ライク ア バトル3 前編


 ある日。

 家でごろごろしていたら、四朗に股間を踏まれた。

 「いでえぇっ!!」

 大げさじゃなく目から火花が散りそうな痛みを感じて、大声をあげる。

 「いってぇなっ!!何しやがるっ!」

 怒鳴りつつ、読んでいたマンガ本を投げつけると、それはヒョイとかわされ、

 四朗の後ろにバサリと音をたてて落ちた。

 奴は、掃除機を片手に持って、仁王立ちして俺を見下ろしている。

 そして、呪いがこもっているかのような低い声で、ひと言発した。

 「邪魔」

 素っ気ない言葉が投げつけられる。

 つまり、掃除をするからどいてくれと言うことらしい。

 それならそれで、もう少し、やり方や言い方があるだろう。

 「どいてくれって、ちゃんと口で言えばいいだろう?いきなり股間踏まなくても」

 大事なとこが、紫になっちまうだろうが。

 「昼間っから、ジャージでゴロゴロゴロゴロしてるからだよ。

 見てるとイラッとすんだよ、イラッと」

 どうやら四朗は虫の居所が悪いらしく、

 気持ちがささくれだっているのが言葉の端々から窺える。

 それは顔にも表れていて、眉間にしわが寄っていた。

 かわいい顔が台無しだ。

 俺はそんな四朗を刺激しないよう、下手に出てみた。

 「今から、掃除すんのか?だったら俺、向こうの部屋に行ってるからさ」

 優しく言って立ち上がり、部屋を出ていこうとしたら、腕を掴まれた。

 四朗が俺の腕を掴んだまま、もう片方の手に持っていた掃除機を差し出す。

 「掃除、お前がするんだよ」

 「はっ!?」

 俺は言ってる意味が分からずに、素っ頓狂な声をあげた。

 今まで一度も掃除機なんかかけたことがない。しろと言われたこともないし。

 「俺…が?すんのか?」

 「そうだ」

 「俺、やり方知らないけど」

 その言葉を聞いて、四朗が「はっ」とおかしそうに笑う。

 「掃除機なんて、小学生だってかけられるっつーの」

 なんか思いっきりバカにした言い方をされて、ムッとくる。

 「なんだよ。何不機嫌になってんだよ」

 「別に。普段俺が働いて稼いでんだから、掃除くらいやってくれたっていいだろ」

 俺が何もしないことを責めるような言い草に、俺は黙っていられなくて反論した。

 「暮らし始めるとき『俺が食わせてやるから、お前は自由にしてろ』っつったのは、そっちだろうが」

 『自由にしてるヤっちゃんを見るのが好きだから』とか言って、

 ちょっと照れたような表情を浮かべていた当時の四朗を思い出しながら、俺は言った。

 すると、奴はちょっとだけ怯んだ気配を見せたが、すぐに気を取り直して、言い返してきた。

 「確かに言ったけど、それを真に受けて本当にちっとも働こうとしないって、どうなんだよ。

 それに、『その代わり、浮気だけはするな』っつったのに、浮気しまくってるし」

 うっ。それを言われると弱い。

 「約束破ってんだから、罪滅ぼしに掃除ぐらいしろ」

 四朗は掃除機を突きつけるようにして差し出したが、俺は黙って動かなかった。

 すると、奴が睨むような目をして続ける。

 「昨日も外で女に声かけてたって聞いたけど?あわよくばそういうコトもしようと思ってたんだろ」

 言われて俺は、昨日のことを思い出した。

 そう言えば、飲みに行ったら、かわいい子がいたんで長いこと喋ったんだったっけ。

 そのうち、だんだんヤりたくなってきたから口説いたらいい雰囲気になって、

 これはイケると思って一気にエッチに持ち込もうとしたら、土壇場で逃げられた…

 って、そんな情報、どっから入手するんだよ。

 と思いつつ、

 「本能なんだから、しょうがないだろ」

 と言ったら、四朗の顔が鬼の形相になった。

 「なにが本能なんだよっ」

