鬼と狼(ウルフ)と少年と5 前編


 

 絵の中では、伯爵が、椅子に腰かけたアシュレイの後ろに立ち、

 彼の肩に手を置いていた。

 二人ともじっとこちらを見つめている。

 大きな屋敷などではよく見かけるタイプの絵画で、立派な額に入れられて、

 意図的になのだろうけど、クラシカルな雰囲気に仕上げてあり、かなり大きい。

 珍しく、アシュレイが俺の首から割と早めに犬歯を引き抜き、

 俺は離れるとすぐに、彼を見て問いかけた。

 「どうしたの、これ」

 ここは、廊下に設けられた談話スペースのような場所で、

 話が出来るように椅子とテーブルが置いてある。

 でも、俺の記憶では、昨日まで、ここにこんな絵は飾られていなかった。

 聞かれてアシュレイが、俺と同じように壁の絵へと視線を向ける。

 その表情に嬉しそうな色が浮かび、

 「有名な画家の先生に描いてもらったんだよ」

 俺の血が巡って来て気分も良くなったらしく、活き活きと輝き始めた瞳で言う。

 「へぇ」

 絵を描いてもらっていたなんて、全然知らなかった。

 「だけど、なんで?」

 「さぁ…何を思ってなのかは分からないけど、おじさまが突然言い出して。

 この邸の血筋の者として、絵を描いてもらって飾るのもいいかも知れないな、って」

 「ふーん」

 俺は、彼の顔を見つめた後、もう一度絵に視線を戻した。

 絵の中の伯爵は、もともと整った顔立ちの上に、

 キリッとした表情を浮かべていてかっこいいし、アシュレイはかわいさも残しつつ、

 透明感があって綺麗だと感じさせる。

 まさに絵になる二人だ。

 黙ってそれを眺め、しばらくしてから、

 「嬉しい?」

 と聞くと、アシュレイは満面に笑みを浮かべて、「うん」と大きく頷いた。

 どうやら、伯爵とのその体験は、彼にとって、幸せなものだったようだ。

 その笑顔を見て「良かった」と思い、俺も和やかな気分になっていたら、

 ふいに、今度はアシュレイから俺に振ってきた。

 「イアンはどうなの?」

 「え…」

 「ロッシュに大事にしてもらってる?」

 そう言われて、

 「だ、大事にっ…!?」

 思わず素っ頓狂な声をあげる。

 俺は、日頃の俺に対するロッシュの言動を思い浮かべ、

 「う、うん。まあ…」

 ぼそぼそと肯定の言葉を口にしたが、なんだか恥ずかしくて、

 まっすぐアシュレイを見られないまま、視線を下に落とした。

 ロッシュの気持ちが分かり、想いが通じて公私ともに認める仲になった今でも、

 俺は自分とロッシュのことを言われると、落ち着いていられなくて、

 ものすごく取り乱してしまう。

 そんなだから、相変わらず双子のコウモリ達にからかわれていて、

 悔しい思いをすると共に、どうにかしたいと思っているのだけど、

 結局どうすることも出来ずにいる。

 アシュレイくらい落ち着いて受け答えが出来たら、と思うが、無理みたいだ。

 「そう。良かった」

 アシュレイが、クスッと笑ってから安心したように言うので、

 俺は火照る頬を意識しつつ顔を上げた。

 彼はいつだって、俺とロッシュのことを案じてくれている。

 そんなアシュレイを、もちろん俺も応援しているわけで、

 最近では、これまでにない頻度で、彼とよく話すようになっていた。

 互いに他に相談相手もいないし、アシュレイがその手の話が好きで、

 話し出すとなかなか止まらない。

 「そう言えば、今朝ロッシュを見たよ」

 置いてあった紅茶のセットに手を伸ばしながら、アシュレイが切り出した。

 「ああ。俺がやるよ」

 俺はアシュレイの手からポットを受け取ろうとしたが、

 彼は「いいから」と制して、そのままカップに紅茶を注いだ。

 「ロッシュを見てると、月の満ち欠けの具合が分かるよね」

