トラベリング 前編
神戸に着いて車から降りると、空は曇ってどんよりとしているものの雨は降っていなかった。
時計を見たら、朝の九時を少し回っている。
朝食は、来る途中にファミレスで摂ったので、今日泊まる予定のホテルの駐車場に車をとめて、
俺たちはそのままそこから観光を始めた。
梅雨の真っ最中だけれど雨が降っていないので、傘を差さなくてもいい身軽さに、なんとなく気分も軽くなる。
「梅雨の晴れ間ってやつだな」
俺が椎を見て言うと、
「だろ?」
と返してきて、笑った。
言った通りだろ?と言いたいらしい。
たまにだけど日差しもさしたりして、そのときには水溜りや残った水滴に光が反射して綺麗だ。
確かに、椎の晴れ男効果が表れているような気がしないでもない。
そんな天気の中、異人館の建ち並ぶ北野周辺を見てまわった。
いくつかの建物に入って見学して外へ出、ある洋館の前に立ったとき、
ふと視線を感じて、顔をそちらに向けると、椎がデジカメを構えている。
「いいよ。撮らなくて」
俺が一人でいる写真撮ったってしょうがないと思って言うけれど、椎は構わずシャッターを切った。
「椎も撮ってやるよ」
と手を出してカメラを要求したが、渡さないまま、
「俺が一人でいる写真撮ったってしょうがないだろ」
俺が思ったことと同じことを言う。
「それは俺だって一緒だろ」
椎の持っているカメラにこちらから手を伸ばすと、スイッとよけられた。
なんでだよ。俺の一人の写真より、椎の一人の写真の方が断然画になるに決まってるのに。
と思っていると、真剣な顔で俺を見る。
「俺の写真、大事にいつも持ち歩いてくれるってんなら、渡すけど」
俺は、椎の言葉にポカンとした。
ただ写真を撮ってやろうとしただけなのに、なんでそんな条件を呑まなきゃならないんだ?
「なんだよ、それ」
言われてみれば、俺は椎に関するものを持ち歩いたりしていない。
なんかそういう、外人っぽい感覚はよく分からないのだ。
写真見て、その写真にキスしたりとかしたことないし、したくない。
それに引きかえ、椎は携帯に俺のデータを、たくさん入れているらしい。
以前消せと言ったにも関わらず、どうも増えているみたいだ。
「あの、お撮りしましょうか?」
俺たちがモメているように見えたのか、困っているように見えたのか分からないが、
建物の前にいた受付の女性が気遣って声をかけて来る。
椎がその言葉に反応して、満面に笑みを浮かべた。
「ええ。お願いします」
そして、彼女に向かってカメラを差し出し、洋館をバックに、二人を撮ってくれるように頼んだ。
その流れの中、
「ほら、玲二」
と立ち位置を示され、ごちゃごちゃ言うわけにもいかないまま、俺は椎とカメラにおさまった。
カメラを受け取り、礼を言って歩き出してから、横を見たら椎がものすごく嬉しそうな表情をしている。
『上機嫌』が滲み出ていて、何がそんなに嬉しいのかよく分からなかったけど、
奴が嬉しいんだからいいか、という気分になった。
その後も、いくつか洋館を見たが、どの建物もかっこよくて、
俺は家の造りを見るのが好きなので結構楽しめた。
見所と見所の間は坂が多く、距離が短くてもたくさん歩いた気になる。
土産物の店も覗いたりしていたら、もうすぐ昼という時間になり、
この後は港の方に行く予定だった俺たちはバス乗り場に向かった。
ここから港までバスが出ているのだ。
バス乗り場に向かう途中で、ある建物の前に人だかりがしているのが目に入る。
なんだろうと立ち止まり、見ていたら、そこにいた人たちは皆正装していて、
どうやら結婚式があるようだった。
花嫁さんがいたらちょっと見てみたいと思い、そのまま足を止めていたら、
結婚式の進行役らしき人に声をかけられた。
「すいません。お急ぎでなかったら、新郎新婦が出て来たときに、
これを二人に振りかけてあげてもらえませんか?」
俺たちに何かを差し出す。
