鬼と狼(ウルフ)と少年と3


 

 両の乳首には、伯爵の命で、双子の吸血コウモリが張り付いていた。

 フェレスが、硬く立ち上がっている乳首に小さな舌を押しつける。

 乳輪にまで、唾液を塗り込めるようにして舐められて、声があがった。

 「あ…ああっ」

 もう一方の乳首ではフェスターが、隆起したそれを咥えこんで、

 激しく音を立てながら吸い上げていて、そこから生まれる快感がジワジワと腰を疼かせている。

 伯爵が足を高く持ち上げて開き、後ろのすぼまりに舌を這わせた。

 「ンッ!」

 そこと舌が滑り合う感覚に、強い刺激を感じて体が揺れる。

 伯爵は、そのまま舌に力を入れ、硬く尖らせて、後ろに入れて来た。

 もともと濡れている舌は、なんの抵抗もなく飲み込まれていく。

 伯爵は、ペニスもでかいが、舌もでかくて長い。

 その大きな舌を、伯爵はさらに伸ばすようにして、入り口を押し開きつつ挿入してきて、

 それが中で動き始めると、ウズウズとなんともいえない感覚が、背筋を駆け抜けた。

 入れられた舌に力がこもり、中で内壁を舐めるように動かされたら、

 「んんっ」

 背中が突っ張るように仰け反る。

 伯爵の行為に感じてそうなっていることは癪だったが、

 体が反応してしまうのを抑えることができない。

 その感覚に翻弄されつつも、

 「はっ、ああっ。もう、そこばっかり…っ」

 いつまでも同じ場所を攻めているので、不服の声をあげると、

 中の敏感な部分に舌で触れてきて、

 「あっ…!」

 体がビクンと揺れた。

 舌先でつつかれ、その膨らみをグッと押されるようにされて、

 掴まれた太腿に力が入ってブルブルと震える。

 「い…い加減、舌を…っ」

 抜け、と言おうとしたら、ニッと笑った伯爵が、もう一度力を込めて押し込んだ。

 「うぁっ」

 その反動を利用するようにして、ようやく舌が抜かれ、

 中を滑って出ていくとき、背筋をゾクッとする感覚が駆け抜けた。

 伯爵が俺の足を掴んでいた手を離し、その手を今舌が出て行った場所へと持っていった。

 そうしてノックするように指先でソコを突いてきて、体がビクッと反応する。

 まるで楽しんでいるような動きだ。

 「ぁ、は…やく」

 たまらずに請うと、もう舌で十分解されているから指を入れる必要はないのに、

 またすぼまりをつんつんと指先でつつく。

 びくびくと震える反応を楽しむばかりで、ペニスを入れようとしないことに少しイラついたとき、

 伯爵がつつくのをやめて、指を中心に押し当てた。

 「っ、指じゃなくて…っ!」

 思わず叫んだら、動きを止めて俺を見る。

 「指じゃなくて?」

 聞かれてハッとした。

 「指じゃなくて、何が欲しいんだ?」

 伯爵が面白そうに俺を見下ろしている。

 俺も伯爵を見上げ、じっと見つめる。

 伯爵は、俺の口からそれを言わせたいのだ。

 答えずにいると、伯爵が前を寛げて自分のモノを取り出し、再び俺の両の太腿を掴んだ。

 ぐっと足を引き寄せられて開かれ、

 「欲しいのは、これだろ?」

 後ろのすぼまりに、勃ち上がったモノがあてがわれる。

 潤んだその場所で、ヌルヌルと先端を動かされ、

 「あ…は…」

 早く欲しくて、俺のモノから先走りが、ツと伝い落ちた。

