Ring A Bell






 ある朝、目が覚めると、椎がベッドの端に座っていた。

 なんだか赤い。

 寝ぼけた頭で、なんでだろうと思いながら起き上がり、

 目を擦ってよく見たら、奴はサンタの格好をしていた。

 表情に『上機嫌』を滲ませているのを見て、俺は力なく笑う。

 ああ。今日はクリスマスだっけ。

 椎がその格好で、

 「起きたね」

 笑顔で話しかけてきた。

 割と似合ってる、と思った後、なんか体がゴワつく感じがするので、奴から自分に視線を移したら、

 自分がトナカイの格好をしているのに気づいて、「わっ」と声をあげる。

 寝ている間に着せられたらしい。

 どっから調達したんだよ。こんなもの。

 驚いていると、椎が俺を抱きしめて「おはよう」と挨拶をして、

 俺も「おはよう」と返すと、唇を合わせてきた。

 離れてから、

 「なんだよ、これは」

 とじとっと奴を見たら、

 「何って、トナカイだよ」

 とニコニコ笑う。

 「それは分かるけど、これ着せてどうしたいんだ。また写メ撮ったのか?」

 「撮ったよ」

 当然のように言ってから、

 「どうしたいか、って、着たとこが見たいに決まってるだろ。ペアで着たかったってのもあるけど」

 着せた理由を椎が口にして、

 「寝てるときに着せないと、玲二、着てくれないだろうし」

 と付け足した。

 確かに着ろって言われても、着ないけども。

 それにしても、まったく、こういうのどんだけ好きなんだよ。

 携帯の中に、コスプレコレクションが出来上がってんじゃないか?

 見たくないけど。

 「なんでお前がサンタで、俺がトナカイなんだよ」

 もう一度自分の着ているものに目をやって、浮かんだ疑問を口にする。

 どっちかって言うと、俺もサンタが良かった。

 「サンタは乗る側だろ。俺が乗るから」

 って、朝からそういう話題かい。

 「…サンタはトナカイに乗るんじゃなくて、ソリに乗ると思うんだけど」

 心の中で半ば呆れつつも、なんかつきあって返してしまう。

 すると、椎は楽しそうにニッと笑った。

 「細かいことはいいんだよ。もちろん、プレゼントは俺で」

 「サンタが自分をプレゼントにするなんて聞いたことないぞ。

 それに、これじゃあ格好が違うだけで、いつもと変わりないじゃん」

 椎はちょっと考えるようにした後、

 「じゃあ、プレゼントは『スペシャルな俺』で」

 スペシャル…って、いつもとどう違うんだよ。

 と思っていたら、奴がその格好で乗ってきて、俺は慌てた。

 何かを着せられた後は、これまでの例から行くと、だいたいエッチに突入してしまうのだ。

 「ちょっと待てっ、今起きたばっかでしないって!それに、俺、今日バイトあるからっ」

 言いながら起き上がろうとしたら、椎が体重をかけて押さえつけてくる。

 「知ってるよ。寒いから横になってちょっと暖まりたいだけ」

 「だったら、なんで乗ってくるんだよっ。

 暖まりたいだけにしては、なんか押しつけて来てるしっ」

 椎が、腰を俺の体に押しつけつつ抱きしめて来て、

 俺は、これ以上何かされたら感じてしまうと思って、必死で逃れようとした。

 大学はもう休みに入っているけれど、バイトはあるのだ。朝から。

 このまま寝てしまうわけにはいかない。

 「もう起きるっ。起きて飯食うっ」

 叫んで椎の下から体を引き抜こうと必死でもがくけど、

 奴が馬鹿力のせいか、コスプレしてて動きにくいせいか、抜けられない。

 それにしてもこの、サンタとトナカイが絡んでる図、ってどうなんだよ。

 とか思いつつ、力を込めて振り払おうとしたら、

 「わわっ」

 勢い余って二人してベッドから落ちた。

 視界が反転して、気がつくと、椎が俺の下敷きになっている。

 「大丈夫か?」

 と聞くと、床に転がって上を見上げた状態のまま、奴がニッと笑った。

 「メリークリスマス」

 何がメリークリスマスだよ、と頭の片隅で思いながら、

 でも、下から見上げている椎のサンタ姿はなんかかわいく見えて、ちょっとトキめいた。

 「メ、メリークリスマス」

 熱くなりながら返したら、奴が体を起こしてギュッと抱きしめてくる。

 「もう出かける支度しないと、遅刻する」

 俺が言うと、椎は離れて、俺をじっと見た。

 「今日、玲二も休みだったらいいのに」

 今日は、俺はバイトだけどクリニックの方は休みだ。

 不満げな色を浮かべる椎を、見つめ返して、俺は笑った。

 「なるべく早く帰ってくるよ」

 

