真夜中のファッションショー






 目が覚めて時計を見ると、針が十二時近くを指していた。夜の十二時だ。

 ビックリして飛び起き、横を見ると服を着た椎が眠っている。

 一方、俺は裸のままだ。

 椎が寝ているなんて珍しいと思い、顔を寄せたら、目を開けた。

 「おはよう。玲二」

 やっぱり寝たふりだった。

 部屋に飯の匂いが漂ってるってことは、料理をしたんだろう。

 少ししか寝ていないか、ずっと起きていたに違いない。

 「おはよう、っつうか夜中じゃん」

 「夜中だね」

 飯も食わないままエッチして、こんな時間まで眠ってしまった。

 でも、それほど限界っぽく腹が減ってないのは、先輩と飲みながらオードブルをつまんでいたせいだろう。

 椎の前でそんなこと、絶対口に出して言えないけど。

 「飯作ってくれたんだろ。食おう。変な時間だけど」

 「今日は玲二と外食しようと思ってたから、ろくなものないよ」

 「なんでもいいよ。食えれば」

 そう言うと、椎も体を起こした。

 それから俺の唇に唇を押し付けるようにして合わせる。

 キスしながら両手を回してきて俺を抱きしめた後、唇を離した。

 「俺は、もっともっと玲二食いたいけど」

 それを聞いて、苦笑する。

 「今起きたばっかなのに、また寝たくない」

 先輩のところで寝て、帰ってエッチして寝て…

 寝てばっかだよ。前にもこんなことあったような気がするけど。

 そう考えた後、俺は、椎を離れてベッドを降りた。

 着替えは居間の方にあったので、居間に行き、それを手にとって身につける。

 着替え終わってふと顔を上げたら、ある物が目に入って驚いた。

 それをじっと見つめる。

 「椎、ゴミ箱がへこんでる…」

 スチール製の円柱形をしたそれは、昨日までとは打って変わった様相を呈していた。

 真ん中辺りがベコッとへこんで、くの字に折れ曲がっている。

 こっちに向かって歩いて来た椎に目をやると、奴は、ばつが悪そうな顔をした。

 「ごめん。俺のせい」

 なんでこんなことに?

 「電話の後、イラついてちょっと、蹴った」

 …ちょっと、じゃないだろ。

 「で、あそこにぶつかって」

 と壁を指差し、そこに目をやると、たしかに擦れたような跡がついている。

 「落ちた」

 そのときの状況が目に浮かぶようだった。

 唖然として椎を見ると、

 「その、頭に血がのぼって…」

 と言ったまま目を逸らして黙っている。そんな椎を、俺はじっと見つめた。

 そして、ゴミ箱に近寄って、それを持ち上げる。

 あーあ。これじゃあ使い物にならないな。

 真ん中がへこんで塞がっているから、ゴミが入りにくい。バランスも悪いし。

 俺は、ゴミ箱のへこみに目を落としながら、呟いた。

 「…ありがとな。来てくれて」

 椎が顔を上げる。

 「あんな人だって知らなくて、俺、遊びに行ったりして、バカだよな」

 「玲二…」

 ほんと、気に入られてるとかって、ちょっと浮かれたりして……バカだよ。

 だいたい、階段から落ちたことからして、俺、どんだけバカでドジなんだって話だ。

 一瞬、先輩の言った言葉が脳裏をよぎって、ゴミ箱を持つ手にぐっと力が入る。

 椎が俺に近づいて、

 「玲二はバカじゃない。あいつが特殊なんだ。これに懲りたら近づかない方がいい」

 眉を顰めつつ強い調子で言った。

 「あいつにされたことなんて、全部忘れるといいよ。それこそあいつの記憶ごとなくすといい。覚えとく価値もない」

 俺の手からゴミ箱をもぎ取るようにして持っていく。

 「明日、新しいの買いに行こう。一緒に選んでよ」

 椎が、なんとか俺を元気づけようとしているのを感じて、俺は笑みを浮かべた。

 上手く笑えているか分からなかったけれど、

 「とにかく飯、食おう」

 明るい口調で言われて、頷くと、テーブルに寄って席に着いた。

 