 伯爵が体重を乗せ、少しだけ挿れてくる。

 十分に濡れた入り口が、伯爵のモノに圧迫されクチュッと音を立てた。

 「どうだ?もっと欲しいか?」

 伯爵が笑いながら聞いてくる。

 ヒリヒリと焼け付くように、体が、奥が、それを欲しがっていて、

 分かっているはずなのに、伯爵はそれ以上挿れようとしない。

 わざと焦らして楽しんでいる。

 「『もっと挿れてください』と言ったら挿れてやる」

 「……っ」

 従順に言うことを聞く気になどなれなくて、ちょっと睨むようにしたあと顔を背けたら、

 「言わないなら、なしだ」

 伯爵は後ろから自分のモノを引き抜いた。

 「あっ」

 欲しくてどうしようもないのに抜かれてしまい、ソコがものすごい空虚を感じてヒクつく。

 「どうした」

 俺の表情を見て、伯爵が楽しげに聞いてきて、俺は、伯爵を睨みつけた。

 挿入もなしではいつまでもイけない。

 そんなに長引かせて、一体なにがしたいんだ。

 そう思っていると、伯爵が俺を見返して、おかしそうに目を細めて笑い、

 「本当にお前の体は、こういうことに具合がいい」

 また後ろに指を押し当て、挿れてきた。

 「ああ…っ。指じゃ、なくて…っ」

 一番の望みをなかなか叶えられずに、じれったさが体中に広がる。

 中が、足りないと訴える。

 伯爵が、指を奥までグッと入れ、出し入れを数回繰り返してから引き抜いた。

 「欲しいなら、そう口に出して言えばいい」

 そうして、今度は指を二本に増やして挿し入れ、入ってきたものを、俺のそこは容易く受け入れる。

 「ああっ」

 とても足りない。欲しいのは、それじゃない。

 「イアン、何が欲しい?」

 伯爵が口を俺の耳元に寄せて囁き、指を奥まで押し込んで、かき回す。

 言ったら負けのような気がして、必死に理性を保とうとしていると、

 もう一度引き抜かれた指が、今度は三本に増やされて押し当てられ、

 一気に最奥まで挿れられた。

 「ハ…ああ…っ」

 さらに広げられて、潤い解された俺の中は、抜き差しと同時に淫靡な水音をたてる。

 だけど、まだ足りない。それじゃない。それじゃないっ。

 感じてたまらなくなり、俺が我慢出来ずに、

 とうとう伯爵のモノをねだる言葉を口にしようとした、その時。

 「おじさま」

 静かで冷ややかな、アシュレイの声が聞こえてきた。

 また調子が悪いのだろう。声が不機嫌な色を帯びている。

 伯爵は、指の動きを止めた。

 「もう、そっちへ行っても…?」

 アシュレイが、カーテンで仕切られた向こうの部屋から、今の状況を窺うようにして尋ねてくる。

 伯爵は、俺の後ろからゆっくりと指を抜きながら「ああ」と答えた。

 そして、

 「遊びが過ぎたな」

 誰にともなくという感じで呟いて足を持つと、俺の体を折り曲げ自分のモノを後ろにあてがった。

 力を入れて、覆いかぶさるようにしてグッと挿れてくる。

 「んっ、ああっ」

 満たされたくてたまらなかった場所が、

 伯爵のたっぷりとしたソレで貫かれ、体が喜びに震えるのを感じた。

 「これが欲しかったんだろ?」

 伯爵が囁き、

 「嬉しいか?」

 すぐに抽挿を始める。

 先端が最奥まで届いて、

 「あっ、あっ」

