第一話 再会2


 

 

 おもむろに振り返る。むっつりとした表情で。

 「それがなんだよ。俺だってそうだ」

 僕はハッとした。

 胸の中に彼を慈しむような感情が浮かびあがり、再び言葉に詰まる。

 が、それとこれとは別だ、とも思う。

 やはり彼女に会うわけにはいかない。

 これだけ会っていないと何を話していいか分からない。

 ずっと放っておいたというだけで、凄く悪いことをしたような気がする。

 「相変わらずはっきりしないヤツだなぁ」

 立ち止ったままあれこれと思いを巡らし、

 まるで宇宙の暗い部分を覗くような気分になっている僕の後ろに回って、

 鏡太郎が背中を押す。

 僕はそれに抗うようにして、彼に向き直った。

 「ちょっと待てって。もうこうなったら、はっきり聞く」

 すっかり鏡太郎のペースに持っていかれているが、

 僕はまだ彼に、本当に聞きたいことを聞いていない。

 「お前、実体があるし、ご両親から連絡がないところをみると、

 死んだわけでもないみたいだし、つまり…生霊(いきりょう)なんだろ?」

 それを聞いて、鏡太郎は一瞬キョトンとした。

 でもすぐに、にっと笑って。

 「察しのいいやつは好きだ。

 お前って、自分のことはよく分からないくせに、俺のことはホントよく分かるんだな」

 感心したように見上げて頷く。

 「やっぱりお前んとこ来て正解だったよ」

 英断だったと自慢気なヤツに、僕は思わず大声をあげた。

 「なんで生霊なんだよ。こんな形じゃなくて、ちゃんと意識を取り戻せよ。

 みんな、みんな待ってるのにっ」

 鏡太郎の表情が固まる。そして黙り込んだ。

 何も言わず無表情で黙って僕を見ている。

 その顔を見ていたら、次第に感情が昂ぶってきた。

 「なんだよっ、なんか言えよっ!説教するために戻って来たのかよっ。

 ごめんの一言くらいあってもいいだろ!?