 遅い晩飯を終えると、椎が、ソファに置きっ放しにしていたジャケットを手にとって、クローゼットのある方へ向かった。

 それを見ていた俺は、後ろから声をかけた。

 「そういう服も持ってたんだ」

 椎は去年の四月に大学で見たときから、ずっと俺と似たような服を着ている。

 今もいつも通りの格好をしているけれど、先輩のところから戻ったときに着ていたのは、

 違うタイプの、初めて見る服だった。

 椎は振り返って、上目遣いをした後、なにか思いついたような顔をした。

 でも何も言わずに、今向かっていた方へと再び向かい、ドアの向こうに消える。

 何だったんだと思っていると、少ししてからドアが開いて、椎が姿を現した。

 夕方の格好とは違うけど、またモデルのような服装だ。

 「どうかな」

 感想を求められて、一瞬戸惑う。

 どうかなって…そんなの、決まってる。

 なんか悔しい気もするけど、認めざるを得ない。

 「…かっこいいけど」

 そう言うと、嬉しそうに弾けるような笑みを浮かべた。

 なに嬉しがってんだよ。男に誉められてそんなに嬉しいのか?

 椎は、何も言わずにまたドアの向こうに消えた。

 しばらくして戻ってくると、また別のテイストの着こなしをしている。

 「どうかな」

 「だから、かっこいいって」

 と言うと、上機嫌な顔をしてくるりと背を向けてドアの向こうに消える。

 まさか…リ、リピート…あるいは、ループ?またはエンドレス?