別に急いでいるわけでもない観光客の俺たちだったので、それを受け取り見てみたら、それは米だった。
俺と椎の手の平にそれぞれ米粒が一つまみ分、乗っている。
「米!?」
と驚いていると、椎が笑って説明した。
「確かライスシャワーって言って、お祝いで新郎新婦に振りかけるんじゃなかったかな。俺も初めてだけど」
「へぇ」
米を振りかけられるって、めでたいんだろうか…
それをじっと見ていたら、建物の中から新郎新婦が出て来て、場がざわめいた。
そっちに目をやると、主役の二人が親戚や友人に祝福されて、
ライスシャワーを浴びながらゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。
だんだん近づいて来て、目の前まで来たとき、他の観光客に混じって、
俺たちも祝福の言葉を口にしつつ、それを振りかけた。
花嫁さんはとても綺麗でウェディングドレスが華やかで、
新郎の方もかっこよくキメつつも頬が緩んでしまっていて、どちらも幸せそうな笑顔が印象的だった。
ライスシャワーが終わった後も、二人は知人と談笑しながらそこにいて、その姿を見ていたら、
椎の小指が俺の小指にそっと絡んできて、俺はその横顔を見た。
すごく真剣な顔で、この場の光景を見つめている。
俺が椎から二人に視線を戻すと、絡んだ指に力がこもった。
俺も力を込め返す。
何を思っているのだろう。
何も話さなかった。絡めた小指だけが、熱くなっている。
今にも輝きだしてしまうんじゃないかと思えるほどに。
しばらくして、
「行こうか」
椎が言って、
「ああ」
指を解くと俺たちはまた歩き出した。
バスに乗って港の方へ行き、昼にイタリアンの店に入る。
俺は、また酒を飲まされるんじゃないかと思ったけれど、そんなことはなく、
椎はメニューのアルコール類には目もくれず、ソフトドリンクのページを開いた。
そして、「飲み物はどれがいい?」と聞いてくる。
俺は、なんとなく助かった気分で言った。
「水でいいよ。椎はビールでも何でも頼んでいいから」
それを聞いて、奴が頷く。
「二十歳になったんだから、一口だけでも飲んで欲しい気もするけど、
ここであえて飲まないってのも、玲二らしいかもな」
それから小声で、ポツリと付け加える。
「飲むとヤりづらいし」
何っ!?
「なんだよそれっ」
「いや、そのまんまの意味。酔っ払ってる玲二、俺、なんか抱けないもん。
ヤる前に寝られても困るし」
俺は、顔がかあっと火照ってくるのを感じた。
それから慌てて回りを見回す。
こんなとこで、なんてこと言い出すんだよ。
幸いなことに、隣は空いていたし、席と席の間は離れていて、
今の椎の言葉が他のお客さんに聞こえた様子はなかった。
ホッとした後、何にするか決めようとメニューに見入る。
と、あるピザの名前が目に止まった。
顔を上げて、椎に聞く。
「アンチョビって何だ?」
俺は、アンチョビピザと書かれた部分を指差した。
椎がそこを見て、「ああ」と言って教えてくれる。
「カタクチイワシを塩漬けやオリーブオイル漬けにしたものだよ。イタリア料理によく使われる」
「ふーん。うまいのか?」
「うまいよ。俺は好きかな」
椎の顔を見た後、俺は、もう一度メニューに目をやる。
「じゃあ、俺、このアンチョビピザにする」
俺が決めると、椎も自分のピザを選んでオーダーした。
しばらくすると、それらが運ばれてくる。
俺は早速アンチョビピザを一切れ手に取って食ってみた。
そして、あまりのうまさに驚いた。こんな味初めてだ。
「これ、メッチャうまい」
コクがあって、ちょっとしょっぱくて凄くいい味がする。
「へえ。そんなに?」
「うん。椎も食ってみ」
俺は、一切れ取って、椎の皿に置いた。
椎が代わりに自分のピザを一切れ、俺の皿に置いてから、アンチョビピザを口に運んで、頷く。
「ほんと、うまいな」
「俺、これから好物を聞かれたら、アンチョビピザって答えよう」