 彼がポットを傾けつつ、面白そうに口にする。

 「ああ、うん」

 俺は苦笑して頷き、ここ二、三日のロッシュの姿を思い浮かべた。

 今は月が欠けていく時期で、確か明日が新月だ。

 新月の頃のロッシュは―

 体毛が薄くなって、見た目がいつもより人間に近くなる。

 俺は、ワイルドなロッシュも好きだけど、新月の頃の、

 高い鼻と青い瞳、そして銀色の髪をした、人に近い容姿のロッシュも、

 かなり好きだったりする。

 それで、一度その姿のロッシュと、一緒に夜を過ごしてみたいと思っているのだけど…

 でも―

 新月のロッシュは、俺を抱いてくれない。

 「あのさ、ロッシュ…あの、今夜さ…ロッシュの部屋、行ってもいい?」

 ロッシュは、俺が恥ずかしいのを我慢して切り出しても、

 「ああ…っと、今夜はちょっと無理かな。明日用事があって早いんで、もう寝ないと。

 今日、結構ハードだったし…悪いな」

 などと分かるような分からないような理由をつけて、断ってくる。

 「…そう」

 思い切って誘ったのを断られるのは、結構ショックで、そう言われると気分が沈む。

 そんなことが何度かあって、最初は気づかなかったけど、

 それが新月の頃に限ってだと分かってからは、もうその時期に誘うのはやめた。

 ロッシュは基本優しいし、俺の頼みも大抵は聞いてくれる。

 そんな風に拒絶されるのは、そのことくらいだ。

 どうやら嫌がっているらしいのに、無理強いすることもない。

 …とは、思っているのだけれど、でもなんか不本意な気がして納得できない俺もいる。

 月が欠けていくほどに、素っ気なくなっていく夜のロッシュ。

 どうして新月のロッシュは、相手をしてくれないのだろう。

 思考は巡って、何度も同じ疑問に辿り着き、考えてみるが、結局分からない。

 月に合わせて、性欲もなくなってしまうのだろうか?

 「どうしたの?浮かない顔して」

 新月のロッシュに感じている少しの淋しさを思い出していたら、アシュレイが聞いてきた。

 「え…」

 「何かあったの?」

 気持ちを探るように、俺の表情を窺ってくるアシュレイに、どうしようかと思う。

 いくらいろいろ相談し合う仲だとは言っても、

 夜のことをストレートに口にするのは、抵抗があった。

 俺はアシュレイの差し出す紅茶の入ったカップを、礼を言って受け取る。

 そして、言おうかどうか迷った後、

 「…あのさ、アシュレイは、新月の頃のロッシュを、どう思う?」

 とりあえず新月のロッシュの印象について質問してみた。

 アシュレイは、「うーん」と思い出すようにちょっと上目遣いをし、

 「そうだなぁ。新月の頃のロッシュは…弱そうだよねぇ」

 と口にしてから、

 「弱そうって言うか、なんて言うか…普通に、人間?」

 と付け足す。

 俺は、それを聞いて、うんうんと頷いた。

 ただ、普通の人間にしては、圧倒的に毛深いけど。

 「新月の頃のロッシュに、何か問題があるの?」

 アシュレイが、自分の紅茶にミルクを入れつつ、さりげなく探りを入れてくる。

 「別に問題ってほどじゃあないけど…」

 俺がもごもごと口ごもると、俺の顔を覗き込んで、

 「ないけど…あるんだ?」

 確信しているようで、興味あり気な瞳を俺に向け、さらに追及してきた。

 俺は、

 「んー…」

 と曖昧な返事をしてカップの中の液体に目をやる。

 新月のロッシュは、弱そう、か…

 まあ、見た目もちょっとひ弱な感じになるし、実際に力も弱くなるんだろう。

 力も弱く……。

 そこまで考えて、ん?と思う。

 もしかして…力だけじゃなく、セックスも弱くなってしまうのだろうか?

 その考えが浮かんだら、なんだか核心に近づいたような気がした。

 そうなのか?