 

 クリスマスイブは、みんなもっと高級な店や華やかな場所に行ってしまうのか、

 喫茶店はそれほど混むこともなく、やがて五時になり、その日の俺の勤務時間は終わった。

 店長に帰る旨を告げてスタッフルームに行き、少し前に購入して、

 ロッカーに入れておいた椎へのプレゼントの包みを手にする。

 

 これまで記念日に、椎に何も渡すことなく日々が過ぎてきた。

 ホワイトデーにクッキーを渡したことはあるけれど、

 あれだって俺が自分で用意したものじゃない。

 いつも椎は何もいらないと言っていて、それを真に受けてたとこもあるけど、

 でもいくら奴がそう言うからって、本当に毎度何もなしってのもあんまりじゃないかと考えて、

 今回はプレゼントを用意したのだった。

 渡す事を考えるとドキドキする。

 ひょっとして必要ないものかも知れない。もうたくさん持ってるかも。

 でも、そんなことを言っていたら、何も渡せない。

 

 俺は、その黒に金のロゴの入ったビニール素材の包みを、小脇に抱えて外に出た。

 足を踏み出し、顔を上げたところで、

 見知った人がこちらへ向かって歩いてくるのが目に入って、

 俺は密かに眉を寄せて歩くスピードを緩める。

 それは、たまにここを通ると言っていた、藤沢先輩だった。

 辺りがほとんど暗闇に包まれてしまっている中でも、

 俺に気づいたらしい先輩は、躊躇う様子もなく近づいてきて、

 間近まで来ると「よお」と声をかけてきた。

 俺は、一瞬どうしようかと迷う。

 椎が、俺と先輩が会うのを良く思っていないことは分かっている。

 でも、あからさまに無視するのもナンだし、と思い、

 俺は軽く頭を下げると、そのまま先輩の横をすり抜けようとした。

 先輩が自ら俺に「もう近づかないほうがいいかも」と言っていたのだし、

 それなら、さっさとそばを離れるだけだ。

 すると、

 「さっき、椎が女と歩いてるの見たけど」

 すれ違いざま先輩がそんな言葉を口にして、俺はゆっくりと足を止めた。

 振り返る。

 俺の頭に、女性と歩く椎の姿が思い浮かび、先輩は俺を見て、ニヤッと笑った。

 俺が動揺することを望んでいる表情だ。

 嘘だと判断した俺は、何も言わないまま、先輩から顔を逸らそうとした。

 「嘘じゃないぜ。品の良さそうな女で、椎と楽しそうに話してた」

 先輩が、興味あるだろ?と言いたげに執拗に話しかけてくる。

 品の良さそうな女…。

 先輩には悪いけど、俺はそれを聞いても動揺しなかったし、その話題にさほど興味も湧かなかった。

 ただ、椎のことで知らないことがあるなら、

 知っておこうというくらいの気持ちで、聞いてみる。

 「どこで…」

 「駅の近く。嘘だと思うなら、本人に聞いてみるといいよ」

 先輩が俺の表情を窺うように言って、その後、

 「ああ、そうだ」

 となにか思いついたようにした。

 何を言うかと思っていたら、

 「お前ら、やっぱりヤってるよな」

 突然そんなことを聞いてきて、ドキッとする。

 「椎はお前のこと『俺のもの』って言ってたし、

 モノにしてなかったら、あそこまで熱くならないだろ」

 なんか恥ずかしいことを口にされて、その内容に、かあっと顔が火照ってきてしまった。

 「だよな」

 先輩が、正解が聞けてスッキリしたという様子で、納得した顔をする。

 「あの言葉だけ、どう考えても辻褄が合わないし解せないけど、

 ヤってると思った方が自然だし」

 あの言葉ってのは、俺の言った「椎とはこんなことしない」のことだろう。

 それだけ言うと、先輩はチラと俺の抱える包みに視線を寄こし、

 でも何も言わず、俺から離れて手を上げ、

 「じゃあな」

 足早に遠ざかっていった。

 俺は喋るだけ喋って行ってしまった先輩の後ろ姿を、

 呆気に取られながら見送ると、一つ大きな溜息をついた。

 いったい先輩は、真剣になんの分析をしてるんだ。

 

