バースディ
バイトが終わったら、なんだか椎の顔が見たくなって急いで帰った。
こんなことって、初めてだ。
今日は、終わったら椎の家に行くとあらかじめ言ってあったので、
携帯チェックはせずに奴の家へ向かう。
マンションのエントランスで暗証番号を入力して上に上がり、預かった鍵でドアを開けた。
靴があるのでどうやら椎も帰っているらしい。
でもいつもなら気づいて出てくるのに、その気配がない。
いないのか?飯の匂いはするけど…
そう思いながら靴を脱いで居間に入って行くと、奴は二人がけ用のソファの上で、
肘掛けを枕にして寝ていた。
なんだ。寝てるのか。珍しいな。
鞄を置いて、狸寝入りじゃないかと口元に耳を寄せると、規則正しい小さな寝息を立てている。
だんだん夏が近づいて来て、うたた寝するにもいい季節だもんな。
俺は、椎の寝顔をじっと見つめた。
柔らかそうな唇をしている。あの最中は夢中でよく分からないけど、形もいい。
薄くて下側だけちょっとぷっくらと肉厚な感じで、おいしそうだ。
「……」
って、なに考えてんだ俺。
俺は、目を逸らそうとしたが何故か視線が釘付けになってしまい、
じっと見ていたら、猛烈キスしたくなってきた。
「ゴクッ」
実は前からやってみたいと思っていたことがある。
椎が起きていたら絶対できないことだ。
それは『唇だけのキス』をすること。
だって、こいつすぐ舌を入れてくるから。
今更もう望んでもしょうがないのだろうけど、
俺は、ファーストキスにそれなりの憧れと爽やかなイメージを抱いていた。
でも、実際は最初っから濃厚で…
もちろん、それはそれで気持ちよくていいのだけれど、
できればあのころ憧れていたようなキスをしてみたい。
「椎…?」
小さく呼びかけてみた。反応はない。眠り続けている。
俺は息をひそめて、椎に顔を寄せた。そのまま唇を重ねる。
自分の唇で椎の下唇を挟むようなキス。キュッと力をこめる。
柔らかくて弾力があって、気持ちいい。それから上唇に移って同じようにする。
ドライなキスなのに、なんかすごく興奮した。もうちょっとだけ…
唇を合わせて、引き続き舌を使わないキスを試みる。
「何、してる?」
椎がいきなり目を開けて聞いた。
「うわっ」
驚いて、思わず後ろへ下がる。
「こ、これは、あのっ。っていうか起きてたのかよっ」
「そりゃ、起きるって。寝込みを襲って自分からキスしてくるなんて、
玲二もやるようになったね」
「違っ、そんなんじゃない。第一、襲ってないし」
「キスがしたいなら、そう言えばいいのに」
横になった姿勢のまま、俺の手を取って引き寄せた椎の目が、
トロンとした色っぽい目になって、唇を合わせようとしてくる。
だからっ。
じたばたする俺の襟首をぎゅっと掴むと、椎は素早く俺の口を塞いだ。
「んっ」
もう、こうなったら自棄(やけ)だ。
俺は椎が舌を入れてくる前に、自分の舌を入れた。
奴のそれを探り当てて、いつも奴がしてくるように攻めてみる。
「ん…ふっ」
いつもと違う展開に、椎が眉根を寄せて、一見つらそうに見える表情をする。
舌を吸ったり唇を舐めたりするうちに椎の息遣いがどんどん荒くなってきて、俺は一度離れた。
「今日の玲二、すごいね」
眠気の残った表情で、少し頬を紅潮させている椎こそ、今日はなんか違う雰囲気でそそる。
「椎…息…荒い」
「はあ…フゥ…だって…気持ちいいんだ」
言いながら、椎が自分でシャツのボタンを外し、前をはだけていく。
男なのになんか色っぽくて、正直目のやり場に困る。
「俺も気持ちいいけど…なぁ、今はキスだけにしたいんだ」
「そんなぁ。こんなにしといて」
椎が俺の手をとって、自分の股間に導こうとした。
触らなくても分かるくらい、椎のは反応して膨らんでいる。
「だから、そうするつもりじゃなかったんだよ」
椎が、がばっと抱きついてきて、俺の首筋に顔を埋める。
「あっ…」
足からガクッと力が抜けてバランスが崩れた。二人して床のラグの上に転がる。
「あ…っ!椎、駄目だって、ああっ」
椎が上に乗って、首を強く吸ってくる。
そうしながら俺の服を捲り上げ、今度は首を離れて乳首を吸う。
「う…」
そうして乳首を吸いながら、ズボンのファスナーを降ろし右手を下着の中に滑りこませる。
立ち上がったソレの先端を指先で弄ぶ。
「あ…ああ」
露が溢れ十分硬くなったころを見計らって、椎が立ち上がって服を全部脱いだ。
それから俺の下も脱がす。
そして、思いがけないことを言った。
「今日は、玲二に入れて欲しい」
え!?
