ミスコン


雅と仲良くなって、彼女の家の場所を教えてもらった時、あたしは驚いた。

「ここだよ」

彼女が笑って指差したそれは、あたしがいつも通りすがりに

『どんな金持ちが住んでるんだろう』と見上げていた大邸宅だった。

彼女の両親が名前に聞き覚えのある有名人だと知った時も驚いた。

もっと早く気付いていてもいいようなものだが、何しろそっち方面に興味がなくて疎い。

まあ、そのことは雅があまり言いたがらないことではあるし、

あたしが付き合ってるのは両親ではなくて雅なので、そう重要な事ではない。あたしにとっては、

「ふーん」

と鼻を鳴らす程度の事だ。

で。その、あたしの生活に直接の影響をもたらす問題の当の本人、雅。

彼女に初めて会った時のショックと言うのはどちらの比でもない。

前にも言った通り「いいもの見たぁ」と言うのがその時の正直な感想だ。

本当に彼女は美人だ。気障な言い方で照れるけど、妖精か天使を見たように思えた。

でも、つきあってみると、初めに抱いた清廉潔白純真無垢な美少女のイメージはあっけなく崩れた。

あたしを怒らせることばーっかして喜ぶ、とんでもない奴だ。

だけど、初めて会った頃とは違って、親しみを持って接している。

彼女の性格をよく知らなかったあの頃は、

「綺麗だけど、仲良くなれそうなタイプじゃないな」と思っていた。

容姿から来る印象で判断していた。

そう。初対面で、人を容姿で判断するのは仕方のない事だ。中身を知らないのだから。

唐突だが、ミスコンに出る奴は、容姿で判断されてもしょうがないのだ。

容姿だけで判断されてもいいと言う覚悟の奴はミスコンでも何でも出ればいい。いいけど…。

   

事の起こりは、二ヶ月前。外は暑かった。残暑厳しく、うだっていた。

が。学校で、あたし達は爽やかな毎日を送っていた。

現身(うつしみ)高校−すなわちあたし達の学校は進学校で、

快適に勉強が出来るようにと言う配慮のもとに冷暖房が完備されている。

そのおかげで、校舎の中にいれば夏でも涼しく過ごせる。

中でもとっておきに気持ちのいい場所があって、

あたし達は放課や昼休みなど暇がある毎にそこに通っていた。

「そこ」とは、職員室の前の通気口がある場所の事だ。

職員室前の廊下に、金網を張った人間サイズの通気口があって、

その前に立つと風と同時に吸い込まれそうになって気持ちがいいという仕組みだ。

つまり掃除機の吸い込み口がでかくなったようなもので、校舎の空気が出て行くのか冷たい強い風が、

体の中をすり抜けていくように感じる。

そこに立っていつも通り、あたし達は涼んでいた。

通りがかりの若い男の先生が笑いながら声をかけていく。

「何やってんだ」

「涼んでるんです」

笑ったまま、職員室に消えた。また、他の先生が通りかかる。

年配の先生は、目をまん丸にして驚く。

「何してる」

はしたないと言いたげだ。確かに、髪は後ろへ引っ張られ、スカートは金網にへばりついていてみっともない。

でも、すまして答える。

「涼んでます」

先生は、まだ何か言いたげにして、でも何も言わず呆れたように職員室に入っていった。

ので、あたしは手にしていた本を開く。

雅は、隣で黙って涼んでいる。

五行ほど読んだだろうか。雅が動く気配がした。

もう時間かと思って顔を上げると、雅が掲示板のそばに寄って、記事を見ていた。

目を凝らして読むと、『ミス現身コンテスト出場者募集』と言った内容の事が書いてある。

今年の文化祭の催しの企画らしい。ミス現身を決めるなんて、こんな学校でもそういう事をするのか。

それに、こんなに早くから取りかかるとは力入ってるなぁ。

などと密かに感心していると、彼女が振り返った。

「あたし、これ申し込んで来る」

そう言うと、駆け出す。

え?これ申し込んで来るって…えーっ!?