俺が言うのを聞いて、椎が笑った。
「マイナーだなぁ」
昼を軽く済ませて店を出て、途中で食べ歩きの出来るものを買って食べながら歩く。
店にあったのでもらって来た、チラシのようなガイドマップを見ると、
片隅に『あじさいは、神戸の市花です』と書いてあった。
花に興味がなかったけど、意識して見てみたら、確かに道の脇にあじさいが咲いている。
梅雨の合間の曇天の下、湿った空気のせいか、しっとりとして色も開き具合も良くて、
これが桜なら満開のいい時期に来た、という感じだった。
そうして、歩きながら何気にあじさいを見ていたら、花に水滴が当たって揺れ始めた。
「椎、雨だ」
俺が言うと、
「あれ、ほんとだ」
椎が意外そうに、空を見上げる。
自分は晴れ男だからと自慢げに話していた椎。
傘、きっと持ってないよな。俺も持ってない。
と椎を見たら、奴は慌てた感じも困った様子も見せず、おもむろに自分の鞄に手を突っ込み、
底の方をゴソゴソと探って、
「実は一本だけ持ってきた」
折りたたみ傘を取り出した。
「ええっ。あれだけ晴れ男だって豪語してたのに、持って来てたのか?」
思わず、それが悪いことのような言い方をしてしまう。
あんなに自信ありげだったから、持って来てないと思っていた。
椎が何食わぬ顔で頷き、傘を広げ、俺に差し掛ける。
「保険で。だって玲二を濡らすわけにいかないし。それに、夢だったから」
「何が?」
「相合傘」
俺は、差しかけられた傘に当たる、雨のポツポツという音を聞きながら、椎をじっと見つめた。
「ちょっと降って欲しい気持ちもあったんだ」
椎がそう言って、嬉しそうにする。
「相合傘は恥ずかしくないだろ?『傘がないんだな』と思われるだけで、別に男同士だって不自然じゃないし」
椎が首を傾げながら、俺の顔を覗き込むようにして聞いてきて、俺は「そうだな」と答えた。
雨が降っても降らなくても、どっちでも楽しめるんだな。そういうとこ、感心するよ。
小雨の中をそのまま相合傘でしばらく歩き、ふと目をやったら、椎の肩に雨がかかっている。
「椎、濡れてるぞ」
俺は、傘をグイッと椎の方へ押した。
「玲二だって濡れてるよ」
椎が押し返す。
とかってやってるうちに、次の目的地に着いて、傘をたたんだ。
そこを見て外に出るころには、雨はやんでいて、その後も降らなかったので、もう傘の出番はなかった。
曇り空のおかげで、気温が上がって暑くなることもなく、気持ちよくいろんな場所を見て回る。
「夜は神戸牛を食べたい」
という椎の希望で、夕飯の時間になると、俺たちはステーキの店に入った。
でも、実は俺、いい肉をたくさん食べると頭痛がしてくる体質だったりする。
以前、飛騨牛をたくさん食った時、しばらくしてから死にそうに頭が痛くなった。
それから、親戚から送られた何とか言うブランド牛を食った時もだ。
それ以来、ちょっと警戒している。
「そんなの初めて聞いた」
「初めて言った」
「前もって言ってくれれば、違う店にしたのに」
「食べたくないわけじゃないから。後が怖いから控えめにしてるだけで、ちゃんと味わってるし。
美味いし。椎は遠慮しないで食っていいよ」
俺に言われる前から肉をどんどん口に運んでいた椎は、手を止めて不憫なものを見る目をした後、残念そうに言った。
「二人でいい肉たっぷり食って、ガンガンヤろうと思ったのに」
俺は、慌てて椎の口を塞ぐ。
聞かれるってっ!
そんなふうにして、外で食事を済ませた後、いい具合に歩き疲れてホテルへと辿り着く。
フロントで手続きをする椎の横にいたら、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。
「ダブルのお部屋で承っておりますが、間違いございませんか?」
俺は驚いてハッとし、椎の顔を見る。
隣で椎がにっこり笑って頷いた。
「ええ」
なにーっ!?
