トラベリング 後編






 「玲二」

 呼ばれて目が覚めた。

 椎が俺の肩に手を置いている。どうも俺を揺すっていたらしい。

 俺は、眠る前と同じで何も身につけていなかった。椎も同じだ。

 「ん」

 と椎を見上げて返事をすると「三時間経った」と言う。

 何のことだっけ。

 目覚めたばかりの働かない頭で考えつつ、ムッとしながら起き上がり、思い出す。

 「あー、するんだっけ」

 と言った後、ベッドの上に座った状態で、もう一度目を瞑った。

 眠りに吸い込まれそうになる。

 「れ・い・じ」

 椎に両頬を手のひらで挟むようにされて、眉間にしわを寄せた。

 だって眠い。

 「起きないと、勝手に入れて中出ししちゃうけど」

 その言葉にハッとし、一気に目が覚めた。

 「バッ、なんてこと言うんだよっ」

 「だって三時間後にするって、ちゃんと言っといただろ?」

 椎が言いながら、俺の太腿に手を置いて、体を寄せてくる。

 「もう一回したら、そのあとは朝まで寝てもいいから」

 そのまま、のしかかって来ようするので、俺は椎の胸元に手を置いて軽く押した。

 「ちょっと待て。その前になんか飲みたい。トイレも行きたいし」

 そう言うと椎が動きを止めて、

 「そうか」

 それ以上迫るのをやめた。

 俺はベッドを降りて、トイレに向かって歩き出す。

 「もう一回風呂入ろうか」

 椎が後ろから言ってきたので、

 「何で風呂?」

 途中で足を止めて振り返った。

 「風呂入ったらシャキっとするかと思って。せっかくのバブルバスに一回だけってのもナンだし」

 椎の言葉に、俺はちょっと考える。

 頭はだいぶ冴えてきていて、シャキっとさせる為に入る必要はもうないように思えたけれど、

 「そうだな」と了承してから、トイレに向かった。

 寝る前の行為で、体、汚れてるだろうし。

 用を足しながら、そんなことを思い、体全体を見て触れてみるが、何故か綺麗だしサラッとしている。

 思い出してみれば、いつもそうだ。

 ひょっとして、椎は今も終わった後、俺を拭いているのだろうか?

 始めの頃、そんなようなことを言っていた気がする。もうずいぶん前の話だけど。

 ……。

 あんまり深く考えないでおこう。

 トイレから出て飲み物を飲んだ後、また二人でバブルバスに浸かった。

 じっと浸かっていると、

 「くっついていい?」

 一応疑問形をとりつつ、でも俺が返事をする前に、手を伸ばして横から抱きしめてくる。

 「風呂の中であんまくっつくなって。のぼせる」

 「だってこうしたいんだ。気持ちいい…」

 首筋に唇を押し付けてくるのを感じて、目を閉じる。

 俺だって気持ちいいけど…やっぱのぼせそうだし、太腿になんか当たってる…

 それを気にしつつも、そのまま浸かっていると、椎が耳元で言った。

 「お互いの体で、体を洗いあいたい」

 お互いの体で体を洗いあう?

 俺は、言われた状況を頭の中で思い浮かべた。

 それって、つまり…人間スポンジ、みたいな…?