 睨まれた次の瞬間、股間に蹴りが入った。

 「ギャッ」

 油断していたし、今日は妙にキレが良くてよけきれず、

 まともに受けてしまいソコを押さえて腰をかがめる。目に涙が浮かぶ。

 紫になるって…

 四朗は、捕まったら力では俺に敵わないので、捕まらないよう間合いを取りつつ、

 さらに蹴ってきそうな表情でこっちを見ていて、俺は慌てて手の平を奴に向けた。

 「待て待てっ!お前だって美味そうなものが目の前にあったら、食うだろうがっ」

 俺はどうにかうまく言い逃れようとしたのだが、

 どうやら余計に怒らせるようなことを言ってしまったらしい。

 四朗が動きを止める。

 それから、むちゃくちゃ冷静な、と言うか今まで怒っていたのが嘘みたいな真顔になって、

 冷たく言い放った。

 「たとえ美味そうでも、リスクがあるって分かってるものに、俺なら手は出さないね」

 なるほど、賢いな。って、そこで思いとどまれるなら苦労はしないっての。

 「あー、あー。俺はバカですよ。でも、そのバカに『一緒に暮らそう』って言われて、

 嬉しそうに頷いたのはどこの誰でしたっけ」

 言ってやると、そのときの状況を思い出しているのか、四朗はカアッと顔を赤らめた。

 そして、絞りだすようにして、呟く。

 「あの時は、浮気しないって信じてたんだ。…俺もバカだった」

 「バカ同士でいい組み合わせじゃんか」

 と言ったらギロリ、と鋭い視線を向けられた。

 その後、バカだと自分で認めたくせに、四朗が俺を見くだすようにして、フッと笑う。

 「お前なんか、ヒモだよ。ヒモ」

 「そうだよ。それが悪いのか?なんか文句あんのか?お前、それでいいって言ったろ」

 「ああ。ヒモだって構わない。けど、ヒモならヒモらしく、たまには俺をトキめかせてみろってんだ」

 あん?

 俺はポカンとした。

 四朗が、言うだけ言って、背を向け部屋を出て行く。

 後には掃除機と、口を開けてアホ面をした俺が残された。

 なんだ。四朗ちゃん、トキめきが欲しいんだ?

 四朗のなんだか乙女な気持ちに、まるで気づいていなかった俺は、

 なんかビックリして、奴が出ていったドアをいつまでも見つめていた。

 見つめながら考える。

 そういえば、最近デートもしてないし、外食もしてないし、プレゼントもやってない。

 ここんとこ、休みの日もそうでなくても、ジャージでうろうろしている。

 ……。

 まあ、確かに恋人らしい付き合いから遠ざかってはいるかも知れないな。

 でも、デートや外食やプレゼントには金がかかるのだ。

 遊ぶ金を減らせばいいだけの話だと言えなくもないが、

 でも、酒飲みに行きたいし、賭け事も少しはやりたい。

 それに、今更四朗に金かけたくないし…

 って、それが駄目ってことか。

 なんだよ。時々抱いて気持ちよくしてやってるじゃんかよー。

 あ。「最低ー」って声が聞こえてきそう。

 そう言えば、テレビでもやってたな。

 結婚した途端、食事にも遊びにも連れていってくれなくなって、

 プレゼントなんかもくれなくなった旦那に、奥さんが不満をぶちまける番組。

 釣った魚にエサをやらない、というか怠りがちになるのは、自然なことのような気もするけど…

 俺は、目の前の掃除機をじっと見つめた。

 掃除をする気は全くなかった。

 本当に掃除機なんかかけたことないし、掃除なんて大嫌いだ。

 学生の時だって、掃除の時間はいつもさぼってた。

 掃除せずにゴミに埋もれたとしたって、死にやしねぇよ。

 俺は心で呟いて、財布を取り出して中身をチェックした。

 泣けてくるくらい淋しい中身だ。

 俺は、押入れから大きめの鞄を取り出した。

 そこに、下着やら着替えやらを詰める。

 家事なんか、誰がやってやるか。男は力仕事だろ。

 

 

