鬼と狼(ウルフ)と少年と2
ドアを開けて入って行くと、白いシャツにグレーのベストとパンツ姿の、
品の良さそうな男が、笑顔で出迎えた。
「君がイアン君」
語尾が下がっていたが、どうやら聞かれているらしいので、俺は「ああ」と頷いて、男を見る。
歳は三十前後だろうか。
スラッとしていて、いつも俺が相手をしている客たちに比べると、ずっと若くて清潔そうに見えた。
俺を買ったということは、それなりに金を持っているに違いなかったが、
この若さで何をして稼いでいるのだろうか。
賢そうな顔立ちをしてはいたが、何かの研究でもしていそうな雰囲気を滲ませているという意味で、
特に有能そうにも見えなかった。
親の遺産でも引き継いだのかも知れない。
「早速始めてもいいかな」
そう言って、彼が近くの座り心地の良さそうなソファに腰掛けた。
「おいで」
自分の膝の上に手を置いて、俺を呼ぶ。
俺は、何のつもりかと一瞬戸惑ったが、たまにイチャイチャしたいタイプの客がいるので、
この男もそれなのだなと踏んで、彼に近づきその膝の上に乗ろうとした。
「違う。こうだよ」
向かい合う形で乗ろうとしたら、体をクルリと反転させられて、後ろ向きで座らされる。
男は、一度、後ろから腕を回してギュッと俺を抱きしめた後、耳元で囁いた。
「君はいくつ?」
「十七」
「そう。小柄なんだね。こんな体で、僕のを飲み切れるかな」
楽しそうに言って、俺の耳たぶを柔らかく噛み、その後外耳を舌でなぞりながら、
俺のシャツの前を外して手を滑りこませてくる。
指先が探るような動きで胸を這い、乳首を探し当てると、
「こんなところにあったよ。小さいな」
嬉しそうに笑い、キュッと指先で摘まんだ。
「ん」
そのまま押したり転がしたりしてきて、思わず少し前屈みになる。
「小さいのに、ちゃんと尖ってきた。エッチだね」
俺の耳を食むようにしたまま囁く彼のモノが、俺の尻の下で、
同じように熱を帯びて硬く勃ちあがってきているのを感じた。
甘い囁きに、ちょっと調子が狂うけど、でもこういうプレイだと割り切れば悪くもない。
客にもいろいろいて、恋人のように接したがる人や、
とにかく相手を服従させたい威圧的な人などさまざまだ。
ま、圧倒的に、後者のようなのが多いけど。
ふと手の動きが止まる。
「君は、精液が好き?」
突然の妙な質問に眉を寄せた。
俺はアシュレイと違って、飲まなくても元気に生きていけるから、
精液について特別どうとも思わない。
「嫌いじゃないけど」
振り返り気味に答えると、男は俺の顔を覗き込むようにして見て、にっこり微笑んだ。
「僕は好きなんだ」
一見、とてもいい人を思わせる笑顔を俺に向けた後、
「飲んでもらうのが」
と付け加える。
「僕のはね、きっと飲みやすいと思う。たっぷりと飲ませてあげるよ。上にも下にも」
どうやら男は、自分の精液の味と量に自信を持っているようだった。
だけど、味なんて濃いか薄いか、くらいで大して変わらないし、
味自体を美味いと思って飲んだことなど一度もない。
量も個人差はあるけど、多けりゃいいというものでもない気がするし…
とにかく、いいも悪いも精液はただの精液だ。
そう思ったけど、客をいい気分にさせておくに越したことはないので、何も言わずにおく。
男は後ろから、しばらく胸を重点的に触っていたが、そのうち俺に、ベッドに行くように促した。
そうして俺がベッドに横になると、上に乗って俺のズボンと下着を脱がす。
「色が白いね」
男が眩しそうに目を細め、自分も服を全部脱いだ。
男のソコは、もう硬く勃ちあがっていて、
そのスラッとした容姿からは想像が及ばないくらい大きかった。