「お前っ」
後ろから小声で怒る。
「いいだろ。知ってる人がいるわけでもないし。旅の恥はかき捨て」
な、なに明るく言い放ってるんだよ。
知ってるとか知ってないとか関係なしに、男二人でダブルルーム予約すること自体が恥ずかしいんだよっ。
「旅館で布団並べてってのもいいと思ったんだけど、頑張ると膝痛いからやっぱベッドがいいかなって」
「……」
旅館でなくホテルを選んだ理由はそれだけなんだな。そして、ダブル…
俺は、かあっと熱くなった。
恥ずかしい。恥ずかしいけど、今さらどうしようもない。
小声で話してるつもりでも、バッチリ聞こえてる気もするし。
俺は、もう諦めの境地で、ただ目を逸らして俯いていた。
受付を済ませた後、部屋まで案内され、
「それでは、ごゆっくりお過ごし下さい」
ホテル側の人が去って二人になると、俺は部屋のチェックを始めた。
新しい建物に入ると、これをやらずにいられない。
どういう造りになっているのか把握しておかないと、気が済まないのだ。
部屋は、全体の内装が白を基調にした英国調で、落ちついた緑がアクセントに使ってあって、妙に高級感があった。
最初に目に入る家具はでっかいベッドで、うちのダブルベッドをもっと広くゴージャスにした感じのが置かれている。
そんなに大きなベッドがあるにもかかわらず、他の空間にも余裕があって、これは相当高い部屋に違いないと思えた。
なんだか分不相応で、胃が痛くなって来る気がする。
風呂は、白い円形のバブルバスで、二人どころか数人が同時に入れそうな広さだ。
窓からの眺めもいい。
バブルバスの説明書きを読んでいたら、椎が来て蛇口をひねり、バスタブに湯を張り始めた。
「一緒に入ろう」
後ろからそう言って、俺を抱きしめてくる。俺は、椎に聞いた。
「この部屋、いったい幾らしたんだよ」
「ネットで半額になってた。一人朝食付き一万五千円」
思ったより安かった。
「そ、そうか。すごいな」
なぜか椎のお手柄っぽい空気が流れ、つい誉めてしまう。
「掘り出しものだろ?」
嬉しそうに椎が耳の後ろで言葉を発して、吐息が首筋にかかり、くすぐったくて首を竦める。
「ベッドは広いし、バブルバスも付いてる」
続けて椎が耳元で囁き、俺は我慢できずに、声をあげて笑った。
「くすぐったいって」
訴えたが、椎は聞く気配を見せない。
「思う存分愛しあえるよ」
しつこく、しかもさっきより大量に息を吹きかけてくる。
「アハハ。やめろって」
耐えられなくて、地団駄を踏むようにすると、椎がおかしそうに笑った。
それから、俺のシャツのボタンを外しにかかる。
「あっ、ちょっ」
俺は、その手の動きを上から押さえて止めた。
「まだしない」
振り返って、椎を軽く睨むようにして言うと、
「脱がすだけ。だって、風呂入るんだし」
と、普通の事のように言う。
「自分で脱ぐよ」
「それじゃあつまんないだろ。俺が玲二を脱がすから、玲二は俺を脱がしてよ」
「……」
俺が黙っていると、椎が俺を自分の方に向かせ、ボタンを全部外してシャツを脱がした。
「今度は玲二」
そう言われて、椎のシャツのボタンを外し始めると、奴が俺の顔を覗き込むようにして、
ついばむようなキスをしてくる。
「ちょ、椎。やりにくいんだけど」
外す合間に、チュ、チュと唇に椎の唇が当たって、視界も遮られて、やりにくいったらない。
ボタンを外し終えて、椎のシャツを脱がすと、今度は奴が俺のズボンを脱がし始める。
カチャカチャとベルトを外す音が、情事の始まりを思わせて、かあっと体が熱くなるのを感じた。
椎が、ズボンと一緒に下着も脱がし、その後しゃがみ込んで俺の靴下も脱がすと、俺は全裸の状態になった。
椎がしゃがんだまま顔を上げて俺を見る。