 俺はその日、遊びに行くフリをして、四朗に黙って家を出た。

 それ関係の仕事をしてる奴を頼って、工事現場や荷物運びなどの力仕事を紹介してもらう。

 これまでも、金が足りなくて、でももう四朗にせびることも出来ない、というときに、

 日雇いのバイトなどをたまにしたことがあったから、まったく勝手が分からないわけでもない。

 しばらく真面目に働いて、四朗を食事にでも誘ってやろう。

 

 

 

 プツッと音がして、電話が繋がった気配を感じた。

 「もしもし」と呼びかけると、

 『…もしもし…?』

 こちらの様子を怪しむような調子の四朗の声が返ってきた。

 そりゃそうだろう。

 一ヶ月音沙汰なしだった同居人が、ふいに電話をかけてきたのだ。

 俺は、詳しい説明はなしで、奴に指定の日時にスーツを着て、指定のレストランに来るよう告げた。

 『なんだよ、それ。今どこにいんだよ』

 電話の向こうから、訝る声が聞こえてくる。

 「いいから。絶対来るんだぞ。分かったな?」

 『ちょ、ヤっちゃんっ。突然出て行ったと思ったら、また突然こんな電話かけて来て、いったい』

 「じゃ、待ってるから」

 俺は四朗の台詞をひったくり、一方的に会話を終わらせて電話を切った。

 呆気に取られる四朗の様子が目に浮かぶ。

 でも、確信があった。四朗はきっと来る。

 俺は、携帯をしまって歩き出す。

 あれから、一ヵ月が経った。

 毎日真面目に働き続けて、なんとか四朗を満足させられるデートが出来るくらいに金が貯まった。

 俺の一生で、今までこんなに一心不乱に働いた期間はない。

 そして、こんなに奮発するのも、初めてだ。

 レストランには予約を入れたし、プレゼントも購入済み。

 あとはスーツをレンタルして、当日着ていけば完璧だ。

 せっかく稼いだ金が一気に減るが、四朗を喜ばせてやる為だと思えば、惜しくはなかった。

 俺はほくそ笑んで、指定日である次の日曜日の服を予約する為に、

 レンタルショップに向かって歩きだした。

 

 

 