俺は驚いて、戸惑いつつ椎を見る。
「な…んで。俺、入れたことないから、どうすればいいか…」
「俺だって、入れられたことないから、どんな感じか分かんないよ。でも、やってみたいんだ」
そ、そんなこと急に言われても。
なんか冷や汗が出てくる。
それから俺は、初めてのときのことを思い出して、思わず眉間にしわを寄せた。
「む、むちゃくちゃ痛いぞ?」
「いいよ。玲二のなら」
俺は誰にも入れたことないけど、入れてみたいと少なからず思っていたし、
入れたらさぞ気持ちいいだろうなとも思う。でも。
…いつも椎はどんな風にしてたっけ。
え、と…。あそこにローションを塗って、指を入れて出し入れして、
いい具合になってきたら本数を増やして…え、えーと…?
ローション…? 俺が取るのか? ベッドの下から。
でも今いるここはベッドじゃないし、ローションにもすぐには手が届かない。
どんなふうにしまってあるかも知らない。
いっそローションなしで…
って、ローションあってもあんなに痛かったのに、ぜったい無理だっ。
無理無理無理無理…
などと、どう動いていいか分からず呆然としてるうちに、なんか萎えてきてしまった。
「玲二」
椎が俺の様子を見て苦笑する。
「いいよ。ごめん、急に変なこと言って」
そうして俺を抱き締める。
「なんかすごく積極的だったから、入れられてみたい気分になっただけ」
俺は、情けない気持ちになった。
「ごめん。俺…出来なくて」
「だから、俺は玲二からキスしてくれて、すごく嬉しかったんだから、もうそんな顔するなって」
椎は優しく笑うと、唇を重ねてきた。
それから離れて、自分の口に指を入れてその指を舐めたり吸ったりする。
指を咥える椎は、なんかやっぱり色っぽくて、俺はドキッとしながら見とれた。
指を十分に濡らしてから、椎は俺の上に覆いかぶさり、その濡れた指を後ろにあてがって、
「入れるよ」
そう言うと、グッと挿入した。
「んっ」
椎が、ゆっくり指の出し入れを始める。
それを続けながら、俺の足首を持って、くるぶしに口づけをした。
「綺麗だ」
椎が言う。けど、そんな椎を見ながら、俺は思う。綺麗なのは椎の方だ、と。
ラグの上でするセックスは、いつもとは違う雰囲気で、新鮮な感じがした。
椎が肌を吸うようにして口づけを繰り返すチュッ、と言う音を聞いていると、
指を入れられたソコが疼いて仕方なくなってくる。
「…椎、早く…」
たまらなくて訴えると、もう一度くるぶしに丁寧なキスをして、指を抜いた。
後ろのすぼまりに、椎が自分のモノを押し当てる。
「行くよ」
椎の声に頷くと、腰を落として入ってくる。
「んっ、…あっ」
椎のモノと俺の中が擦れ合い、揺られるごとに、次第にお互いが馴染んでいくのを感じる。
「玲二の中、熱い。俺のに絡んで締め付けてくる」
入れられる部分と入れるモノがピッタリと合って、
なんだか最初からこうなる為にあったみたいに思える。
気持ちよさがどんどん高まってきて、
「…ああ…椎…」
俺は、思わず奴の名前を呼んだ。
もう…もう俺は椎なしではいられないのかな。
椎が動きを止める。じっとしている。と思ったら、
「何?」
質問された。どうやら椎は、何かして欲しいことがあって名前を呼んだと思ったらしい。
俺は首を横に振った。
「違う。名前を呼びたくなっただけ…」