「ちょ、ちょっと待ったっ!」

あたしが止めるのも聞かず、走って行ってしまう。

ま、何かを心に決めた時あたしが呼んだくらいで止まる奴じゃないのだ。

運痴だから追いかければ追いつかんでもないが…。

「嫌われてもしらんぞーっ」

あたし、大声で叫ぶ。

「嬌子がいればいいよーっ」

……あーあ。ったく。

その時、職員室のドアが開いて、年配の先生が出て来た。

「静かにせんか」

「すいません。以後、気をつけます」

ほら。あたしだけ怒られちまった。あれといるとろくな事がない。

あたしは、息を大きく吐き出すと、本の続きを読んだ。

   

時は流れ、雅がミスコンに申し込んだ事は、すでに周知の事となっている。

でもって、あと三日で文化祭だ。

あの後、実行委員のところから戻って来た雅に、何で突然出る気になかったか聞いた。彼女は、へろっと答えた。

「だって、面白そうなんだもん」

かーっ、こいつは。と思わず言いそうになったがなんとか飲み込み、はっきり言った。

「あたし、票入れないからね」

彼女は、ただ「うん」と頷いた。

こんな事を友達のあたしの口から言うのも何だが、雅は女子のウケが悪い。

彼女は、ただでさえ目立つ容姿の上に目立つ事が好きだし、

気に入った相手以外とは喋りたがらないし、わがままだ。そういう奴は同姓に好かれにくい。

あたしも人づきあいの点では、あんまり雅の事を言える立場じゃないけど、

彼女ほど目立たないんで反感買う事もない。

別に雅がミスコンに出るのは勝手だけど、複雑な気分。

本を読んでるそばで、女子連が話してるのが聞こえてしまう。

「なんか生意気だよね」

雅の事だ。元々あまり好かれてなかったのが、今ではほとんど嫌われ者だ。

女子連に、雅の悪口を言うなと食ってかかるのがいい友達なんだろうけど、

あたしはそれほど優しくない。面倒くさい。それに、自業自得。だし。

だから、聞こえないふりで本を読む。責めるんなら勝手に責めてくれ。

雅は、と言うと、そんな事を知ってか知らずか最近美しさにさらに磨きをかけている。

肌の手入れに余念がない。爪や唇や髪の手入れも万全だ。

うちへ遊びに来ても、テレビも見ずに鏡とにらめっこばかりしている。

それだけじゃない退屈して来ると、持って来た化粧道具を使ってあたしの顔で遊ぶ。

昨日、雅は本読んでるあたしの顔に化粧をした。

   