 日曜日の午後七時十分前。

 俺はスーツ姿で、予約したレストランにいた。

 ここの料理はフレンチだ。

 知り合いに教えてもらった『デートにうってつけの店』で、コースが一人前八千円もする。

 ちまちました料理にそんなにかけるなんて、普段の俺ならありえない。

 でも、ここでケチくさいこと言ったら、せっかくのデートが台無しだからな。

 着慣れないスーツが、窮屈でたまらないが、それもちょっとの我慢だ。

 久しぶりに短くした髪も、なんか落ち着かないけど、

 スーツには合っていると思うし、印象が変わって悪くないだろう。

 俺が椅子に座って待っていると、四朗が入って来たのが見えた。

 七時と言ったら、数分前にやってくる。真面目な奴だ。

 店員に案内されて、奴が俺のいるテーブルまで来る。

 椅子が引かれ、その流れで腰掛けた四朗の表情は、呆気に取られていた。

 「ヤっ…ちゃん…?」

 開かれた口から、なんだか自信なさげな言葉が漏れる。

 俺の変わりように驚いているようだ。

 四朗はと言うと、相変わらずスーツが似合っていてカッコよかった。

 だけでなく、やっぱりかわいくもあって、俺は嬉しくなる。

 「一ヶ月ぶりだな」

 俺が笑って言うと、四朗はしばらく俺を凝視し続け、それから、店を見回した。

 「こんな高い店予約して。金、大丈夫なのか?」

 「金のことは大丈夫だから、気にするな。四朗を食事に誘いたくて、必死に稼いだんだ」

 俺の言葉に、四朗が再び俺に視線を戻す。

 「…ほんとに?」

 ちょっと疑うような眼差しを向けた奴だったけれど、俺が「ああ」と頷いて真剣に見つめ返したら、

 信じてくれたのか、前に乗り出していた体から力を抜いて、背もたれに体をもたせかけた。

 店員が飲み物のオーダーを取りに来て、ワインを頼むと、それに続いて料理が順に運ばれ始める。

 ナイフやフォークがズラッと並んでいて、使い方が分からずに四朗に聞いたら、

 奴はプッと噴き出した。

 「外側から使っていくんだよ」

 一応教えてくれた後、おかしそうにしながら「ヤっちゃんだ」と言う。

 「なんだよそれ。他の誰だってんだよ」

 「だって、スーツ姿なんて初めて見たから」

 なんとなくバカにされてる感を感じないでもなかったが、

 四朗が機嫌良さそうにしているのでヨシとして、

 俺は、四朗に渡すために買ったプレゼントを取り出した。

 「これ」

 ケースの蓋を開け、中身が見えるよう奴に向けて、テーブルの上に置く。

 文字盤が大きくて、ごついデザインの腕時計。

 四朗はがっちりした存在感のある腕時計が好きなのだ。

 それは奴にとっては時計というよりは、アクセサリーみたいな意味あいを持つようで、

 見た目は細いがしっかりと骨を感じる腕に、大きめの時計は確かによく似合う。

 四朗が驚いたような顔で、まじまじと時計を見つめている。

 なんとかいうブランドのやつで、安い部類に入るのかも知れないが、俺にしては頑張ったと思う。

 奴が顔を上げて、俺を見る。

 「俺に?」

 その表情に浮かぶ色を読み取れば、まんざらでもないようだ。

 「ああ」と言って、俺が時計を四朗の方へ押し進めると、

 「ありがとう」

 受け取った四朗の顔が綻んで、その口から礼の言葉が出た。

 「気に入った?」

 「ああ」

 「お前、こういうの好きだろ」

 「…ああ」

 長い付き合いだからこそ分かる、恋人の好みだ。

 「どや顔すんな」

 四朗が指摘しながらも嬉しそうにして、時計を手に取って腕につけた。

 俺は、奴のグラスに酒を足してやる。

 そのとき、

 「え、ヤっちゃん?」

 名前を呼ばれて、俺は動きを止めた。

 顔を上げ、声のした方を見ると、そこにいたのは、

 一度だけベッドインしたことのあるユージという男だった。

 わけあって、結局最後まではヤらなかったのだけれど。

 今入ってきたところらしく、

 「やだ久しぶりー。何ぃ?今日、むちゃくちゃカッコいいー」

 腰をくねらせて、近寄ってくる。

 パッと見かわいく見えなくもない、細くて少し色黒の、おかまだ。

 「あんた、誰だよ」

 俺は初対面であるかのように振舞ったが、空気の読めない奴は、

 「やだぁ、空っとぼけちゃって。何、デート?わぁ、こちらさんもいい男」

 興奮した様子で近づくと、ウットリと見蕩れるような表情で、四朗を見つめた。

 「知り合いなんだろ」

 四朗が、ちょっと気持ち悪そうにして、俺を見る。

 「知らねぇよ」

 さっさとどっか行け。

 俺は心の中で念じたが、ユージはヘラヘラと笑いながら、俺が何か返すのを待っている。

 俺は密かに溜息をついた。

 せっかくいいムードになって来たってのに、なんでこんな奴が登場するんだよ。