「もうこんなになってる。服脱がしただけなのに」
「しょうがないだろっ。興奮するシチュエーション作ってんの誰だよ」
「まだヤらないんだろ?きつくない?これ」
って言われたって、抜くわけにもいかないし。
「お前が何もしなきゃすぐおさまるよ。いいから、脱がすぞ」
俺は、しゃがんでいる椎に立つよう促して、同じようにして奴の身につけているものを取り去り、
俺と同じ姿にした。
脱いだ服を椎が部屋に置きに行き、それから一緒にバブルバスに入る。
当然のことながら、いつもと違う風呂で、なんか新鮮だし下から泡にマッサージされてるみたいで気持ちいい。
そうして、二人並んでしばらくぼーっと浸かっていたら、椎が言った。
「玲二、ちょっと目を閉じて」
「え、やだよ。なんかする気だろ」
「何にもしないよ。なにもしないから」
真剣な顔でそう言われて、戸惑いつつも目を閉じる。
次に目を開けると、椎が横に手の平を合わせるようにして、間にふくらみを持たせて、俺の前に差し出した。
「なんだと思う?」
このシチュエーション、覚えがある。
俺は苦笑しつつ、椎の顔を見た。
「まさか、また『プレゼント』っつって、頭にリボンつけて飛び乗ってくるんじゃないだろうな」
俺は、ひょっとして来たときのために、少し身構える。
椎は、笑って「違うよ」と言い、ゆっくりと手を開いた。
中のものを見て俺は驚いた。椎の顔を見る。
「椎、これ…」
中には、銀色のリングが二つ入っていた。
椎の手の平の上に、コロンと寄り添うようにして輝きながら乗っている。
俺は、心臓がドキドキしてくるのを感じた。
「いつ買ったんだよ。こんなの」
「旅行行くことが決まってから」
それから椎は、リングのうちの一つを右手で持ち上げ、左手で俺の手を取ると、薬指にはめた。
第一関節までスッと通し、そこから先、丁寧に、少しずつ滑らすようにして、落ち着く場所まで移動させる。
今日の昼に見た光景が頭をよぎった。新郎新婦が笑顔で、教会から出てきたあの映像。
「嫌だったら、普段は外しててもいいよ。俺の前では出来るだけしてて欲しいけど。
それで、玲二、出来れば玲二にも俺の指にこれ、はめてもらいたい…」
椎が言うのを聞きながら、自分の左手の薬指におさまった銀色のそれをじっと見つめる。
すると、椎が喋るのを途中で止めて、
「やっぱ嫌だったかな。こういうの」
少し笑いながら、俺の反応を窺うように、俺の顔を覗き込む。
「これって」
「え…」
「そういう意味、なのか?」
なんとなく慎重になって、椎を上目遣いで見ながら聞くと、椎が「あっ」と叫んでから、笑って手を振った。
「深い意味はない。誕生日のプレゼント。揃いでつけてくれたらうれしいなぁ、と思って」
俺は、それを聞いて、もう一度リングに目をやって、
「そうか」
ちょっとだけホッとしたような、それでいて残念なような複雑な気持ちになる。
「ありがとう。嬉しいよ」
礼を言って、椎の手の平の上に残っているリングをつまみ上げた。
それから、椎の左手を取って、奴がしたのと同じようにして薬指にはめてやる。
その後、二人して左手を広げ、リングを眺めた。
やっと二十歳になったばかりの薬指には、まだ何か背伸びしているような雰囲気が漂って、
その結婚指輪のようなシンプルなリングが、しっくり来ているようには思えなかった。
「もう少し大人な指にはめたい指輪だな」
俺が正直な感想を言うと、椎ははにかんで、
「これが似合うようになるまで、そばにいてくれるだろ?」
と聞いてきた。
それを聞いて、胸がぎゅっと締め付けられる感じがする。
「そうだな」
幾つぐらいになったら、似合うようになるだろうか。
と思っていたら、椎が付け加えた。