 性欲がなくなるわけじゃなくて、セックスが弱くなってしまうから、

 だから、するのを嫌がって…

 辿り着いた考えに、妙にしっくり来るものを感じていると、アシュレイが話を再開する。

 「で、実際に弱いの?」

 あっけらかんとした口調で聞かれ、

 「えっ」

 俺は驚いて、弾かれたように顔を上げた。

 「な…なんの話…」

 体が熱くなってくる。

 「なんのって、力とか弱くなるのかな…って…え」

 そこで、彼は何かに気づいたような様子を見せ、俺の顔を見つめながら、それを口にした。

 「ひょっとして、夜の話?」

 ズバリ聞かれて、そうだ、とも言えずに固まっていると、アシュレイは、

 そんな俺の態度にちょっと呆気に取られたようにしてから、おかしそうに笑った。

 「なんだ。夜の話だったんだ。そうならそうと言ってくれればいいのに」

 彼が笑みを浮かべるのを見て、カアッと頬が火照ってくるのを感じる。

 彼は事もなげに言うけれど、でもやっぱりそういうことを口に出すのは抵抗があるのだ。

 アシュレイはひとしきりおかしそうにした後、改めて聞いてきた。

 「で、夜の弱いロッシュに不満があるんだ?」

 その言葉に、俺は首を横に振る。

 「ううん。不満があるとかそれ以前に…」

 そこまで言って、間を置いた後、俺は思い切って打ち明けた。

 「新月のロッシュとはしたことなくて」

 「え、どうして」

 「…したがらないんだよね」

 苦笑しつつ、アシュレイを見る。

 「ロッシュが?」

 「うん。いつもこの時期は拒まれてる」

 自分で言っておいて、拒まれてる、と言う言葉の響きがこたえて、ちょっと凹んだ。

 小さく衝撃を受けている俺を尻目に、

 「じゃあ…実際弱いのかどうかも分からないんだね」

 アシュレイはあくまでも冷静に分析しようとしていて、

 「う、うん」

 彼に、押され気味になりながら、俺は肯定して頷いた。

 アシュレイが「ふーん」と鼻を鳴らし、ゆっくりとカップを持ち上げ、

 「イアンは、新月にもロッシュとしたいのに、ロッシュはしたがらないってことだよね」

 状況を確認するように聞いてきて、俺はその通りだと、また頷いた。

 彼が何か考えるようにする。

 俺も紅茶を口に運び、彼の言葉を待っていると、

 「でもさ」

 と口を開いた。

 「もしロッシュが、本当にあっちが弱くて嫌がってるんだとしたら…

 僕なら、わざわざ新月に相手してもらおうとは思わないな。

 だって、新月の彼より満月の強そうな姿のほうが魅力的だと思うし」

 俺を見てそう言い、

 「その時期を少し我慢してやり過ごして、

 その後魅力的な彼にたっぷり愛してもらえばいいんじゃない?」

 カップをソーサーに戻して、小首を傾げた。

 アシュレイはいい方法だと思って提案してくれているらしい。

 でも、真面目に考えてくれてる彼には悪いけど、

 俺はその時期のロッシュとも、してみたいのだ。

 その想いがないのなら、アシュレイの言った通りにすれば済むことなんだろうけど。

 そう思っていたら、勘のいいアシュレイは、俺の表情を読んだらしく驚いた顔をした。

 「え…新月のロッシュとそんなにしたいの?