 「悪いけど、俺はあんたを知らない」

 あくまでも他人を装うつもりで突き放すように言うと、ユージはやっと何かを感じとったらしく、

 「ああ…、ゴメンナサイ。人違いだったわぁ」

 わざとらしくそう言って、離れていった。

 四朗に目をやると、ものすごい形相でこっちを見ている。

 「…寝たんだろ」

 「寝てねぇよ」

 「嘘つくな」

 強い口調で言って俺を睨んで来て、俺は思わず本当のことを口にした。

 「…寝たけど、ヤってない」

 それを聞いて、四朗が自分の膝に乗せていたナプキンを掴んでテーブルに置き、立ち上がる。

 「女抱くし、男も抱くし抱かれるし。節操なしも大概にしろってんだ」

 ちょっと待て。今、なんか引っかかったぞ。…抱かれるし、ってとこ。

 俺は、媚薬を飲んで、四朗に掘られたときのことを思い出した。

 「だ、抱かれたのは俺の本意じゃないからなっ!」

 「話のポイントは、そこじゃないだろっ!!」

 四朗は、頭から湯気が出そうな勢いで怒っている。

 「もう別れるっ。お前なんかいらねぇよっ」

 奴の口から出た言葉に、俺は頭をレンガかなんかで殴られたような衝撃を受けて、

 「ちょ、ちょっと待てよ。いらねぇって言い方はないだろうが。

 ひっでぇな。俺だって傷つくんだぞ」

 マジでちょっと泣けそうな気持ちになりつつ四朗を見る。

 いろんなことを言われてきたが、そこまで言われたのは初めてだ。

 「それぐらい怒ってるってことだよっ。お前のは、もう病気だから治らねぇよっ。つきあいきれるかっ」

 顔を上気させて喚きつつ、その場を去ろうとする気配を見せる四朗の手を掴む。

 言われっぱなしで黙ってられるか。

 「俺は今日、お前のために、こんな格好して、こんな飯予約して、

 プレゼントなんかも用意したんだぞっ。確かにあの男を大昔に口説いたけど、ヤってないし、

 今はなんの関係もないし、お前が妬くようなことは何もねぇよっ!」

 「妬いてんじゃねぇっ!呆れてんだっ!!」

 俺は、奴の耳元でなだめるように囁いた。

 「とにかく帰ろう。帰って、一度じっくり話し合おう。な?」

 優しく言ったが、四朗の高揚した気持ちは治まらず、そのままのテンションで怒声をあげる。

 「どうせ抱けばどうにかなるとでも思ってんだろっ!」

 そう言われて、実際そう思って抱いたことがある俺は、黙った。

 それから、ボソッと言ってやる。

 「…抱かれるの、大好きなくせに」

 それを聞いた四朗の顔が、赤く染まった。

 「うるさい、うるさい、うるさいっ」

 げしっ、げしっ、げしっ。

 言葉に合わせて向こう脛の辺りに、蹴りが入る。

 「てっ、いてっ、痛ぇってっ」

 俺が喚いていると、店員が眉を寄せつつ近寄ってきた。

 「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので…」

 その言葉に、熱くなっていた四朗が我に返ったようにハッとして蹴るのをやめ、

 周りを見回してゆっくりと椅子に腰かけなおした。

 気持ちを落ち着けるように俯いている四朗を見ながら俺も座ると、奴がボソッと呟く。

 「気づいたからのこの食事じゃないのか」

 「え……」

 突然言われて、俺は、何のことか分からず、四朗の顔を見つめた。

 「一緒に暮らし始めて何年か知ってるか?」

 質問されたが、咄嗟には答えられず黙っていると、四朗がフッと笑った。

 「俺が掃除をしろって言って、お前が出て行った日。あの日で五年だ」

 俺は唖然とし、それから自分達が暮らし始めた日付を思い出そうとした。

 何日だっけ。

 確か、一周年の時は四朗が『記念日だから』って言って外で食事したような…

 こんなにめかし込まなかったけど。

 で、二周年の時も、一応家で、

 「二年経ったんだな」

 四朗が感慨深げに言って、酒を用意して乾杯したような…。

 意外に記念日とかを大事にするんだな、と驚いた覚えがある。

 そうだ。俺達が一緒に暮らし始めたのは、ゴールデンウィークだ。五月五日。

 確かに掃除機をかけろと言われたあの日だ。

 つまり、あの日は五周年ってことで、四朗は少なからず何かを期待していたのだ。

 それなのに、俺は全く気づかずに普段と変わらず、

 ジャージ姿でゴロゴロしていて…なにも考えてないの丸出しで。

 なんで四朗があの日あんなに不機嫌だったか、全く分かっていなかった俺に、

 言える言葉はなかった。

 

 

                               

                              後編へ続く…

 

 
2011.05.07

 

 

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