フェティシズム






 洗って干しておいたサンダルを取り込んで、シューズボックスにしまおうとしていたら、

 椎が後ろから声をかけて来た。

 「そのサンダル、しまうの?」

 少し名残惜しそうな色を帯びたそれを聞いて、

 「うん。だいぶ寒くなって来たし」

 空いたスペースにしまいつつ、答える。

 それは、六月の俺の誕生日に、椎に買ってもらったサンダルだった。

 鼻緒タイプで、足にフィットして気持ちのいいこのサンダルは、

 ロールアップしたジーンズやチノパンに合って、夏中大活躍してくれた。

 今年は、なんだかいつまでも暑く、思い切った衣替えもしないでいるうちに11月に入ってしまったが、

 でも、さすがにもうしまい時だろう。

 「玲二のサンダル姿も来年までお預けかぁ」

 感慨に浸るような椎の言葉に、思わず笑う。

 『サンダル姿』にそんなにこだわってる人も、あまりいない。

 「花火大会、良かったよな。また来年も行こう」

 そう言われて、俺は花火大会当日のことを思い出した。

 去年も行ったけど、今年は奴に買ってもらったこのサンダルを履いて、

 少し遠くの有名な花火大会に出かけた。

 次から次へと打ち上げられ、夜空を彩っていた花火が今でも目に浮かぶ。

 大きく花開く度に、いろんな色の光が、見上げる俺たちを染め、

 生まれて束の間、華やかな姿を見せては消えていった。

 人が多かったし、暑くて、本音を言えばちょっと疲れたけれど、

 年に一回ぐらいは、ああいうのもいいかなと思う。

 「こう、人ごみの中でいろんな人の足の中にあっても、玲二の足首が一番綺麗で輝いてたよなぁ」

 椎が満足げに言って、俺は、『ん?』と思い眉間にしわを寄せた。

 それから小さく溜息をつく。

 お前は、どこを見てるんだ。何を見に行ったんだよ。

 パタン。

 サンダルをしまってシューズボックスの扉を閉めると、俺は居間へと向かった。

 ソファに座ってテレビをつけたら、

 イルミネーションで有名な観光地のCMが流れていて、気が早いなぁという印象を受ける。

 やっと秋が来た、という感じなのに、

 テレビでは、ちらほらとクリスマスの話題が出たりもしている。

 ここに来て急に、すごく急ぎ足で季節が動き始めたみたいだ。

 後から、椎も居間に入ってきて、俺の隣に座った。

 「クリスマスはさぁ。どこかイルミネーション見に行こうか」

 花火の話題が出たことで思いついたのか、それともテレビの音が聞こえていたのか、

 椎がそんなことを言い出し、俺は自分がその場所に身を置いているところを想像してみた。

 でも、あまりいい感じはしない。

 イルミネーションは、そりゃあ綺麗に違いないだろうけど、

 クリスマスにイルミネーションがある場所なんて、きっと人で溢れかえっているに決まってる。

 「俺は…クリスマスは、お前と家で過ごすほうがいいかな」

 俺が正直な気持ちを口にすると、椎は、ちょっと考えるようにした。そして、

 「そっか。じゃあ、そうしよう」

 頷きながら言って、俺に少し近づく。

 「今日は、なんか急に寒いね」

 「…そうだな」

 確かに急に寒くなった。

 日が沈んだら、また一段と気温が下がってきて、ちょっと肌寒さを感じる。

 うたた寝用に近くに置いてあった、タオルケットのような物を手に取って、それを被るようにしたら、

 「あっためてあげようか」

 椎がくっついて来ようとするので、手で止めた。

 「まだ早いし、ここではしない」

 「くっつくだけ。くっついてテレビ見てもいい?」

 このソファではエッチに発展させないという、暗黙の了解もあることだし、

 それくらいなら、いいか。あったかいし。

 と思って、