 かあっと顔が熱くなる。

 「そんな事、しない」

 ハッキリ言うと、椎がおかしそうに笑う。

 「なんで。気持ちいいよ。きっと」

 抱きしめられて、肌が触れたままの状態でそれを考えたら、

 石鹸のついた体と体を合わせたときの感触がなんとなく想像できてしまって、熱くなってきた。

 「しない?」

 椎がもう一度聞いてきて、俺は「しない」と繰り返した。

 椎が黙ってしばらく考えた後、

 「分かった。…今はしないけど、今度しよう。家の風呂でもいいし」

 そう口にする。

 しないって言ってるのに。

 相変わらず、自分がどうしてもしたい時は、人の話を聞かないよなぁ。

 俺は体全体が熱くなってきて、のぼせそうだったので、

 「もう出るから」

 顔を洗うと、立ち上がってバスタブを出た。

 すぐに椎も付いて出てくる。

 タオルで体を拭こうとしたら、椎がびしょびしょのまま後ろから抱きついてきた。

 「ちょっ、椎っ!」

 驚いて後ろを振り返り、叫ぶ。

 「待てっ。体拭いて、ベッドでしようっ」

 そう言っても、椎は離れず、手を伸ばして俺のモノに触れてきた。

 「ちょっ」

 指先で摘むようにされて、体がビクッと揺れ、思わず腰を引く。

 尻に椎の硬いモノが押し付けられる。

 俺は、俺の気持ちを無視しても進めようとしているその感じにムッと来て、

 俺のモノに触れている椎の手を掴んで言った。

 「待てっつってるだろっ!」

 「待てないっ!」

 俺のあげた声の大きさに呼応するように、椎も大きな声を出して言ってきて、抱きしめる腕に力を込める。

 「一秒でも早く、くっつきたいんだ」

 それを聞いて顔を歪めた。

 「お前なー」

 思わず呆れたような口調でそう口にした俺に、椎が、ちょっとムッとして言う。

 「玲二は知らないかもしれないけど、三時間は長いんだぞっ」

 え?

 俺は驚いて、その言葉を頭の中で繰り返した。

 そういえば。

 三時間、ずっと待っていた…んだよな。

 なんだかやけにくっついてくる感じだったけど、

 俺はまた、ただただくっつきたくなって甘えてるだけかと思っていた。

 「……」

 そうだよな。ただ待ち続けるだけの三時間は長いに違いない。

 もともとそういうの気がつく方じゃないし、椎もそういう文句を言わないから、忘れていた。

 俺はフーッと溜息をつく。

 「そういうことは、もっと口に出して言わないと、俺、鈍いから気づかないぞ」

 「本当は言いたくなかったけど、でも、またこんなにくっつきたいのは俺だけかと思ったら、

 理性が飛びそうになって」

 椎が、俺のモノに触れていた手を放す。

 どうやら、冷静になれたらしい。と思っていたら、いきなり、今度は俺の手を掴んで、

 勢いよく引っ張った。

 「わわっ」

 椎に手を引かれ、よろめきながら風呂を出てベッドまで行き、

 そのままの勢いで、二人してベッドに倒れこむ。

 思わず目を閉じ、再び目を開けると、俺は椎の上に乗りかかるような格好をしていて、

 椎は横を向いた体勢で、俺の下にいた。

 「もう、いきなり何だよ。ビックリするだろ」

 体にはまだ水滴がついている。

 「いいから、早くしよう」

 椎が待ちきれないように見上げる。

 「落ち着けって。まだ時間はたっぷりあるんだから」

 そんな椎を見下ろしながら、あれ、と思う。

 なんかこのシチュエーション、新鮮だな。

 俺は、半身を起こした。それと同時に疑問が湧く。

 そういえばいつも当然のように椎の下になってたけど、上側って、どんな感じなんだろう?

 セックスのときの体位は、これまで、俺が仰向けかうつ伏せかの違いだけで、俺の方が上になった事ってなかった。

 あ…、風呂で一回あったけど、あれは、上から椎を見たって言うのとは違うし…

 「椎、ちょっと試したいんだけど、いいか?」

 椎は、「えっ」という顔をした後、でも「何を」などとまだるっこしいことは聞かずに頷いた。

 「いいよ」

 俺たちはベッドの端にいたので、もっと真ん中で横になるよう椎に言って、

 奴がそうしたところで、上に乗り腰の辺りに跨った。

 上から見下ろすと、下から見上げていたのとは視界に広がる光景が、全然違った。

 なんだか、全部が見える。椎の体の造りや、肌つやの良さや、表情の一つ一つ。

 俺、こんなふうに見られてたんだ。

 椎が下から聞いてくる。

 「何。ひょっとして、入れてみたくなった?」

 その言葉に、そんなふうに思うかどうか考えてみた。

 俺は、首を横に振った。

 上に乗ったら、本能的に入れたくなるものなんだろうか?

