記憶


今、コンビニにいる。

いつもはあまり利用しないのだが、スーパーで買い忘れをして、

気づいた時には閉店時間を過ぎていたのでしょうがなく来た。

家計を預かる身には、価格が少々高めなのが気に入らないけど、こんな時は便利だ。

しかし、さっきからのこの視線も気に入らない。

店に入った時から、ずっとレジの兄ちゃんがあたしをじっと見ている。アルバイトらしい若い男だ。

自意識過剰かと思ったが、確かに見ている。視線を感じる。

あんなにいつまでも見てるなんてやっぱり変だ。

店に客はあたし一人。

このまま商品を見続けているわけにもいかないし、買いたいもんは手に持ってるし、

気味悪いけど行くしかないだろうな。

あたしは度胸を決めて、レジへ向かった。商品をレジに置いた途端に話しかけられた。

「あの、間違ってたらごめん。もしかして岩城じゃない?」

「え」

あたしは、自分の名前を言われて焦った。名前を知ってるって事は知り合いだ。

気味悪いとか言ってる場合じゃなくて、早く思い出さねば。誰だったっけ。

「俺。覚えてないかなぁ。小学校で同じクラスだった…」

彼をじっと見る。小学校で同じクラスだった…。

そこまで聞いた時、目の前の男の子の面影と思い出がフラッシュバックした。

あたしが叫んだ言葉も蘇った。

「ままははじゃないわっ!!」

あたし、彼を見上げて「ああ」と呟く。

「思い出した?」

「わははは」

パンッ。あたし彼の頬を、笑いながら軽くはたいた。

「な、何するんだよっ」

彼が頬を押さえて喚く。

「思い出した思い出した。よくも苛めてくれたじゃない」

「だ、だから、俺。悪かったと思っててさ。

なんか、会えると思ってなかったから岩城が入って来て、びっくりした」

あたしは、目を丸くした。

「本当に思ってたの?」

「思ってたって。悪い。俺、子供だったよな。いや、実際子供だったんだけど」

「あんな昔の事、ずっと思ってたの?」

「あ、うん」

彼は、ちょっと赤くなってうつむいた。

彼−大沢君−は、小学校の時あたしのウイークポイントを徹底的に突いて苛めた男の子だ。

わざとあたしを逆上させるような事を言って、あたしを怒らせていた。

いわゆる、がき大将だった。

特にひどかったのが、この言葉だ。

「岩城。お前んとこ、ままははなんだってな」

これを言われた時は、さすがに怒るだけじゃ足りなくて手が出た。

志保子があたしの本当の親じゃないって事を知ってる子がクラスに何人かいて、彼もそのうちの一人だった。

あたしは、彼の頬を力いっぱい思いきり叩いて、

「ままははじゃないわっ!!」

と大声で叫んだ。彼は、頬を押さえてびっくりしたようにあたしを見ていた。

やあ、懐かしい。

あのがき大将が、今じゃこんなすっきり爽やか好少年だ。ずいぶん変わったなぁ。

それにしても、ずっと悪かったと思ってたなんて。あたしなんか、きっぱり忘れてたのに。

「もうとっくに許してるよ。許してるとかより忘れてたもん、あたし」

大沢君は、それを聞いて情けなさそうに笑った。

「そっか」

ほっとしたような、ちょっと悲しそうな表情。

あたしは、彼の格好を見た。かわいいオレンジのエプロンをしている。

「バイトしてるんだ。大変だね」

彼が照れたように笑う。

「そうでもないよ。岩城は学校どこ行ってるの」

「現身だよ」

「え。すげー。頭いいんだな」

「そんな事ないよ。みんなが思ってるほどじゃない」

「そうかぁ?そう言えば、お母さんとは上手くやってるの?」

彼が志保子の事を聞く。彼女の事を話題に出来る人がここにもいるんだなぁ。忘れてたけど。

「うん。彼女は今パリにいるけど、うまくやってるよ。昔からずっと。あたしは、彼女が大好きだもの」

「変わってるよなぁ。岩城の家」

「そうかな」

志保子は、誕生日ごとに毎年一度だけあたしに言った。

「私は、嬌子の本当のお母さんじゃないけど、嬌子の事ほんとうの子供だと思ってるからね」

それは、あたしが物心つく前から毎年続けられ…

多分、急に明かして驚かせないようにという配慮からなんだろうけど、そうしてくれて良かったと思う。

継母=血を分けない母。

よく考えると確かに継母だけど、やっぱり今でもああ言われたら、きっとぶってしまうだろう。

彼とあの頃の話をした。あたしは男の子たちのやる遊びが好きで、よく仲間に入ってた。

球技はもちろん、教室でやる遊びも。いつからか、入れなくなってしまったけど。

彼がふいに言った。

「変わらないな、岩城」

変わらないのは、いい事なのだろうか。彼にとってはいい事なのだろう。でも、あたしは少し情けない。

「大沢君は、かっこよくなったね」

騒がしい声が聞こえた。学生服を着た中学生らしき集団が、店に入って来たのだ。

「じゃあ、もうそろそろ行くね」

「うん。また来いよ」

「ありがとう。またね」

笑って手を振ると、

「バイバイ」

彼が、少し淋しそうに手を振り返した。店を背に歩き出す。

   

「遅かったじゃない。すぐ戻るって言ったのに」

家に戻ると、遅かろうと早かろうとあんまり関係ないのに雅がブーブー文句を言った。

「うん。ちょっとね」

あたしは軽くかわして、それから聞いてみた。

「ねぇ。雅って自分の言った事で後悔した事ってある?」

「えーっ。ないよ、そんなの」

そうだよなぁ。

あたしは、それがないと生きていけない雅の為に、買って来た新しい電池を、

テレビのリモコンの中の電池と交換した。

 

 

     

 

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