「もちろん、それ以降も」
そう言って、俺を抱き寄せる。
それ以降…。いったいその頃、俺と椎は何をしているだろう。
「なんか、結局プロポーズみたいになってる」
椎が、おかしそうに笑った。
『これが似合うようになるまで、そばにいてくれるだろ?もちろん、それ以降も』
それがプロポーズの言葉だと言うのなら…
俺は、椎を真正面から見て、真剣に告げた。
「俺はお前とずっと一緒にいるって言っただろ」
もう何度も告げた気のする言葉だけど、また繰り返す。
椎は、じっと俺の目を見ると、少し首を傾げるようにして聞いてくる。
「誓う?」
「誓う」
頷くと、椎が自分の左手の平と、俺の左手の平を合わせた。
リングが当たって、カチッと金属質な音を立てる。
「俺も誓う。これからもずっと、玲二と共に」
椎が言って、唇を重ねてきた。
バブルバスの泡が弾けてボコボコと忙しない音をたてている。
唇が離れ、俺は、生まれては消える泡に目を落とした。
「誕生日、おめでとう」
椎が改まった調子で言ってきて、俺は「ありがとう」と返す。
そう言えば、もうだいぶ日が過ぎてしまったけど、この旅行は、一応俺の誕生日記念なのだった。
椎は六月六日の俺の誕生日に、手作りのケーキを焼いてくれた。
早いもので、付き合い始めてから、一年とちょっとが経つ。
「死ぬほど好き、もしくは殺したいほど好き。って言ってたあのころより、今の方がもっと好きかも」
椎が、例の殺伐とした言葉を口にして、
「あのときは、こんなにまだ好きになれるなんて思わなかった。…人の心の容量って、増えるんだな」
そんなことをしみじみとした感じで言ってきて、俺は笑った。
なんかまたムズがゆいこと言ってる。
と思いつつ、気持ち良くて寄り添ってじっとしていたら、椎が
「したい」
と耳打ちしてきた。
「ここで?」
「いや。出て、ベッドでしよう。俺、のぼせそう」
珍しく椎の方が音をあげて、俺にも出るように言って立ち上がった。
そして、風呂から出て、自分ではなく俺をタオルで拭くので、
「なんで自分を拭かないんだよ」
俺は笑って、椎を拭いてやる。
「だって、自分で自分を拭くのは、一人でも出来るだろ」
椎は拭き終わると、その大きなタオルを俺に巻きつけるようにしてから、俺を抱き上げ、そのままベッドに運んだ。
「これって、俺、簀巻きみたいじゃん」
なんかイメージ悪くて、途中で訴えると、椎が苦笑する。
それから、ベッドに下ろされた。
そして、その上で、大事なものを開封するみたいにバスタオルをめくって開けて、俺を上から下まで眺める。
「その見方、やめろ」
思わず足を閉じて、股間をなんとなく隠すようにしたら、椎が吐息する。
「かわいい」
「かわいい言うなって、言っただろっ!」
俺が怒鳴ると、椎は笑って首を傾げるようにする。
「だって、そう心から感じるんだから、しょうがないだろ」
「……」
しょうがないだろ、って、しょうがないだろ、って…
なんか、かあっと頬が火照ってくる。
そんな素直な態度に出られたら、何も言えなくなるだろーが。
「こんなに広いと、泳ぐようにエッチできるね」
椎が、ベッドを見渡して言う。
どんなエッチだよ。
と考えていたら、椎は俺の左手を引っ張って起き上がらせた。
キスをされるのかと思っていると、握った左手をそのまま自分の口の前まで持って行き、
指輪のはまった薬指を咥える。
咥えたまま出し入れをしたり、吸ってみたり舐めたりした後、中指に移り、また同じようにする。
それから、人差し指に移るとき、指の間の股の部分を舌で強く舐められて、ゾクッと来た。
「ゆ、指ばっか舐めんなってっ」
手を引き寄せようとするけれど、俺の手を掴んでいる椎の手は緩まない。