 

 女性。女性と言ったって、いろいろだ。椎にだって女性の知り合いくらいいるだろう。

 クリニックで働いている人だっているだろうし、親戚の人だって…

 とにかく、女性だからって恋愛対象になる人ばかりじゃない。

 だいたい、なんだって先輩は俺にそんな情報を教えるんだ。

 先輩は、まだ今も椎を好きなのだろうか。

 その椎と付き合ってる俺を困らせたいから、

 俺たちを別れさせたいから、あんなことを言うのだろうか。

 だけど、俺は困ったりしない。

 気にはなるけど、俺は椎を疑ってないし、

 聞きたいなら先輩の言う通り、聞けばいいのだ。

 ……。

 ひょっとして、からかって遊んでるだけなのか?

 

 俺は自転車置き場まで行き、そこで鞄の口を開けて、

 抱えていた包みをその中に押し込んだ。

 見られてもいいかと思っていたけど、やっぱり渡すときまで、

 見られない方がいいような気がしてきた。

 包みの中身は、マフラーだった。

 なにか暖かくなれるものがいいと思って考えたら、

 手袋をしているのは見たことがあるけど、

 マフラーをしている姿は見たことがないのに気づいて、

 マフラー巻いてる椎が見てみたくなったのだ。

 奴が自分で選んだ方が絶対趣味がいいに違いなかったが、

 でも、プレゼントなんだし、俺が選ばないと駄目なんじゃないかと思って、

 いろんな店をまわってマフラーを探すうちに、もうどれが似合うのか、

 見れば見るほど分からなくなってしまい、頭の中がオーバーヒート気味になったが、

 一度店を出てクールダウンして、もう一度中に戻り

 店員に思い切ってちょっと聞いてみたりして選んだのだった。

 ほんっとうに、プレゼント選びって難しいよ。

 なんでもないみたいに椎は指輪を選んでくれたけど、奴も少しは悩んだのだろうか。

 そんなことを考えながら家に帰り、呼び鈴を押したら、椎がすぐに出て来て、

 「ただいま」

 俺が中に入ってドアを閉めると、無言のまま抱きついてきた。

 抱きしめる手にぎゅっと力を込めて、椎が耳元で、

 「おかえり、玲二」

 と囁いた後、唇を重ねてくる。

 「ん…」

 それに応えながら、心の中で思う。

 先輩、浮気しているようには全然見えませんが。

 それにしても、おかえりのキスにしては今日は濃厚だなと思っていたら、

 体重をかけるようにして体を預けてきた。

 「え、ちょ、ちょっと椎」

 家の中側へ向かって押し倒されて慌てる。

 頭を打つかと思って、思わず目を瞑ったが、

 椎が俺の頭の後ろに手を回していて大丈夫だった。

 って、帰るなり玄関でするのかっ!?