 初めのころはそうしたいとチラッと思ったこともあったけど、実際に入れることにはやっぱり抵抗がある。

 今さら、椎に入れたいとは思わない。

 それに、なんか自分、攻めるの、向いてない気がするし。

 「じゃあ、どうして。まさか、騎乗位やってくれんの?」

 えっ。

 「まさか…って、やって欲しかったのか?お前、俺が積極的になるの嫌だとかって言ってなかったっけ」

 「言ったけど騎乗位は別」

 別って何だよ。

 椎は、ときどきそういう事を言うけど、その区別が俺にはよく分からない。

 まぁ、それはともかく、初めてだけど出来るだろうか。

 俺はそのまま、恐る恐る腰を落とした。

 後ろの入り口に椎のモノの先端が当たる。

 「大丈夫?ローションで慣らしてからの方がいいんじゃ…」

 「……」

 そうか。って、ローションなんかどこにあるんだよっ。

 「持ってきたのか?ローション」

 と聞くと、ばつが悪そうな顔をした。

 「ああっと…それが…忘れた。持ってきたつもりだったんだけど」

 持って来たつもりで忘れるなんて、椎らしくないミスだ。

 でも、しょうがない。ないものはないのだ。

 「ここに置いてないかな」

 「ラブホならありそうだけど、こんなとこじゃあ、ないんじゃないか?」

 二人の間に一瞬、沈黙が訪れた。

 やっぱ騎乗位はやめて、いつも通り…

 と思いかけたら、椎が手を伸ばして、俺の手を取った。

 そのまま、俺の右手の中指を口に咥える。

 寝る前のエッチの始めにしたように、指を次から次に愛撫しながら舐めて行き、

 俺の手はすぐに椎の唾液でベタベタになった。

 それから、手を離して奴が言う。

 「その指で、慣らすといいよ」

 「えっ」

 「俺がやってもいいけど、玲二が自分でやるって思ってるならローション代わりで。

 慣らさずにいきなりはつらいだろ?」

 言われて、俺は椎の唾液で濡れた指を見た。

 確かにその通りだ。

 ローションも解すのもなしでは、椎のモノを受け入れられそうにない。

 あ、でも、三時間前に一度解されて、入れられているから、解れやすいし、入りやすいかも。

 「ちょっと向こう向いてろ」

 俺が言うと、椎は、笑って視線を逸らした。

 俺は、一度椎を降りると、ベッドの上で立て膝をして足を開き、ちょっと躊躇いながらも、

 自分の後ろに指を当てた。

 入り口にあてがうだけで、挿入を予感した体が反応する。

 自分で入れるのは初めてだけど、いつも椎がしている事だ。

 俺は、思い切って、ぐっと力を込めて指を押し入れた。

 「んっ」

 後ろが指先を飲み込む。

 さらに力を加えると、ゆっくりと中へと入っていった。

 俺のソコは、風呂から出たばかりだからか、それともいつもそうなのか、熱くて柔らかく、

 指を包み込む弾力のある肉を感じた。

 ある程度入れた後、少し引き抜く。

 「あっ」

 中がビクビクと動いてつい声が出てしまう。

 何回かそれを繰り返すと、入り口が解れてきた。

 指に力を入れて、もう少し奥まで進める。

 思わず息遣いが荒くなり、ふと顔を上げると椎がじっと見ていて、顔が熱くなる。

 「見んなっ!」

 怒鳴ると、少し笑って目を閉じた。

 続けて指を増やし、中を広げるようにしながら解し終えると、俺は指を抜いて椎の上に跨った。

 椎のモノは、完全に勃起して上を向いてそそり立っている。

 「俺が入れるから、動かすなよ」

 硬く大きくなっているそれに手を添えて、後ろにあてがい、ぐっと腰を落とす。

 「んっ」

 俺のソコは椎のモノを飲み込み始め、椎が入れて来るときより、それを大きく感じた。

 その大きなモノが俺の中を押し開いていく。

 「ふ…、んんっ」

 自分で進めるのは、かなり思い切りが必要な行為だったが、少しずつ少しずつ、腰を沈めた。

 「んっ…、ああっ」

 やり慣れてないせいか、思ったよりキツくて、眉根を寄せる。

 それでも俺の体は、椎を確実に受け入れて行き、開かれる感覚と締め付けようとする感覚が、同時に体中に溢れた。

 体の芯が椎のモノで満たされて、背筋を痺れるような快感が駆け抜ける。

 「玲二、すっげぇエロい」