 反発したい気持ちとは裏腹に、俺の体は押し寄せる快感を貪欲に求め、

 伯爵のモノを締め付けた。

 「本当に、体だけは素直だな」

 おかしそうに伯爵が言って、ふと気配を感じて横を見るとアシュレイが立っている。

 音もなくひっそりと近づいてきた彼は、横に来て俺を見下ろしていた。

 ひどい顔色だ。蒼白くて、いつもは頬に差す赤みも今は見られない。

 それだけじゃなく、表情もなんとなくいつもより険しい。

 具合が悪いときのアシュレイは、鬼気迫るものがあり、

 瞳が元々赤いこともあって、怒っているように見える。

 その様子はまるで鬼のようだ。…って、鬼なんだけど。

 アシュレイがいつものように跪き、先走りが溢れて伝い落ちている、俺の竿をつまんだ。

 そのまま顔を寄せて、パンパンに張って感じまくっているのが丸分かりのそれを、

 口に含んで目を閉じ、舌をそろそろと動かして、先端を撫でるように舐めた。

 「あっ、んんっ」

 後ろの奥を突かれる気持ちよさに、新たな刺激も加わって、俺は背中を反らした。

 「気持ちいいのか?イってもいいぞ」

 伯爵が言うと、胸に張り付いていたコウモリ達も、愛撫をさらに激しくする。

 吸ってばかりいたフェスターが、硬く尖った乳首を軽く噛んで来て、

 「ハッ、ああっ」

 俺は、イきそうになった。

 もうすぐ。もうすぐでイけそう…なのに、イけない。

 そのもどかしさに、俺は思わず何かを口走りそうになる。

 喉元まで出かかったそれを、必死に飲み込んだ。

 「まったく、手間のかかる奴だ」

 伯爵が呆れたように呟いて、

 「アシュレイ、離れて」

 アシュレイに向かってそう言い、彼が離れると、俺の足をさらに高く持ち上げた。

 「よっぽど壊されたいらしい」

 伯爵が苦笑して、抜けそうなギリギリのところまで自分のモノを引き抜いた後、

 力を込めて、高い場所から再び一気に押し込んだ。

 「ああっ!」

 衝撃に、大きな声があがる。

 次いで、伯爵は中でサイズを大きくすると、最奥を穿つ激しい抽挿を始めた。

 「はっ、ああっ…、んっ」

 ギチギチに詰まったモノを動かされて、その苦しさに、眉根を寄せる。

 伯爵の息遣いも荒くなってきた。

 目の前で行われている行為に、冷たい視線を向けていたアシュレイが、

 その表情のまま俺に近寄ってきて、俺のモノを握る。

 抽挿が激しく、咥えることは難しいらしくて、

 手で鈴口を刺激したり緩く扱いたりしてくれたが、俺はまだイけなかった。

 「アデラ」

 伯爵が、近くの鉢植えに呼びかけ、呼ばれたアデラが触手を伸ばしてくる。

 スルスルと、十本近い触手の先端が俺の顔の上に来てうねっている。

 と思ったら、勢いよく口の中へと一斉に飛び込んできた。

 「……っ!」

 いっぱいに入って来て口を大きく開かされ、声も思うように出せない状態で、

 触手が上顎や舌や喉奥に、触れたり絡んだりしてきて、

 一度にたくさんの舌に犯されているような感覚に陥る。

 揺られながら、息が苦しくなるくらい口腔を陵辱されるうちに、大きな快感の波が訪れ、

 「んんーっ」

 俺は背中を仰け反らせた。

 次の瞬間、体がガクンと落ちるような感覚に襲われ…

 気づくと、俺は射精していた。

 