 と思っていると、

 「飯にする?風呂にする?それとも俺?」

 椎が上に乗った状態で、おどけた口調で聞いてきて、俺は笑った。

 そんなやりとり、昔のコントでしか見たことがない。

 「飯」

 と言うと、つまらなそうな顔をする。

 「俺って言ってよ」

 「だって飯、作ってくれたんだろ?」

 台所から飯の匂いが漂ってくる。

 料理の匂いに混ざって、よく分からなくなってしまっているが、微かに甘い匂いもしている。

 「またケーキも作ったんだ?」

 聞くと、上に乗ったまま椎が頷く。

 「今回はチーズケーキにしてみた」

 「えっ、ほんとに?俺チーズケーキすっげぇ好き」

 「そうなんだ。良かった」

 椎が嬉しそうにするのを見てから、さっき先輩に言われたことについて聞いてみたくなり、

 今思いついたという感じでそれを口にした。

 「今日、どっか出かけたのか?」

 その言葉に、椎が「ん?」という顔で俺を見て、首を傾げる。

 「どうして?」

 「いや、一日家にいたのかと思って」

 と言ったら、

 「ターキー受け取りに、出かけたけど」

 と言う。言ってることがよく分からずに、

 「何?」

 と聞いたら、椎が立ち上がって、俺の手を引っ張って俺も立たせると、台所へと連れていった。

 奴が、テーブルの上のチキンの丸焼きみたいなのを指差す。

 「ターキー」

 聞きなれない言葉に、眉間にしわを寄せていると、奴が説明してくれる。

 「七面鳥だよ」

 「え。これ、七面鳥なんだ」

 鳥と言えばチキンだと思い込んでいた俺は、大皿に乗ったそれをまじまじと見つめた。

 「うちの家政婦の花代(はなよ)さんって言う人が、これ作るの上手なんだ。だから頼んどいた」

 「へぇ…」

 それを聞いて合点がいく。

 先輩が見たのは、その家政婦さんだったのだ。

 そして、あんな言い方をしたのは、やっぱり先輩の企みだったのだ、と思う。

 家政婦さんだったら、きっと年配の女性だろうし、椎の浮気相手と思うわけがないのに、

 わざとああ言って、俺を惑わせようとしたのだ。

 「美味そう。俺、七面鳥なんて初めてだ」

 もともと疑ってなんていないけど、椎に笑顔で言いながら、なんとなくホッとする。

 先輩と会ったことを知られずに、上手く聞けたことも含めて。

 それから、テーブルについて、椎の作った料理や、

 チキンよりあっさりしてて美味い、初めてのターキーを口にしつつ話す。

 「家政婦さんの花代さんって、どんな人?」

 俺はマンガやドラマでしか見たことがない、その職種の人について尋ねてみた。

 「俺に料理や洗濯の仕方を教えてくれた人で、もう長いこと来てもらってる。

 いろいろ相談にも乗ってもらってて椎家にとって、なくてはならない人」

 椎が、簡潔に分かりやすく説明してくれる。

 奴の家に家政婦さんがいるってことは、前に聞いて知ってたけど、

 でも、具体的な話を聞いたのは初めてだ。

 「家の事情も分かってくれてるから、これからもずっと勤めて欲しいと思ってる人だよ」

 「へぇ」

 そう相槌を打ってから、テーブルの上の料理に目をやる。

 この味は、元々はその人の味ってことで、それを自分が味わってるんだと思ったら、

 こんなおいしい料理をありがとうございます、とちょっと会って感謝したい気もしてきた。

 それと同時に、料理を教わっている椎の姿を想像したら、なんかほのぼのした気分になる。

 