言った途端、なんか照れくさくなって横を向く。
そう言えば、最中にこんなふうに名前(だけ)呼んだのって初めてだったっけ。苗字だけど…
さすがに下の名前はちょっと…呼び慣れてないし…
などと考えた次の瞬間、もの凄い勢いで抱きしめられた。
「ああっ、玲二っ!!」
それから椎が目を閉じて、俺に頬ずりする。
「いいよ。何度でも呼んで。何度でも」
奴はそう言うと、体を離して再び腰を前後に動かし始める。
「ああっ」
「玲二…本当に、なんでこんなに好きなのかな」
俺を見下ろしながら、椎がゆっくりと腰を動かす。
「玲二…『愛してる』って言って」
中をかき回したり、感じる箇所を擦ってみたりする。体が疼いてたまらなくなる。
「はっ、あっ、椎…」
椎は一度動きを止めてギリギリまで引き抜いた後、もう一度挿入した。
ズンッと突き上げて少し引き、
「椎っ、愛して…る」
またズンッと突き上げる。
「ああっ!!」
突かれながら、揺れながらその言葉を口にした途端、
それまでの何倍も感じるようになった気がした。
体が気持ちよさで飽和状態、どころかもう溢れてしまって、
それが目に見えるんじゃないかと思えるほどだった。
奥を激しく突かれて、それがだんだんスピードを上げていくので、
「はっ、はっ、椎…」
自然と息遣いが荒くなる。
「ふ、ぅん…ああっもう」
空中に手を伸ばす。その手を、椎が掴む。
「椎…椎…イク」
良すぎて、それを伝えようとしたら、泣き声にも似た声が漏れた。
「うん…玲二…俺も」
椎は攻め続けながら体を前へ倒し、手の平で俺の頭を柔らかく包み込むような体勢を取った。
「も、出る」
耳元で椎が呟き…。俺の中のモノが膨らむのを感じた。
「ああっ!」
ドクッドクッと精液が放たれる。それと同時に俺もイった。
精液が腹の上に飛ぶ。後ろが椎をビクッビクッと締め付ける。
「…玲二、愛してる」
椎が荒い息遣いのまま囁き、それを聞いたら涙がこぼれた。
「たまらない」
椎が続けて囁き、萎んだ自身を抜いて、
俺の腹の上の精液と流れ出る椎のそれをティッシュで拭いてくれる。
「こんなに気持ち良くて満たされた気分になれるなんて…」
それ以上言わなくていい。言葉にしたら、変わってしまうことがある気がする。
「他に何もいらない」
その言葉は、俺の心の底の方へとユラユラと揺れながら沈んでいった。
俺は、それを信じていいのだろうか。今一瞬だけのことだろうか。
…一瞬でも、そう思われたことは幸せなことなのかも知れない。
次に目を開けたとき、俺はベッドの上にいて、
目の前には椎の目があって、唇には奴の唇の感触があった。
俺が起きたことに気がつくと、嬉しそうに笑う。
「ずっとキスしてた」
俺は、椎をぼんやりと眺めた後、奴に背を向けた。
暇人…。
頬が熱くなるのを感じながらそう思ったら、腹がグウウウウッと盛大に鳴った。
そう言えば、帰ってからすぐにエッチしてしまって、飯食ってなかったんだった。
「あはは、腹減っただろ」
椎がその音を聞いて、声をあげて笑いながら起きてベッドを降り、台所へ向かう。
おかずを温め直すガス台のスイッチの音や、冷蔵庫を開け閉めする音、器の擦れ合う音…
いろんな音を聞きながら、俺は横になったままでいた。
キスって、唇だけだろうか。それともディープ…?