 「ん、…まあ」

 了承すると、俺をタオルケットごと抱きしめるようにして、体を添わせてきた。

 その格好のまま、テレビを見る。

 「料理の出来る男性って、ポイント高いですよねー」

 テレビで女性タレント同士が言って頷きあっている。

 俺は、へぇと思いながら見ていたのだが、なんか視線を感じてそちらを見ると、椎と目が合った。

 「なんだよ」

 と聞くと、

 「やっぱり、飯は毎日俺が作るよ」

 と言う。

 「なんで」

 「だって玲二、料理上手くなって来てるし。料理の出来る男は狙われるらしいから」

 それを聞いて、

 「は?」

 俺は口を開けた。

 また、あり得ないことを心配している。

 「ポイント高いって言ってるだけで、狙われるなんて誰も言ってないだろ。

 それに、いつも言うけど、俺が狙われるとかないから」

 俺が少し呆れながら、キッパリ言うと、椎も同じ口調で返してくる。

 「俺もいつも言うけど、玲二は自分ってものをちゃんと分かってない」

 「そんなこと言うなら、椎だって料理、ものすごく上手いんだから、

 狙われまくりってことじゃないか」

 またムズがゆいことを言われそうな予感に、慌ててそう切り返すと、椎が黙って考えるようにした。

 そのあと、ぽつりと呟く。

 「…俺は、玲二以外にはなびかない」

 「…俺だって」

 って…何言わせんだよ。

 少し熱くなりつつ視線を戻すと、

 テレビの中の話題は料理のことから、子育てのことに変わっていた。

 「もー、泣くわ喚くわ暴れるわで、起きてるときは悪魔みたいなんですけど、

 でも寝顔はねー、天使なんですよねー」

 小さい子供のいる女性タレントが、困りつつも、幸せを感じている表情でコメントし、

 俺はその生活の様子を想像してみる。

 子育てって、思ってるより大変なんだろうな。

 それでも、報われる瞬間があって、それが例えば子供の寝顔を見た時だったりして、

 それで疲れも吹っ飛んだりして…

 そういうことがあるから、やってられるんだろう。

 うんうんと心の中で頷きながら見ていたら、

 「俺は、起きてるときも天使だと思うけどなー」

 椎が横で呟いた。

 「……」

 えーと。それは、誰の話ですかね。

 俺は、これからも言われ続けるのはたまらないので、釘をさしておこうと、

 「天使とか、言うなって」

 ムッとしつつそう口にしたが、聞いているのかいないのか、椎はそれには何も返さず、

 俺の体に回した腕に力をこめてくる。

 「俺、玲二の寝顔すっげぇ好きなんだけど、玲二は俺の寝顔どうだった?」

 聞かれて、俺はなんだかモヤッとした気持ちのまま、以前見つめた椎の寝顔を思い出した。

 「好きだけど…」

 そう呟いて、目の前の椎の顔を見つめる。

 「でも、起きてる椎の方がずっと好きだ」

 なんか恥ずかしいけど、思ったままを言うと、椎が、えっ、と言う感じで俺を見て、

 それから上目遣いで首を傾げつつ、何かを思い出すようにした。

 そのままの姿勢で考えた後、おもむろに口を開く。

 「そうだな。俺も寝顔好きだけど、起きてる玲二には敵わないよな」

 確かに、という感じで言ってから、嬉しそうにして、強く抱き締めてくる。

 「玲二」

 俺の名前を呼んで、頬や唇にチュッチュッとついばむようなキスをする。

 「ちょ、やめろって」

 まだ寝たくなくて、グイッと押し離すようにすると、

 「キスだけ。キスだけだから。玲二はテレビを見てればいいよ」

 などと言いつつ、キスを続けてくる。

 ソファではエッチに発展させない、という暗黙の了解みたいなものもあるんだし、

 これ以上は進めて来ないよな?

 ところで、キスはエッチに入るのか?入らないのか?