 もしかして、新月のロッシュの見た目もすごく好き、とか?」

 声のトーンを上げてそう聞かれて、ますます頬が熱くなるのを感じる。

 そのまま無言でいたら、俺を凝視していた彼が、やがて笑みを浮かべつつ息を吐いた。

 「ごちそうさま」

 と言ってから、

 「本当に、イアンはロッシュが好きだよね」

 顔を赤らめる俺に、感心したというように、言葉を継ぐ。

 「アシュ…」

 俺は、眉を寄せた。

 これ以上いじられては、たまらない。

 からかわれるのは双子のコウモリ達だけで十分だ。

 「じゃあ、理由をはっきり聞いてみるしかないよね」

 アシュレイが勧めるように言って、俺はそうすることを考えてみた。

 考えていると、アシュレイが、表情に少しだけ意地悪な、

 試すような色を滲ませて聞いてくる。

 「ねぇ。ロッシュが…本当にすっごく弱かったらどうする?イアンがガッカリするくらい」

 俺は、そうだった時のことを、頭に思い描いてみた。

 ……。

 別に、それでも構わない。

 「俺は…新月の頃の彼も好きだから、その時期も、一緒に夜を過ごしたい。ただそれだけ」

 そう言うと、アシュレイは俺をじっと見つめた後、

 「…そっか」

 と笑った。

 俺は次の仕事に移るためと、話をそろそろ切り上げたい気持ちもあって、

 「じゃあ、俺、仕事があるから、もう行くよ」

 紅茶の残りを飲み干し立ち上がる。

 「うん。血とお喋りをありがとう。僕は、もう少しここにいるよ」

 アシュレイが壁の絵に目をやりながら言い、俺はその場を立ち去ろうとした。

 その時、上でバサバサと羽音がして、

 見上げると梁に双子のコウモリ達がぶら下がっている。

 大人しくしていたのだろうか。

 奴らがいることに全然気づいていなかった俺は驚いた。

 「お前ら、いつから…」

 俺が呟くと、それを聞いた兄のフェスターが、上から見下ろしながら言ってくる。

 「俺たち最初からいた」

 弟のフェレスも、兄を真似て、

 「俺たちずっとここにいた」

 と言う。

 どうやら全部聞いていたらしい。

 嫌な予感に襲われると、それを見計らったように、フェスターがからかう口調で言ってきた。

 「イアンはロッシュがすごく好きー」

 「……」

 それに調子を合わせて、弟のフェレスも囃すようにして声をあげる。

 「ロッシュ好き好きー」

 その後二匹は同じように体を揺らしながら、

 「イアンはロッシュがすごく好きー。ロッシュ好き好きー。好き好きロッシュー」

 と大声で繰り返した。

 思わず拳を握って、怒りに震える。

 俺が反応して怒るのが面白いからやっているんだと分かってはいるけど、

 熱くなるのをどうしても止められない。

 「おーまーえーらー」

 二匹に向かって、

 「いつか絶対串焼きにしてやるからなっ!!」

 と怒鳴ったら、

 「わーっ」

 と叫んで、一定の距離を置いた場所まで逃げた後、なにやら会話を交わし、

 それから楽しそうな嬌声をあげて、飛び去っていった。

 くっそー。あいつらー。

 もういなくなってしまった辺りの空間を睨みつつ、鼻息を荒くしていると、

 アシュレイが気の毒そうに、でも、楽しんでいる表情を浮かべて俺を見る。

 俺は、そんな彼をじとっと見返した。

 「アシュの躾が悪い」

 ポツリと言うと、

 「…あー、ゴメン」

 苦笑しつつ返す。

 さらにじとっと見つめて、

 「つうか、アシュも楽しんでるだろ」

 と言うと、

 「…バレた?」

 ペロッと舌を出した。

 バレた?じゃないよ。

 俺は、ドッと疲れたような気分になって、げんなりしながら、ヨロヨロとその場を後にした。

 

 

