体の相性






 

 

 

 「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

 話しかけると、主婦と覚しき二人の女性は微笑んだ。

 「ええ」

 「こちらのお席へどうぞ」

 俺は笑顔を浮かべて、窓際の席へ二人を案内した。

 ブラインドを下げてあるし、夕日もピークを過ぎたから眩しすぎることはないだろう。

 二人を案内し終えると、厨房に行って水とおしぼりをトレーに用意する。

 「ああ、服部君」

 店長に呼ばれた。

 「はい」

 「これ、そろそろ夏用のメニューを加えようと思ってるんだけど、覚えて来てくれる?」

 「あ、はい」

 渡されたのは、新しいメニューと説明が印刷された紙だった。

 ちらっと見ると、冷たいスパとかき氷が載っている。

 「うわっ。まだ寒そうですね」

 「ん、いいんだよ。気の早いお客さんもいるからね。暑がりな人もいるし」

 店長は、いつも犬みたいだと思わせる人懐っこい笑顔で言った。目尻が垂れている。

 俺は、紙をポケットにしまって、トレーをお客さんの席に持っていった。

 

 土日だけ喫茶店でバイトをしている。大学からも家からも少し離れた店だ。

 この生活に慣れたら平日も短いバイトをしたいと思っているのだけど、なかなか見つからない。

 俺は、今朝見たバイト情報誌の記事を思い出しながら、レジを済ませたお客さんの使った皿を下げて、

 テーブルを拭き、椅子を整えた。

 新しいお客さんを待つ、清潔なテーブルは気持ちいい。

 

 俺は、何気に入り口の方や、ガラス越しの外を見た。

 椎は俺がここでバイトしているのを知っていた。

 でも、今まで店に入ってきたことはない。

 図々しく入って来そうだったりもするから、どこかにいるんじゃないかと、

 時々辺りを見回してみたりしているのだけど、どうやらその気配はない。

 用事があると行ってたから、今日はここへ来るような暇はないのかも知れない。

 「……」

 奴のことは、まだよく分からないな。

 

 「明日は俺も用事あるからさ、今日ヤらせて」

 昨日は、あれから一緒に大学に行ったわけだけど、大変だった。

 俺は昨日のことを思い出して、一つ大きく息を吐いた。

 椎はことあるごとに迫って来て、俺を建物の影とかに連れ込もうとするので、

 常に警戒していなければならなかったのだ。

 あのバカは何考えてるんだか。大学はそういう場所じゃないだろう。

 意外と死角になる場所があるのだという事を知ったけど…

 一回、油断したらキスされてしまい、誰かに見られて噂にでもなったらと思ったら、

 もう死にそうに恥ずかしかった。

 「やめろって、こんな所で」

 思わず突き放してしまったが、奴に反省する様子はなかった。

 「じゃあ俺の家ならいいのか?」

 「え…」

 返事に躊躇していると、また顔が近づいてくるから、

 「分かった!行くからっ」

 言わされる形で了承し、それから学食で昼を食べて、一緒に奴の部屋に行ったのだった。

 

 