精液の味とか量よりも、こっちを自慢した方がいいんじゃないかと思うくらいだ。
…ま、伯爵には負けるけど。
「でかい」
俺が感心して、それをわざわざ口に出して言ってやったら、男は薄く笑って、
「ありがとう」と答えた。
そうして、近くに置いてあったローションの容器を取って中身を手に出し、
俺の足を広げて、後ろのすぼまりに指をあてがう。
男が、指をぐっと挿し入れて出し入れを始め、やがて十分にそこが解れてくると、
頃合を見計らって指を引き抜いた。
「今から、ここに熱いのを注いであげるからね」
まるで俺がそれを望んでいるかのように男が言って、男根を入り口に押し当てる。
次の瞬間、体重をかけるようにして、猛り切ったそれが根元まで押し込まれた。
「んぅ…っ」
たっぷりとした質量を受け止めて、背中がしなる。
男が少し引き抜いた後、腰を前後に動かし始めた。
硬くて太い男のモノが、俺の中を出入りする。
「んっ、あっ」
苦しいくらいの圧迫感が、次第に気持ち良さへと変わっていく。
男の腰の動きがだんだん激しくなってきた。
「あっ、あっ、いいっ」
硬く張り詰めたそれが最奥を穿ち、打ち込まれるたびに、痺れるような快感に襲われる。
男の腹と俺の尻がぶつかり合う音と、荒い息遣いが聞こえてくる。
「噂通り、なかなかイかないんだね」
ハッ、ハッと息を吐きながら、男が少し苦しそうに俺を見た。
「しかも、これも噂通りで、なかなかの名器だ」
その表情のまま言って、目を閉じる。
「ああ。僕がもうイきそうだよ。先にイってもいいかな」
俺が返事を返す前に、男が俺の足を持って高く上げた。
「中に出すよ。君の一番奥に注ぐから、僕を全部受け止めて」
男が、自分の体液で中を汚すことを、必要以上に意識させるように言葉を吐き、
「僕の味を、君の体でじっくり味わって」
さらに言って、膝裏を持って押さえつけ、高い位置から激しく突き入れてくる。
俺は、男のモノが弾けそうになっているのを感じた。
「あっ、んっ、ああっ!」
グッグッと突かれ、男のモノが出入りする感覚に、快感が高まって気持ちよさが募っていく。
「んっ、んっ」
「ああ…キツい」
男が呟き、最奥を穿っていた腰の動きが、ほどなくして止まった。
中のモノが脈打って、熱い飛沫が放たれるのを感じる。
男が、眉間にしわを寄せながらも笑顔を浮かべ、放出する感覚を堪能するかのように目を閉じた。
ドクッドクッと長いこと注ぎ込まれ、下腹に熱が広がっていく。
「全部飲み干して。君の体に僕を染み込ませて」
言っていることがしつこくて、ちょっと気色悪かった。
まるで、俺が孕むことを望んでいるみたいだ。
「そうだ。僕だけが気持ちよくなってもいけないよね」
男が俺の中からズルリと一物を引き抜き、体を下へとずらすと、
勃ちあがったままの俺のモノに顔を寄せた。
「別にいいよ。そんな、奉仕するような真似しなくても」
俺は言ったが、
「僕がしたいんだよ。君のがどんな味か知りたいし」
どうやら飲んでもらうだけでなく、飲むのも好きなようだ。
男が、口で咥える前に、今自分のモノを引き抜いた場所へとまず指を入れてきて、
「んっ」
イったばかりのそこへの、思いがけない刺激に体が仰け反った。
一気に奥まで押し入れられ、そのまま中で、指をグルグルと回される。
しかも、この太さからすると、どうも三本は入っているようだ。
「あ…ああっ」
白濁がたっぷりと注がれているそこは、
男の指の動きに合わせてグチュグチュと淫猥な音を立てた。
「どう?僕のはおいしかったかな」
そう言うのと同時に、男の口が俺のモノを咥える。
「ハッ…んっ」
前を愛撫しながら、指がもっと奥へと進められ、腰が浮く。
「はっ、あっ」