「いいよ。気にせずに読んでて」

ってね。気にせずにいられるかっつーの。はっきし言って読めないよ。邪魔だし気が散って。

「邪魔なんだけど。あたしは、化粧より本読みたい」

「いいじゃない。たまには」

何が「いいじゃない。たまには」なんだ。したくないもんはしたくないんだ。

雅はやめようとしない。あたしも本を読み続ける。かなり長い間我慢したが、次第にムカついて来た。

「だーっ!邪魔だって言ってんでしょっ」

雅から遠ざかって、背を向けた。雅がポツリと言う。

「本気で怒ってる」

「怒ってるよっ」

雅は何も言わない。しばらくして、彼女が後ろから近づく気配がした。

「これ。見て」

雅が肩ごしに何か差し出した。手鏡だった。受け取って、覗いた。ハッとした。

振り返って雅を見る。雅が、にこっと笑う。

「志保子おばさんの化粧の仕方を真似てみたの。雰囲気あるでしょ」

似てる。似ても似つかないと思っていたけど、顔立ちも違うけど…でも、何となく志保子に、似てるっ。

「でも、それまだ未完成なんだ」

雅が続きを始めた。あたしは、手鏡を持ってされるがままに任せながら、感動していた。胸がじんとした。

志保子に似てる自分がこんなに嬉しい。ああ。あたし、こんなに志保子のほんとの子供になりたい。

どうしてそうじゃないのだろう。

あたしは、鏡の中の自分を見つめた。その鏡の後ろに雅の真剣な顔がある。

「ねえ雅」

その顔を見つめて聞いた。

「ん?」

手を止める事なく、雅が応える。

「やっぱりミスコン出るの?」

「出るよ。いい思い出にもなるし」

「だけど…外見だけで評価されて悔しくないの?」

「別に」

「中身を見てくれって言いたくならない?」

雅が、一瞬手を止めてあたしを見た。でも、すぐ視線を反らして化粧を続ける。

「中身は嬌子が知ってるでしょ」

「みんなに嫌われるよ」

「嬌子がいればいいって言ったでしょ」

「でもわざわざ嫌われるような事しなくたって…」

「好きでもない人たちに嫌われたって、何とも思わない」

眉を書きながら、雅がその言葉通り平然と言い切って、あたしはそれ以上何も言わなかった。

「出来たよ。志保子おばさん」

鏡の中には、あたしの知らないあたしがいた。

さっき見た時は、ただ嬉しかったけど、やっぱりいつもと違う顔の自分は気持ち悪かった。

志保子は、あたしが彼女に似てなくても、愛してくれる。

あたしは、手鏡を置いてまた本を読んだ。

雅は、ちょっとつまらなそうにして、それから気を取り直して自分の化粧を始めた。

   

文化祭当日。午前中は、雅と一緒に展示物を見てまわった。美術部に化学部に映像部。

そして、体育館でのブラスバンドの演奏に軽音楽部のバンド演奏。演劇。

面白そうな物が目白押しだ。体育館の催しもプログラムがつまってる。

ちなみにあたし達は、クラブに所属していない。

あたしは何より読書が好きで、クラブに入るより一人で読んでいたいし、雅は集団で何かするのが嫌いだし。

うーん。あんまりいい事ではないな。と言いつつ自分には甘かったりする。

いろんな物を見ているうちに、ミスコン出場者への呼び出しがかかった。

ちょうど化学部の、化学薬品を使った楽しい実験に夢中になってた時だった。

「じゃ、あたし、行って来るね」

「うん。頑張れ」

今日の雅は、最高に綺麗だ。

大事な日にちゃんとベストコンディションに持って行くあたり、母親顔負けだ。

あたしが、実験からちょっと目を離してそう思いつつ雅に手を振った時、

「そこの髪の長い女の子。ちょっと出て来てください」

タイミング良く目に止まったのか、雅が進行役に呼び止められた。

「ごめんなさい。あたし用があって。この人が代わるから」

雅は、事もなげにそう言って出て行った。焦ったのはあたしだ。

「じゃあ、その髪の短い人」

って、えーっ。あたしでいいの?う、嬉しい。やってみたかったんだ、こう言うの。

あたしは、わくわくしながら前へ出て行った。

彼は、ちょっと残念そうだ。でもこの際んなこたどうだっていい。

あたしは、沸騰した液体(沸点が低い)に手を突っ込んだり、凍った薔薇をこなごなにしたり、

いろんな実験を大いに楽しんでから体育館へと向かった。

   

ミスコンと言うと、何やら華々しいものを想像してしまう。が、うちのは違う。

校舎のところどころに写真展示のコーナーが文化祭前の一定期間だけ設けられ、

それを各人が見て、一番いいと思う子に一票ずつ投票するというだけのものだ。

これでも堅い校風を打破しようと実行委員会が思いきって立てた企画らしい。

そう言えば、軽音楽部のバンド演奏も今年が初めてだ。

あたしは、数日前から貼り出されている写真を改めて眺めた。

体育館の内部壁面に貼ってあるコーナーだ。コーナーごとに投票箱が置いてある。

そして、手には投票用紙が一枚。

雅以外の候補者はよく知らないから、

どうしても雅に目が行ってしまうが、はっきり言って、彼女には入れたくない。

あたしは、ミスコンに雅が出る事を賛成していないのだから。

それで、無理矢理目を他の子に向けて写真をじっと見つめる。周りの人達も、同じように壁面を見つめている。

二番より三番かな。四番は駄目だ。五番も三番とは張れないし。

…こういう見方をする事自体、間違っている気がするが。

気が進まないながらも、あたしなりに一番かわいいと思った子を選び出すと、投票用紙に番号を書いた。

三番の子だ。書いた後、それを二つに折る。 

その時、隣で見てた三人組の女の子達の会話が聞こえた。

「この子、自薦だって」

「知ってる。この子、ちょっとかわいいからって高慢なんだよね」

彼女達が誰の事を言ってるか、その目線を見なくてもすぐに分かった。

「あたし、この三番の子に入れよう」

「あ、あたしも。その子いいなって思ってたんだ」

そんな会話を聞きながら、あたしは紙を持つ手に力を込めた。

彼女達が、投票用紙に記入してそそくさと去って行く。

あたしは、自分の投票用紙をもう一度開いた。消しゴムで消す。

三番を七番に書き直す。彼女の写真を見上げた。

笑っている。あたしも笑った。

とびきり写りのいいやつだ。

再び投票用紙を折ると、箱に入れた。

   

