こんなふうに、二人
次の日、怪しげなシミ(何なのかはハッキリしているが)のついたシーツを、
椎が単品で洗濯乾燥機に放り込んで、仕上がってくると、嬉々としてそれをベッドにまた敷いていた。
何を考えているのか、綺麗に敷かれたそれを見る表情が浮かれている感じ。
ま、だいたい想像できるけども。
見なかったふりでテレビをつけ、そっちに視線を移す。
あの後、椎は
「俺のでガンガンに突きまくられたいんだったよな」
と確認するように聞いてきて、俺の返事も聞かず、繋がった部分へとローションを大量に注いだ。
そして、本当に壊れるかと思う勢いで突いてきて、もうイきそうなのに、
「まだイくな」
根元をギュッと握られてなかなかイかさせてもらえず、苦しいやら気持ちいいやら…
死ぬかと思った。
ああ。何思い出してんだ、俺。
起きたら、体中にキスマークついてて、ビックリだし…
絶対外で服脱げないよ、俺。
はあああ。大きく息を吐いて、目を上げると椎と目が合った。
奴が笑う。
考えてることを見透かされたようで、俺はかあっと熱くなった。
「テレビ、見てないなら消したら」
「み、見てんだよ」
「テレビショッピングを?女物の鞄、欲しいの?」
え。
俺はテレビ画面を見た。
確かに女性二人が、派手な女性用の鞄の良さをこれでもかとアピールしている。
俺は黙って、テレビを消した。椎がおかしそうにする。
俺は、奴から目を逸らしつつ言った。
「バイト終わったら、俺、自分の家に行くから」
「分かった。俺もクリニック終わったら、そっち行く」
俺がバイトしている間、これまでは決まったことをしていたわけではなかったらしい椎だが、
これからは常にクリニックを手伝うことにしたようだ。
「親父の車借りてそれで行くから」
「車で!?そんなに荷物ないって」
椎は免許を持っているので、車に乗れる。
「だってクリニックから玲二のアパートまで結構距離あるし、一度で済ませちまえばいいだろ?何度も通わなくても」
「そ、そりゃ、その方が手っ取り早いのかも知れないけど…」
そんな手段を全く考えていなかった俺には、思ってもみない案だった。
歩きか自転車でちまちまやるつもりだった自分が、とても原始的に思える。
でも考えているうちに、それがベストのような気がしてきて、俺は認めた。
「…その方がいいだろうな」
「だろ。行くよ」
引越しの準備を始めている。
今日は二人で、俺のアパートの荷物をこのマンションに運ぶ予定だ。
これからはもう、どっちの家に帰ろうか、なんて迷う必要もない。
俺が帰る場所は、ここだけだ。
元々、こっちに帰ることの方がずっと多かったけれども。
翌日、俺たちは大学から桜並木の小道を通ってマンションに帰った。
昨日ほとんどの荷物をこっちに運んでしまって、もう俺の部屋はすっからかんになった。
掃除も済んで、あとは引き渡すだけだ。
初夏の桜の木は緑の葉を元気に茂らせて、地面に斑の影を作っている。
少し歩くとマンションが見えてきた。
小さな川沿いの桜並木のそばに建つこのマンションで、俺たちはこれから二人で暮らすのだ。
「なんかここ歩いてると、玲二にどうアプローチしようか迷ってたころを思い出す」
同じようなことを考え、感慨に耽ったのか、椎がそんなふうに話を切り出した。
「初めから好き好きモードで近づいたら、玲二、絶対警戒しただろうから、
最初はきっちり友達モードで行こうと思って。あれでも、ものすごく抑えてたんだ」
言われてみれば、最初は俺のこと好きでたまらない、という感じじゃなかったな。
でも、歩いてると寄って来たりして、ちょっとだけ出てしまってたけど。
「春になったら、一緒に桜見ような」
「ああ」
「いろんなとこに行って、いろんなことしよう。それから、いろんなもの食べよう」
俺は笑った。
「椎…そんなに急ぐなって」
俺はお前についていくだけだって大変なんだから。
「俺、毎日するから」
椎が決意表明という感じで言って、俺は噴き出した。
突然なんだよ。
「他のカップルだったらさ。続けて何回でもできるわけだけど、俺たちはそうはいかないだろ。
だから、俺、毎日玲二のこと抱く。一生かけて、他の奴らと同じかそれ以上の数こなす」
いくらすれ違う人がいないからって、こんな場所で何を言い出すんだろうな、この男は。
「そんなこと張り合わなくても…だいたい数じゃないだろ、大事なのは」
俺は、そう言いながら、でもちょっとだけ嬉しい気持ちになっていた。
「そうだけど、そうしたいんだ」
椎が横に来て、俺の手を取ろうとする。
「やめろって、人前で」
俺は手を引っ込めた。
とにかく俺は、こういうの恥ずかしいんだよ。
「人、いないじゃん」
「どっから見られてるか分からないだろ」
予想はしていたようで、椎は
「やっぱり駄目か」
そう呟くと手をつなぐのはやめて、肩が触れ合いそうなほどくっついて歩く。
ときどき肩がぶつかって弾かれる。くっついて歩いては、チョンと弾かれる。
俺はふっと笑った。
「何がしたいんだよ、まったく」
椎も笑う。
「手をつなぐのと、どっちがいい?」
それは、選択しなきゃ駄目なのか?