 俺がどれだけ、どんな想いであの日…あの日から…」

 脳裏をいくつかの暗い場面がよぎる。

 鳴り響く電話のコール音、飛ばしたタクシーの車窓を流れていった雨の夜の街の様子。

 駆けつける人々。

 「なんか言いたいことがあるなら言ってみろってんだよっ!」

 気づくと、道の真ん中で叫んでいた。

 周りに人影はなかったけれど、珍しく鏡太郎の方が少し慌てたようにして、

 僕を落ち着かせようと、口に人さし指を当てる。

 「分かったよ。落ち着け。

 あんまり俺が出歩いてるとこ見られるのはいいことない気がするから、目立つな」

 静かにしてたって目立つんだよっ、このでかい図体はっ。

 僕は気持ちの昂ぶりを抑えられず続けた。

 「うるさいっ。詩生(しお)なんて、どんだけ心配してるか…かわいそうだろっ!」

 鏡太郎が再び黙る。

 ちょっと言い過ぎたかも知れないという想いが胸をよぎる。

 詩生の名前を出したのは、明らかに軽はずみだった。

 僕も黙る。

 「……それが出来てりゃ、そうしてる。体が動かないんだから、しょうがないだろ」

 鏡太郎が低い声で絞り出すようにそう言った。

 歯がゆそうな表情をする。

 「みんなの声は聞こえてる。でも反応したくても体が言うことをきかないんだ」

 もどかしげに、眉間にしわを寄せる。

 僕は今のは完全に失言だったと感じて、後悔の念にかられた。

 体が動かない―。

 そうだ。奴は動きたくても動けないのに。

 ……。

 それってどんな感じなのだろうか。

 僕は、病院で横たわる鏡太郎のことを思った。

 彼は一年前、交通事故に遭って意識不明の状態に陥った。

 それ以来一度も目を覚ますことなく眠り続けている。

 「毎日毎日、時間だけが過ぎていくのをどうにもならない想いで過ごしてる。

 最近はほんとものすごい焦りを感じてて、動きたい、この体を動かしたいって強く思って、

 むちゃくちゃ思ってて…」

 僕は驚いた。

 病院に見舞いに行くといつも横たわった状態で、

 呼びかけても何の反応も見せず眠っている彼が、

 実はそんな想いを抱いていたなんて思いもしなかった。

 鏡太郎は苦しげな様子でその想いを吐露したが、その後僕を見て不思議そうな顔をした。

 「今日もそう思ったら、どうしてか自分の体を抜け出ることが出来た。

 ひょっとして死んだんじゃないかと思ったけど、実体はベッドの上にいて、

 まわりの機械は俺が生きてることを示してた」

 彼が一瞬寒気を感じたみたいに、途中で自分の二の腕の辺りをスイッとさすった。

 分かるか分からないかというくらいの小さな仕草だ。

 自分が死んだかも知れないと思うってどんな感じだろう。

 多分それはかなり怖いことだ。

 でもそんな気配はすぐに消えて、いつもの自信過剰気味な雰囲気を醸す彼に戻った。

 「幽霊じゃないことの証拠に、いろんな物にさわることも出来る。

 でも、本体じゃないからいつまでもこのままでもいられない。もう少ししたら戻らないと」

 鏡太郎の表情が厳しいものになり、その足がマンションの中へと向かう。

 「騒ぐのは後にしてくれ」

 僕は彼について歩きながら、後ろから聞いた。

 「戻らないと、どうなるんだ?」

 「…分からない」

 僕は、歩くスピードを緩めた。

 分からない…って。こんなことしてて、大丈夫なのか?

 「早く、来いって」

 鏡太郎が急かすように言って振り返り、僕は早足で駆け寄って彼の後を追った。

 階段を登り、二階の通路を歩いて、之江の部屋の前まで来ると、鏡太郎が足を止める。

 僕は、そのドアを前に、気後れした。

 今さら彼女に会うなんて、やっぱり無理だ。勘弁して欲しい。

 「なあ、俺は彼女に会いたくない。会わせる顔がないんだ」

 僕が弱気な口調で言うと、鏡太郎は呆れたような笑みを浮かべて、

 「なに贅沢言ってるんだよ。俺なんか、会いたくたって会えないんだからな。

 …いや、会うことは会ってるけど、言葉も視線も交わせないんだから」

 僕は、それを聞いて口を噤んだ。

 詩生のことを思い出し、胸が痛くなる。

 