前立腺を擦り上げながら最奥まで浅く深く緩急をつけて突かれ、
それが激しくなると同時に口の動きも激しくなる。
ものすごく感じて、もう少しでイけそうなのに、俺はやっぱりイけなかった。
男が口の動きを止めて、顔を上げる。
「アージェ」
何かの名前らしきものを呼んだと思ったら、どこからか見たことのあるものが伸びてきた。
うちにあるアデラと同じ種類の触手だ。
「なかなかイかないんだ。可愛がってあげて」
男は指示すると、再び俺のモノを咥え、口とそして指を動かした。
「あっ、んっ」
改めて動き始めたその刺激に感じてビクッと揺れる俺の体に、
アージェが数本の触手を伸ばしてくる。
触手の先端が乳首に触れ、硬く隆起したところを、押したり転がしたり突いたりし始めた。
「あっ、あっ」
背が反って、口が開く。そこに、触手が一気に数本入り込んできた。
「ふぁ…んっ、んーっ!」
口の中で触手が蠢いて、上顎や喉奥を犯されているような感覚に襲われる。
その瞬間、体の攻められている部分の全てから快感が一点に集中し、
俺は達して、男の口の中に精液を放った。
触手が体を離れ、指が後ろから引き抜かれる。
男が、口に溜まったそれを飲み込む音が聞こえた。
「…こんな味は初めてだ」
ゆっくりと俺のモノから口を離して顔を上げ、男が驚いたように呟いた。
俺は、荒い呼吸をしながら、男を見る。それからフッと笑う。
どうでもいいけど。
イった後の、気だるさと疲れを感じて、横になったままボンヤリしていたら、
「これに、精液を入れていってくれないかな」
目の前に試験管を太くしたようなのを差し出されて、俺は眉間にしわを寄せた。
俺に、自慰をしろと?
「悪い。それ、無理だから」
「どうして」
「俺、自慰でイけないんだ」
男は、俺の言うことを聞いて、ポカンと口を開けた。
オナニーをし始める前に伯爵に抱かれて、
入れられてイくことを先に知ってしまった俺は、自慰で抜けない。
こんな商売をして常に出しているので、溜まらないから、する必要もないし。
だいたい頭で想像を膨らませて、その興奮でイく、ということがどういうことなのか、
よく分からないのだ。
「へぇ」
男がなぜか、感心したような声をあげた。
「だけど、なかには自慰を見せて欲しいって言う客もいるんじゃない?」
「いないでもないけど、そんなときは代わりに他のことをしてやれば大抵満足するよ」
男はまた「へぇ」と漏らし、珍しそうに俺をじっと見てから、
「また君を指名してもいいかな」
楽しそうな表情をする。
「ええ。いつでもどうぞ。ああ…シャワー借りてもいいかな」
帰り支度をして外に出、振り返って男の家をよく見てみたら、それは四角くて全体が白っぽく、
なんとなく病院や研究所なんかを連想させた。
精液の研究でもしているんだろうか。
「成長が楽しみだね。どんな青年になるのか…」
俺を玄関まで見送ってくれた男は、俺にそう言うと「またね」と笑ってドアを閉めた。
「疲れたから、早く帰ろう」
車に乗り込み、待機していたロッシュに斜め後ろからそう言うと、彼は、
「悪いけど、もう一軒あるんだ」
ちっとも悪そうな様子が窺えない態度でそう告げた。
「はあ!?」
俺は顔を歪める。
「一日に二軒とか、冗談だろ?」
「それが冗談じゃなくて…伯爵が、どうしてもと頼まれて断れなかったらしい」
俺は、伯爵の顔を思い浮かべた。
クソ伯爵。
「イアンが無理なら、体調が悪いとでも言って、今からでも断るが…どうする?」
「……」
俺は、今からもう一人相手をすることと、日を改めて相手することを頭の中で比較してみた。
体が温まっている今の方が具合がいいかも知れない。後処理はちゃんとしたし。