 そんなことを考えつつ、言われるままに視線を再びテレビに戻す。

 椎は、しばらくキスを続けていたが、そのうちそれをやめて、

 回した腕にもう一度改めてギュッと力を込めた。

 「あったかい」

 満足したようなホッとしたような声で言って、俺にちょっと体重をかけてくる。

 そうして二人くっついたまま、風呂に入るまで一緒にテレビを見た。

 

 

 風呂から上がって、寝る準備をし、先にベッドに入っていると、

 やがて椎が布団をめくって潜り込んでくる。

 俺の隣に横になって、仰向けで寝ている俺の方へと体を向ける。

 そして、腕を俺の頭の下に通して来て、もう一方の手を俺の腰に置いた。

 「夏が終わると、もう玲二の足首見られないんだなぁ」

 耳元で、しみじみと口にするその言葉を聞いて、笑う。

 足首、足首ってしつこいよ。

 確かに、数日前から靴下を履くようになって、昼間は見えなくなってるけれども。

 でも、風呂上りには履いていないし、ベッドに入るときも素足なんだから、

 全く見られないわけじゃない。

 それで、

 「毎日、この時間に見られるだろ」

 と言ったら、

 「他の奴らが」

 と返すので、え、と驚いた後、思わず声をあげて笑った。

 「誰が俺の足首なんか見たがるんだよ。お前以外、誰も見たがらないってっ」

 俺は心からそう思う。

 椎以外に、俺の足首をどうこう言った人なんて、本当いないし。

 俺が笑っていると、椎もつられるようにして笑いつつ、

 「なんで?俺はむちゃくちゃ見たいけど?」

 腰に置いていた手を伸ばして、足首に触れてくる。

 くるぶしの骨の出たところを、さするように撫でた後、その手をそのまま上へと移動させる。

 それは太腿で止まり、ぴたっとそこに張り付いた。

 それからゆっくりと内側へ移動して、俺のモノに触れそうで触れない近さまで近寄る。

 触られるんじゃないかと思って、体に少し力が入るが、椎の手はそれ自体には触れてこない。

 そうして、しばらくさすっていた手が、ふいにスッと遠ざかり太腿から離れた。

 それから、頭の下に通していた手を抜いて体を起こし、俺の上に乗って、

 「玲二…」

 唇を塞いでくる。

 「ん…っ、ふ…」

 舌を差し入れつつ、俺のパジャマのズボンの中に手を滑り込ませ、

 太腿の、今置いていたのと同じ箇所に、手の平を置いた。

 それは今度は、素肌の上を移動して、また俺のモノに近づき、

 でも触れそうで触れないまま、周辺をスリスリとさする。

 触られるんじゃないかと思う度に、俺のモノは、下着の中で少しずつ硬さを増す。

 でも椎はやっぱり、それ自体にはなかなか触れて来ない。

 「んっ、ふっ、んっ」

 キスが深くなり、手の動きにも感じてだんだん息遣いが荒くなって来たところで、

 唇が離れ、椎が下へと体を少し移動した。

 俺のパジャマのゴム部分に手をかけ、それを降ろして足から抜く。

 そして、また太腿の同じ箇所に、今度は手ではなく顔を寄せ、吸い付いてきた。

 皮膚を吸い上げるようにしながら、唇を這わせつつ同じように内側へ移動する。

 わざと焦らしているのは分かっていて、じわじわと生まれてくる疼きを耐えていたが、

 次第に我慢できなくなってきた。

 俺のモノの先端からは、すでに先走りが溢れ、下着を濡らしている。

 「椎…っ」

 耐えきれず声を上げると、椎は顔を上げて、手を下着へと持って行き、下へとずらした。

 硬く勃ち上がり、先走りをこぼしている俺のモノが露わになり、

 嬉しそうに「美味そう」などと言うので、今度こそ触れられるかと思って、

 それはますます硬くなり角度を上げる。

 でも、椎はそれをしないまま、下着を俺の足から抜き取ると、自分も着ているものを全て脱いで、

 「足首が見たい」

 俺の足首を持ち、そこへ唇を押しつけた。

 足首というパーツだけを丁寧に愛撫し始める。

 唇を押しつけられているだけなのに、そのしっとりと柔らかな感触にだんだん気持ちよくなってきた。