 「何飲む?」

 椎が、冷蔵庫を開けて聞いてくる。

 ちょっと得意げな感じ。ということは、買出しにでも行って補充したのだろうか。

 こちらからは中が見えないから分からなかった。

 「いや、今はいいよ。食って来たばっかだし」

 椎は俺の言うことを聞いて、少し考えるようにしてから冷蔵庫のドアを閉めた。

 「そうだよな。じゃあデザート食おう」

 言いながら俺に近づき、肩に手を回す。

 「うまそう」

 俺はちょっとゲンナリした。

 デザートって…俺か。

 「いい加減、そういうの恥ずかしくないか?」

 なんで言ってる椎より、俺の方が恥ずかしくなってんのだろう、いつも。

 「玲二が言ってくれてもいいんだけど」

 言わねぇよ。

 椎は、ちょっと残念そうにして、でもおかしそうに笑って俺を見た。

 「赤くなってる」

 「お前が恥ずかしいこと言うからだろ」

 目を逸らすと、耳の後ろに唇を押しつけてくる。

 「んっ…」

 微妙に首を外れていたので腰砕けにならずに済んだ。

 「そういうとこも好きだ」

 その後、肩を抱かれたままベッドへと誘(いざな)われ、座らされた。

 「全部好きだ」

 椎も隣に座り、ゆっくりとのしかかってくる。

 奴が眼鏡を外してそばの棚に置く。

 「さあ、どうやって愛そうかな」

 続いて自分の前髪をかき上げるようにして分けて、

 「玲二はまだエッチ二回目なんだよなぁ」

 貴重なものを見るような、それでもって残念そうな表情をする。

 「なにが言いたいんだよ」

 なんかムッと来て睨むと、

 「あんまり慣れちゃっても嫌だし、いろいろ経験しても欲しいし。複雑なんだ」

 心情を吐露した。俺は言った。

 「俺は別に経験しなくてもいいけど」

 それを聞いた椎の動きが止まる。

 奴の目が一瞬光り、手が伸びてきて背中に回され、ぎゅっと抱き締められた。

 「決めた。『後ろに突っ込んでガンガン突きまくって欲しい』って自分から言うまで開発する」

 ええっ。

 「ちょっ、待った!やっぱ嫌だ」

 「パスはなし」

 逃げようとすると、椎が押さえ込むように体重をかけて来て、唇を重ねた。

 奴が俺の舌を捕らえて、自分のそれを絡めてくる。舌と舌が触れあい滑る感触に、

 首筋がゾクゾクする。

 もう何度目のキスだろう。昨日の朝にはカウントゼロだったのに。

 そうこうするうちに、奴の手がシャツを捲り上げ、入り込んで来て乳首に触れた。

 「あっ…」

 その刺激にビクッとして声をあげるが、椎はキスをやめようとしない。また唇を塞がれる。

 奴は唇を塞いだまま、もう片方の手も滑り込ませた。

 両の指先で左右の乳首を転がしたり、つまんだりする。

 「んっ、んっんっ」

 立ち上がって硬くなった乳首を触られると、たまらなく感じた。

 「コリコリしてる」

 椎がキスをやめて呟き、離れて俺を見ると、今までより強い力を指先に加えて動かす。

 「あっ」

 俺の乳首は、感じてますます硬く立ち上がった。

 「こんなに感じるなんて、玲二の体ってどんだけ感度がいいんだよ」

 そんなこと言われても、体が勝手に反応するのだからしょうがない。

 椎が、シャツのボタンを外し始める。

 「玲二がものすごく感じるから、首にキスしたいけど、まだ痕が消えないから今はやめておくよ」

 シャツの前を開くと、胸に顔を寄せる。

 「でもこっちも相当来るみたいだから、全然問題ないけど」

 そうして、硬く立ち上がっている乳首を口に含み、舌で弾いた。