「明日は…休んでいいんだろ?」
「ああ」
「じゃあ、いいよ」
俺が言うと、ロッシュはエンジンをかけ、車を発車させた。
次の家は、家というよりは小さな城という感じの、
重厚な雰囲気漂ういかにも金持ち然とした外観の家だった。
この家の主なら、俺を買ってもおかしくないと思える。
そして、通された客間で会った主人は、いつもと同じような、
ちょっと腹に肉のついた、歳のいった男だった。
初老と言うには、幾分若いだろうか。
「イアン君だね。私は、もうずっと前から君に会いたかったんだが、
リラン伯爵がなかなか会わせてくれなくてね」
待ちわびたという感じで見られて、密かに苦笑いを浮かべる。
焦らして商品価値を吊り上げようという伯爵の魂胆に違いない。
「今日、やっとこうやって会うことが出来て、嬉しいよ」
だいたい伯爵はふっかけ過ぎなんだよ。
期待に応えなきゃならないこっちの身にもなって欲しい。
…って言うほど気にしてもいないけれども。
黙っていると、男が俺の肩に手を回して、
「こっちへ」
ベッドへと導き、俺を座らせた。
そして、ちょっと離れて俺を眺めるようにする。
何かを愛でる色を瞳に湛えながら、
「君は色が白くて目が大きいね。お人形さんのようだ」
ウットリとそう呟いて、再び近づくと俺をゆっくりと押し倒した。
お人形さんだなんて、そんなこと初めて言われたな。
少し落ち着かない気分でそう思っていたら、男が俺の服を脱がし始める。
大抵は、脱がしながら愛撫を施していくものだが、
男は何もしないままシャツとズボンを順に脱がして、下着までも取り去った。
裸に剥いてしまってから、また俺を距離を置いて眺める。
一体何をしているんだろう。品定め?
不審に思っていると、男が背を向けて俺を離れ、部屋の隅の衣装入れまで行き、
何か取り出して戻ってきた。
「ちょっと、これを着てみてくれないかな」
手にしていたのは、フリルがこれでもかとあちこちに付いて、
所々に金の刺繍が入った女物のブラウスと、フワフワと軽い素材の赤いミニスカートだった。
それと、ウイッグ。
俺は茶髪だが、用意されたそれは金髪だった。
それらを見て、顔を歪める。
「何、この三点セット。これを身につけろと?」
俺が聞くと、
「そうだよ」
男はゆっくりと頷いた。
どうやら女装した男と寝るのが好きらしい。
今までも、こんな経験は何回かある。
もちろん俺は女装なんか好きじゃないが、仕事なんだし、
ある程度のことは目を瞑ってやるしかない。
俺は、スカートを手に取った。
赤い生地に、白い細かなレースが縫いつけられている。
綺麗といえば綺麗な、なかなか凝った作りのスカートだ。
それを素肌に履くと、裾がひらひらと可憐に揺れた。
このスカートも、俺なんかじゃなくかわいい少女かなんかに履かれたかっただろうな。
そんなことを考えた後、今度は白いブラウスを手に取って身につけた。
ボタンを留めて前を閉じ、最後にウイッグをかぶる。
下着を履いてないのでスースーする。
でも下手に下着が用意されてなくて良かった。
女物のパンツなんて絶対履きたくない。
これ以上悪乗りしたら、癖になってしまいそうだ。
全部を装着した俺を見て、
「ああ。とってもよく似合うよ」
男が満足そうに微笑み、俺をベッドに再びゆっくりと押し倒して上に乗ってきた。
スカートの裾がめくれ上がる。
俺の方から、チラチラと自分の太腿が見えた。
きっと男の方からは股間もチラチラ見えているんだろう。
想像したら、なんだか滑稽で笑えた。
でも、男にはたまらなくそそられる光景らしく、
興奮した様子でスカートの中に頭を突っ込むようにして、俺のモノにむしゃぶりついてきた。
「んっ」