 食事が終わって、ケーキを食べながら、俺はいつ言い出そうかとタイミングを窺っていた。

 プレゼントを渡すのに、やたら緊張する。

 気に入ってくれなかったら、とか、もっとセンスのいいのをたくさん持ってたら、とか、

 いろいろと考えてしまう。

 でも、買ったのだから渡すしかない。渡すしかないのだ。

 自分に言い聞かせ、気持ちを奮い立たせて、切り出した。

 「椎、渡したいものがあるんだけど」

 そう言って立ち上がり、鞄のところへ行って、包みを取り出す。

 戻って、渡そうと思い椎を見たら、奴は固まっていた。

 まるでショックを受けているような顔をしているので、訝しく思って、

 「どうした?」

 と聞くと、

 「ゴメン。俺、何も用意してない」

 自分にすごい落ち度があるみたいに、申し訳なさそうな声で告げる。

 「玲二からプレゼントもらえるとは思ってなくて…もらえなくても全然不満じゃなくて、

 今回もないんだろうと思ってたから…」

 俺は、それを聞いて、そんなことかと思い、笑った。

 「いいんだよ。俺はこうしてケーキ焼いてもらったり、

 指輪もらったりしてるだろ。それから、ほら、ワインとか」

 まあ、あれは椎が勝手に買ってきたんだけど。

 「安モンで悪いくらいだけどさ」

 ここでまた椎が何か用意してて、それが完璧なものだったりしたらかなわないから、

 プレゼントがなくて良かった、と思うくらいだ。

 俺が包みを渡すと、椎は、それ以上そのことについては触れずに、じっと包みに目を落とした後、

 「開けてもいい?」

 と聞いて来て、

 「いいに決まってるだろ」

 そう答えると、すぐに口を開けて、中身を取り出した。

 ライトグレーに白の入ったマフラー。

 紺とどっちにしようか迷ったけれど、椎には明るい色の方が似合うと思ってこっちにした。

 これでもまだ少し地味かもとも思ったけれど、

 どんな服にも合いますよと言われて、決めたのだった。

 その言葉に弱い俺って、つくづく『普通』だと自分で思う。

 マフラーを見た椎が、それに目を落としたまま黙っている。

 な、何か言ってくれないと、俺、壊れそうなんだけど。

 椎は、それをじっと見た後、俺に向かって差し出した。

 「え」

 どういうことかと椎を見ると、

 「玲二が巻いて」

 と俺の手に渡してくる。

 俺は、ちょっと戸惑ったあと、それを広げて体を寄せ、マフラーを奴の首にかけた。

 手を後ろに回して巻きつけると、椎が少し触って体裁を整えて、

 そうしたらそれはすぐに、奴の持つ雰囲気に馴染んだ。

 「どう?」

 椎が聞いてきて、俺は選ぶのにあんなに悩む必要なんかなかったと思い知る。

 どんな柄だろうとどんなデザインだろうと、

 こいつが身につけたらそれなりに似合ってしまうのだ。

 「似合うよ」

 と答えたら、満面に笑みを浮かべた。

 「ありがとう。嬉しいよ。これ、すごく気持ちいい」

 言いながら手触りを楽しむように、マフラーを掴んだり首に柔らかく押し付けたりする。

 それをじっと見ていたら、なんだかくすぐったくなって来た。

 それ以上見ていられなくて、思わず目を逸らすと、椎が怪訝そうな顔をする。

 それから、ピンと来たのか、クスッと笑ってマフラーを外し、

 それを俺の首にかけようとする。

 「俺はマフラー巻けないからっ」

 俺は、今でもくすぐったくて、長い時間何かを首に巻きつけておけない。

 特に毛糸っぽいのは我慢ができない。

 逃げようと後ずさると、椎が「知ってるよ」とニッと笑って、

 でもそのままマフラーを俺の首の後ろに引っかけて来て、グイッと引き寄せられる。

 寄せておいて、奴が俺の首元に、フッと息を吹きかけてきた。

 「んっ」

 くすぐったさに目をギュッと瞑ってから再び目を開けると、椎の顔が眼前にあって、

 「玲二、好きだ」

 そう囁くと、唇を俺の唇に押し当ててくる。

 「ん…」

 舌を入れずに、唇だけを味わうように吸ってきて、俺も同じようにした。

 唇を合わせては離れ、唇を舐め合っては離れ、

 「あっ…んっ」

 どちらともなく吐息を漏らしながらするキスは、気持ちよくてどんどん体が熱くなっていく。

 しばらくそうした後、椎が、ふいに舌を差し入れてきて、首の後ろ辺りがゾクッとなった。

 「ふっ…、あ…」

 思わず椎の腕をぎゅっと掴む。

 椎の舌が一瞬動きを止めて、でもすぐに、ゆるゆると動き出す。

 椎の舌が俺の舌に触れ、柔らかく押してくるので押し返して滑らせる。

 そうしてお互いに舐めあうようにした後、椎が俺の舌を絡め取った。

 その動きが、だんだんと速さを増して、俺の口の中を荒々しく侵していく。

 「…んっ…は…」

 上を向かされ、いつになく激しく口内をかき回されて舌を吸われるうちに、