 「んっ!」

 背中が仰け反る。椎が、含んだまま乳首の先端を舌先で転がす。

 「あっ」

 背筋がゾクッとして、思わず、椎の頭に手を置く。

 奴が続けて歯で柔らかく噛んだり、吸ったりしてくる。

 「あっ、ああっ」

 たまらずに奴の髪の毛をぎゅっと掴んだ。

 「玲二。もっと求めて」

 俺は、自然と胸を突き出すような体勢をとっていて、椎の言葉を聞いて戸惑った。

 そんなつもりは全然なかった。なのに、体は勝手に動いていて…

 俺って…淫乱なのかな。

 そう思うのと同時に、また乳首に吸い付かれ、やっぱり胸を突き出すようにしてしまう。

 「あっ…は」

 吸われていない方の乳首は、椎に押し潰すようにして指先で転がされ、

 痛みにも似た気持ち良さに、腰が疼いてたまらなくなる。

 俺のモノはズボンの中で早くもビンビンに勃ち上がって、

 先走りが溢れて下着を濡らし始めていた。

 乳首だけでこんなに感じるなんて女みたいで嫌だったけど、

 椎の行為は続いていて、感じるのを止められない。

 「玲二、濡れてる」

 椎は股間に触れてそこが勃っているのを確かめた後、ベルトを外してファスナーを降ろし、

 ズボンの中へと手を入れてきた。

 下着を濡らしていた俺のモノを握る。

 「んっ」

 濡れている鈴口の部分に親指の先を押し当て、割り入ろうとするかのようにその指を動かす。

 「は…っ、ああっ」

 刺激が背中を駆け抜けて、先走りがまた溢れるのが分かった。

 奴が上下の動きを手に加えると、溢れた露で俺のモノと椎の手がヌルヌルと擦れあって、

 クチュクチュというやらしい水音が部屋中に響く。

 椎はそのまま力を入れたり抜いたり、角度を変えたりして変化をつけてしごき続け、

 「はあ…ああ…」

 俺が次第に登りつめ、あと少しで絶頂を迎えるというその時、ふと手の動きを止めた。

 「俺も我慢できない」

 椎が体を起こして、俺の履いているものを全部脱がす。やっぱり靴下も。

 シャツだけはそのままだ。

 そして、自分も服を脱いだ。上から下まで全てを脱いで、裸になる。

 俺は腰に疼きを抱いたまま、奴を見ていた。

 昨日は気づかなかったが、引き締まったいい体をしている。

 野球部の仲間たちをいつも見ていた目からしても、なかなか鍛えられた見応えのある体だった。

 何か運動をしているのだろうか。

 下半身に目をやると、椎のモノは大きくそそり立っていて、

 俺は目のやり場に困って慌てて視線を逸らした。

 

 椎がベッドの下に手を入れてローションを取り出し、

 棚の眼鏡の横に置くと、再び俺の上に乗ってくる。

 手にいつの間にかコンドームを持っていた。ローションと一緒に取り出したようだ。

 それを慣れた手つきで自身のモノに装着する。

 やっぱり昨日も着けていたらしい。

 それをし終えると、椎は俺のモノに手を伸ばして、

 萎えていないかチェックするように触れて、耳元で囁いた。

 「玲二、入れてもいい?」

 「え…」

 「俺も限界なんだ。な、いいだろ?」

 いいだろ?って。ここまで来て、拒絶する余地が俺にあるのか?

 わざわざ聞くなんて。

 椎のことだから、強引に進めると思っていた。

 黙っていると離れて俺を見つめ、それから頬にキスをした。

 首の辺りがゾクッとして、目を閉じる。

 「大丈夫。優しくする」

 囁くような声で言われて、昨日のことを思ったより気にしてくれているのかも知れないと思った。

 

