第三話 大きな友達と小さな恋人1


 (真樹視点です)

 

 

 勅使河原詩生(てしがわら・しお)は、ちっちゃい。

 でかい僕から見ると、子供のようだ。

 ま、子供はちょっとオーバーかも知れないけど、とにかく背が小さくて、背だけじゃなくて、

 手も足も、それから顔のパーツも何もかも小さく出来ている(ように見える)。

 そして、これまた小さい僕の友達鏡太郎の、恋人だ。男同士だけど。

 僕は初めて鏡太郎が詩生を家に連れて来てそう告げたとき、なんの冗談かと思った。

 高一から高二に上がる、春休みの日のことだ。

 「今から遊びに行くから」

 と電話を寄こしてからやって来た鏡太郎は、詩生を連れていて、

 「真樹、俺の恋人の詩生」

 いつも通りの得意げな表情で、横でちょっと恥ずかしそうにしている彼を、

 少し前に押し出すようにして僕にそう言った。

 「は?」

 僕はキョトンとして鏡太郎と詩生を交互に見つめた。

 詩生のことは同じ学校なので知っていたが、クラスが違うこともあって、

 どんな奴かとか詳しくは知らなかったし、まさか鏡太郎と彼が、

 そんなことになっていようとは、夢にも思っていなかった。

 詩生は小さい上に童顔で、女の子っぽい顔立ちをしていたが、

 ぎりぎり女の子には見えなかった。

 かわいい男の子、という感じだ。

 鏡太郎は、詩生の手を握っていた。

 「恋人って、…男だろ?」

 「そうだけど?」

 なにかいけませんか?と言うように、いつもの強気な調子で僕を見た。

 いけなくはない。いけなくはないんだろう。多分。

 でも、鏡太郎がそういう趣味だとは知らなかった。

 『つ、付き合ってるんだ?』

 どうやら、本気らしい彼の態度に、思わず心で話しかけてしまう。

 『なんでこっちで話すんだよ』

 ますますムッとした雰囲気で、同様に返した鏡太郎は、

 続けて今度は心でなく口に出して言った。

 「なにもやましいことはしてない」

 「そ、そりゃそうだ…よね」

 人が人と想いあって恋人になり、付き合う。

 それは、決してやましいことではない。ないけど…

 でも僕は、そのあともしばらく二人の関係を受け入れられずに、

 鏡太郎には内緒だけど、密かに『考え直してくれないかな』と思っていた。

 数年来の友達(男)の恋人が男だなんて、実はちょっと嫌で…

 だけど、あまりにもラブラブな様子を見て、それをなんども目撃しているうちに、

 やがて少しずつ慣れてきたし、認めなければならないのかも知れないな、と思えてきた。

 それに、詩生は嫌な奴でも悪い奴でもなく、すごく素直な性格のいい奴だった。

 男だからという理由で、大事な友達が選んだ人を認められない自分って、

 考えてみると心が狭いのかも知れない。

 とかいろいろ考えて、現実を受け入れようとしているうちに、

 だんだん同姓だということに対する違和感も薄れてきた。

 なにしろ鏡太郎は詩生に夢中で、いつもいつもちょっかい出してイチャついているので、

 気にしていたら、こっちの感覚が持たない。

 詩生といる時の鏡太郎の態度は、

 僕と二人でいる時のそれとは全然違って、完全にデレている。

 なにげに観察していると、鏡太郎は常に詩生にキスをねだっていて、

 ときどき僕の前でもふざけてキスをした。

 「もう、鏡くん!」

 さすがに僕の目の前でされると、詩生は恥ずかしがって、困った表情で怒っていたが、

 鏡太郎は頓着していなかった。

 そんなシーンを見たときは、数年来の友達が小さい子にイタズラをしているようで、

 僕は何故か、なんかすいませんね、という気分になる。

 ちっちゃいもん同士、イチャついてる様子は、

 なんだかぬいぐるみか人形がふざけてるみたいな感じで微笑ましかった。

 いや、バカにしてるわけじゃなく。

 まあ、僕にも恋人がいたからその程度で済んでいたけど、

 独り身だったら、さすがにイラッとして文句の一つも言っていたかも知れないな。

 

 

 考えてみれば、鏡太郎は転校生に縁がある。

 実は僕も転校生だ。

 僕と鏡太郎は同じタイプのグループに属する同士でもなかったし、

 特別気が合うわけでもなかった。

 そんな二人が友達になった理由を考えてみれば、やはり僕が転校生で、

 そして鏡太郎に「あの」能力があったからなのだろうと思う。

 

 

