ」

俺のソコは大きく広げられて、彼の指が出入りするたびに、快感の波が押し寄せてくる。

山城さんが、顔を上げて後ろから指を引き抜いた。

そして、もう一度クリームを手に取って指に馴染ませ、今度は始めから数本の指をぐっと押し入れる。

「あああっ」

何本入れられているのかは分からない。

クリームを奥まで届かせるために、一気に最奥まで入れてから、奥を広げるように中で指を動かした。

「ん…ああ…っ」

圧迫感を感じて苦しくなり、ちょっとツラかったけど、

これをしないと俺のそこは山城さんのモノを受け入れられない。

十分解れたと判断したのか、山城さんが、再び指を引き抜いて、そこに自分のモノをあてがった。

彼が力を込めると、俺のソコは、徐々に山城さんのモノを飲み込んでいく。

山城さんが、グッグッと押し入れながら、体を倒して俺の唇を塞いだ。

彼の舌が差し入れられ、俺は夢中でそれを吸う。

「ん…ふ…」

そうする間も、山城さんは腰を動かして奥へと進んだ。

俺が気持ちよさに気をとられている間に、いつも途中で進めなくなる部分も越えて、

気づくと俺の中は山城さんのモノで満たされていた。

「敦也…」

山城さんが、愛しげに俺を見て、俺も彼を同じように見返す。

「もっと奥まで…俺をいっぱいにして」

俺が言うと、山城さんは俺をぎゅっと抱きしめた。

抽挿を始めた彼に、しがみつくようにして抱きつく。

「あっ、あっ、山城さん」

「敦也」

お互いの名前を呼びながら感じ合い、ほどなく俺は弾け、そのあと山城さんもすぐにイった。

「山城さん…山城さん…っ」

俺と山城さんは、汗だくになりながら、何度も何度も交わって疲れ果て、

いつの間にか二人とも眠ってしまっていた。

次の日。山城さんにもらった名言集をめくっていたら、こんな言葉を見つけた。

『誰かを愛して誰かを失った人は、何も失っていない人よりも美しい』

映画「イルマーレ」より

ああ。それで。

と、俺は納得する。

だから山城さんは、美しいんだ。

考えてみれば、あれだけお人よしのくせに、

どこかで他人と深い関係になるまいとしているようなところが山城さんにはある。

ブレーキをかけてるような。

山城さんはもしかすると、落ち着いて見えても、本当は怖がっているのかも知れない。

誰かと深い仲になって、また失うことを。深い仲になること自体も。

でも、おあいにくさま。俺は山城さんが思ってるより、ずっとしつこいんだ。

俺は、山城さんが悲しまなくて済むように絶対長生きする。

そして、ずっとそばにいる。ちょっとやそっとじゃ離れない。

太い幹に絡みつく蔦のように、ギチギチと彼に食い込んでやる。

と、思ってはいるんだけど、現実はなかなか難しい。

「敦也、今朝出かける前に飯を炊いておくように言っといただろ？」

「あ、忘れたっ」

二人とも料理に対する興味もなければ、料理人としての素質もないらしくて、

いつまでも食卓には簡単なものしか上がらない。

飯を炊き忘れていた俺に、山城さんが言った。

「お前、嫁さんもらえ」

「いやだっ。なんでそんな意地悪言うんだよっ」

俺は、わっと泣く真似をして山城さんに抱きつく。

「暑いからくっつくなっ」

山城さんの話を聞いてから一ヶ月が過ぎた。

山城さんは、あれから一度も抱いてくれない。

やっぱり俺を焦らしに焦らす作戦を実行しているとしか思えない。

いったい、今度はいつ抱いてもらえるのだろう。

あの日よりもっと暑い日が続いているから、とうぶん無理かも。

でも、抱いてもらえなくても、もちろん、俺はものすごく幸せに違いないのだけど。

そう、そばにいられる、それだけでものすごく、幸せだ。

ある日。バイトから帰った俺は、珍しく先に帰っていた山城さんを見て、息を呑んだ。

山城さんが、浴衣姿で部屋の中にいたのだ。

「お…や、山城さん、なんでその格好？」

俺はびっくりし過ぎて、最初言葉も上手く出なかった。

もう、むちゃくちゃかっこよくて、ドキドキして、マジで興奮し過ぎてどうかなるかと思った。

「今日、夏祭りだろ。たまにはこういう格好もいいかと思ってな。お前のもあるぞ」

山城さんがそう言って、鴨居にかけられた浴衣を指さした。

「なんでっ！？」

俺がそれを見た後、驚いて山城さんを見ると、彼が笑って言う。

「買ってきた。私のは前からあったものだが…揃いものを着て歩くのもいいだろう」

それから、俺に服を脱ぐよう言って、山城さんが浴衣を着付けてくれた。

あんまり嬉しくて、泣けてくる。

「バカ。泣くな」

帯を結びながら山城さんがおかしそうにした。

「だって」

買ってもらったことも、山城さんに着付けてもらっていることも、すごく嬉しくて勝手に涙が出てくるのだ。

「見違えたな」

着付けが終わる頃には、涙は止まっていた。俺を見て、山城さんが言う。

「敦也は、和服を着るとなんだかかわいいな」

「ほ、ほんと！？」

俺は、山城さんからそんな言葉が聞けると思ってなかったから、むっちゃ感激した。

「山城さんはかっこいいよ。何着てもかっこいいけど、特に和服はすごく似合ってると思う」

「そうか？」

「うんっ」

俺は、いつも思っていたことを口にして、なんだかスッキリした気分になった。

「じゃあ、出かけるか」

「うんっ」

二人で夏祭りに出かけ、俺はとても楽しい時間を過ごし、おまけに帰りの人通りの少ない道では、

珍しく山城さんから手を繋いでくれて、ものすごく嬉しい気分を味わった。

森野さん、少しだけ幸せになることを許して欲しい。

山城さんが俺を孤独から救ったように、俺は山城さんをちょっとでも救えているかな…

そうだと…いいんだけど。

「あ、飛行機」

「どこに？」

「あそこ」

夜空を赤や黄色のライトを点けて飛行機が飛んでいくのが見えて、

俺はそれを指差して山城さんに教えた。

「ああ、ほんとだ」

二人で見上げたそこには、飛行機と、

それからその少し上の方に、笑っているような小さな三日月が浮かんでいた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　了

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　あとがき

　この作品はフィクションです。

　死にネタは本当はあんまり好きじゃなくて、使いたくないのですが、

　どうしても入れることになっちゃいますね。

　今回のお話ですが、過去の話なのでどうか許してやってもらえ…ませんね。

　死にネタじゃないってことになりませんか。なりませんね。うーむ(往生際が悪)

　『人が死なないのに面白い作品』が理想です(どの口が？)。

　シリアスの重いお話を、ここまで読んでいただきありがとうございました。感謝感謝です。

　besten dank(サンキューベリマッチ)。

　2010.09.14　　 　　番外編「寝言と戯れ」へ