 次第に頭が痺れたようになってくる。

 「ん…、椎…もう」

 フワフワした感じに包まれて、体に力が入らない。

 「玲二」

 唇が離れて、椎が俺の名前を呼び、また「好きだ」と呟いて、

 腕を回して頭を抱え込むようにして抱きしめてくる。

 そのあと、すぐにもう一度唇を塞ぐように合わせると、再び舌を差し入れて、深く侵入してきた。

 「し…もう、駄…ん…っ」

 上顎を舐められて舌を吸われるうちに、わけが分からなくなってきた。

 足から力が抜けるのと同時に、椎に抱き上げられる。

 そのままベッドまで歩き、その上に俺を降ろすと、

 椎がマフラーを俺の首から取って、そっと棚に置いた。

 続けて、着ているものを脱いで裸になり、俺の上に乗って来る。

 そして俺のズボンと下着、それに靴下も脱がして、

 「気持ち良かった?」

 椎が見下ろしながら聞く。

 気持ちいいって言うか…酸欠って言うか…

 と思っていると、椎が腰を寄せてきた。

 椎のモノは大きく、そしてすごく硬くなっている。

 それを上から下腹に強く押し付けてくるので、くすぐったいを通り越して痛くて、

 「ちょっ、お前…いてててっ」

 俺は、思わず声をあげた。

 「なんでそんなにガッチガチにしてんだよっ」

 たまらなくて椎を見ると、奴が俺を見返してニッと笑う。

 「だって、今日の俺は『スペシャルな俺』だから」

 嬉しそうに、朝と同じ言葉を口にしてから、

 自分のモノを今度は俺のモノに合わせるようにして、改めて押し付けてきてビクッと腰が揺れる。

 俺のモノも既に硬く勃ち上がっていて、それを確認した椎が、俺のシャツのボタンを外し始めた。

 前を開いて、親指の腹で乳首の先端をスイッと擦る。

 「んっ」

 触れるか触れないかという感じで何度も同じようにして擦られ、

 そのじれったい感じにどんどんそこが硬くなっていく。

 隆起した乳首をキュッと押された。

 「あっ、椎、もう…」

 「もう、何?」

 椎が、ベッドの下に手を入れる。

 箱からローションを取り出して蓋を開け、中身を指に馴染ませるのを見たら、

 それだけで後ろが、感じてたまらなくなってくる。

 「玲二、欲しい?」

 椎が聞いてから乳首に顔を寄せ、それを口に含み、

 硬くなった尖りを吸ったり舌で転がしたりしつつ、ローションのついた指を後ろにあてがう。

 ツプリと指先が挿し入れられ、俺の中が吸い付くようにして椎の指先を迎えいれるのを感じた。

 奴が奥まで入れずに、浅いところで出し入れを始める。

 時折、俺のイイところも刺激して来て、

 「あっ、あっ」

 後ろの中がこれ以上ないくらい感じて、勃ちあがったモノから、露が次から次へと溢れ始めた。

 「椎、…んっ」

 …足りない。もっともっと満たして欲しい…

 体が訴える。

 「玲二、もっと?」

 椎に聞かれたけど、黙っていると、指を増やして、

 でも奥までは満たさないまま出し入れのスピードを上げる。

 我慢できずに、

 「椎、あっ、あっ」

 声をあげると、椎が指をグッと最奥まで押し入れた。

 「んっ、ああっ」

 やっと奥まで触れられて、ものすごく感じて仰け反り、中が奴の指を締め付ける。

 「玲二の中、温かくて柔らかくて、ビクビク動いてる」

 椎が中の様子をわざわざ口にしてから指を引き抜き、本数を増やしてまた押し入れる。

 「んんっ」

 中がいっぱいに開かれていく。

 「はぁ、椎、もう」

 体が熱く火照って、息遣いが荒くなる。

 椎は後ろから全部の指を一気に引き抜いて、俺の後ろに自分のモノを押し当てた。

 一度空になって、満たされたいと訴えるそこに、椎のモノが穿たれる。

 「んっ」

 ググッと押し入れられ、

 「ああっ」

 感じて仰け反ったが、椎が途中で動きを止めて、

 「玲二の中、俺の、締め付けてきてむっちゃ気持ちいい」

 俺の中をさらに味わおうとするかのように、目を閉じた。

 椎のモノを飲み込んでいるソコは、これ以上ないくらい感じている。

 でも、椎は少し入れたところで止まったまま、それ以上進もうとしない。

 「ああっ、椎、早く…っ」

 俺は、もっと奥まで満たして欲しくて、思わず自分から腰を浮かすようにしてしまう。

 「俺の、気持ちいい?」

 椎が、指のときと同じように、

 浅い場所で中をかき回すようにして腰をゆっくり前後に動かし、抽挿を繰り返す。

 「い、いいっ」

 「もっと?」

 「あっ、はや…く…っ」

 俺の中は、椎のモノで満たされたくてたまらなくなっている。

 上を向いている俺のモノから、先走りがこぼれているのを感じる。

 そんなに焦らされたら、イってしまう。

 「行くよ」

 一瞬動きを止め、そう言った次の瞬間、