 椎のしつこさを知っている俺は、奴がまた新しい格好で現れる前に、クローゼットの方へ行った。

 男が家でファッションショーするなんて、聞いたことないぞ。

 椎の使っているクローゼットの扉が開いていて、俺は初めて中身を見た。

 そこには、俺だったらチョイスしないだろうタイプの服が、たくさんかかっていて、

 椎が、次に着ようと思っているらしい服に手を伸ばしていた。

 「何着着る気だよ」

 俺が声をかけると、生き生きとした表情で振り返る。

 「なんかいろいろ組み合わせる楽しさを思い出した」

 俺には、着たり脱いだり、面倒くさそうにしか思えないけど。

 「高校の頃着てた服だから、ちょっと古い感じになってるのもあるけど、定番のは今でもちゃんと着れる」

 椎はそう言ってから、服を選んでいた手をふと止めて、俺の方を向いた。

 俺をじっと見て、

 「うーん」

 と唸って、また選び始める。

 そして、ハンガーから何アイテムか外して腕にかけ、その中からさらにいくつか選びだし、

 着たときのような状態になるよう、上から順に棚に並べてみせた。

 「いつもみたいなのも悪くないけど、こういうのも似合うと思うんだよな」

 どうやら俺の話らしく、椎は、一枚でもしっかりした生地のTシャツに、

 シルエットの綺麗なシャツとベスト、それにパンツを合わせて一揃いのセットを作ると、

 それを指差してこっちを見た。

 「ちょっとこの組み合わせで着てみて」

 「ええーっ!?こ、これを?」

 どこのアイドルグループのメンバーですか?という感じのファッションで、思わず尻込みする。

 「いいよ、俺は」

 かっこいい組み合わせだけど、こんなの、恥ずかしくて着られない。着たくない。

 「お洒落だろ。絶対、似合うって。俺のために着てよ。俺、誕生日、何ももらってなかったよな」

 俺は言葉に詰まった。

 こ、ここでまたそれを使うのか。卑怯な…

 「だって、あれは、椎が何も欲しがらなかっただけで…欲しいもの言ってくれても良かったのに」

 俺が絞り出すようにして言うと、奴は、自分の顎に手を当てて、目を閉じ、

 「大したこともしてもらってない気がする」

 と付け加えた。

 椎は、誕生日という言葉を振り翳せば、俺が言う事を聞くと思っている。

 「やだよ。制服のときのこと、忘れてないぞ。着たらするんだろ。俺、寝たくないんだって」

 「しないよ。着て欲しいだけ」

 俺は黙った。

 怪し過ぎるし、怪し過ぎるし…

 「…椎は似合うかも知れないけど、俺は似合わないよ」

 どうにかうまい断り方を見つけようとするけれど、思いつかない。けど、断りたい。

 「そんなの着てみなきゃ分からないだろ。今日だけ。頼むよ。誕生日の分、ここに持ってきたと思って」

 なんでそれで、俺がお前のコーディネイト服を着なきゃならないんだよ。

 「俺がこれを着るとどうなるってんだよ」

 なんかもう思考が、俺には理解不能だ。

 「目の保養」

 椎は、真っ当な理由のようにそう言って、ニッと笑った。

 その笑顔を見つめて、大きく溜息をつく。

 どう考えてもそうはならないと思うんだけど。

 このやりとりは、俺が諦めて着るまで続くんだろうな。

 なんだかだんだん疲れてきて、無駄な抵抗にも思えてきた。

 なぜか敗北感のようなものを感じつつ、さっさと着てこの出来事に終止符を打ちたいと思い始めてしまう。

 「…分かったよ。着ればいいんだろ、着れば」

 見に来たのは、失敗だった。だけど延々続くファッションショーに付き合うのも嫌だったし。

 ……。

 椎は、しないって言っている。とにかく着れば終わる。

 俺は、仕方なく着替えを始めた。

 椎と出会わなかったら、多分一生手にしなかっただろう服を手に取り、着る。

 何気に高そうな服だ。

 椎は、いつものように着替える俺をじっと見ていて、なんか熱くなってくる。