 椎がローションを手に取って蓋を開け、中身を手の平に出して指に馴染ませる。

 次いで俺の後ろのすぼまりに、その指をあてがう。

 力がこもり、グッと押し入れられた。

 椎がゆっくりと指を奥まで挿入し、

 「ん…っ」

 粘膜の擦れる感覚に、俺は目を瞑って眉を寄せた。

 指が少し引き抜かれ、また入ってくる。

 ゆっくりゆっくり慣らすように繰り返されて、初めは嫌な感覚だと思ったその行為も、

 後ろが熱を持ち始めると、そうでもなくなってきた。

 「玲二…」

 奴が空いた手で俺の右足を持ち上げ、くるぶしに口づけをする。

 何をするのかとそっちに気を取られて見ているうちに、椎は後ろの指を一度抜いて、

 もう一度今度は二本同時に挿入した。

 「う…っ」

 後ろがさっきより広げられる感じがして、背中が反る。

 大きくなった異物感に、俺はまた目をギュッと閉じた。

 ふいに昨日の痛みも思い出されて、一瞬体に力が入り震えがくる。

 「玲二…痛い?」

 ローションを使っているせいか、実際には痛みはなかった。

 俺は首を横に振った。

 椎が、挿入した指の出し入れを再開する。

 「あっ、ふっ」

 徐々に徐々に、体がその行為に慣れて来て、苦しさが消えていく。中が熱い。

 「玲二の中、締めつけてる。気持ちいい?」

 椎がそう言ってから、返事を待たずに唇を重ねてくる。

 「ん…」

 それに応えて舌を絡めていると、奴はまた後ろの指を抜いた。

 そして、もう一度挿入する。

 でも、入ってくる時の圧迫感がさらに増していて、俺は椎がもう一本増やしたのだと気づいた。

 「ああっ…んっ、ん」

 中がもっと広げられる感覚に声をあげたが、また唇を塞がれて、舌を捕らえられる。

 それと同時に指をグッと奥へ挿入されて、思わず椎の腕を掴んだ。

 いくらなんでも、キツすぎる。こんなに次々と本数を増やすなんて。

 俺の意識は後ろに集中した。奴の指が入っているのを感じる。

 内側の壁が広げられて、キツイ。

 でも、椎がさっきと同じように指の出し入れを始めると、

 俺の中と三本の指は思ったより早く馴染んだ。

 奴が少し動きを速める。

 「はっ、…ああっ」

 心臓の鼓動が高鳴って、息遣いが荒くなる。

 開かれた後ろが椎の指に吸い付き、求めているように感じる。

 このまま攻め続けられたら、俺は後ろでイってしまうかも知れない。

 一瞬だけ、そう思う。

 俺のソコは、今奴の指を三本咥え込み、挿入による快感を貪欲に貪ろうとしている。

 …なんか自分の体じゃないみたいだ。

 「玲二の後ろ、蕩けて柔らかくなって来て、気持ち良さそう」

 椎の言い方だと、俺が気持ち良さそうなのか、ソコの具合が、

 入れたら気持ち良さそうなのか分からなかったが、

 とにかく奴は同様にしばらく出し入れを繰り返した後、指を後ろから引き抜いた。

 「うっ…」

 気持ちよくなり始めていたソコが、突然締めつけるものを失ってヒクつく。

 正直に言うと、抜いて欲しくなくなっていた。

 残された熱と疼きを、早くどうにかして欲しい。

 そこをもう一度満たして欲しい。

 そう感じた自分に、困惑する。

 なんで俺、こんなこと…

 椎が俺の足を持って、引き寄せた。

 後ろのすぼまりにそそり立った自身のモノをあてがう。

 慣れてきて、ちょっとだけ気持ちよくなってきたとは言え、

 少し不安になって椎を見ると、奴は一度体を倒した。

 「大丈夫。ゆっくり入れる」

 耳元でそう言って俺を抱き締める。

 それから体を起こし、あてがった自分のモノをグッと押し入れた。

 「んっ」

 早く入れて欲しいと思った気持ちに偽りはない。

 だけど、やっぱりその圧迫感と違物感の大きさは、指とは全然違った。

 椎のモノが途中まで入ったところで、入り口が開き切る感じがして、苦しくなる。

 途中の今でさえそうなのに、

 椎のモノはこれからさらにそこを押し開いて入って来ようとしているのだ。

 そう思ったら、後ろに力が入り、椎のモノの挿入を拒むように締めつけた。

 「玲二、息を吐いて。力を抜いて」

 言われて、自分が息を止めていたことに気づく。

 俺は大きく息を吐いて、それから言われた通り、なるべく力を抜こうとした。

 椎が腰を動かし始める。

 「うっ」

 ズッ、ズッと俺の中を押し開きながら進み、その押し寄せる圧迫感に、

 こらえきれず逃げ出したくなった。

 「椎…やっぱ俺…イヤだ」

 心臓がドキドキする。苦しい。これ以上は…無理…

 知らず知らずぐっと拳を握っていた俺の手に、奴の手が触れる。椎の声が聞こえた。

 「玲二…そうじゃない」

 え…。

 俺は目を開けて、椎を見た。

 「俺を、欲しいと思ってみて」

 「……」

 「ヤッてる間中ずっと。そしたら、痛みや苦しさはそのうち快感に変わるから」

 そのうち…快感に?