いきなり深く咥えられて、その刺激に背中が反る。
くそっ、変態っ。
女装で萌えるとか、そんな奴の気が知れない。
男が俺のを咥えたまま、手を胸の方に伸ばした。
ふりふりのフリルが幾重にもついた襟元のボタンに手をかけ、
一つだけ外して、そこから指を突っ込んでくる。
ブラウスの中で胸をまさぐって乳首を探し当て、捏ねるようにして指先で揉んできた。
触られて硬くしこってきたところを、指先で挟まれ、キュッと力を加えられる。
「く…んっ」
体がビクッと揺れ、
「かわいいよ」
俺のモノから顔を上げて、男が呟いた。
「頼みがあるんだが」
「な…んだよ」
乳首に刺激を与え続けながら、男が俺を見る。
「お兄ちゃん、と呼んでくれないだろうか」
げっ。俺は顔を歪めた。
なんだそりゃ。
俺は、こんな気持ち悪い兄ちゃんを持った覚えはないんだけど。
なんか男の嗜好に唖然としていると、男は呼んでくれるのを待っているのか、鼻息を荒くしている。
「呼ばねぇ」
俺はゾッとして、顔を背けたが、
「金を上乗せするから」
男が冗談ではないらしい口調で懇願してくる。
本気で呼ばれたいんだろうか。
俺は、仕方なく、嫌々ながらそれを口にした。
「…お兄ちゃん」
ぶっきらぼうに呼ぶ。男は、それを聞いて苦笑した。
「もう少し…こう、笑顔で…かわいく呼んでもらいたいんだが」
なんだよ。文句あんのかよ。
俺は、大きく息を吐いた。
女装させられた上に、お兄ちゃんなんて呼ばされて、たまったもんじゃないな。
頭の隅でそう思ったが、付き合ってやることにして、少しだけ笑顔になって、もう一度男を呼んだ。
大サービスで上目遣いも付けて。
「お兄ちゃん」
途端に男の目の色が変わった。
「ああっ、かわいいよ!なんてかわいいんだっ」
力をこめて、思いっきり抱きしめてくるので、苦しくなる。
「ちょっ、んっ、苦しい…」
そして、キモいっ。
男は、抱きしめたまま、動きを止めて、俺の耳元でハアハア言っていた。
その不気味さに、鳥肌が立つ。
何がそんなに萌えんだよっ、わけ分かんねぇっ。
「今から、おっきいの入れてあげるからね」
男がそのまま耳元で呟いて、俺を左手で抱きしめたまま、近くにあったローションを右手で取った。
容器を逆さにして、中身を俺のペニスに振りかけてくる。
その冷たさに、体がビクッと揺れた。
「ああ。ごめんごめん、冷たかった?
でも、すぐに気持ちよくしてあげるから、お兄ちゃんの、ちゃんと上手におしゃぶりしてね」
うう…。どうでもいいけど、お兄ちゃんお兄ちゃんって、お前は俺の何なんだっ。
男は、俺を大切なもののように離すことなく腕を回して抱きながら、
俺のモノにローションを塗って扱く。
「あ、んっ」
でも、それでイかせるつもりはないらしく、しばらくすると、
ローションにまみれた手を、俺の後ろに持っていき、ソコにツプリと指を挿し込んだ。
指をゆっくりと挿し入れて最初は優しく、途中から二本挿入し、中で指をバラバラに動かし、
だんだん興奮して来たのか、そのうち、ちょっと乱暴にも思える勢いで出し入れを始めた。
「んっ、あっ」
「お兄ちゃんのは大きいからね。たくさん解しておかないと」
指が三本に増やされた。太い指が、グッグッと奥を突いてくる。
大きいから、だなんて、自分で言うのは信用できない。
だいたい、それは数え切れないくらいモノを見てきている、俺が判断することだ。
ズル、と指が引き抜かれ、ファスナーを下げる音が聞こえた。
後ろに硬いモノが押し付けられ、男がぐっと力を込めるとゆっくり入ってくる。
サイズは普通だ。
全部が入ると、また興奮して来たらしく、男は激しく腰を振り始めた。
「ああ、とってもいい具合だ。上手だよ」