 恥ずかしい。何のプレイだよ、これ。

 俺は、椎が用意したセットを全部身につけて、奴を見た。

 「着たけど」

 椎が近づいて、俺に向かって手を伸ばしてくる。

 俺は、何をされるのかと一瞬ビクッとしたが、

 奴は真面目な顔で襟元を整えたり袖を少しまくってみたりした後、

 洗面所からヘア用のワックスを持って来て中身を手に取り、今度は俺の髪の毛に手を伸ばした。

 思わず目を瞑ると、椎の手が俺の髪を梳くように動き、俺は目を開ける。

 続いて、少量ずつ髪を引っ張られる感覚がして、椎が、毛先をつまんで立たせるようにした。

 それが済むと、俺から少し離れて全体を眺める。

 なんとなく、椎の瞳の輝きが増しているような気がする。

 以前、制服を着た俺に向けたのと同じような眼差しだ。

 「めっちゃ萌える」

 と言ったときの色を浮かべていて、俺は思わず身構える。

 椎は、しばらく俺を見つめた後、感心したように息を吐いた。

 「玲二、もうなんとも言えずかわ…かっこいいよ。これで大学行ったら絶対狙われるから、行くなよ」

 それを聞いて、俺は呆れて苦笑する。

 出たよ。椎ビジョンが。

 俺が狙われるわけないじゃないか。俺が狙われるわけが…

 そのとき、頭にズキリと鋭い痛みが走って、俺は顔をしかめた。

 ふいに、ある感覚を思い出す。

 体を押された…

 背中にドンッと衝撃があり、足元が突然なくなり、体が浮いて落下した。

 何かを掴みたくても何もなく、思わず顔と頭を手で覆って庇うようにした。

 そのまま落ちていく。

 そのときのことを思い出して固まった俺の様子を見て、

 「玲二?どうしたんだよ。顔色、悪いぞ」

 椎が、訝しげに言う。

 俺は、顔を上げて椎を見た。

 「椎…俺、あの時背中を押された」

 「え?」

 驚いた表情をした後、椎がまさか、という感じで目を見開く。

 俺はもう一度繰り返した。

 「俺、あの時、背中を押されて落ちたんだ」

 そのときの感覚が蘇って、足元からゾッとする感じが湧き上がってくる。

 「本当なのか?」

 椎が眉間にしわを寄せて俺を見て、俺は頷いた。

 今までどうして忘れていたんだろう。

 「それは放っておけないだろう」

 椎が険しい表情をする。

 「犯人がいるってことじゃないか」

 そう口に出してはっきり言われて、俺も事の重大さを認識する。

 そうだ。一人で落ちたんじゃないのなら、俺を押した『犯人』がまだどこかにいて、

 もしかすると、この先も何かされないとは限らないってことだ。

 「冗談じゃない。また玲二に何かあったら、俺、マジどうかなるって」

 椎が言って、俺を抱き寄せる。

 背中を押されたこと、今まで、ずっと忘れていた。

 ものすごく嫌な感覚だから怖くて思い出せなかったのだろうか…

 あるいは、自分が誰かの恨みを買っていると思うのが、嫌だったのかも知れない。

 ふと先輩の言葉を思い出す。

 『お前なんかが、椎を独り占めしていいわけないだろ』

 そう思っている誰かが、先輩の他にも確実にいる。

 階段で背中を押したくなるくらい、俺を憎んでいる誰かが…

 「玲二」

 椎に呼ばれて、抱きしめられた状態で、俯いたまま返事をする。

 「ん」

 「大丈夫か?」

 椎が心配そうに聞いてきて、俺はコクンと頷いた。

 動揺していないと言えば嘘になるけれど。

 「ひょっとして、あいつがやったのか?」

 静かに、でもきつい口調で椎が耳元で言う。

 「あいつって、藤沢先輩?」

 聞くと、椎が黙って頷く。俺はちょっと考えてから答えた。

 「それは…違うと思う」

 俺が病院で目を覚ましたとき、そばにいた先輩は言ったのだ。

 『僕は君が落ちてきて、血が広がるのを見たとき、

 そのまま死ぬんじゃないかと思って心臓が止まりそうになったよ』

 先輩は俺を騙したし歪んでいる感じはするけど、あれを言ったときの雰囲気と表情と口調、