 俺はぼんやりと心の中で呟いてみた。

 椎を…欲しい…。

 椎が、ふいにグッと突いてきた。

 「あっ」

 そして、少し引き抜き、またグッと突き進める。

 「ああっ」

 ちょっとずつだけど確実に俺の後ろは、椎のモノを飲み込んでいく。

 「はあ…あ…ああ」

 大きく開かれた後ろの入り口と内側の粘膜が、じんわりと熱を帯びてくる。

 椎がゆっくりと腰を前後に動かすと、俺の中と椎のモノが擦れあい滑るようになってきた。

 引き抜いて入れる。また引き抜いて、入れる。だんだん奥まで入ってくる。

 「うっ…あっ、あっ」

 時間をかけながら、少しずつ…少しずつ…

 椎が、欲しい。椎が…

 どうしようもない異物感を耐えながら、心の中で呪文のように唱える。

 やがて椎の声が聞こえた。

 「玲二…入った」

 嬉しそうな色を帯びている。

 昨日入れられたときは、無理やりだったからちっとも良くなかった。

 感じなかったし、気持ち良くもなく、ただ痛かっただけだ。

 でも今は違う。

 椎のモノが、俺の中をめいっぱい広げていて、苦しさもまだあるけど、痛くなかった。

 それだけじゃなく、椎が腰を前後に動かし、擦れあうとじわっと快感が生まれる。

 「あっ、あっ…」

 椎が少しずつスピードを上げていく。

 気が遠くなるような苦しさと紙一重の快感を感じつつ、

 俺のモノはこれ以上ないほど勃ち上がっていた。

 椎がだんだん激しく突き上げながら、俺のモノを握る。

 「ああっ!」

 握られただけで、前も後ろも感じてたまらなくなり俺は椎にしがみついた。

 気持ちよさが、溢れて押し寄せてくる。

 椎が、俺のモノをしごく。

 「あっ、あっ、イクっ」

 「いいよ。イッて」

 「ああっ、もう」

 ビクッ、ビクッ。俺は握られたまま射精し、後ろに入っている椎のモノを締めつけた。

 「うっ」

 次の瞬間、キツそうに眉を寄せて、椎も俺の中で達したのを感じる。

 それからゆっくりと椎は自身のモノを引き抜き、コンドームを取ると、

 手に飛んだ俺の精液をティッシュで拭いた。

 「玲二…よかった」

 椎が俺の頬を手で挟むようにして唇を重ねて、舌を入れてくる。

 「ん…」

 体が熱くて、痺れるような感覚に包まれた。

 心臓の鼓動が、バクバク言っている。

 頭の中にもやがかかるような感じがして、次の瞬間、俺は猛烈な眠気に襲われた。

 「椎…ごめん…俺、眠…」

 椎が俺を驚いたように見る。

 眠気がどんどん強くなってきて、抗おうとしても、まぶたが勝手に降りてしまう。

 「え…?ちょっ、玲二?」

 な…んで…

 「もう…」

 ああ、そういえば昨夜、一睡もしていないんだった。

 ダメだ…寝てしまう。

 「なっ、そんなっ。玲二?俺、まだやりたいことが…」

 焦っている感じの椎の声を聞きながら、俺はもう保っていられなくて、意識を手放した。

 

 

 「おっ、起きたな。風呂沸かしといた。一緒に入ろう」

 次に目を開けた時、目の前に椎の顔があった。

 俺、なんで椎の家にいるんだ?