 そうしてしばらく口づけを繰り返した後、椎は離れて足首を眺め、

 「綺麗だ」

 時々呟く言葉をまた口にしてから、今まで愛撫していた左足首と、もう片方の手で、右足首も掴んだ。

 俺の足を開いて、雫を滴らせているモノに顔を寄せ、先端を舌でペロリと舐めてきて、

 「んっ」

 待ちわびた刺激に、思わず力が入る両足首を、椎はしっかりと握り直し、

 舌をそのまま竿の裏側に沿って下方へ滑らせた。

 どんどん下へと降りていき、やがて後ろのすぼまりへと辿りつくと、椎はそこにも舌を這わせる。

 「あっ」

 唾液を塗され、挿入するように舌を動かされ力を込められたら、我慢できずに腰が浮く。

 背中が反って、

 「あっ、ああ…っ」

 体が逃げようとするかのように、少しずり上がるのを、握った手が引き戻す。

 椎が、そこを十分に濡らした後、顔を上げ、足から手を離して、俺を見つめながら指を口に咥えた。

 それを俺の後ろに押し当てる。

 椎が力を込めて挿し入れると、俺のそこは椎の指をスムーズに飲み込み、

 「んんっ」

 ゆっくりと滑るように入ってくるその感触に、俺の中はビクビクと蠢いた。

 椎が、奥まで沈めてから指を数回出し入れし、一度引き抜いた後、二本に増やしてもう一度挿入する。

 指を中で動かされ、

 「ああっ」

 感じて、椎のモノが欲しくてたまらなくなってきた。

 「玲二…欲しい?」

 俺の気持ちを見透かしたように耳元で囁かれ、小さく頷くと、

 それを見た奴が、後ろから指を抜いて、俺の足を大きく開き、

 硬く勃ち上がっていた自分のモノを同じ場所へ宛がった。

 「入れるよ」

 グッと力が入って、椎の先端が、解されたそこに、少しだけ押し入れられる。

 それから、椎は上体を前に倒して俺の背中に腕を回し、

 肩甲骨の出具合いを確かめるような動きで指を這わせると、

 「玲二」

 耳元で優しく俺の名前を呼びつつ、腰を強く押し進めた。

 「あ…っ」

 中が開かれるのを感じて、思わず抱きつく。

 椎が一度少し引き抜いて、それから力を込めて腰を動かし始めると、

 俺のそこは椎のモノを徐々に奥まで飲み込んだ。

 俺の中をいっぱいにしてから、椎が腰の動きを止め、

 俺の首筋に顔を埋めて、首に唇を押し付けてくる。

 「んっ」

 くすぐったくて、思わず身を捩るが、椎の唇は離れない。

 柔らかい皮膚に、何度も何度も唇が押し付けられる。

 余すことなくという感じで首全体に口づけされ、また舐めるように愛撫されて、

 「はっ、あっ」

 椎の頭を抱きしめる腕に力がこもる。

 椎も感じているのか、声にならない声のようなものが漏れ聞こえてくる。

 なんだか密着度が高くて、皮膚の触れ合う感覚に、

 気持ち良さを感じるのと同時に、ものすごく熱くなってくる。

 椎のモノを締め付けるそこを、ふいに奴にグッと押し上げられて、

 「んっ…!」

 声を上げると、椎が顔を上げて、俺の唇に唇を重ねた。

 舌で想いを伝えようとするみたいに、力を込めてそれを深く口腔内へと忍ばせてくる。

 入り込んできた舌は、俺の舌の付け根を、上顎を、

 探るように舐めてから、おもむろに舌自体に絡んできた。

 ねっとりと触れあい滑り合う感触に、

 「…んっ、…ふっ」

 気持ちよさを抑えられず、抱きしめる手にさらに力を込めると、

 椎が息遣いを荒くし、目を閉じて微かに眉間にしわを寄せる。

 唇が離れると、奴は体を起こして、

 俺の左足を抱きしめるようにして持ち上げ、足を大きく開くようにした。

 そこで腰をもっと強く割り入れてきて、

 「あっ」

 結合部がさらに深く繋がる。

 「ああっ、椎っ」

 抽挿が再開され、もう、感じてきてたまらない。

 「ふっ、あ…っ、んっ」

 腰に疼きが広がっていく。

 「玲二…」

 椎が愛しげな目で俺を見て、もう一度体を倒し、

 「俺の名前、呼んで」

 耳元で言いながら、グッグッと最奥を突き上げ続ける。

 「あ、ああ…っ、マサ…ユキ…っ」

 「もっともっと…呼んで」