 僕がこっちにやって来たのは、中一の時だった。

 父親の仕事の関係で来たのだが、

 どうせなら中学に上がるのと同時だったら良かったのに、

 少し時期がずれて二ヶ月ほど日が経ってから転入した。

 僕は大人しく、特別積極的な性格でもなかったので、

 クラスになかなか溶け込めずにいたのだけれど、

 それでも、のんびりした性質のまま、それなりに毎日を過ごしていた。

 ところが、途中で入ってきたことで目についたのか、

 少しして、クラスの中の性格のキツい生徒達が、僕をいじめの対象にするようになった。

 大人しかったからいじめやすかったのか、僕の態度が気に喰わなかったのか…

 それとも単に、何か刺激が欲しかったのかも知れない。

 そのグループの生徒達からは、話しかけても無視されたし、

 視線を向けられながらニヤニヤ意味ありげに笑われたりもした。

 教科書や上靴を隠されたり、机に「ばーか」や「のろま」などの落書きをされた。

 軽いいじめだったが、隠されたものを、一人でウロウロと探しまわったり、

 落書きを消しゴムで地道に消す作業は、思いの他こたえるものがあった。

 僕は、いじめる側に歯向かったり、先生に言ったりしても多分逆効果なのだろうと思い、

 過剰に反応しないようにしていた。

 でもいじめは、なくなることなく、かと言って特別ひどくなるでもなく、

 同じような感じで長く続いた。

 上靴に画鋲が入っていることもあったし、ある朝登校して教室に行ってみたら、

 僕の机の中やロッカーに入っていた持ち物が、

 後ろの方に全部ばらまかれていたこともあった。

 体育館シューズやらジャージやら絵の具やらが、

 丁寧にも、全て箱や袋から出されて、こまごまと床に落ちていた。

 僕は呆然と立ち尽くした後しゃがみこんで、

 ぐっと歯を噛み締めてから、それらを拾い集めた。

 教室には他の生徒もいたけれど、皆見て見ぬフリをしていた。

 僕に手を貸したせいで、新たなターゲットになりたくなかったのだ。

 他にも言葉にしては言いにくいようなこともされて、驚いたし、すごく悔しかったけど、

 それでも我慢して、ネチネチとしつこく続くいじめに、一人で対処していた。

 そして、そんなことが続いていたある日、それは起こった。

 国語の授業中先生に当てられて、教科書を読み、

 読み終わって椅子に腰を降ろそうとした時だ。

 『後ろ、気をつけろ』

 突然、頭の中に声が響いた。

 「えっ」

 思わず口に出してそう言い、言葉通り後ろを振り返って見ると、

 僕の後ろの奴が、僕が座るタイミングを見計らって、椅子を後ろに引こうとしていた。

 いつも僕をいじめているグループの一人だ。

 そのまま座っていたら、奴らの思う壺で、椅子を引かれて、

 僕は後ろに倒れて転がってしまっていただろう。

 後ろの奴は、バレたか、という表情をしてからつまらなそうに椅子から手を離した。

 「在原(ありはら)、どうかしたか?」

 僕が声をあげたことを怪訝に思った先生が聞いてきてハッとした。

 慌てて首を横に振り、僕がゆっくりと椅子に腰掛けると、

 先生は何もなかったように授業を続けた。

 座ってから、僕の頭は混乱した。

 今のは…いったい?

 動揺しつつ、周りの生徒をグルッと見回す。

 が、別に変わった様子は見られない。

 確かに人の声だった。

 でも、僕以外には聞こえていないようだったし、

 まるで頭の中に直接入って来たような感覚があった。

 僕は不審に思ったけれど、考えてもどういう現象なのか分からなかったし、

 そのうち自分の空耳だったような気もし始めて、それ以上深く考えるのはやめた。

 