 「終わったら、即効寝るなんてひどいなぁ」

 俺はぼんやりと奴を見つめた。

 そう言えば椎としたんだった。

 それでその後、急に眠くなって…

 「俺…なんかものすごい睡魔に襲われて…」

 「ったく、あっという間に寝ちまって…そんなものに襲われるくらいなら、俺に」

 ぐっ。椎の口を手で塞ぐ。

 それ以上言うな。

 「お前、ひょっとして俺が起きるのを待ってたのか?」

 時計に目をやれば、四時を回っている。

 「そう。玲二の顔を見ながら、玲二が起きてからのプランを練ってた」

 いつ起きるか分からないのに、暇な奴だ。

 「起こせばよかったのに」

 「え」

 椎が一瞬ビビッたような顔をして、その後引きつった笑みを浮かべた。

 「そ、そんな…気持ち良さそうに寝てたからさ。悪いかと思って」

 何か隠し事でもあるかのような、怪しげで歯切れの悪い物言いだ。

 「なんだよ。なんかあるのか?」

 気持ち悪くて聞くと、椎は首を横に振った。

 「ないない。それより、風呂入ろう」

 椎は一緒に入る気満々だ。

 俺は寝る前と同じ、素っ裸にシャツ一枚という格好をしていた。

 入ろうと思えばすぐに入れる。

 それに、せっかく沸かしてくれたのだし、後ろが気持ち悪いし、あのバスタブには魅力を感じるし…

 とりあえず入ろう、という気になって、俺はベッドを降りて風呂へ向かった。

 「俺、トイレ行ってから入るから、先に入ってて」

 椎がそう言って、トイレへ向かう。

 俺は、風呂のドアを開けて中に入り、鍵を閉めて湯船に浸かった。

 「むっちゃ広いな」

 肩まで浸かって、気持ちよさを味わっていると、椎が来てノブを回す音がした。

 ガチャガチャと何度も回している。

 「玲二。なんで鍵かけるんだよ」

 何か企んでるに決まってるからだよ。

 「何もしないって約束するなら、開ける」

 し…ん。回すのが止まった。

 「何もしない」

 椎の声がする。

 意外なほど早い予想外の返事に、俺は苦笑しながら開けた。

 この中でヤろうとか考えてるんじゃないかと思っていた。

 俺は、風呂でするなんて嫌だ。

 椎が嬉しそうに笑う。

 「…玲二が考えてるようなやらしい事はしないから」

 俺はどんなやらしい事を考えてるんだ。

 「ただ玲二を、洗いたいだけ」

 え?

 「俺、自分で言うのもなんだけど、世話好きなんだ。玲二を洗いたい。夢だったんだ」

 「体ぐらい自分で洗える」

 「だから、分かってるけど洗わせてくれよ。玲二は何もしなくていいんだ。

 あー、洗いたくてウズウズする」

 なんかまた、恥ずかしいんだけど。

 それに、俺を洗うのが夢って、夢のスケールちっさくねぇ?

 とか思ってるうちに、椎がかけ湯をして、そそくさとスポンジに石鹸をつけて泡立て始めた。

 また奴のペースで進んでしまうんだな。

 ため息をついていると、椎が洗い場に俺を呼んだ。

 「玲二、来て」

 う。い、嫌です。

 湯船に浸かったまま動かずにいたら、手を取って引っ張りに来た。

 「洗うだけで、何もしないから」

 強い力で引っ張り出され、洗い場の椅子に座らされる。

 椎が俺の手を持って、すぐに洗い始めた。

 なんだか俺、小さい子供か老人みたいだ。

 黙って座っていると、椎は体をパーツごとに、適度な力を入れてスポンジで擦って行く。

 皮膚の柔らかい箇所は優しく、そうでない箇所は少し強めに。

 最初は恥ずかしかったが、そのうちその気持ちも消えた。

 普段力を入れて洗えない背中を擦られたらすごく気持ちが良かった。

 ちらっと椎のモノを見るが、勃ってない。

 それに、すこぶる真面目な顔で洗っている。

 「気持ちいい?玲二」

 「え、ああ。うん」

 聞かれてハッとし、そう答えると、椎は嬉しそうにした。

 「お前、きっと介護の仕事とか向いてるよ」

 「ああ。いずれはそういう仕事に就くかも知れない」

 と言った後で、すぐに撤回する。

 「でも、『玲二だから』ものすごく洗いたかったんだし

 …やっぱ無理かな。歯医者継ぐかも知れないし」

 ああ。そうか。歯医者の息子だった。

 湯をかけて俺の体の泡を落とすと、椎は自分にも湯をかけて、先に湯船に浸かった。

 「あれ、お前は洗わないのか?」

 「うん。俺はいいよ。一緒に浸かろう」

 椎が、俺を湯船に呼んだ。

 いくら広いとは言え、一緒に入ったらやっぱり体が密着するだろうと思えて躊躇していると、

 「早く」

 と急かされた。

 椎が足を開いて、出来たスペースを指さす。

 俺は椎の方を向いてそこに入り、体育座りをするように座った。

 「なんでそんなちょこんと座るんだよ」

 「だってお前、ぜってー何かするから」

 椎は、おかしそうに笑った。

 「何もしないって言っただろ?」

 信用出来ない。

 「信用していいよ。ここではしない。でも、出たらもう一回ベッドでしよ」

 椎の言葉に、顔が熱くなるのを感じる。ってか、湯温、ちょっと熱くないか?