きっと後者だ。でもそうだとしたら、それでも起きない俺ってどうなのだろう。
椎は割とすぐ起きたのに。
「……」
それにしても、さっきはなんで椎があんなに色っぽく見えたのかな。
と考えていたら、理由が分かった。
たぶん『寝起きだったから』だ。
寝起きの椎があんな感じだという事を今まで知らなかったのは、
俺より後に寝て俺より先に起きるという、やっぱり出来た嫁さんのような、奴の習性のせいだ。
気づいてなかったけど、今まで俺は、椎が目覚めるところを見たことがなかった。
……。
椎がどうこうと言うより、俺が寝過ぎだよなぁ。
「玲二。飯出来たぞ」
俺はガバッと起き上がった。
急いで服を身に着け、トイレに行って用を足して出た後、テーブルに歩み寄り椅子を引く。
今日も椎に作らせてしまった。全然夕飯作ってないじゃないか、俺。
って、え?
座ろうとした俺は、テーブルの上の物を見て、動きを止めた。椎の顔を見る。
奴が笑みを浮かべた。
「今日、玲二の誕生日だろ?」
そこには、苺の乗ったケーキがホールで置かれてあった。
たくさんのローソクが立っている。多分は19本。
驚いていると、椎が着火用具を使って順に火を点していく。
「…なんで」
そうだ。今日は俺の誕生日。
高校の友達と毎日会うこともなくなって、家族とも離れた今、
自分の誕生日は何事もなく過ぎていくのだと思っていた。
なのに、椎は当たり前のように覚えていて、こうして祝ってくれようとしている。
「だから、俺が玲二の誕生日を知らないはずないだろ?」
奴は火を点けながら、固まっている俺をチラ見して、おかしそうに言う。
知っていることと、祝ってくれるかどうかは別だ。
なんだかすごく嬉しくなる。そして椎のことが愛しくなると同時に不憫にも思えてくる。
だって、俺は奴の誕生日を知らない。
「あの、椎は…椎の誕生日は、いつなんだ?」
19本に一遍に火を点すのはなかなか難しいらしく、
ローソクから目を離さずに、作業を続けつつ椎が答える。
「俺はもう終わった。4月だから。4月11日。あ…もしかして、気にしてるとか?」
消えてしまった箇所を点けなおし、最後の一本に点け終わったところで、
かがめていた腰を伸ばした。
「俺は、玲二がいてくれるだけでいいんだけど、もし気にしてるなら…
そうだな。もっともっとキスが欲しいかな」
真顔でそう言って、壁の電気のスイッチをオフにする。
ローソクの光だけになり、周りのものが濃いオレンジに浮かび上がる。
「もちろん、それ以上も」
揺れる光のせいなのか、椎が頬を染めているように見えて、俺はグッと来てしまった。
なんでもしてやりたい気持ちになる。
「誕生日おめでとう」
椎が微笑んで、俺は気持ちの盛り上がりが表に出るのを抑えつつ、「ありがとう」と返した。
「割と消えやすいから、早く吹き消して」
「あ、ああ」
言われて、思い切り息を吸い込みローソクに向かって息を吹きかける。
全部の炎が消えると、椎が「おめでとう」と繰り返し、電気を点けた。
「さあ、食べよう」
椎は、炊飯器の蓋を開けて茶碗に飯をよそってくれたが、俺はすぐには動けなかった。
何気に股間を隠しつつ、体を前のめり気味にしてゆっくり動き、どうにか席に座る。
勃ってしまった。
とは言えない。
落ち着け、落ち着け。息子に言い聞かせる。
「どうした?」
怪しい動きの俺を、不思議そうに見ながら椎が話しかけてくる。
「いや、なんでもっ。ちょっと感動して」
ここで悟られでもしたら、奴は近づいて来てあんなことやこんなことを…
俺だってしたいことはしたいけど、寝てしまったらまた二、三時間、食事が遠ざかってしまう。
かなり腹が減ってるし、椎に何度も食事の支度をさせたくない。
おさまれ。鎮まれ。何か真面目なことを考えれば…
俺は、惑星の並び順だとか、円周率を覚えている限り頭の中に羅列してみたりだとかして、
なんとか自分の中の欲望を抑えることに成功した。
ふぅ。
密かに安堵の溜息を吐くと、飯を食べ始める。
どうやら椎は気づいていないようだ。
奴がビールを開けて、俺のグラスに注ごうとしていたので、
「ちょっとだけでいい」
数センチが注がれたところで止めて、それを取り上げ、残りを奴のグラスに注ぐ。
二人してグラスを持ち上げ、
「乾杯」
チンと鳴らした。
「おめでとう。これで俺と同じ十九歳かぁ」
奴が感慨深げに呟き、続けて言う。
「これで玲二は晴れて酒が飲めるし」
ん?