 ぐったりとした俺の腹の上に飛んでいる白濁を、アシュレイが赤い舌で舐め取る。

 触手が口の中から出て行き、コウモリたちも胸から離れて、梁へと飛んで行ってぶら下がる。

 伯爵が、俺の中から自分のモノを引き抜いた後、

 ちょっと疲れた顔で俺を見下ろし、何か言いたげにした。

 でも、何も言わず、そのまま部屋を出て行く。

 伯爵を目で追った後、視線を感じてそちらを見ると、

 精液を舐め終えたアシュレイがこちらを見ていて目が合った。

 少しずつ彼の頬に赤みが差してきていて、体にも生気が溢れ始めているのが分かる。

 それまでとは別人かと思うほど、活き活きとした容貌に変わっていく。

 調子がいいときのアシュレイは、本当に綺麗で、伯爵が溺愛するのも頷けた。

 俺と目を合わせたまま、彼も伯爵と同じように、何か言いたげにする。

 でも、こちらも何も言わずふいっと目を逸らした。

 訝しく思いながらも聞くことはせず、俺がベッドの上で身を起こすと、

 今は梁にぶら下がっているフェスターが、体をブラブラと揺すりつつ言った。

 「ロッシュ、今日はいない」

 続けてフェレスが、兄を真似て揺れ始め、その状態で俺に教えるように告げる。

 「ロッシュ、今日は用事」

 なんで突然そんな事を言い出すのか分からなかったが、

 「へぇ、そうなんだ」

 と答えるでもなく答えると、フェスターが、

 「イアン、残念?」

 と聞いてきて、二匹揃って首を傾げる。

 「なっ」

 その言葉を聞いて、俺は固まった。

 「何言ってんだよ、お前らっ。お、俺はっ、全然」

 なんか顔が火照ってきて、恥ずかしさに、思わず否定するような言葉を口走る。

 そんな俺を、アシュレイがジッと見つめてきて、さらに顔が熱くなった。

 「イアンは、ロッシュが好き?」

 彼がズバリ聞いてきて、俺は困りつつ苦笑する。

 「アシュ」

 勘弁して、という目で見ると、アシュレイは怖いくらいに真面目な顔をしていて、

 俺はあれっと思い眉を寄せた。

 コウモリたちと一緒になって、俺をからかっているのかと思ったら、

 そうではないようで、もう体の具合も良くなっているはずなのに、

 まだ怒っているようにキツい瞳で見てくる。

 「僕は、おじさまが好き」

 アシュレイが、挑むように俺に向かってそれを口にして、俺は驚き、ポカンと口を開けた。

 彼が伯爵に愛されていて、彼も伯爵のことを好きなことは知っている。

 二人がキスしているのを、目にしたこともある。

 いつもいい雰囲気で、羨ましいくらいだ。

 なのに…

 どうして、それをわざわざ俺に?

 話が見えなくて黙ってアシュレイを見つめていると、

 彼は俺に背を向けてドアの方へと歩き出した。

 儀式の後は、大抵血を飲みたがるのに、今日はいいのだろうか。

 「アシュ。血はいいのか?」

 飲まれるのは嫌だけど、どっちみち後で飲まれることになるのだろうし、

 腹が減っているだろうと思って声をかけると、アシュレイは振り返って薄く笑った。

 「僕、今イアンの血を飲んだら、そのままイアンを殺してしまいそうだから」

 「え」

 びっくりして言葉に詰まる俺を、アシュレイは束の間凝視して、それから早足で部屋を出ていった。

 呆然とする。

 今のは…?俺を…殺す?俺、殺されるのか?アシュレイに?

 「アシュー、怒ってる」

 「イアン、怒らせた」

 梁で見ていたコウモリたちが、責めるような口調でそれぞれに言ってくる。

 そしてその後、同じ言葉を一緒に口にした。

 「イアンのバカー」

 その態度にちょっとイラッと来る。

 こいつらは、いつだってアシュレイの味方なのだ。

 眉を寄せながら二匹を見上げて指をさし、

 「お前ら黙ってろ」

 睨みつつ言って、俺も部屋を後にした。

 