 「いつか前よりも後ろの方が気持ちいいって、言わせたい。

 もちろん、女の胸のことなんて、もう忘れたろ?」

 椎が野望らしきことを口にして、俺の目を覗き込むようにして見た後、

 「だいたい女の胸より感じるじゃん。この胸」

 奴の手が俺の胸をつついて来て、ビクッとする。

 「乳首だけなのに」

 何もしないって言ったくせに。

 楽しそうに胸の話をする椎に、俺はムッと来て、奴を睨んだ。

 「乳首とか胸のことばっか言うな。俺は女じゃないっ。それと、触るなっ」

 椎がびっくりしたように俺を見る。

 それから、ふっと笑った。

 「そう。玲二は女じゃないよ。男だ」

 顔が近づいて来て、

 「俺の」

 唇を重ねる。ルール違反だ。

 それから手を伸ばして、ぎゅっと抱きしめてくる。

 も、もういい加減、のぼせる…

 俺は立ち上がって、風呂の外へ出た。

 タオルを借りて体の水滴を拭いていると、椎も出てきて自分の体を拭き、

 そのまま俺の手を取ってベッドまで引っ張った。

 「ちょっ、待てってっ。

 俺、明日朝からバイトだから、そんなにヤったら、起きられなくて遅刻する」

 する気満々の椎に、ちょっと考えてもらおうと明日の予定を口にする。

 奴は、振り返って俺を見た。

 「そう言えば土日はバイトだったっけ」

 え。

 「なんで知ってんだよ」

 「ふふん」

 椎は得意げに鼻を鳴らした。

 「玲二のことなら何でも知ってるよ」

 「……」

 苦いお茶が好きだってことは知らなかったくせに。

 …それはともかく。

 冗談抜きで、椎が知らないことってなんなんだ、と言いたくなるくらい、

 奴の持っている情報は多い気がする。…ストーカーだ。本当に。

 「はあ」とため息が出る。

 「もう一回だけ。明日はここからバイト先に行けばいいよ」

 椎が、言いながら俺をベッドに座らせ、ゆっくりとのしかかってくる。

 服を身につけていないから、お互いの状態がよく分かる。

 暖かな肌と肌が触れ合う感覚は、ものすごく気持ちよかった。

 「玲二、いい匂い」

 椎は、耳の後ろに顔を近づけて立ち昇る匂いを嗅ぐようにした後、

 俺の唇を自分の唇で塞いだ。

 

 

 

 あれから、椎ともう一回したのだけど、体がものすごい速さで椎と馴染んできてる気がして、

 俺はとても戸惑っている。

 初めてした後からそうだったけど、奴に触られると感じてしょうがない。

 椎より俺の方がやらしいんじゃないかと思えて、冷静な時にそれを考えると頭が変になりそうだ。

 それに、した後また猛烈な眠気に襲われて、眠ってしまった。

 俺の体、ちょっとおかしいかも…

 「あ、服部君おはよーっ」

 お客が途切れて物思いに耽っていたら、バイト仲間の菊池さんという女の子が出勤して来た。

 この店での仲間同士の挨拶は、夕方の今も一日中どの時間帯でも「おはよう」だ。

 「おはよう」

 挨拶を返すと、明るいノリで聞いてくる。

 「元気?」

 「アハハ、元気元気」

 ちょっと押され気味になりながら、つられて笑顔で答える。

 彼女は、いつでも誰にでもあんな感じだ。

 常にあのテンションでいられるなんて、感心する。

 彼女がスタッフルームに入って行くのを見た後、壁の時計に目をやった。

 あと一時間であがりだ。飯、どうしようかな。

 料理はまだ数えるほどしか作ったことないけど、なるべく自炊しようと思っている。

 

 仕事が終わって着替え、携帯をチェックすると、メールが来ていた。

 『飯作ったから、一緒に食べよう。俺の家に来ること』

 パタン。携帯を折りたたむ。

 あいつ、料理できるのか。そう言えば、この間もそんなこと言ってたような…

 俺は、店を出て自転車に跨ると、椎の家に向かった。

 

 

 

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