「いや、飲めないって」
俺は笑って手を振った。椎が俺のリアクションなど気にしない様子で続ける。
「煙草も吸えるし」
だから、
「吸えないだろ」
なんかツッコんでしまう。
「選挙権も手に入れたし」
「入れてねぇ」
「車の免許も取れる」
え。
「いや、それは昨日だって取れたはず」
「パチンコもできる」
「それだってできてたっつーの」
まだツッコませるか?
「それにエッチも知ってるし、立派な大人だ」
「はは…」
俺は、思い切り乾いた笑い声をたてた。
どんな会話だ。どれが真実でどれが嘘なんだか、支離滅裂でわけが分からない。
それにしても…十九になった感想って言うか感慨って、あんまないな。
今までの誕生日とあまり変わらない。
大人に一歩近づいた気はしないでもないけど、
でもどんなのが大人なのか定義づけも全然できない。
ただ今までの誕生日と違うのは、一人暮らしをしてて、椎と付き合ってるってことだろうか。
食事が終わると、俺たちはいつものように二人で後片付けをして、コーヒーを淹れた。
ケーキを切り分け、二人で食べる。
うまそうに口に運ぶ椎を見ていたら、まだちゃんと心からの礼を言ってないことに気づいた。
「椎…あの」
「ん?」
「ありがとな。マジで嬉しいよ。誕生日を祝ってもらえるとは思ってなかった」
俺がいつになく改まった言い方をしたからか、椎はちょっと照れくさそうに伏目がちな表情をした。
「そんなに喜んでもらえるとは思わなかった。
だって、好きな人の誕生日が大事なのは当たり前だろ」
目から鱗っていうか、俺は記念日とかに疎くって、今までそんなふうに考えたことがなかった。
付き合うのが初めてだからしょうがないか…。
と、自分の不甲斐なさに面と向かうのがつらいので、そういうことにしておく。
「ケーキ喰ったら、一緒に風呂入って、それからしよう」
椎が普通の顔で言って来て、俺は結局別の不甲斐なさと面と向かうことになった。
思い切って、口にしてみる。
「…俺さ、椎より体力ないのかな」
「え、なんで」
「した後、いつもすぐに猛烈眠くなる」
ほんと、あれはおかしいんじゃないかと、自分で思う。
イッたら(二回イケたときもあったけど、とにかく行為の後すぐに)眠くなって、
芯から寝てしまうなんて、若者じゃないみたいだ。
「うーん。アレの後寝てしまうこと自体は珍しくないけど、玲二の場合毎回必ずだし、
相当眠りも深いみたいだし…でも、体力がないわけじゃないと思うよ」
「起こしてくれてもいいのに」
前にも言ったけど。
椎は、苦笑するような表情をしてから、言っていいのかどうか迷いつつという感じで聞いてきた。
「玲二、ひょっとして自分がどれだけ眠りが深いか知らないのか?」
「……」
どんだけ深いってんだよ。
「俺が体拭いたとき、拭き始めてから拭き終わるまでピクリともしなかったぞ」
それって、初めてのときのことだろうか。
「そ、そうか」
「あのときだけじゃなくて、いつもだけど、何しても起きないし」
何しても…?