 翌日。

 アシュレイが、わざわざ俺の部屋にやって来た。

 彼の部屋に俺が出向くことはあっても、

 逆はとても珍しいことで、どうしたんだろうと思ったら、

 「昨日のこと、おじさまに聞いてみたんだけど」

 と言う。

 「ええっ!?」

 俺はびっくりして、思わず大きな声を出してしまった。

 「聞いたんだ!?」

 でも、アシュレイは俺のリアクションについては想定内だったようで、

 「それで、おじさまが言うにはね」

 さらっと流して、話を続ける。

 「う、うん」

 俺が一瞬肩すかしを喰ったような気持ちになり、

 でも気を取り直して頷くと、その先を教えてくれた。

 「『生命力や回復力が弱まるというのはよく聞く話で確からしいが、

 噂ではそれと同時に、あっちの方もかなり弱くなるみたいだぞ』だって」

 伯爵のモノマネ付きで、ちょっと笑った。

 「…そうなんだ」

 話の内容と、アシュレイの意外な面を見たこととの両方に驚きながらも相槌を打つ。

 すると、彼がもう一度背筋を伸ばし、偉そうにして、

 「『最悪勃たないらしい』って言ってたよ」

 また真似しつつ説明してくれる。

 「た、勃たない…」

 アシュレイには、なんかいろいろとツッコミどころがある気がしたけど、

 とにかく理解して、頭の中に、それがどういうことなのかを思い浮かべた。

 以前、高い金を払ったのに、いざ本番というときになって勃たなくて、

 ものすごく決まりの悪そうな顔をした客がいたのを思い出す。

 「こんな子じゃ勃たないんだよっ」

 終いには俺のせいにして、ロッシュに文句を言っていたっけ。

 本当に俺がタイプじゃなかったのかも知れず、その真偽については分からないままだけど、

 とにかく、勃たないことをむちゃくちゃ気にしているみたいだったのが印象的で、

 ちょっと可哀想になるくらいだった。

 攻める側になったことのない俺には、その感覚はピンと来ないんだけど、

 それはやっぱりとても恥ずかしいことなのだろうか。

 もしそうだとしたら、機能しない時期のロッシュにエッチを求めるのは、

 酷な事なのかも知れない。

 「そうか…。分かったよ。アシュ」

 なんでか得意げなアシュレイに笑って、

 「ありがとう」

 俺が礼を言うと、

 「どういたしまして」

 彼はすごく満足した様子で、機嫌よく戻って行った。

 

 その日の夜。

 俺は、新月の日だと知りながら、ロッシュの部屋に行った。

 アシュレイと話をしてから、考え続けた末、

 気は重いけどハッキリ聞いてみることにしたのだ。

 行く前に彼の了承を得たのだが、それを言うには、すごく勇気が要った。

 これまではこの時期に誘って、毎回断られている。

 きっとロッシュは、今回も断ろうとするだろう。

 でも。

 夕飯の後、ロッシュと一緒に後片づけを終えてから、俺は意を決して、彼に話しかけた。

 「ロッシュ…。今夜、ロッシュの部屋に行ってもいい?」

 「え…」

 思った通り、ロッシュが表情に戸惑いの色を浮かべる。

 「イアン…。悪いが今日は」

 「分かってるっ。分かってるけど」

 断ろうとする彼の言葉を、俺は遮った。

 今日は絶対言う、と決めていたから、恥ずかしさが込み上げてくるのをこらえて、

 彼の目を見ながら、自分の素直な気持ちを口にした。

 「…ただ一緒にいたいだけなんだ」

 そんな俺を、彼が動きを止めて訝しげに見返してくる。

 「あのさ、あの…そばにいるだけで、したくないなら何もしなくていいから」

 「……」

 「ロッシュは、自分のしたいことしてていいし、寝たいなら寝ちゃってもいいから」

 だって、俺は新月のロッシュもかっこいいと思うし、いつだって彼が好きなのだ。

 本当の本当はしたいけど、ロッシュが新月はどうしても嫌だというのなら、

 そして、求めることでロッシュが困るというのなら、そばにいるだけでもいい。

 俺が言い終わると、彼は俺の顔を見たまま何か言いたげにし、

 でも何も言わずに、穏やかな表情になって頷いた。

 何度か深く相槌を打ち、

 「ああ、いいよ」

 発した一言に、緊張していた体から力が抜ける。

 すごくホッとして、

 「じゃあ、後で行くからっ」

 彼に向かってそう言うと、俺は台所を出た。

 新月のロッシュと、やっと一緒に夜を過ごせると思ったら、

 足取りも自然と軽くなり、弾むようにして自分の部屋へ向かった。

 

 

 

 

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2014.04.06

                          

 

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