第二部 イノセント・フライ−INNOCENT FLY−
未知
先々週の日曜は雨だった。先週も雨だった。やっと晴れた引越し日和の、今日は日曜日。
雅は、さっそくルールを破っている。引越しの手伝いに、男友達を四人も呼んで来たのだ。
引越しの手伝いと言うだけあって、彼らはどたどたと家の玄関を出入りしている。
よくもまあ、こんなに湧いて出たものだ。
「まあまあ、家主は座って見てて下さいよ」
雅は、しかめっ面したあたしの機嫌を取ろうとしている。それが余計気に障る。
「連れ込むなって言ったでしょっ。ここは志保子の家でもあるんだからっ」
「今回だけだってば。だって、男手がなきゃはかどらないよ。わぁ、おいしそう」
「さわるなっ!!」
あたし、おにぎりに手を出そうとした雅を怒鳴る。
意に添わない奴らとは言え、手伝わせてただ帰らせるのも気がひけるので、
差し入れしようとおにぎりを作っている。
何であたしが…。
「手伝おうか?」
雅の言葉がおかしくて、ふっ、と鼻で笑ってしまう。
「本気で言ってんの」
「あー、馬鹿にした」
してなきゃ言わんって。っとに。でっかいベッド持ち込みやがって。
雅の部屋はお客さん用の部屋を使うようにしたが、金持ちの娘だけあって、
ベッドはでかいわ調度品は質が良くて数が多いわで、窮屈な部屋になる事は必至だ。
それらの家具を、男衆が頑張って運び入れている。
「雅ー、ここでいいのかぁ?」
「うん、いいよ。サンキュー」
あたしは、ちろっと雅を見た。
「あんたにあんなに男友達がいるなんて、知らなかったわ」
「そお?もっといるよ」
「…さいですか」
男の子たちは、全員見覚えがなかった。どうもみんな、他の学校の生徒らしい。
トラックを運転して来た奴がいるから、高校生じゃないのもいるようだ。うーん。
荷物を運び入れると、彼らはおにぎりを食べて帰って行った。
「また何かあったら、呼べよなー」
おにぎりを「おいしい。おいしい」と言って食べてくれた事もあるし、
「嬌子さん」と呼ばれるのには参ったが、いい奴らではあった。
あたし達も夕飯代わりに残りのおにぎりをパクつきながら、テレビを見る。
と言ってもちゃんと見ているのは雅だけで、あたしは頭の中で別の事を考えていた。
雅はあの男の子たちと、いつ知り合い、いつ遊んでいるのだろう。
あたしと会っていない時は彼らと会っているのだろうか。 家で一人で過ごしてるのかと思っていたけど、考えてみればイメージ的に、雅は一人で過ごすって柄じゃない。 あたしって、これだけ一緒に過ごして来て、ひょっとして雅の事何も知らないんじゃないだろうか。 右手におにぎりを持ち、動物番組を見ながら「かわいいっ」とかって騒いでた雅が、 ふとはしゃぐのをやめてあたしを見た。 「そうだ」 「ん」 あたしは雅を見返して何を言うかと思って待ったが、雅は何も言わず、 もったいぶるようにおにぎりを口に運んで、またテレビに目を戻した。テレビを見ながら言う。 「あの中に、青いシャツ着てた子がいたでしょう」 あの中?あの中とは、さっきの集団の事だろうか?それしか思いつかない。その中の青いシャツ? あたし、四人の服を思い出して、その中で青いシャツの子を思い浮かべる。 そう言えばいたな。かっこいいと言うよりかわいい顔立ちの… 「あの子、あたしの彼だから」 え。 あたしは、唖然として雅を見た。雅は平然として、もしゃもしゃとおにぎりを食べている。 彼だから。彼だからって、えーっ! 「彼って、恋人って事?」 「恋人って言うか…デートしたりする人」 雅の綺麗な横顔が、気まずそうな表情になる。彼女らしくない、歯切れの悪い口調。 「彼がいるなんて言わなかったじゃない」 「言う必要ないと思ってたから。言って欲しかった?」 おにぎり越しに、こっちを上目づかいに見る。あたしは、うっ、と言葉に詰まった。 そ、そりゃ。どうせあたしにはいないし、そう言う話をされても困ると言えば困るけど。でも、寝耳に水。 「会う時は、ちゃんと外で会うから」 「そりゃそうよ」 あたしは動揺しながらも、そこのところはきっぱり答えた。 それにしても、雅に彼が。雅に彼が?何かピンと来ない。 「彼ね、裕(ゆう)君って言うんだけど…」 青いシャツの彼の事を雅が淡々と説明するのを、あたしは不思議な気分で聞いていた。 雅が数々のラブレターや告白を全て断っていたのは、特定の彼を作る気はないからだと思い込んでいた。 他の学校に既に彼がいるからだなんて、これっぽっちも思っていなかった。本当に。…思っていなかったんだ。 ちょっとショック。他にも知らない事があるんだろうか。 知る度にこんな気持ちになるんだとしたら、やりきれない気がする。 それから。雅は、三日に一度くらいの割合で、彼のところへ遊びに行った。 雅に彼がいる事を知って何が変わったかと言うと、実のところ何も変わらなかった。 雅はあたしの前で絶対のろけたりしなかったし、あたしに接する時は今まで通りあたしだけを見ている。 ただ、今まで家に来なかった日は、彼のところで過ごしていたと言う事が分かっただけだ。 時々、裕君から電話がかかって来て、雅に代わる前にちょっとだけ喋る。 そこはかとなくいい人で、雅の選択眼に感心させられる。 三木裕。二つ年上。交際歴7ヶ月。雅の好きな人。雅を好きな人。