椎が、自らも感じているかのような表情で、続けておいしそうに舐めまくる。
指を舐められているだけなのに、どんどん感じてきてこれだけでイってしまったらどうしようかと不安になる。
椎が、俺の左手の小指と親指以外の三本を束ねて、まるでペニスを愛撫しているかのように舌を這わす。
それから、その三本を口に入れて目を閉じ、ゆっくりと奥まで咥えこんだ。
その動きが艶かしくて、結合部を思い出させ、思わず目を瞑る。
俺の左手は椎の唾液まみれで、椎が、音をさせながら咥えた指の出し入れを始めると、
目を閉じた俺の頭には、もう繋がった部分のイメージしか浮かばず、下半身が疼いてしょうがなくなった。
椎の唇が指の上を行き来する皮膚の感触にも感じて、
「んっ。椎っ、やめ…っ」
俺は手に力を入れたが、やっぱり離してくれない。
だけじゃなく、逆の手を素早く俺の股間に伸ばして来て、そこの状態を確認してくる。
「あっ」
指を口から抜き、椎が不敵に笑った。
「もうこんなにして。ほんと感じやすいよなぁ」
「お、お前が変な舐め方するからっ」
「いいよ。もっと感じて」
椎は、また指を舐め始める。
俺は、感じてビクッとなる体を抑えらず、手を引き寄せようとしてはそれも叶わず、ぎゅっと目を瞑る。
「なんでこんなに広いのに、ずっと指舐めてんだよっ」
そう言うと、椎が舐めるのをやめ、俺は目を開けた。
「今夜はじっくりエッチするから」
真面目な顔で奴が俺を見て、
「一晩中かけて」
決めているらしく、そう宣言する。
「一回イって寝ると、玲二、2、3時間寝るだろ。3時間したら起こすよ」
「なんで」
「もう一回したいから」
なんだよ、その計画的なエッチは。ヤる気満々だな…。
「そんなにエッチする必要があるのか?
俺たち、お互いの気持ちも分かってるし、精神的に満たされてんだから、
もうちょっと落ち着いてもいいんじゃないか?」
俺の言葉に、
「二十歳の誕生日を迎えたばっかの男の台詞とは思えないんだけど」
椎が、フッと笑う。
「それに、玲二の言い方だと俺だけサカってるみたいだよな」
そう言って、椎が、俺の手を離して、俺を押し倒すようにしてのしかかってくる。
「すぐ感じるやらしい体してるくせに」
そのまま唇を俺の唇に重ねて、こじ開けるようにして舌を差し入れてきた。
「んっ」
侵入してきた舌が、口中を舐めまわし、その間に椎の手が俺のモノの先端に軽く触れる。
「んっ!」
勃ちあがっていたそこは、それだけでとんでもなく感じた。
椎が唇を離して顔を上げ、乳首に顔を寄せ、咥える。
舌で弾くように愛撫してきて、
「ああっ」
快感が背中を走って、胸を思い切り突き出すようにしてしまう。
椎がチュッと吸い上げるようにして口を離し、立ち上がった胸の突起を、今度は指先で摘む。
「んっ」
それは硬く隆起していて、つねるように力を加えられると、刺激が腰にきた。
「ハッ、あっ」
「いい?玲二」
言ってから、左の乳首をまた口に咥えて舌で転がし、右の乳首の先端を指先で転がすようにする。
「いいっ、あっ」
もう、我慢できないくらい感じていた。
口と指先で次々乳首を攻められて、足がビクビクと震えて痺れたようになり、
俺のモノからは先走りが滴っている。
胸に吸い付いている椎の髪を掴んで、快感を耐えていると、椎が顔を上げて、唇を合わせてくる。
俺の舌を吸いながら、今まで吸っていた乳首に指を沿え、両の乳首を同時に転がす。
「んっ!んっ」
唇が離れると、首筋に顔を埋めて肌を吸い上げるように口付けをする。
「玲二…」
椎が呟いて、肌をさっきよりきつく吸い上げる。
「あっ」
キスマークをつけようとしているのが分かった。
「んんっ」
肌を吸っている間に、乳首を押されて仰け反る。