「って、何してんだよ。いつも」
「あ、いや。何にもしてないよ、何にも」
笑いながら手を振る椎を、じとっと見る。心当たりがある。
「寝てる俺の中でぶちまけたり?」
椎はブッと噴き出して、それからばつが悪そうな顔で見た。
パンッと音をさせて手を合わせ、俺の前で頭を下げる。
「ごめんっ。あれは、あの後むちゃくちゃ感じて来て我慢出来なかったんだ」
椎がオモチャを持ち出して来てヤったあの日。
終わってからやっぱり眠ってしまった俺は、数時間後に起きて超ビックリすることになった。
起き上がろうと体を起こしたら、後ろから大量の精液が流れ出たのだ。
あの時、椎が中出ししたのは一回きりの筈なのに、
とてもそんな量ではなく俺は眠っている間に奴が出したのだとすぐに悟った。
起きて椎を呼んだが、その時、椎は珍しく出かけていていなくて、一人で処理したのだ。
「何もしないって言ったくせに、バカッ、変態っ、鬼っ」
「だからごめんって。玲二の中むっちゃ気持ちよくて…つい」
頭はペコペコ下げるくせに顔は笑っていて、反省しているのかどうか…不謹慎な奴だ。
そのうち笑いが引くと、椎は黙って何かを考え込むような仕草をした。
どうしたのかと見ていたら、顔を上げて切り出す。
「玲二。俺…ちょっとだけ思ったんだけど」
「ん?」
「思ってはみたんだけど、あんまりそうは考えたくなくて…」
「なんだよ。ハッキリ言えよ」
「初めてのとき、玲二、失神するみたいに寝ちゃっただろ?」
初めてのとき。
なんだか、もうずっと前の出来事のように思える。
「ひょっとして、トラウマになってるのかも知れないって。
そのせいで、終わったらいつもすぐ眠くなるのかも、って」
俺は、椎の言っていることをよく考えてみようとした。
自覚は全然ないけれど、その可能性について。
「もしそうだったらごめん。俺がひどくしたから…」
確かにあのときは、ものすごくショックで、
ボロボロにされてヨレヨレになったような気がしたけれど、でも、
今はあの最中は気持ちいいし幸せだと感じることもある。
本当に椎の言うようなことがあるのかどうか、
あのとき俺の中にそんなものが生まれたのかどうか、見極めようとしてみる。
その間も椎は喋り続けていて…
「なんか俺、取り返しのつかないことをしたんじゃないかな。
あの時の俺は、玲二に近づきたいばっかりで、他には何も考えてなかった」
知らなかったけど、どうやら後悔しているらしい。
トラウマってことは、つまり精神的ダメージを受けていて、そのせいで、ってことなんだろう。
でも俺はそんなふうには、どうしても思えなくて、首を横に振った。
「いや、そんなことってあるとは思えない。
俺、多分そんなヤワじゃないし…トラウマだなんて大げさだよ。きっと違うと思う」
なるべく明るい口調で言ったが、椎は依然浮かない顔をしている。
俺はケーキの続きを食べ始めた。
「気にするなって。ちょっと体力なさ過ぎ、と思って落ち込んでたけど、
話してたらどうでも良くなってきた。それに、別に眠くなること自体はいいんだ。
ただ、その…続けて何度もは出来ないから、椎が物足りないかな、と思って」
奴が驚いた表情で、俺を見た。
「なんか俺、今愛を感じた」
そう言って、むちゃくちゃ嬉しそうにした椎はもういつもの雰囲気に戻っていた。
そしてケーキを口に運びながら、なにか思いついたのか、「そうだ」と言う。
「玲二、ひょっとしていつも寝る前にオナニーしてた?っつうか、してから寝る習慣があった?」
「そ、そんなのたまにしかしてねぇよ」
「…そっか。じゃあそのせいとは違うな。イったら寝るって癖がついてるんじゃないかとも思ったけど」
俺は笑った。それから釘をさす。
「もういいよ、その話は。それ以上分析されてもたまらない」
俺の性癖をどこまでも探られてしまいそうだ。
そのとき、椎の携帯が鳴った。メールの着信音。
奴がチェックして、つまらなそうに言う。
「なんだ。携帯会社からだ」
それを聞いて、俺もなんとなく自分の携帯を見る。
あれ、なんか来てる。
俺は、メールのマークに気づいて開けてみた。
