男と女の間には
電話が鳴っている。呼び出し音、十回。うーん。うるさい。と思ったら切れた。
日曜日。カーテンから白い光がすじになって漏れている。ベッドの中は気持ちが良くて、まだ寝ていたい。
電話の事など忘れて寝ていると、呼び鈴が鳴った。誰か来たらしい。それも無視して寝ていると、雅の声がした。
「嬌子っ。嬌子ってばっ。いないのっ」
どんどんドアを叩く音に、あたしは飛び起きた。慌てて玄関へ出て行く。
ドアを開けると、雅が立っていた。あたしのパジャマ姿を見て呆れている。
「まだ寝てたの!?」
「うるさいなぁ。いいじゃない、日曜なんだもん」
ぼさぼさ頭を適当に整えながら、答える。ついでにあくび。
ああ、たるい。昨日、体育祭で大活躍したのがひびいてる。
「で、何なのよ」
あたしが聞くと、雅がハッとして思い出したように言った。
「そうそう。のんびりしてる場合じゃない。映画。今日、封切りなの」
「映画?」
何の事だかさっぱり分からん。
あたしが眉間にしわを寄せるのを見て、雅が不安げに聞く。
「もしかして覚えてないの?前、言ったじゃない。初日に見に行くよって」
「どういう映画だったっけ」
雅が信じられないという顔をして、それからちょっと怒ったように笑ってあたしを見た。
「…何にも聞いてなかったんだね」
「分かった。行くって」
情けなく笑ってそう答えると、あたしは着替えて出かける用意をした。
映画を見て、駅の地下街を歩いた。
映画は幽霊物だった。死んだ恋人が会いに来て一騒動あると言うよくあるパターンの話だ。
恋人が母親や友達だったりする事もあるが。
でも、あたしは最近そう言う話は、ルール違反な気がして来た。
現実に伴侶に死なれた人達は、どんなに望んでも二度と会えないのに、
映画では感動的に再会しちゃったりするのだ。
まぁ。夢を見るのは悪くないし、作り話にいちゃもんつけるのも野暮ってもんだが。
隣の雅は、「良かったね」を繰り返している。
あたしも、よくある話ではあるが悪くなかったのでフンフンと頷く。
雅がクレープを食べたいと言うので、それを買って食べながら歩いていると、
向こうから来た女の子が、あれっと言うようにあたし達を見た。
それと同時に雅が声を挙げる。
「よっちゃん!!」
そう言いながら駆け寄って行った。雅の知りあいらしい。
二人が親しげに喋り始めたので、あたしは少し離れてクレープを食べながら二人を見つめた。
相手の彼女は、見事なベリーショートだった。外人っぽい顔によく似合っている。
細身で長い足にジーンズがかっこいい。くりくりした大きな目がかわいい。
二人は、しばらくそうして喋っていたが、やがてバイバイと手を振って雅が戻って来た。
「中学の時の友達」
聞きもしないのに雅が言った。
「ふーん。かわいい子だね」
しみじみ言うと、雅がクスクス笑った。
「何」
「だって、あの子男だよ」
「えっ」
って事は、おかま!?
あたしが唖然とすると、雅がますます笑う。
「だって、あんなにかわいかったのに」
仕草も女っぽかったのに(当たり前か)。
「あの子、よっちゃんって言って、クラスの人気ものだったの。面白いから」
そう言いながら、雅が歩きだす。
「おかま…なんだよね」
「おかまの人って頭いいんだよっ」
あたしの言い方が偏見に満ちて聞こえたのか、雅がムキになって言う。
「そ、そうなんだ。で、でも、凄いじゃない。おかまの友達がいるなんて」
「友達って言うか、昔よくグループで遊びに行ったりした時に彼も一緒だったの」
「ふーん」
あたしは、何だかとっても不思議な気分になってしまった。
おかまがいるって事はもちろん知っていたけど、いざそばにいるとなるとやたらリアリティのある存在だ。
世の中にはいろんな人がいるんだなぁ。しみじみ…。
うおーっ。うーんっ。うわーいっ。時間がないっ。ちっくしょー。入らないぜっ。ごろごろするっ。
と言う経験が割りとある。何の声かと言うと、ズボンにシャツ、トレーナー等を入れる時の声だ。
あたしは、ジーンズ派であるにも関わらず、ズボンにシャツを入れる時間が異様に長い。
未だに慣れない。上手く出来ない。
シャツを出して履くのは好きじゃないが、こんな苦労をするくらいなら
出して履く方がましだと思ってしまう程苦手だ。
時間のない時など、汗をかいての悪戦苦闘だ。
入れるたびに不便だと思うんだけど、男はズボンを不便もしくは面倒と感じないのだろうか。
生まれた時からだから慣れているのだろうか。
それは、長い間あたしの疑問だった。しかし、その疑問も解かれる日が来たのだ。
雅と二人で出かけた日。凄く混んだデパートのトイレに入って、あたしは顰蹙者だった。
不覚にもジーンズを履いて行ったあたしは、個室を長々と一人占めし、中でいつものように苦労していた。
入らないっ。ごめんなさいっ。えーん。
ぜえぜえ言いながら出て行くと、雅が待っていた。
「長かったね」
「だって、シャツが入らないんだもん。
男なんていつもズボンだけど、あたしみたいに不器用な奴がいるんだろうか。大変だなぁ」
「男はトイレでいちいち脱がないよ」
「……」
ガーンッ。そ、そうだったのかっ。
他愛のない話だが、あたしは目からうろこが落ちる思いだった。そんな違いがあった事をすっかり忘れていた。
当然と言えば当然の事ながら、女がシャツを入れる回数は男に比べて断然多いのだ。
ズルイッ。
男と女の間にはおかまがいて、男と女の間にはそんな違いが…あったのだった。