体が椎を求めて、欲しがって抑えられなくなっていた。
椎の腰に手を回して、グッと引き寄せると、椎のモノが俺のモノと触れる。
「欲しいの?」
「……」
黙っていると、椎がふっと笑う。
「もう少し待って。もっとキスマークつけたい」
そう言って、自分のモノを押し付けたまま、引き続きキスマークをつけつつ、手は乳首を弄んだ。
クリクリと転がされたり、潰すようにされて、
「あっ、あっ、ああっ」
体中が気持ちよさでいっぱいになる。
「はっ、ああ…もう」
腰がビクッビクッと揺れて止まらない。
俺の限界が近いのを見てとって、キスマークをつけるのをやめて、椎が顔を寄せてくる。
唇を合わせ、舌を差し入れて俺の口の中を舐めまわすようにしてから、俺の舌に押し付け滑らせる。
そうしながらも乳首から手を離さない。
「んっ、…んっ!」
唇を塞がれたまま、立ち上がった突起を指で弄られる。
「ふっ…んっ、んーっ」
俺のモノに押し付けられた椎のモノの硬さに、後ろの中が焦れたように熱くなる。
ソコがまだ満たされていないことが、ものすごくもどかしい。
まだイってしまいたくないけれど、でも、イきたい。
唇が離れて、思わず叫んだ。
「は、早く…ああっ!」
涙が零れて、それを見た椎が胸から顔を上げ、俺の目尻を舐めた。
「足りないの?どうして欲しい?」
分かっているはずなのに、椎が聞いてくる。
言えなくて黙っていると、椎は俺の足を開き、後ろのすぼまりを指で広げるようにしてから、
顔を寄せ、そこを舌で舐めた。
「や…ああ…っ」
唾液を塗すようにしながら、舌を挿し入れてきて、腰全体に甘い疼きが広がる。
次にそこに指を挿し入れ、何度か出し入れをして解した。
「玲二の中、ヒクついてる」
椎が言い、指を増やしてグッと押し入れる。
「んんっ」
そこが柔らかくなったのを見計らって指を抜くと、奴が俺の足を高く上げて、自分のモノを俺の後ろにあてがった。
「入れるよ」
椎が上からグッと体重をかけるようにすると、奴のモノが入り口を押し開いて、俺の中へと入ってくる。
「ああっ」
椎が腰を動かし始めると、俺の中は奴のモノでどんどん満たされていく。
「すっげぇ締め付けてくる」
「んっ、は…ああっ」
椎のモノが最奥まで進んで、俺が全部を飲み込むと、椎がもっと奥まで届かせようとするようにして強く突き始めた。
どんどんスピードをあげる。
「あっ、あっ、もう、イく…っ」
中が椎を締め付けて、奴もキツそうに眉を寄せる。
「玲二、聞かせて」
椎が何かを要求しているのが分かったが、もう何も考えられない。
「愛してる」
椎が教えるように言葉を呟いて、俺は同じ言葉を口にした。
「あ…愛してるっ」
「もう一回」
椎が息を乱しながら、俺を愛しげに見下ろしていて、俺はまた涙が零れるのを感じた。
「あっ、あ、愛して…るっ」
それを口にするのと同時に、ゾクッとする感覚が体を駆け抜け、腰が浮く。
「俺も、愛してる」
椎が、俺の口を唇で塞ぎ、次の瞬間、
「んーっ!」
俺は椎のモノを強く締め付けながらイった。
ついで俺の中で椎のモノが脈打って、白濁が注がれるのを感じる。
「玲二」
名前を呼ばれて、荒い息遣いのまま目を開けると、涙で視界が滲んで、椎の顔がぼやけて見えた。
また目尻を涙が落ちていき、それを手で拭う。
「愛してる」
と椎が優しく笑って俺の髪をかき上げ、額と目尻と頬に順にキスをした後、唇を合わせてきた。
「んっ、ふ…、ん」
舌を執拗に絡ませる濃厚でもって長いキスで、また勃ってきそうになるくらいの気持ちよさを感じる。
でも、そのうち眠気がやって来て、俺はその気持ちよさに身を任せながら、いつしか眠りへと引き込まれていった。
2010.07.05