 事故の当日、腫れあがった脳の写真を見て、

 「長くはもたないでしょう」

 と医者は言った。

 が、鏡太郎は死ななかった。

 死ななかったけれど、意識が戻ることはなく……

 彼は遷延性意識障害、俗に言う植物人間になってしまった。

 自力で呼吸しているが、呼びかけても返事はない。体が動くこともない。

 明日、死ぬかも知れないし、ひょっとするとまた意識を取り戻すこともあるかも知れない。

 今、この時もどうなるかまったく分からない状態なのだ。

 鏡太郎には詩生と言う恋人がいるのだが、

 心変わりすることなく、ずっと彼の意識が戻るのを待ち続けている。

 確かに、鏡太郎と詩生、この二人に比べたら、僕の言い分など甘いものなのかも知れない。

 「そう…かも知れないけど、でも」

 僕は重い口を開いた。

 「彼女を傷つけたのに、どの面下げて会えって言うんだよ」

 「傷ついた、って言ったのか?」

 「え?」

 「彼女が自分で、お前に傷つけられた、って言ったのか?」

 「…いや」

 彼女にはっきり言われる機会などなかった。

 僕は、鏡太郎の事故をきっかけに、彼女からの接触を全て拒んでいた。

 でももし言う機会があって、仮に彼女がそう思っていたとしても、

 彼女は僕を責めないだろう。

 そういう性格なのだ。

 「好きなんだろう?」

 「……」

 聞かれて、僕は自分の気持ちを探る。

 あの事故の少し前くらいから、僕は之江との付き合いに疑問を感じていた。

 何より自分の気持ちが分からなかった。

 考えれば考えるほど、どんどん分からなくなっていっていた。

 僕は本当に彼女を好きなんだろうか。

 僕の相手は彼女で、彼女の相手は僕でいいのだろうか。

 それで正解なのだろうか。

 もっとなにか、衝き動かされるようなものがなくては、

 恋をしてはいけないんじゃないのか。

 そんなことを悶々と考えていたときにあの事故が起こって、

 落ち込むのと同時に、もう自然消滅を望むような気持ちになっていた。

 でも、本当の本当は…

 あれから何ヶ月過ぎたのか、を未練たらしく数えている自分がいる。

 気づけば、之江のことを考えている自分がいる。

 「お前みたいなタイプには、背中を押してくれる奴が必要なんだよ。

 お前が自分で分からないなら、俺が言ってやる」

 鏡太郎が瞳に強い光を湛えて、自信に溢れた表情でそう宣言した後、

 「お前は安永乃江さんのことが、大好きなんだよ」

 一文字も間違えることなく、之江の名前をスラッと口にして、

 その言葉が僕の心にすんなり入ってきた。

 「二人はお似合いだと思う。自信持って、行ってこい」

 鏡太郎が僕を見上げて言ってから、その手で僕の背中を、トンと軽く押す。

 触れた箇所から、僕を励まそうとする奴の気持ちが体中に広がっていく。

 そうして、鏡太郎は、僕のそばから離れてそっと身を隠すようにした。

 ここから先は、僕一人で行けということだろう。

 僕は、ドアに寄って、脇の呼び鈴を押した。

 「はい。どちら様ですか?」

 すぐに応じる声が聞こえた。

 久しぶりに聞く、彼女特有の優しい声だ。

 之江本人に違いない。

 ということは在宅で、もう覚悟を決めるしかない。

 「あの…在原(ありはら)だけど」

 僕は告げた。が、何の反応もなかった。

 ドアの向こうはしんとして、今聞いた声の主は、

 もうそこにいないんじゃないかと、ちょっとだけ僕を不安にさせた。

 でもやがて人の出てくる気配がして、ドアがガチャリと開き、彼女が姿を現した。

 僕を見上げる彼女と目が合う。

 何も変わっていない。

 目の前にいるのは、11ヶ月前となんら変わらない、

 髪型も髪の長さも、化粧っ気がほとんどないところも、

 どこも変わっていない、之江だった。

 「真樹君…」

 彼女が言って、泣きそうな顔をする。

 そんな彼女を見ながら、なんと言っていいか分からず、

 「之江、俺…」

 言葉に詰まっていると、彼女の瞳に涙がじわりと浮かび、

 「良かった」

 ホッとしたような表情をして笑った。

 彼女が、浮かんだ涙を手の甲で拭う。

 「早瀬君が事故に遭ってから、何度電話しても出なかったでしょ。

 私、『しばらく放っておいて欲しい』って意味だと思ってずっと待ってたの」

 僕は、その言葉を聞いて驚き、信じられない気持ちで、之江を見つめた。

 「真樹君が落ち着くまで…待っていようと思って」

 しばらく…って。あれから、11ヶ月も経っているのに…

 その間、ずっと僕を待って…?

 之江が頬を少し赤く染めて、俯く。

 「之江…ほんとに…?」

 僕は、面目ない気持ちになった。

 そんなこととは想像もしないで…

 僕は、自分だけが辛い思いをしているかのような気持ちで、

 鏡太郎の事故の後を過ごしていた。

 暗く沈んで、勝手に塞ぎこんでいた。

 ……。

 それだけじゃない。それ以前だって…

 自分の気持ちが分からないからって、それを伝えて話し合うこともせず、

 もう自然消滅しても構わないだなんて勝手なことを頭の隅で考えていた。

 そして、事故後、連絡を取ろうとしていた之江のことを、無視していたのだ。

 鏡太郎に背中を押されて今日ここに来なかったら、こうして彼女を訪ねなかったら、

 僕はまだ彼女を待たせ続けたのだろうか…

 最低だ。

 そんなどうしようもない僕なのに、之江は…

 「ほんとに、俺を待って…?」

 僕が之江の気持ちを探るように聞くと、彼女は小さく頷いた。

 「だって、真樹君は、私と付き合ってくれるって言ったもの。

 『別れよう』って言われてないってことは、私たちまだ付き合ってるんでしょう?」

 ちょっと強気な感じで、之江がそう口にして僕はまじまじと彼女の顔を見つめた。

 「それとも、私、もう真樹君に嫌われたのかな」

 「そんなっ、嫌ってなんかいない。俺は今でも…」

 そこまで言ったとこで、

 『お前は安永乃江さんのことが、大好きなんだよ』

 さっきの鏡太郎の言葉が、頭に甦る。

 「今でも、之江のことが大好きだ」

 奴の言葉が、僕の言葉になって口から出て、

 そうしたら、本当にそれが自分のリアルな気持ちのように思えた。

 それを聞いた之江が抱きついてきて、ちょっとびっくりしたけど抱き止め、

 彼女を包むようにする。

 「之江…」

 