 椎のモノを全部咥えこみ、奥までいっぱいに広げられた俺のソコは、これ以上ないくらい感じていた。

 「中、むちゃくちゃ熱い」

 椎が言って、下から手を伸ばしてくる。

 その指先が胸の突起をつまみ、キュッと力を加えられて、体がビクッと反応する。

 「はっ、あっ」

 「後ろ…熱くて、トロトロだよ。でもって、ものすごく締め付けてくる」

 キツそうな顔をする椎の息遣いが、荒くなる。

 「はあ…ああっ、椎、もう」

 どうにかなってしまいそうで、訴えるように声をあげると、

 「玲二が動いて」

 と言われ、困惑する。

 上に乗った状態で腰を振ることに、少しだけ抵抗があった。

 でも、そのままその状態でじっとしてもいられなくて、俺は太ももに力を入れ、椎のモノを少し引き抜いた。

 「んっ」

 そして、また腰を沈める。

 「ああっ」

 たまらない圧迫感に、中がヒクヒクと蠢いた。

 その後、数回自分で挿出を繰り返したが、

 「椎、俺、もう…っ」

 ものすごく感じてきて体が痺れ、これ以上自分では出来そうになくて動かずにいると、椎が下から突き上げる。

 「ああっ!」

 自分の体重がかかって、突き上げられた後には、後ろが椎のモノをいつもより奥まで咥え込むのを感じる。

 「玲二…締め付けてる」

 「あっ…ああ…っ」

 勃ちあがっている俺のモノから雫が落ちる。

 「ンッ、ふっ、あ…っ!俺、もう」

 繋がった部分から聞こえるズプッズプッといういやらしい音と、ハッ、ハッという自分と椎の息遣いが耳を刺激する。

 椎が下から突き上げ続け、気持ちよさを体中で感じていると、奴が俺のモノを握った。

 「ふ…ああっ、マサユキ…」

 たまらない感覚が背筋を駆け抜け、俺がイきそうなのを見てとって、

 椎が体を起こし、俺を押し倒して体勢を変え、上になる。

 グッと改めて、椎のモノを奥まで入れられ、

 「ああっ!」

 いい所を突かれると、ものすごい快感が体を駆け抜けて背中が仰け反った。

 俺は椎の腰に足を絡め、首にしがみつく。

 椎は、その後、奴言うところの『ガンガンに突きまく』って来て、

 「ハッ、あっ、マサユキ、ああっ」

 「玲二、イきそう?」

 「あっ、イ…くっ、イ、くっ」

 俺は昇りつめて、

 「あああっ!」

 絶頂を迎え、同時に、椎も「ンっ」と小さく声をあげ、俺の中に吐精した。

 椎のモノが中でドクッドクッと脈打つのを感じる。

 「玲二…良かった」

 しばらくそのままの体勢でいた後、椎は荒い息遣いのまま耳元でそう囁いた。

 俺も、まだ心臓がドキドキしていて、息も整わない。

 そんな俺を見下ろして、椎が聞いてくる。

 「眠い?」

 迫りつつある眠気に意識をやって、俺は言葉もなく頷いて、椎を見つめる。

 椎は俺の左手に自分の左手を絡めて、俺を包むように体を合わせ、体重をかけてきた。

 まだ椎のモノは、俺の中に入っている。

 「玲二、俺を感じながら、眠って」

 椎が言ってきて、俺は笑った。

 「いいけど…中出し禁止だからな」

 椎も笑う。

 「分かってる」

 と言ってから、少し考えるようにして、付け足す。

 「でも、玲二のこと好き過ぎて、出ちゃったらゴメン」

 「バカッ。それ、分かってるって言わないだろっ。まったく、お前はっ」

 俺が怒ると、椎が、ちょっと弱ったような、甘えたような表情をして、

 「だから、そのときはゴメンって」

 と言って笑う。

 俺は、後ろに椎の存在を感じながら、目を閉じた。

 椎が、俺にだけ見せる顔。

 外では、誰も椎がこんな顔をすることを知らない。

 俺だけの…

 「玲二…」

 椎が俺の名を呼んできて、俺は目を開けた。

 「ん」

 と言うと、

 「呼んでみただけ」

 と言う。

 「何だよ」

 と笑って、眠気に襲われ目を閉じると、また

 「玲二…」

 と呼ぶ。俺は目を開けた。

 「用があって呼んだんだろうな?」

 「いんや。呼んでみただけ」

 椎が答えて、俺はまた笑った。笑いながら椎の名を呼ぶ。

 「マサユキ…」

 「ん」

 「呼んでみただけ」

 俺たちは、俺が眠ってしまうまで、そんなことを繰り返していた。

 

 