 それに言葉の内容は、犯人のそれではないような気がする。

 犯人がわざわざあんなことを言うだろうか。あんな言い方をするだろうか。

 それに、突き落とした本人が、救急車を呼んで付き添うってどうなんだろう。

 犯人と思われないための細工と考えられなくもないけど。

 「なんで違うと思うんだよ」

 「…なんとなく…」

 確信があるわけじゃないから、語気弱くそう呟くと、椎はムッとした。

 「…説得力ない。あいつの肩持つのかと勘違いするけど、いい?」

 「するな。俺もうまく説明できないけど、先輩の言った言葉からすると、違うような気がする」

 それから俺は、何もなしではやっぱり納得できないよな、と思い、今考えたことをとりあえず椎に話してみた。

 それを聞いて、んー、と椎が唸る。

 「…難しいけど、玲二の勘を信じるとして、じゃあ、誰がやったんだろうな」

 俺は首を振った。

 心当たりなどない。

 沈黙が続いて、やがて椎が呟いた。

 「畜生、誰なんだよ」

 その言い方に殺気めいた空気を感じて顔を上げると、

 見るものを睨み殺してしまいそうにキツイ瞳をして前方を睨んでいる。

 俺は、椎が先輩を殴ったと言っていたことを思い出した。

 「椎…?」

 恐る恐る声をかけると、椎が、俺に視線を移す。

 それと同時に、殺気立った雰囲気は消えた。

 「もし、犯人が分かっても、その、あんまり手荒なことはしないで欲しい」

 なんか、犯人、半殺しにされそうだ。…半、じゃないかも。

 「でも、玲二、もしかしたら死んでたかも知れないんだぞ」

 「うん…でも俺、こうして生きてるし」

 それに、相手はきっと、椎のことが好きでやったんだ。

 椎が、俺をじっと見つめてくる。

 「…玲二がそう言うなら、できるだけ抑えるようにする」

 椎が言って、俺は苦笑する。

 できるだけ…って、どんだけだろう。

 「犯人、どうにか見つけられないかな」

 椎がそう続けて、俺は、ある事を思いついたけど、それを口にするには、割と、いやかなり勇気が要った。

 言おうか言うまいかものすごく迷って、でも、思い切って言う。

 「藤沢先輩が、一部始終を見てたみたいなんだけど」

 「……」

 「……」

 たっぷりとした沈黙があり、お互いに考え込んで長く思案した。

 先輩は俺が落ちるところを見たような言い方をしていた。

 でも、俺が誰かに押されたとは言わなかった。

 わざと言わなかったのか、本当に見ていないのか分からないけど、犯人を見ている可能性は、ある。

 先輩が犯人でないと仮定するとして。

 やがて、重苦しい沈黙を破って、椎が口をきいた。

 「あんな奴に会いたくなんかないけど、しょうがない」

 本当に嫌そうに、でも強い決意を込めて、言う。

 「あいつに会って話を聞く」

 「俺も行くよ」

 事の成り行きをちゃんと知りたかった俺は言ったが、椎は俺がついてくることに反対した。

 「玲二はあいつに会うな。会わせたくない」

 「だって、俺の問題なのに」

 俺の言葉を聞いて、椎が考えを巡らすようにして黙った後、

 「どっちかって言うと、俺の問題って気がしてきた」

 と呟いた。

 そう言われて、自分も同じように考え始めていることに気づく。

 でも、もちろん椎だけの問題でもなく、だからこれは、二人の問題だ。

 それに、椎を先輩と二人だけで会わせることに、俺としても少なからず不安がある。

 「やっぱり一緒に、行く」

 そう繰り返した俺を見て、椎が、フッと息を吐く。

 「分かった。一緒に行こう」

 そうして、抱きしめる腕に改めて力を込めた。

 椎は、「俺、マジどうかなるって」と言って俺を抱きしめてから、ずっと抱きしめ続けている。

 「俺、玲二を離れない。離さないから」

 椎が顔を寄せて、唇を重ねてくる。

 「んっ」

 それって、いつまで?