 しばらくそのままで抱きしめあった後、僕は、そっと彼女を離した。

 もっと彼女といたかったけれど、鏡太郎が待っているのだ。

 「ごめん。今日はこれから用事があって、もう行かないといけないんだ。

 また連絡する。俺からするから。ちゃんとするから、待ってて」

 之江は、それを聞いて、一瞬「え」という表情をしたが、すぐに、

 「うん、分かった。待ってる」

 と深く頷いた。そうして僕が「じゃあ」と手を上げると、之江は、

 「行ってらっしゃい」

 と手を振った。

 ドアを閉め、鏡太郎を振り返る。

 奴は、いつもの得意げな顔でこちらを見ていた。

 僕が駆け寄ると、階下へ向かって歩き始める。

 「来て良かっただろ?」

 歩きながら見上げつつ聞いてきて、素直には頷きたくなかったが、

 良かったと思っていたのは確かなので「ああ」と答えた。

 「お前のこと、待ってたって言ってたな」

 「ああ。俺がずっと来なかったら、彼女、どうしたんだろう」

 「さあな」

 それはどうでもいいことらしく、鏡太郎のあっさりした返事が帰ってくる。

 そう言えば、奴はタラレバ話が好きじゃなかった。

 僕は結構いつもそんなことばかり言っているけれど…

 実際、僕はここに来たのだし、来なかったときのことなど考えてもしょうがない。

 それにしても、気が長すぎるよ…。之江…そして、詩生も…

 「お前らって、似たもの同志だよな」

 鏡太郎が不意にそう言ってきて、僕は、何も言い返せず、ただ笑った。

 「進展もしないまま、どれだけでも同じ状態でいられるって、信じられねぇ。

 見てる方がじれったくなる」

 鏡太郎らしい言葉に、苦笑する。

 すると僕の静かな反応が気にくわなかったのか、奴が強い口調になって言った。

 「お前、もっと積極的になれよ。好きなら、さっさと食っちまえばいいだろうが」

 それを聞いて、僕は奴を凝視した。その後ガックリと肩を落とし、溜息をつく。

 またそんな言い方をする。小さいくせに獣なんだから。

 「…俺は鏡太郎とは違うんだよ」

 僕が小さな声で精一杯の反論をすると、不甲斐ないものを見る目で奴がこっちを見た。

 「最近ハヤりのあれか?草ばっか食ってるっていう」

 「どうとでも言ってくれ。

 結局、俺の物事を進めるスピードは、お前には気に入らないんだろ」

 ボソボソと呟く僕に、ちょっと言いすぎたと思っているのか、

 鏡太郎が今度は少し柔らかい口調で言った。

 「そういうわけじゃない。

 俺の詩生には負けるけど、安中さん、まあまあかわいいからさ。

 ボヤボヤしてると、誰かに食われちまうんじゃないかと思って」

 安中じゃなくて、安永…

 と考えてから、あれっと思う。。

 之江の評価、割といいんだな。

 「それに、食えるときに食っとかないと、どうなるか分かんねぇんだから」

 食う食う言うなよ。

 僕は、顔が熱く火照ってくるのを感じて俯いた。

 でも言いたいことは分かる。

 

 明日も元気でいられる、なんていう保証は、どこにもない。

 

 鏡太郎が黙っている僕を見ながら、

 「そう言えば、俺と詩生も似たもの同士だよなぁ」

 ニカッと嬉しそうに笑って自ら言い、僕は呆気に取られた。

 僕は鏡太郎と詩生が似てるなんて、一度も思ったことがないし、

 二人は本当に似ていない。

 奴を、思わずじとっとした目で見る。

 よくもまあ都合よく、そうやって自分たちをいいものにしてしまえるよな。

 …二人の似てるとこは、身長だけだろうが。

 「今から、どこに行くんだ?」

 一緒に歩いてはいるものの、どこへ行くのか知らなかった僕は、鏡太郎に聞いた。

 「詩生のとこ。今日は午後からも講義があるみたいだから、大学にいると思う」

 「俺も行った方がいいか?」

 「そうだな。一応」

 僕がいたらお邪魔かと思って聞いたのだが、それを聞いて、憮然とする。

 一応、かい。

 そのまま二人して歩いていると、鏡太郎が「良かった」と漏らした。

 僕が「なにが」と聞くと、

 「ん。俺の事故をきっかけにお前らが別れるなんて、

 もしこのまま死んだら、俺 死にきれないからさ」

 と続ける。

 その言葉に、僕は思わず眉を寄せた。

 「そんなこと考えてたのか」

 「ああ。いろいろ考えてる。

 それに、万が一お前と詩生がそういうことになっても嫌だから。

 ちゃんと彼女とくっつけとこうと思って」

 「はあっ!?」

 僕はそれを聞いて、顔を歪めた。

 そういうこと…って、つまり僕と詩生がデキてしまうってことか?