 旅行から帰って一週間が経った日曜日。

 夕飯の当番だった俺は、バイトから帰って台所に立ち、何を作ろうかと考えていた。

 あちこちの棚を開けまくってみたら、アンチョビの缶が買ってあるのを発見して驚く。

 いつの間に…

 俺は、それを手にしてちょっと眺めた後、椎を振り返った。

 椎も同じぐらいに帰って来て、家にいる。

 「なぁ、夕飯、ピザでもいいか?」

 椎が、俺の手の物を見てから、ふっと笑って頷く。

 「いいよ」

 それから作り始めようとして戸惑い、もう一度椎を振り返る。

 「作り方、分からないんだけど」

 俺が困りつつ笑って言うと、椎は眉を寄せた。

 「しょうがないなー。裸エプロンしてくれるなら、喜んで手伝うんだけどなー」

 誰がするか。だいたいそれしたら、料理が進まなくなるだろ。

 椎は、そんなことを言いながらも、俺の方へやって来て、ピザ作りを教えてくれた。

 どっちかと言うと俺が手伝ってる形だ。

 調理台のそばの棚の上、本が何冊か置かれた横には、

 ツーショットの写真が写真立てに入れて飾られていて、料理中何度も目が行く。

 異人館の前で撮ってもらったやつだ。

 椎が、パソコンに取り込み、プリンターで大きめの写真にして、そこに飾ったときは恥ずかしかったけど、

 「ツーショットの写真って、これが初めてなんだよなぁ」

 と言った奴が、あんまり嬉しそうだったので、飾るなとは言えなかった。

 「どうした?写真眺めて」

 「ん。いい写真だなと思って」

 俺が言うと、椎が「ああ、ほんとだよな」と頷く。

 ピザ生地を伸ばしつつ、

 「あの人、上手だな。撮るの。慣れてるからかな」

 そう言うと、椎が、

 「被写体がいいんだよ」

 と得意げにするので、俺は苦笑した。

 「ナルシスト」

 すると、椎が「えっ」と言う顔をして、

 「玲二のことだけど」

 と真面目に言う。

 俺はそれを聞いて唖然とし、次いでムズムズして来た。

 丸く広げていたピザ生地を掴む。

 「お前はムズがゆいんだよっ。これ投げるぞっ」

 「なんでっ!?とりあえず受けては立つけどっ」

 椎も平たく丸い生地を手に持った。

 俺が、ちょっと考えて、

 「…やらないよ」

 と言うと、持った勢いか、椎はそのまま人差し指で生地を円盤のようにして、クルクル回し始める。

 俺も真似てやってみようと思ったが、生地は思いのほか柔らかくて、回す前に伸びて穴があいてしまう。

 諦めて、普通に生地を伸ばして鉄板に乗せる。

 「そんなこと出来なくてもピザが焼ければいいんだし」

 負け惜しみで言ってやると、椎も笑いつつ生地を鉄板に広げた。

 その上に具を乗せていく。

 それから温めておいたオーブンに入れ、時間を設定してスタートボタンを押す。

 「たまには旅行もいいな」

 俺が呟くと、椎が頷いた。

 「ああ。いろんな発見もあるし」

 そう言ってから、なにかを思い返すような顔をする。

 「俺、今回の旅行で玲二の知らなかったことをたくさん知った。

 もっともっと、玲二のこと知りたい。まだまだ知らないことがいっぱいある気がする」

 「買い被りすぎ。俺、そんなに奥深くないって」

 「そんなことない。玲二はすごいよ。エッチも最高だったし」

 そう言って椎は、俺の首に手を回してきた。

 俺は小さく溜息をつく。

 俺の恋人は、二言目にはこんなことばっか言っている。

 いや、二言目は『ムズがゆい言葉』で、それは三言目、かな。

 「また行こう」

 そう言って唇を合わせたあと、俺たちは、ピザが焼きあがるまで他愛ない話をして、

 チンと鳴ったら二人でアンチョビピザを食べた。

 

 

 

 

                              了

 

 

 

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 あとがき

 

 この作品はフィクションです。

 いつの間にか勝手に「梅雨企画」と銘打っていたこのお話。梅雨時に関係あるキーワードで書いてみました。

 雨。あじさい。ジューンブライド。玲二の誕生日(これは違うか)。

 またまた不必要なほどに、甘々になってしまった気がしますが、もう完全開き直ってます。

 甘々が嫌な人は、ここには来ていないはず。と信じてのアップ。

 まあ、これで終わりですし、少々くどいかも知れませんがお付き合いください。

 そして、ひょっとして、ちょっとでも楽しんでもらえたなら、とても嬉しく幸いに思います。

 besten dank(サンキューベリマッチ)。

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