 自分の部屋に行き、アシュレイの言ったことについて考えてみたが、よく分からなかった。

 それから午後の仕事をし、その間にも考え続けたが、やっぱり分からなくて、

 俺は伯爵の部屋へ行くと、ドアをノックした。

 アシュレイがあんなにも不機嫌だったわけを知りたかった。

 「俺だけど、話がある」

 声をかけると、「どうぞ」と返事が聞こえて、俺はドアを開ける。

 すると、伯爵は真正面の仕事机にいて、

 「ちょうど良かった。私も話があるんだ」

 俺の顔を見て、書類を脇へ除けた。

 俺が近づいていって、「なんだよ」と聞くと、伯爵は座ったまま俺を見上げた。

 「お前、ロッシュとヤらないか?」

 それを聞いて、俺は、ポカンと口を開ける。

 「…は?」

 言ってることが分かりません。

 いや、分かるけど、理解できない。

 「だから、ロッシュと」

 「ヤるわけないだろっ!!!」

 俺は、いまだかつてそんな大声は出したことがない、というくらいの大きな声で怒鳴った。

 ロッシュとはキスしたことはあるけど、それ以上はない。

 キスした時だって、それだけで体が爆発するかと思うくらい感じて大変だった。

 それなのに、セックスだなんて…とんでもない。

 俺は、試しにロッシュとヤるところを想像してみようとした。

 モワンとそれっぽいシーンが頭に浮かんだが、

 具体的なことを思い浮かべようとすると脳が拒否して無理だった。

 ものすごく恥ずかしくて、そのモワンだけでさえ、頭がかあっとのぼせたようになる。

 「なんでそんなに赤くなる?」

 伯爵がおかしそうに笑いつつ聞いてきて、

 「伯爵が変なこと言うからだろっ!いきなり、何言い出すんだよっ」

 俺は喚いた。

 からかわれているんだと思ったのだが、

 伯爵は、マジで不思議がっているみたいな表情をしていて、

 俺はアシュレイのときと同じように、あれっと思う。

 それから、伯爵がちょっとテンションが下がった様子で呟いた。

 「ロッシュのこととなると、必死だな」

 その言葉に、俺は動きを止めた。

 確かにそうだ。

 ロッシュ以外とヤることは、なんとも思わないのに、どうしてあいつだけ駄目なんだろう。

 ウリに行くときも付き添ったりして、俺のしてることなんて全部知られているのに。

 普通なら、好きな人とこそ、ヤりたいと思うものだろう。

 それなのに、ロッシュを相手にちょっとそれっぽいことを考えるだけで、

 むちゃくちゃ恥ずかしくなる。

 「なんで、そんなこと言うんだよ」

 理由が知りたくて、眉間にしわを寄せつつ伯爵を見ると、珍しく溜息なんかついて、ぼそっと言う。

 「アシュレイが、私に儀式をして欲しくないと言うんでな」

 俺は驚いた。

 「え。だって、一番儀式を必要としてるのは、アシュだろ?」

 「…そうなんだが」

 伯爵の浮かない顔を見ていたら、俺の頭の中に、アシュレイの言った言葉が甦った。

 『僕は、おじさまが好き』

 …ひょっとして妬いてるんだろうか。

 儀式とは言え、俺と伯爵がセックスすることが嫌なのかも知れない。

 「……」

 考えて見れば、当然と言えなくもない。

 まあ、嫌だろうな。

 しかも、伯爵はいつも無駄に長くするし。

 だけど、もうずっと前からやって来たことだし、

 あれはあくまでも儀式であって、セックスとさえ呼べない気もしている。

 今まで割り切ってやって来たことを、

 なんで今更アシュレイがそんなふうに言うのかと考えてみれば、

 やっぱり伯爵の遊びが過ぎるからだとしか思えなかった。

 それで、

 「伯爵が遊ばなきゃいいだけの話だと思うけど」

 俺が言うと、その言葉を聞いて、伯爵は苦笑いを浮かべた。

 「そうなんだが、イアンがなかなかイかないからつい」

 俺のせいかよ。確かになかなかイかないけど…

 でも、これは体質みたいなもんで、イこうと思って早くイけるもんでもないし。

 「もういっそのこと、外で他の誰かに精液と血液の提供を頼んで、

 俺は、ウリと邸での仕事だけするってのはどうかな」

 俺の提案に、

 「それが…、イアンのがいいらしくてな」

 伯爵は首を横に振りつつ、溜息をついた。

 …わがままだなぁ。

 「だから、ロッシュとヤって、精液を」

 「ヤらねぇっつってるだろっ!!」

 もう一度繰り返し、しかも何か付け足そうとする伯爵の台詞を、大声を出して遮る。

 言われるだけでも恥ずかしい。

 俺はムッとしながら伯爵を見て、聞いた。

 「それって、アシュの思いつきなのか?」

 「ああ」

 それを確かめてから、考える。

 アシュレイは、俺の気持ちを知っている。

 多分は、この邸の誰もが知っていて…

 行為の最中に口走ってしまいそうだったのは、ロッシュの名前だった。

 ロッシュのキスがあればイけるのに、とあの瞬間思っていた。

 