送信者は、なんとおふくろで、受信時刻はバイト中の時刻になっていた。
そういえば、今日は全くチェックしてなかったから…
おふくろからメールだなんて、珍しい。
『誕生日おめでとう。たまには帰って来なさい』
……。
「なんか来てた?」
「あ、うん。おふくろから」
「なんて?」
「誕生日おめでとう、と、たまには帰って来いって」
椎は、母と子のやりとりってそういう感じなんだ、と思ったようで、感心した様子で呟いた。
「へぇ。良かったな」
だけど、うちは普段こんなコミュニケーションのとりかたはしない。
おふくろからメールなんて、確か携帯をお互いが持つようになったとき、
試しに送受信し合って以来だ。
メール、あんまり得意じゃない筈なのに。頑張って打ったんだな。
なんか、じわっと来る。きっと離れてるから余計に。
何事もなく、「おめでとう」も言われることなく過ぎていくと思っていた誕生日。
予想外の嬉しい日になった。
適度な力を込めて、頭皮をマッサージするように洗う。
髪の生え際や耳の後ろも入念に、泡が顔の方へ垂れないよう気をつけながら。
いつも体を洗ってもらっているお返しに、椎の頭をシャンプーしてやった。
さっき何でもしてやりたいと思った気持ちを、実行に移している形だ。
不器用だし、あまり細かいことに気を遣えない性質なので、
気持ちよくしてやれているのか分からないが、
椎は前の鏡を見ながら悪くない感じで座っている。
鏡の中の俺の顔をじっと見て、目を合わせよう合わせようとしてくるので、なんか笑える。
「そんな見るなって」
「だって好きなんだ」
そうして笑い返す椎の髪は、柔らかくて気持ちいい。
前髪に長さもあるので、何気に遊んでみる。
「まさか玲二に洗ってもらえるとは思わなかったな。
もう今すぐ押し倒したいくらい嬉しいけど、玲二風呂では嫌だって言うし、
ここで寝られてもなんだし、我慢する」
うん。そうしてくれ。
「って、何やってんの」
お約束のアトム。
椎が鏡の中の自分を怪訝そうにじっと見た後、ニッと笑った。
「俺も玲二の髪洗う」
アトムのままやおら立ち上がって、シャワーの栓をひねると、頭上から俺に浴びせる。
「うわっぷ」
顔も何もお構いなしにかけて来て、目や鼻や口に湯が入りまくる。
「こら椎!ぶぷっ」
怒ってもやめようとせず、とりあえず俺の髪全体が濡れたところで、
シャワーを出しっぱなしのままフックにかけて、次はシャンプーを振りかけて来た。
両手でワシャワシャと髪をかき混ぜるようにして泡立てる。
頭がぐらぐらと揺れる。泡が垂れて目に入り、何も見えなくなる。
「ちょっ、椎っ!待てっ。目に泡が」
椎がいた方向へ手を伸ばす。
その手を掴まれ、次の瞬間には唇に奴の唇を感じた。あっという間に塞がれる。
「んっ、し…」
鼻でしかまともに呼吸できないのに、風呂の中は蒸気で満たされている上に、
髪から垂れてくる湯が入って来るので苦しくなり、キスしつつ必死で呼吸もする。
唇が離れると、椎は俺の後ろに回って俺を抱き締めつつ前へと押し出した。
俺は慌てて手の甲で目の泡を拭った。
見えるようになった、と思ったら目の前は壁で、
「わっ」
ぶつかりそうだったので俺は思わずそこに両手をついた。
って。
「え」
何この体勢。
嫌な予感に襲われ後ろを振り返ると、椎が俺の首筋に口づけする。
「玲二…もう我慢できない」
「あっ」
言いながら、指を後ろに入れてきた。お湯や泡で濡れているせいか、自然に入ってくる。
「や…嫌だって…」
風呂でするのは嫌なはずだった。
でも、立ったまま後ろからというシチュエーションは初めてで、椎が指の出し入れを始めると、
もう俺のモノはとても拒める状態じゃなくなっていた。
「あっ、あっ」
椎が右手を後ろから回して俺を抱きしめ、体を密着させつつ、
入れた左手の指で俺の感じるところを擦るようにする。
「ここ、いいよな?」
指に力がこもり、強く擦られ、背中が仰け反る。
「ああっ!」
椎が俺を抱きしめていた右手で乳首を触る。
「あっ、んっ」
むちゃくちゃ感じて、俺のモノの先端から先走りが溢れる。