 椎が言ってから、顔を寄せ、また俺の唇を塞いだ。

 「んっ、んっ…ふっ」

 優しく包みこむようなキスを受けながら、塞がれているので声に出せないまま、

 心の中で何度も奴の名前を呼ぶ。

 「ん…っ」

 長いキスに、頭が痺れたようになって、絶頂の予感に中が震え始める。

 「ふっ、ふっ」

 体中、気持ちよさが溢れて、浮遊感のようなものに包まれた。

 「あっ、あっ、もう、イく…っ」

 心臓の鼓動が、張り裂けそうに高鳴っている。

 滑りあい擦れあうそこが、収縮するのを感じ、次の瞬間、

 「ああっ」

 俺は達して、果てた。

 後ろの中が椎のモノを締めつけ、続いて俺の奥が、

 奴の放った白濁で、熱く濡れるのを感じる。

 その熱さに意識をやっていると、椎が、投げ出された俺の右の手の平に、自分の手の平を重ねた。

 左も同様にして、ギュッと握る。

 握るというよりは掴むようにされて、指の色が変わるほどに力を込められ、

 俺も同じようにして力を込め返す。

 両手が繋がった状態で、椎がまだ入ったままのそこを、グッグッと突いて来て、

 「あっ、はっ」

 感じて背筋を反らすと、上体を倒して胸も合わせるようにした。

 その後、唇を重ねてきて、

 「ふ…、んっ」

 イった後の気怠さに加え、合わさった唇や手の平や胸、そして繋がった後ろから、

 心地良さが生まれて広がり、体中に溢れる。

 押し寄せる眠気に、手から力が抜けかけるが、

 引き上げられるような引力を感じ、反応して力を込め直す。

 「玲二…」

 唇が離れると、椎が俺の名を呼び、

 「もっともっとくっつきたい」

 もうこれ以上ないほど密着しているのに、そんなことを言ってくるので、

 「十分、くっついてるだろ」

 俺は、まだ少し荒い息遣いのまま、苦笑してそう返した。

 「ん…でも、もっともっと」

 椎が言うのを聞いて、ふっと小さく息を吐く。

 俺は繋いでいた手を離し、奴の背中に腕を回すと、強く抱きしめた。

 そうして、俺から唇を合わせる。

 椎の舌に舌を絡ませると、奴も応えて、

 「んっ、…ふっ」

 声を漏らし、腕を俺の背中に回して、強く抱きしめ返してくる。

 互いのぬくもりを感じ合っているうちに、さらに強い眠気が襲い、落ちそうになった。

 まだ、もう少し…もう少しだけ…

 俺は、迫りくる睡魔に抵抗を試みたが空しく、

 フワリとさらわれて眠りの中へと吸い込まれていった。

 

 

 目が覚めると、椎が足元にいて、俺の足首に触れていた。

 「何してんだ?」

 手の平を押しつけるようにして動かしているその仕草に、不審を感じつつ、

 寝起きのぼんやりした頭で奴に問いかけたら、

 「保湿クリーム塗ってる。これから乾燥するから」

 手を止めずに、筒状の容器を俺に見せながら答える。

 椎は、その中身を手にとって、足首の少し上辺りから足首、

 そして踵から足の裏を通って爪先まで、まんべんなく薄く塗布していく。

 そんなことをされるような上等な足じゃないんだけど…

 と思ったが、なんとなく返ってくる言葉が想像できたので、それは言わずに、

 「椎が面倒じゃないなら、いいけど」

 そう言って奴の顔を見たら、

 「全然。塗りたくて塗ってるから。楽しんでる」

 イキイキとした表情をしているので、俺は、身を任せて続きを眺めた。

 マッサージの要領で塗り込んでいく手の動きにちょっと見惚れつつ、

 気持ち良さも感じていると、やがて塗り終わったらしく、椎が容器の蓋をしめた。

 それから、足首に頬ずりして、

 「すべすべ」

 嬉しそうに言う。

 顔を歪めて、

 「俺は赤ちゃんか」

 と言うと、

 「天使だよ」

 奴が笑った。

 

 

 

                                     了

 

 

 

 2011.12.13

 

 

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