 ロッシュは俺とヤりたいと思ったりしたことがあるんだろうか。

 そう考えたら、自然に笑えてきた。

 なさそうだよなぁ。

 そして俺は、ロッシュとヤれたら嬉しいだろうか。

 ロッシュとヤりたいんだろうか。

 彼となら、きっといつもより早くイけるだろう。

 そしたら、伯爵とヤる必要もなくなるから、確かにアシュレイも喜ぶに違いない。

 だけど…

 仕事とか儀式とか、そういうのでロッシュと体を重ねることを考えると、

 なんだか空しい気持ちになる。

 そんなのは嫌だ。

 「ロッシュとは、どう考えたって無理。アシュには、

 俺がイってから部屋に入ってもらうようにしたらいいんじゃないかな。

 最中はアデラをもっと使うようにして」

 俺がまた提案すると、伯爵がフッと笑う。

 「この邸の主人は私なんだがな。命令だと言ったらどうする?」

 俺は、伯爵の顔を見つめた。

 笑ってはいるが、いざとなれば、本当にそんな命令を下す気だろうか。

 「……」

 ロッシュは伯爵に頼まれたら、どうするだろう。

 儀式のために、俺を抱くのか?

 伯爵の命なら、言うことをきくのかも知れない。

 そう思ったあと、憎らしいと思う感情が湧いて来て、

 ロッシュに会ったら蹴りの一つも入れてやろうという気になった。

 俺が答えずに黙っていると、

 「そんなにあれが好きか」

 伯爵が苦虫を噛み潰したような表情をする。

 「私とはいくらでもヤるくせに」

 なんだか嫉妬しているように見えた。

 ひょっとして、伯爵は俺のことを好きなのだろうか?

 俺は…伯爵をそういう意味で好きだと思ったことなどない。

 本当に俺にそういう気持ちを持っているのだとしたら、不思議だとしか言いようがない。

 伯爵にはアシュレイがいるし、その容貌から恋の相手には不自由しないに違いないのに。

 俺が、浮かんだ疑問を、でも伯爵に訊ねることも出来ずにいると、

 「まあいい。お前の言う通り、

 アシュレイには事が終わってから部屋に入ってもらうようにしよう」

 伯爵が、俺の提案を受け入れて、

 「アシュレイがなんと言うかは分からんがな」

 少し面倒に感じているらしい口調で、そう言った。

 それを聞いて頷いてから、俺は伯爵の部屋を出た。

 

 邸に来たころのことを思い出す。

 明け方、伯爵に抱かれて疲れきった体で台所に行くと、大抵ロッシュがいて、

 「腹が減っただろ?」

 と声をかけて、温かい食べ物を食べさせてくれた。

 汚れた体を、風呂で洗ってくれたこともある。

 不器用だけど、なんか暖かいものを感じて、すごく安心したのを覚えている。

 

 台所に行ったら、ロッシュが帰ってきていて、夕飯の支度をしていた。

 近づいていって、手伝う。

 「なぁ」

 皿を並べながら、話しかけると、

 「ん?」

 ロッシュが並んだ皿に料理を盛り付けつつ答える。

 「ロッシュは、伯爵の言うことならなんでも聞くのか?」

 聞いたら、笑った。

 「…まあ、大抵はな」

 「だけど、聞き入れられないことも、あるだろ?」

 「そりゃ、あんまり無茶なことを言われたら、

 『出来かねます』と断ることもあるかも知れないが、でも」

 そこで手を動かすのをやめ、顔を上げて俺を見る。

 「伯爵はそんなこと言わないだろ」

 ロッシュの青い目が、俺の目を覗き込むようにして言ってきて、

 俺は視線を落として俯いた。

 俺には無茶言ったけどな。…まあ無理強いはしなかったけど。

 そう思いながら、

 「じゃあさ、もし」

 俺が再び顔を上げて口を開き、そこまで言って止めると、

 「もし…?」

 ロッシュがキョトンとした表情で促すように繰り返し、俺が何を言うかと待っている。

 伯爵が俺を抱けと言ったら、どうする?

 その質問を頭に浮かべたまま、心臓の鼓動が早まるのを感じつつロッシュの顔を見ていたら、

 その顔が、だんだんとんでもなく憎らしく思えてきた。

 どう考えても聞けるわけがなく、

 「なんでもねぇよっ」

 叫んで、無かったことにする。

 それから、ロッシュの後ろに回ると、

 「おわっ!?」

 俺は彼の尻に、膝蹴りを喰らわせた。

 

 

 

 

                               了

 

 

2011.07.04

                          

 

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