 けれど、その数日後、不思議な出来事はまた起こった。

 それは給食の時間のことだった。

 僕は給食当番で、配膳し終わり、エプロンを外して袋にしまい、席についたその時、

 『おかず、食うなよ』

 頭の中に直接響くようにして、あの声が聞こえた。

 それが聞こえたのは、確かなことで、僕は今度は空耳なんかじゃないと確信した。

 言われた言葉が気になって、

 スプーンを手にしておかずのシチューの中をそれで探ってみると、

 何かコロコロとした白いものが数個入っていた。

 よく見るとそれは消しゴムの欠片で、僕は思わず顔を顰めた。

 僕が席につく前に、誰かが入れたのだろう。

 僕は、それをじっと見た後、教えてくれたその相手に向かって、頭で言葉を返した。

 『ありがとう。知らずに食べるとこだった』

 何故そうしたのか分からない。

 そうされたから、同じように返したのだが、

 それは相手にとって思ってもみなかった行為だったようで、

 『返された…』

 呆然とした呟きが、小さく漏れ聞こえてきた。

 僕は、相手が誰なのか知りたくて、その気持ちのまま、また頭で話しかけた。

 『君は誰?』

 すると、しばらく沈黙が続き、やがて、

 『俺のことはいいから。いろいろと気をつけろ』

 そう返ってきた。

 『どうして俺を助けてくれるんだ?』

 また質問をぶつけると、

 『別にお前を助けたかったわけじゃない』

 わざと冷たい感じで発しているような言葉が聞こえてきた。

 『ただ、あいつらがいつまでも下らないこと、グダグダやってやがるから…』

 『助けてくれたんだ』

 どうやら、見かねて教えてくれたらしい。

 『……』

 相手が黙る。

 この通信のような会話が途切れてしまうのを懸念して、僕は慌てて続けた。

 『この間のお礼を言わせてよ』

 『…この間?』

 『うん。あのときも君だったんだよね。おかげで俺、恥をかかずに済んだ。ありがとう』

 『…だから、助けるつもりなんかなかったんだって。礼もいらねぇ』

 僕が感謝の意を込めれば込めるほど、

 いい人だと思ってそれを伝えようとすればするほど、

 照れ臭いのか、なんだか態度がつっけんどんな感じになっていくようで、

 僕は思わず心の中でほくそ笑んだ。

 そして、ふいに視線を感じて顔を上げ、そっちを見たら、ある生徒と目が合った。

 まさか僕が自分の方を見るとは思っていなかったらしく、固まっている。

 それから、ふいっと目を逸らした。

 あれは確か、早瀬って言う名前の…

 もしかして、彼が?

 実際に口をきいたことはなかったが、同じクラスなので、もちろん彼の事は、知っていた。

 でも、相手が彼だとしたら、なんだか意外だった。

 早瀬は、猫目でハッキリした顔立ちの、気の強そうな印象の生徒だった。

 こんなこと言っていいか分からないけど、どちらかと言うと苛める側にいるようなタイプで…

 僕がじっと見つめていると、彼がもう一度チラッとこっちを見て、

 また目が合うと眉を寄せ、観念したように溜息をついた。

 僕が、

 『分かっちゃったよ。早瀬だったんだ』

 と言ったら、早瀬は、おもむろに給食を食べ始めた。

 無心で食べているようなフリで、そのまま会話を続ける。

 『…バレるとは思わなかった』

 『俺、ぼんやりしてるように見えるだろうけど、割と勘はいいんだ』

 彼の顔に、微かに笑みが浮かんだ。

 離れた席にいながら、教室内でこんな方法で会話をしている二人がいるなんて、

 皆思ってもみないだろう。

 僕も、おかず以外の食べ物に手をつけ始めながら、

 『どうして、こんなことが出来るんだ?』

 そう聞いてみた。

 『…知らねぇ。物心ついたときから出来た。

 この間、久しぶりに使ったんだけど、まだ使えたんだな…』

 早瀬が、そこまで言って物思いに耽るように黙った後、

 『でも、こんな能力はない方がいいんだ』

 声のトーンを落として呟いた。

 『どうして』

 と聞くと、間があった。

 しばらくしてから、恐る恐るという感じで言葉を発する。

 『…だって、気持ち悪いだろ』

 誰かにそう言われたことがあるのだろうか。

 彼の声色はどこか悲しそうだった。

 『気持ち悪くなんかないよ。全然。すげぇな、とは思うけど』

 僕は本当に、気持ち悪いなんて全く思っていなかったので、心からすぐにそう言った。

 また間があって、そのあと少しホッとしたように彼が、

 『…そっか』

 そう口にするのが聞こえた。

 その日、僕は自分から早瀬に、頭の中でなく、実際に声をかけてみた。

 彼は、どちらかと言うと一人でいたいタイプのようだったが、

 僕から声をかけられることを嫌がってはいないようだったので、

 それからも時々話をしに行き、そうするうちに、

 不思議と僕に対するいじめも段々影を潜めていった。

 なんかチラッと聞いた話によると、早瀬はケンカが強いらしい。

 残念ながら、それを確かめるような現場に、そのあとも僕は出くわしていないので、

 その真偽については、分からないのだが…

 早瀬の能力を知っているのは、学校では僕だけらしく、

 決して他言しないで欲しいと本人に言われた。

 僕は、なぜか彼の能力をすんなり受け入れられたけど、

 でも、冷静に考えればそんな能力があることが世間にバレたら、やっぱりマズいのだろう。

 なにより、早瀬がそう望んでいるのだったし、

 「分かった。誰にも言わないよ」

 僕は決して口外しないと約束できた。

 そうして―

 「お前、もういじめられてないのか?」

 「え。ああ、うん。今は何もされてないよ」

 「そうか。それにしてもよく耐えたよな。お前、のんびりしてるよな」

 彼は結構なんでもズバッと言ってくる性格で、

 僕はと言うと、ズバッと言われてもあんまり気にしない性格で…

 気づくと、僕は彼を鏡太郎と呼ぶようになり、

 向こうも僕を真樹と名前呼びする仲になっていた。

 

 

 

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