 椎が、グッと一突きして、一気に最奥まで俺をいっぱいにした。

 「ああっ!」

 椎のモノと俺の中がピッタリ合わさり、椎が俺の耳元に顔を寄せて甘い声で、

 「繋がってる」

 と囁いて、抱きしめてくる。

 合わさった部分が、感じて来てたまらず、

 「あ、あ、もう」

 訴えるようにすると、椎が、円を描くような腰使いで、根元まで埋め込んだそれで、

 さらに奥を突こうとするようにして、ゆっくり突き上げ始めた。

 「はっ、あっ」

 「すごい…玲二の中、絡みついてくる」

 椎がそう言ってから、動きを変えた。

 少し引き抜いてから、グッと挿れなおし、また引き抜いては挿れなおす。

 椎が確かめるように結合部に視線をやったままそれを数回繰り返し、

 そこを集中して見ていることに気づいた俺は、

 「椎っ」

 やめて欲しくて、抗議の目で奴を見た。

 すると、奴がニッと笑った。

 「だって、俺の離したくないって言ってる」

 それを聞いて、かあっと顔が火照る。

 耳まで熱くなってきた。

 「バカッ。変態っ。エロっ」

 俺が叫ぶと、椎が不敵な笑みを浮かべたまま、

 「自分だってエロいくせに」

 そう耳元で囁いた後、

 「んっ」

 突きを再開して、徐々にスピードをあげていく。

 「あっ、ハッ、あっ」

 さっきと同じく、中をかき回すような動きで打ち付けられ、

 擦れるたびに感じて気持ちよさが溢れ、どんどん体が熱くなっていく。

 「玲二、もっと感じて」

 体中を快感が駆け巡る。

 「あっ、んっ、ああっ」

 頭が痺れる。

 椎が耳元に唇を寄せ、

 「愛してる」

 囁いた。

 「ふぁっ、ああ…っ、イ…くっ」

 背筋を気持ちよさが駆け抜け、俺は上り詰めて達した。

 俺の中は椎のモノを締めつけ、続いて奴のモノが弾けて、体の奥で熱い飛沫が放たれるのを感じる。

 それと同時に、椎が唇を重ねてきて、

 「あ…ん…っ、んっ」

 俺はしがみつくように、椎の背中に手をまわした。

 しばらくそうして抱きしめ合ったあと、椎が一度顔を上げて、俺の首に顔を埋めた。

 「なんでこんなに好きなのかな」

 再び耳元で囁かれて、くすぐったくて首をすくめる。

 また言ってる。

 と苦笑しつつ心の中で、思っていたら、

 「ねぇ、なんで俺はこんなに玲二のこと好きなんだろう」

 今度は直接俺に聞いてきて、

 「アハハハ、知らないよ」

 それが、とてつもなく変な質問に思えて、俺に聞くこと自体も変に思えて、俺は声をあげて笑った。

 すると、椎が俺の前髪をかき上げて、愛しげに見る。

 「そうやって俺のそばで、ずっと笑ってるといいよ」

 椎が時々する、ちょっと変わった言い回しをして、それを聞いた俺はなんとも言えない気分になる。

 「愛してる」

 奴が続けて呟き、俺は、迫り来る眠気にゆっくりと包まれながら、椎の左手を取って顔に近づけた。

 奴の薬指に口付けるようにする。

 「俺も」

 と頷くと、再び唇を重ねてくる。

 俺は、奴を抱きしめ返して目を閉じ、侵食し始める眠気に身を任せた。

 少しして、

 「…玲二、寝た?」

 俺の様子を窺うように椎が聞いてきて、ギリで起きてはいたものの、

 寝る寸前で思考力も働かなくなっていた俺は、思わず「うん」と答えてしまった。

 それを聞いて、奴が笑う。

 答えられるってことは、寝てないってことで…

 ちょっと恥ずかしくなったけど、でも、もう目は開かない。訂正する気力もない。

 椎の手が俺の額に触れる。

 指先が、俺の前髪をかき上げ、額から頬へとなぞるように降りていく。

 その感触を気持ちいいと思った後すぐに、俺は眠気にさらわれて、本当の眠りへと落ちていった。

 

 

 冬が本格的に寒くなって来て、椎は、毎日俺がプレゼントしたマフラーを巻いて出かけている。

 「別にそればっかりしなくていいんだからな」

 と言ったら、

 「たくさんのマフラーの中から、玲二が選んでくれたんだろ」

 目をキラキラさせながら、

 「そう思ったら、巻かずにいられなくて。大事に使うよ」

 などと言うので、それまでうっかり指輪をつけ忘れることが多かった俺は、

 ちゃんとつけなければならなくなった。

 そうしたら、今度は外すのを忘れていて、バイトにも嵌めていってしまい、

 菊池さんに見つかって、他のバイト仲間、果ては店長にまで知れて冷やかされ、

 その日は仕事とは別で、ものすごく疲れた。

 

 ああ。

 プレゼントって、ほんっとうに…大変だ。

 

 

 

                                     了

 

 

 

 2010.12.21

 

 

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