 そうならないように、僕と之江の間を取り持った?

 なるほど、そういう計算があったのか…って。

 「俺はバリバリノンケなんだぞっ。なるわけないじゃないかっ。

 悪いけど、俺、詩生にはそういう意味での興味、まったくないからっ」

 僕が呆れながら少しムッとしつつ言うと、その言葉に、鏡太郎はふっと笑って、

 「詩生の魅力が分からないなんて」

 そこで間をあけて気を溜めるようにしてから、

 「ダサッ」

 と続けた。

 なんでお前の恋人の良さが分からないとダサいんだよ。

 僕は、相変わらずな奴の物言いに、はあっと溜息をついた。

 鏡太郎は、冗談抜きで、自分の恋人が世界で一番かわいいと思っている。

 まあ、そんだけ自信持って言えるところが、ちょっとだけ羨ましかったりもするが…

 鏡太郎と詩生があんまりちゃんと想いあっているから、

 それを見てたから余計に僕は、自分の想いに自信が持てなかったのかも知れない。

 「……」

 鏡太郎のせいだぞっ。

 心でそんな悪態をついてから、奴に聞く。

 「俺と詩生がくっつくのを防ぐ、それだけの為だけに、俺のとこへ来たのか?」

 「…いいや。本当に言いたいことがあったんだ。

 いつ死ぬかも知れないし、言っとこうと思って」

 そんなに、死ぬって言うなよ。

 「でも、忘れたんだろ?」

 僕が聞くと、

 「思い出したかも」

 鏡太郎は照れくさそうにした。

 なんだ。思い出したのか。

 「だったら言えよ」

 僕がそう促すと、鏡太郎は「どうしようかな」と呟いて、そっぽを向いている。

 何を言いたいのか知らないけど、言うのか言わないのか、…ハッキリしろっ。

 と心の中でちょっとイラッとしつつ、ふと奴に目をやって、眉を顰めた。

 気のせいだろうか?鏡太郎の体が透けてきている。

 「あーあ。なんだよ。もう時間切れか」

 奴が、僕の目線に気づいて、自分の体を見下ろした。

 「時間切れ…って、自分の体に戻るってことか?」

 聞くと、腰に手を当てて自信満々な顔をする。

 なんでそこで、得意げなんだよ。

 「ああ。すごいだろ」

 すごいと言えばすごいが。

 鏡太郎は、僕から目を反らして、またちょっと照れくさそうにした。

 「俺、お前の事、好きだったんだ。地味だし気がきかないヤツだけどさ」

 「……」

 僕は、鏡太郎を見つめた。

 「お前はもっと、自分に自信を持つべきだ」

 「鏡太郎…」

 ひょっとして、それを言うために、僕のところに来たのだろうか。

 本当は、誰よりも詩生に会いたかっただろうに、

 限られた時間を、僕に…僕なんかに使って…。

 僕は、僕は…。

 僕だって、鏡太郎のこと…好きだった。

 元気だった時は、しみじみ考えたことなかったけど、かなり好きだったんだ。

 中学の時、同じクラスになって、あることをきっかけに仲良くなった。

 それから、同じ時間を過ごして、長い時間を過ごして、たくさんの思い出ができた。

 いたずら好きだし、人の名前は何度も間違えるし、おっちょこちょいで自信過剰。

 だけど、憎めないヤツだった。

 なのに。

 呼びかけても呼びかけても応えない。

 ただただ横たわるだけの人間になってしまったなんて信じられない。

 信じられないよ。

 しんみりした気分になり、自分の気持ちもちゃんと口にしようかと思ったその時、

 鏡太郎があっけらかんと言った。

 「また来るから」

 え?

 「動きたいって心から思えば、きっとまたこんな風に出て来られる気がするから。

 時間の制限はあるみたいだけど、また来る。それじゃあ」

 「……」

 そうして、生霊、早瀬鏡太郎は手を上げると、

 わけが分からずポカンと口を開けて立ち尽くす僕を残し、嬉しそうに消えていったのだ。

 

 

 

 

                第一話「再会」                了

 

 

 

 

 

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