ハーモニー


雅に彼氏がいると分かってショックだったものの、それは、生活にはほとんど影響を与えなかった。

でも、雅と暮らすようになった事自体は、いくらか生活に変化をもたらした。

まず、朝起きると雅がいる。

まるで、新婚夫婦の幸せを描写したような言葉だが、もちろんそれとは様相が違う。

何しろ時間のない朝。一つの空間を二人で使う慌しさ。

トイレに入っていると、後から起きて来た雅に扉を叩かれる。

「嬌子ーっ。早くしてよっ」

バンバンバンッ。うるさい。早いもん勝ちだ。

テーブルに着くと、雅が喚く。

「あーっ、あたしのカップがないっ」

「夕べ紅茶飲んで洗ってないでしょ。他のでいいじゃない」

「やだっ」

いきなり立ち上がり、時間がないってのにカップを洗いだす。

あたしは放っておいてパンにかじりつく。

雅が洗っているカップとは、志保子が同居祝で送って来てくれた、あたしとお揃いのフランス製のカップだ。

乳白色のブルーとピンクの、それ自体を飲みたくなるようなかわいい色をしたカップ。

「わぁ、お揃いだ。凄くいい色。あたしピンク」

勝手に決めて自分の物にした、雅のお気に入りのカップ。分かるけど、でも悪いのは雅だ。

皿洗いは雅の当番なのに、やらなかったんだから。

朝食が終わり、洗面所で先に歯を磨いていると、あたしを突き飛ばして雅が割り込んで来る。

しょうがないので台所で磨き、それから自分の部屋へ行って制服に着替える。

着替え終えて居間へ行くと、遅れをとっていた筈の雅が既にいて、ドレッサーの前で髪をといている。

見ていて気持ちがいい、柔らかい弾力のある髪。ちょっと羨ましい。

あたしは、鏡の空いた部分を見ながら髪をとく。

ショートだし、まめにブラッシングなんて事もしないのですぐ済んでしまう。

雅が、前髪や毛先のハネや制服くつ下爪の先まで、念入りに慣れた感じでチェックするのを眺める。

満足した雅が振り返って、あたしのネクタイを直した。

「さ、行こう」

雅は、同居を始めてから遅刻しなくなった。

   

料理はあたし。後片付けは雅。洗濯は自分の分は自分で洗う。

掃除は自分の部屋は自分で、あとの部屋は日曜に二人で一気にやる。ゴミ出しは一週間交代。

などなど、だいたい当番がきっちり決まって来た。

時々雅がさぼるけど。特に後片付けは毎日なだけに苦痛なようだ。

あたしがテレビを消してせっつかないと台所へ行かない。

皿を洗い始めるのを確認して、居間へ戻って本を読む。台所は居間の隣だ。

一人で洗っているのがつまらないのか、雅が歌を歌い始めた事があった。ビートルズのALLMYLOVING。

あたしは、それを聞いてるうちに自分も歌いたくなって、本を読むのをやめて一緒に歌った。

台所から聞こえて来ていた雅の声が止む。ので、あたしも歌うのをやめる。雅がまた歌い始める。

ので、あたしもまた歌う。

あたしが一緒に歌っているのを確認したらしい。今度は途切れる事はなかった。

雅の声が次第に楽しい色を帯びて来る。

二人で最後まで歌い続ける。声の合間に、茶碗のカチャカチャとぶつかりあう軽い音がする。

途中、歌詞を忘れたところがあったけど、雅が歌い続けたのでまた途中から沿うように歌った。

時々ハモったりして。誰かとこんな風に歌うのは初めてだった。

志保子とさえ、した事がない。

歌が終わると水の音が止み、雅がドタバタと走って来た。上気した顔で嬉しそうに言う。

「凄いっ。こんな事、初めて。嬌子とでなきゃできないよ」

笑いながら目を輝かせて、あたしの腕に自分の腕をからめ、覗き込む。

「嬌子って、楽しいね。ね、もっと歌お?」

ねだる雅に、

「はい、おしまい。ほら、戻って続きを洗う」

きっぱり言って本に目を落とす。

雅の態度は一転して恨めし気になり、何か言いたそうにしたが、

諦めたのか「ケチ」とポツリと呟いて戻って行った。

それ以来、雅は歌を歌いながら皿を洗うようになった。

何かを期待しているようだが、そう簡単にはのってやらないのだ。

今、あたしの部屋には、MDが散乱している。

引越しの後に、一応片付いたと言うので、雅の部屋を覗きに行ったら雅がくれたのだ。

雅がどんな音楽を聴くのか知らなかったけど、雅の持って来たMDのジャンルは、

ビートルズからさだまさしまで、選り取り見取りだった。

ほとんど男の子たちにもらったと言っていた。

全部聞いているのかと聞くと、一応ひと通り耳は通してあると言う事だ。

「聞いてるのは、伸びるくらい聞いてる」

MDだから伸びることはないだろうと思ったが、ビートルズを気に入ってると言うのでディスクを手にとると、

確かに他のMDとは様相が違った。

聞き込んでいることを表すように、ラベルの文字が薄くなって、中にはめくれかけている物もある。

ビートルズを好きとは初耳だったけど、

雅が他の科目は芳しくないのに英語だけ得意なのを思い出してなるほど、と思った。

ちなみに、あたしの好みは『遊び心のある音楽』で、もちろんビートルズもその中に入っている。

NOWHERE MANを雅に聞こえないくらい小さな声で口ずさんでいると、

庭で洗濯物を干していた彼女が面倒臭そうに言った。

「干すところまでやってくれなくて、全自動と言えるだろうか」

今どき放り込んでおけば乾燥までやってくれる洗濯機もあるが、

彼女が言っているのは「自動で物干し竿に干してくれる洗濯機」のことらしい。

「そう言う機械は、あんたが作りなさいね」

高三まであと一ヶ月。もうすぐ寒さも和らぐだろう。

 

 

     

 

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