男が言って、俺を優しく抱きしめるようにして、動き続ける。
それなりに感じたが、やっぱり俺はこの程度でイくことはなく、
男が一人でものすごく盛り上がってフィニッシュを迎えた。
男は事が終わっても、俺に腕を巻きつけたままで、俺のどこを気に入ったのか分からないが、
「ずっとここにいてくれないか。君を手に入れるためなら、いくらでも出す。
リラン伯爵のところにいるより、いい思いをさせてあげるよ」
などと言い出す。
「大事にするから」
物凄く真剣な顔をしている。きっと、本気なんだろう。
俺は、男の顔をじっと見て、それから首を横に振った。
「悪いけど、その気はないよ。他をあたってくれないかな」
そう言うと、名残り惜しそうな顔をする男を離れてベッドを降り、
俺はフリフリのブラウスと、ひらひらのスカートを脱いだ。
かぶっていたウイッグも外す。
シャワーを借り、着てきた服を身につけると、そそくさと部屋の外に出た。
見回したら、ロッシュが少し離れた場所に、腕組みをして目を閉じた状態で座っていたので、
「ロッシュ!」
と声をかけた。
彼が目を開けて、こちらを見る。
「帰る」と言うと、「そうか」と呟いて立ち上がった。
「寝てんじゃねぇよ」
「目を閉じてただけだ」
ロッシュは今、ちょっとだけ人間に近い見た目になっている。
新月を迎えているからだ。
青い目で鼻の高い、背の高い男。
もちろん、満月の頃に比べると体毛が多少薄い、と言うだけで、
体中毛だらけなことに変わりはないけれど。
若く見えて、いいような気もする。でも、野性味が足りなくて、ちょっとひ弱そうにも見える。
「ここの家の子にならなくていいのか?うちにいるより、いい思いをさせてくれるそうじゃないか」
ロッシュが笑いながら聞いてきて、俺は、彼の顔を見上げた。
なんだ、聞こえてたのか。
「もう、こんな仕事をしなくても済むぞ」
何が言いたいんだか、そんなことを言ってきて、
「俺は、この仕事、向いてんだよ」
俺は、いつだったか伯爵に言われた言葉を思い出し、それを自分の言葉として吐き出した。
言われたときはちょっと嫌だったが、今では俺は、そうかも知れないと思っている。
よく考えてみても、この仕事が決して嫌いではないし、他の仕事よりは向いている気がするのだ。
「もし、あの男の話を受けたら、この仕事をしなくていい代わりに、
一生あいつの相手をしなきゃならないんだろ」
「…ま、そうだろうな」
俺は、笑った。
なんだよ、その返事。
「くだらねぇ事聞くなよ」
「そうか…スマン」
ロッシュが淡々とした調子で謝って黙る。
横を歩く彼の手が、歩調に合わせて揺れているのが目に入って、俺は意識的に目を逸らす。
…目障りだったらありゃしない。
自分の中に芽生えている想いと、今交わした会話に思考をやって、心の中で自分を嘲笑する。
クソくだんねぇ。
そうして二人で車の置いてある場所まで歩き、それに乗り込みロッシュの運転で帰る。
ロッシュは何か必要なものを頼んでいたらしく、途中で店に寄り、
注文しておいたものを受け取って、俺たちは邸へと向かった。
「イアン、帰ってきたー」
「イアン、お帰りー」
邸に着いて、中に入って行くと、双子の吸血コウモリ、フェスターとフェレスが
バサバサと羽根をばたつかせながら、玄関へと飛び出してきた。
いつも出迎えたりしないのに、こうして出てくる時というのは、何か下心があるときだ。
俺の上で飛びまわった後、二匹は俺の肩に降りてきた。
右肩にフェスター、左肩にフェレスが乗る。
「なんだよ、お前たち。今日はやけに懐っこいな」
怪しく思いながら言うと、
「俺、腹減った」
「俺も、腹減った」