 とりあえず、この服は脱いでもいいだろうか。

 やっぱり着慣れない服は落ち着かない。

 早く脱がないと、なんかエッチに突入してしまいそうな予感もするし。

 唇が離れると、俺は椎を見た。

 「椎、あの…もうこの服脱いでいいか?」

 そう聞くと、椎は言った。

 「いいけど、その前にちょっと写メ撮らせて」

 「なっ、撮るなっ!目に焼き付ければいいだろっ」

 なんでいつも写メに撮って残そうとするんだよっ。恥ずかしいから残すなっ。

 俺が怒ると、椎はキョトンとした。

 それから、おもむろにニッと笑う。

 「そういうのもアリだよな」

 「え」

 「玲二は、その格好、俺の目に焼き付けて欲しいんだ」

 いや、そんなことは言ってない。

 「俺は、ただ携帯には撮るなと言いたかっただけで…」

 「照れなくてもいいって。そうして欲しいなら、そうするけど」

 照れてるわけじゃ…

 油断していると、椎が首に顔を埋めるようにしてきて、そのまま俺の耳たぶを噛む。

 「あっ、ちょっ」

 俺は、くすぐったくて椎を押して遠ざけた。

 椎が俺の顔を覗き込むようにする。

 「やっぱ抱きたい。なんにもしないんじゃ、焼きつかないし」

 なっ。

 「しないって言っただろっ」

 「人の心は揺らぐものなんだ」

 「何都合のいいこと言ってんだよっ。嘘つきっ」

 「まだ抱いてないのに嘘つき呼ばわりされた。悔しいからやっぱ抱く」

 どういう論理だよ。

 「どっちにしろするんじゃないか」

 睨むようにして言ってやっても、椎はちっとも気にしてないみたいで、

 「ん、まぁ、そうかな」

 呑気に言う。

 ん、まぁ、そうかな、じゃねぇよっ、バカ椎っ。

 椎が俺の服を見て続ける。

 「どっちみちそれ脱ぐんだから、工程は一緒ってことで」

 「なにが一緒なんだよっ」

 相変わらずのむちゃくちゃな言い分に、怒鳴っていると顔が近づいてきて、また唇が重なる。

 椎が舌を差し入れ、目を開けたまま、俺を見つめながら舌で俺の舌を舐めてくる。

 「んっ」

 ゾクッと来て、俺は目を閉じて椎の腕を掴んだ。

 舌を絡め取られて吸われ、

 「や…椎…んっ、ふ…」

 長いキスをするうちに、頭の芯が痺れてくる。

 本当の本当は…

 俺だってしたい。

 椎のこと好きだって思い出したし、しばらくしてなかったし、

 椎の言うように、出来るならもっともっと体を重ねたい。

 だけど、したら寝てしまう。したいけど、寝たくない。

 唇が離れて、俺はすぐに今度は自分から椎の唇に唇を合わせた。

 「んっ」

 椎が、艶かしい声をあげて、それを聞いたらすごく感じた。

 椎が、俺を強く抱き締め、俺も抱き締め返す。

 ああ…なんかすごく気持ちいい。

 唇が離れて、椎を見ると奴もトロンとした目をして気持ち良さそうにしている。

 椎が色っぽくて、もう一度唇を合わせたくなり、

 「もう少し…」

 唇を寄せたら、椎が俺に体をもたれかけるようにして抱きついた。

 「椎っ?」

 「そんなの反則だって。もう我慢できない」

 そう言うと、少ししゃがんで俺の膝の裏に腕を通し、俺を抱き上げる。

 椎は、俺をベッドに運んで、上に乗ってくると、俺を見下ろして聞いた。

 「俺、玲二のことスッゲェ好きなんだけど、知ってた?」

 「し、知ってる」

 「スッゲェ好きなとこにもってきて、この格好で、『もう少し…』なんて、

 俺を悩殺しようとしてるとしか思えない」

 の…悩殺って、…なんだっけ。

 俺には縁のない言葉のような気がするけど。

 椎がゆっくりと体重をかけてくる。

 「この格好で、って言うけど、させたのはお前だろうが」

 「そうだよ。よく似合ってる。もっといろいろ着て欲しいんだけど、

 玲二、嫌だって言うし…そうだ。寝てる間に着せようかな」

 「着せるなっ」

 俺は着せ替え人形じゃないぞっ。

 椎の言葉に俺は声を荒げたが、奴は控える様子もなく続けた。

 「出来れば、女装なんかも」

 ガッ。

 次の瞬間、俺の手は、椎の顔に張り付いていた。ぐいぐい押す。

 調子に乗んな。

 「女装なんか誰がするかっ。そんな趣味ないし、死んでも嫌だっ。したいならお前がすればいいだろっ」

 椎は押されながらも笑っていて、そのうちなんかこっちまで笑えてくる。

 椎は「冗談だよ」と言ったけど、奴が言うと冗談に聞こえない。

 なんとも言えない焦りを感じて、不安にかられる。

 ある日、目覚めたら、俺はスカートを履いてるんじゃないだろうか。

 それを想像したら、心底ゾッとした。

 ないない。俺の女装姿なんて、ありえないっ。

 俺が頭の中で、その可能性を力いっぱい否定していると、椎が、スッと俺の股間に手を伸ばしてきた。

 「あっ」

 ズボンの上から俺のモノに触れて、それの状態を確かめた後、嬉しそうにする。

 「俺のこと、欲しがってくれてるんだ」

 俺のはさっきの長いキスで、半勃ち状態になっていた。

 「……」

 俺が目を逸らすと、

 「でも、いいの?」

 椎がちょっとだけ申し訳なさそうな表情になって聞いてきて、

 俺は、返事の代わりに椎の頭をぐいと引き寄せて、もう一度唇を重ねた。

 これ以上聞かれたら、気が変わる。

 「んっ」

 そうして離れると、椎は、はあっ、と甘い息を吐いた。

 「もう止まらないから」

 そう言って、俺の首筋に口付けを落とし、少しずつ下へと移動し始める。

 椎としたいのも、本当の本当で、寝たくないのも本当の本当で…

 寝たくない。寝るのは嫌だ。でも、…もういいや。

 したい、の方が勝ってるし、さっき起きたばっかりとは言っても、今は真夜中で、夜はまだまだ明けない。

 「あっ、椎…」

 椎の唇が、俺の体を順に辿りながら降りていく。

 もう止められないし、止まらないし、…止めないで欲しい。

 

 

 

 

 

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