椎が指を増やしたらしく、後ろが大きく開かれキツくなるのを感じた。
指はもう何本入っているのか分からない。
ザーッというシャワーの音に混じって、ジュブ、ジュブッというやらしい音が響く。
「玲二の中、もうトロトロだよ」
椎が後ろから指を抜き、自分のモノを押し当て、挿入して来た。
「あ…椎…」
奴が、馴染むまではゆっくりと、馴染んでからはスピードを速めながら、
尻に向かって打ち付けてくる。
「あっ、んっ、ああっ」
俺も、奴の動きに合わせて、腰を突き出すように動かす。
でも。これはこれで気持ちいいんだけど…
「椎、椎、ちょっと待て」
俺が言うと、椎は動きを止めた。
「どうした?」
心配そうに聞いてくる。
なんかこの体勢だと壁としてるようで、気持ちがマックスまで盛り上がれない。
椎が息を乱したまま、俺の言葉を待っている。
恥ずかしいけど、思い切って言う。
「椎の顔…見たい…」
それを聞いた椎が、後ろから強く抱きしめて来た。耳元で囁く。
「じゃあ、ゆっくり後ろに下がって」
入れたままの状態で、二人一緒に後ろに下がった。
そのままバスタブの縁に腰かける。
「玲二、回れる?」
「ん」
俺は、右足を折り曲げて腹につけるようにして、右回りに動いた。
繋がったままの後ろが外れないように、ゆっくりと。
椎が、手助けしつつ体を最大限に後ろに倒して、俺の右足を通してくれる。
これで椎と向き合えた。俺は椎の膝の上に足を開いて乗っている体勢になる。
回ったせいか、入り口の辺りが疼きを感じてたまらない。
「ご対面」
ほっとしていたら、椎がニッと笑って、下から突き上げるように腰を動かした。
「あっ!」
上に乗っているせいか、いつもより奥まで届くような気がする。
思わず椎の首に抱きつくと、
「そのまましっかり持ってて」
奴が言うなり、俺の尻を抱え持つようにして立ち上がった。
何をするのかと思ったら、立ったまま突き上げ始める。
「あっ、あっ」
「手が外れると危ないから、ちゃんとしがみついて」
椎が、膝の曲げ伸ばしで弾みをつけつつ、自身のモノを奥まで打ち込んでくる。
奴の言う通りにするけれど、尻が浮いているからか、抜き挿しが今までのどの体位よりも大きく、
また深くて、どんどん気持ちよくなって来て、力が抜けそうになる。
「はっ、ああっ。椎、落ちる」
訴えると、椎が俺を一度抱えなおした。
俺も腕に力を込めなおし、足で奴の胴を締めつけるようにし、お互いが体を出来る限り密着させる。
椎がまた同じように突き始めた。
「あっ、んっ、ああっ」
摩擦と奥まで届く気持ちよさで、どんどん登りつめていく。
「…椎っ、椎っ、すごい、俺もう」
「ああ…俺も」
椎もキツそうな顔をしている。俺は椎の唇に自分の唇を重ねた。
「んっ、んっ」
どちらからともなく声が漏れ、これ以上ないくらい感じる。
「イクっ」
俺は、ほどなくしがみついたままの状態でイった。
次いですぐに、椎が俺の体重を太ももに乗せるようにして、果てた。
イった後の余韻で、いつまでも後ろがヒクつく。
椎は、俺を抱いたまま、もう一度バスタブの縁に腰を下ろした。
もっと触れ合っていたかったけど、すぐに猛烈な眠気がやって来るに違いなく、
俺は椎を離れようとした。
ところが、
「このまま寝てもいいよ」
奴は手に力を入れて、降ろさせてくれない。
「駄目だって。頭泡だらけだから洗い流さないと…
それに濡れてるからタオルで拭いたり、運んだりしないといけなくなるだろ」
お前が。
「俺は玲二の世話をするのが大好きなんだって言っただろ?
馬鹿力だから玲二を運ぶくらいなんてことないし」
ああ。知ってる。
俺は最初のときのことを思い出して、ちょっとだけげんなりした。
「だから、このままここにいて」
ぎゅっと抱きしめられてじっとしているうちに、やっぱり眠気はやってきた。
スーッと静かに、でも確実に。まぶたが重くなる。
「椎…」
「ん?」
椎の肩に頭を預ける。
「寝てる間の」
ああ。眠い。寝てしまう。
「中出し…禁止…」
椎が声をあげて笑った。
「アハハ。分かった」
もう寝る…。寝る―。
「おやすみ、玲二」