予定では、正午に投票が締めきられ、一時間半後に体育館で結果発表となっている。

雅は、それに出る為の用意と説明を聞きに行っているのだ。

あたしは、正午まで演劇やバンドを見て、それから教室に戻ってお弁当を食べた。

食後に本を読んでいると、雅が教室に入って来た。入って来るなり、

物も言わずにあたしの手をつかんで引っ張った。

あたし、引っ張られるままに立ち上がり、ずかずかと黙って歩く雅について行く。

校舎内を延々と歩いて、どこへ連れて行かれるのかと思ったら、体育館だった。

そこの一番舞台が見やすい椅子に、肩に手を置いてあたしを座らせると、真面目な顔で言う。

「ここで、本読んでなさい」

あたしは、しばらく彼女の顔を見て、それから笑って頷くと、再び本に目線を落とした。

確かに、あたしが本を真剣に読み出すと、時のたつのなんか忘れてしまうからなぁ。

晴れ舞台を見逃されては、と心配して連れに来たらしい。

雅は、安心したようにその場を去って行った。その後ろ姿に、顔を上げて一言投げる。

「ちゃんと見てるから」

雅が降り返って笑うと、手を振った。

昼の休み時間が終わる頃。体育館に人が集まり始めた。

結果発表は本人達も出るし、どんな子が一位になるか気になるらしい。

やがて休み時間が終わり、午後の部の始まりを司会者が告げた。

体育館が真っ暗になり舞台がライトに照らされる。あたしは、本を閉じて顔を上げた。

ざわざわしていた館内が静まる。

「プログラムナンバー8、ミス現身コンテスト」

と告げられると、待ちかねたようにいっせいに拍手が起こる。

その後、この催しの説明があり、いよいよ候補者の登場。

エントリーナンバーをつけた女の子達が、袖からぞろぞろ出て来た。

え?

あたしは、舞台上の光景に驚いて固まった。

ぜ、前言撤回。このミスコン華々しくないと思ってたけど……

嘘でしょーっ。この学校でー?乱心したとしか思えないぞ。

雅も、水着着るなんて言ってなかったじゃないか。

あたしは、固まったままで、まじまじと舞台上を見た。

女の子たちは、みんな水着姿だった。そりゃ、その方が目の保養にはなるけど…。でも。

あたしは、雅を見た。すぐに目を反らす。

恥ずかしい。何だか知らんが凄く恥ずかしい。まさに、見世物じゃないか。

雅の着ている水着は、ほとんどハイレグに近かった。

スタイルがいいので、似合ってるところがまた恥ずかしかった。

早く終わることを祈りつつ、なるべく見ないようにしながら、見る。

司会者の質問や、ちょっとした芸が終わるとようやく順位発表だった。

三位から一位の発表のみが行われる。

その中には入るだろうと予想していたが、結局、一位は三番の子で、雅は二位に終わった。

でも、舞台上の彼女はちっともしょげていなかった。そんな事、関係ないみたいだ。にこにこして、

「嬉しいです」

なんて言っている。と思ったら、雅がこっちを見た。目が合った。げっ。

「嬌子ーっ」

彼女が、舞台上から大声であたしの名を呼んで手を振った。みんなの視線があたしに集まった。

頬がかぁーっと火照る。うつむいて心の中で叫んだ。

ば、ばかものーっ。

   

必死で謝っていた。

「もう出ないから」

学校の帰り。むっとしたあたしの横顔を覗き込んで雅が。

「当然でしょ。あんなもの、これっきりにして」

「だから、もう出ないって。ね、機嫌直して。もう済んだ事だし」

うだうだ言ってる雅の台詞を、無視して続けた。

「あんたは外見だけの子じゃないんだから」

雅が立ち止まる。あたし、気にせず歩き続ける。

雅が駆け寄って来て、甘えるように腕を組んだ。むっとしたままのあたしの顔を覗き込んで笑う。

「あたしに入れてくれたよね。信じてるよ」

あたしは、本当は三番に入れようと思ったけど、雅に入れた顛末をぶちまけようかと思った。

でもやめて、小さく溜息だけついた。

学校へは、今回の事でPTAからの苦情が来るだろう。

…ご苦労な事だ。

 

 

     

 

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