俺はマンションへ向かって早足で歩き出した。
思わず走り出したくなったが、椎の方が足が速そうだし、
追ってきて捕まったらまた恥ずかしいことになりそうだから、あくまでも早足で。
「玲二、なんで急に早足なんだよ。ムードないなぁ」
椎がスピードを合わせてついてくる。
俺は早足のままマンションに着くと、エントランスに入って、暗証番号を押した。
それから一緒にエレベーターに乗り込む。
「早く二人きりになって手をつなぐって選択もありだろ?」
椎を振り返って言うと、
「ここまで来て、手をつなぐだけで終われるわけないだろ」
奴が当然のように答えて、俺を抱き寄せた。
このエレベーターには監視カメラがついている。
「椎、カメラ…」
慌ててそれを指差して椎に教えたが、奴はチラッと見ただけで気にする様子はなかった。
「そんなに二人きりになりたかったんだ」
「いや、あの、そうだけど、ここはマズイって」
「なにが?俺は別にいいけど?」
椎が唇を合わせようとして来て、俺は焦って叫んだ。
「俺がやなんだよっ!離せって!部屋でっ、部屋でしようっ」
その時、エレベーターが5階に着いた。
扉が開いて、椎がニッと笑う。
「俺はしたいなんて言ってないし、それほどでもなかったんだけど、
そうかぁ、玲二がそんなにしたいんじゃあしょうがないよな」
くっそーっ。なんでいつもこんなんなってんだよ。
椎に手を取られ、引っ張られるようにしてエレベーターを降りる。
奴が部屋の鍵を開け、俺を中に入れると後ろ手にドアを閉めた。
すぐに抱きしめて来て、
「玲二…」
俺の唇を塞ぐ。
舌と唇を吸い尽くそうとするかのような長いキス。
「んっ、ふっ」
途中から舌を俺の舌に押し付けてきて、滑らせたり絡ませたりする。
その滑る感触が気持ちよくて、
「んっ、ん、椎、も…」
足の力が抜けそうになったとき、唇が離れた。
椎も気持ち良さそうに、目を少しトロンとさせて呟く。
「いつか車でしよう」
「え…」
「車の中で玲二にのしかかりたい」
「……」
そういう妄想を今口にされても…どう反応しろと?
「アオカンもしたい」
「……」
「見られそうで見られない場所で」
だから…いちいち口にすんなって。
だいたい今それを言ってどうすんだよっ。言わなくたっていいだろうが。
続きをしたいよ、俺は。
「でも、きっと玲二は嫌だって言うから」
「……」
「工夫して、そういう状況に持っていく」
手の内を明かしてどうする。
俺は、ちょっとおかしくなってきて笑った。
「玲二…」
椎が、ぎゅっと抱きしめてきた。
「玲二だけ…玲二じゃなきゃ駄目なんだ」
「うん」
「これからもきっと、こういうこと何度も言う」
「……」
こういうことってのは、例の『好きなんだ』とかか?
「何度言っても、本当の気持ちの十分の一くらいしか伝わってない気がするから」
これで十分の一なのか?
丸のまま受け取れたら、俺、たぶん潰れるな。
「うっとおしいかも知れないけど、つきあって欲しい」
椎の言葉に、俺も奴の背中に手を回して、ぎゅっと力をこめて抱きしめた。
「うっとおしくなんかない」
椎の耳元で囁く。
「だから、早くベッドでしよう」
やっぱ俺の方がやらしいのかも…
早くしたくてたまらなくなっている。
椎が、嬉しそうに眼鏡を外し、前髪をかき上げるようにして分けた。
「分かった」
そうして、俺を抱き上げ、ベッドに向かって歩きつつ呟く。
「さあ、今日はどうやって愛そうかな」
了
あとがき
この作品はフィクションです。
実際にはあり得ないシーンが描かれているかも知れませんが、
ツッコミを入れることなく、ゆるーい目で読み流していただけると大変ありがたいです。
この作品で一番にしたかったことは、たくさんの愛Hシーンを書くことで、
そう思ったわりにはそうでない部分の割り合いが多くなったような気もします。
まだまだ勉強中の拙い文章を読んでいただきありがとうございました。
besten dank(サンキューベリマッチ)。
2010.01.07 番外編「白い足首」へ