両の耳元で、それぞれが呟く。
え。まさか。
嫌な予感がした次の瞬間、俺は両側から首に噛みつかれていた。
「ギャーッ」
たまらず大声をあげて振り払おうとしたが、二匹とも余計に歯を食い込ませてくる。
「いててっ。ロッシュっ!!こいつら、どうにかしてくれっ」
遅れて入ってきたロッシュに助けを求めると、彼は気づいて慌てて駆け寄ってきた。
「こらっ!お前達のエサは、これだっ」
今持ち帰った荷物を振り上げて叫ぶけれど、二匹は離れようとせず、
我を忘れたように俺の血を吸い続ける。
「お前達っ、いい加減にしないかっ」
ロッシュが怒鳴って、両の手で二匹を鷲づかみにし、強引に俺から引き剥がした。
「エサを切らしたのは俺が悪かった。でも、何であとちょっとが待てないんだっ」
掴まれたまま揺らされて、二匹がハッとしたような顔をする。
それから、フェスターが夢見るような瞳で言った。
「イアン、美味そうだった」
フェレスが恍惚の表情を浮かべる。
「イアン、エサに見えた」
そして、口を揃えて言った。
「イアン、美味かった」
……。そりゃ良かったな。
だけど、二つの仕事の後の、この思いがけない吸血はキツい。
前屈みになって、気持ち冷たくなっているように感じられる額に手をやっていると、
「大丈夫か?」
ロッシュが申し訳なさそうな顔で聞いてきた。
「ああ」
「悪かったな。今度からはちゃんとエサを切らさないようにするから」
それを聞いて、笑う。
「ぜひそうしてくれ」
ロッシュは、俺の肩に手を置いて、一度グッと掴むようにした後、台所の方に歩いていった。
「はあ」
息を吐いて、噛まれた箇所を押さえながら顔を上げる。
すると、目の前にアシュレイが立っていて驚いた。いつの間に…
「アシュ」
心なしか顔色が悪い。
何かを求めている表情だ。
自分にも血をくれと言うのだろうか。それとも…儀式?
「あの…悪いけど今日は…もう」
げっそりしつつ呟くと、アシュレイが恨めしそうな目で見る。
勘弁してくれよ。こっちだってオーバーワークで疲れてんだよ。
他の人間ので妥協して下さい…
「明日…。明日なら大丈夫だから」
本当は明日でもちょっとキツい感じだったが、言えなくてそう告げると、
ふいと目を逸らして離れていった。
「お前たちのせいで、アシュの分がなくなっただろ」
今は落ち着いて梁にとまっている、双子のコウモリ達を見上げて言ってやると、
二匹は血相を変えて言い返してきた。
「俺たちのせいじゃない」
「俺たちちょっと吸っただけ」
一言ずつ口にしてから、揃って喚く。
「イアンのケチんぼ!!」
それを聞いて苦笑した。
俺がケチなんかい。
「アシューかわいそう」
「アシュー慰めてくる」
コウモリ達はそう言って、アシュレイが向かった方へとバサバサと羽音をさせて飛び去っていった。
慰める…とかって、どうせ自分たちが甘えたいだけなんだろう。
だいたい言ってることがハチャメチャだ。
俺は一つ溜息をついて、自分の部屋へと歩き出した。
部屋につくと、ドアを開けて中に入り、上着を脱いでハンガーにかける。
ふとベッドの横に小皿が置いてあるのに気づいた。
その上には、造血促進作用のある木の実が五粒ほど乗っていて、
俺は、それを右手で掴むと、無造作に口に放り込んだ。
脇には『ごくろうさん』の文字の書かれた紙。
口中の物を噛むと、カリッといい音がし、強烈な酸味を感じて、俺は思わず顔を顰めた。
でも気分はいい。疲れきった体に、元気が染み渡っていく気がする。
「サンキュ。ロッシュ」
と呟いて、明日の為にベッドに体を横たえながら、俺は、
それでも…やっぱりここがいい。
そう再認識するのだった。
了
2011.03.30