特別
あたしには、友達がいる。その名を若尾雅(みやび)と言う。
雅は、志保子の若い頃はきっとこんなだったろうなぁと思わせる容姿をした女の子だ。
色白で小柄で胸もある。ウエストも足首もしまっていて抜群のプロポーション。
おまけにやたらかわいい顔立ちをしている。
少しくせ毛の柔らかな長い髪は、彼女をかわいいだけでなく上品にも見せる。
と言う実に恵まれた奴だ。初めて見た時は「いいもの見たぁ」と思った。去年の入学式のことだった。
そんなわけで、あたしは彼女を入学式から知っていたのだけど、
向こうは授業が始まってしばらくしてから、あたしを知ったと言っていた。
雅とは逆に、あたしは地味で目立たない生徒だった。
でも、先に近づいて来たのは、雅のほうだった。
本ばかり読んでいた当時のあたしのどこに興味を持ったのか知らないけど、
気付くと雅は、いつもあたしの傍にいるようになっていた。
雅が、いつものように遊びに来ている。
彼女は、両親の不仲が続いている自分の家が嫌いで、
学校が終わると自分の家に鞄を置いて着替えて、うちに遊びに来る。
雅の家は、うちから徒歩で十分ほどのところにある。
来ない日もあるが、志保子が行ってから来る頻度が高くなっているようだ。
まあ、あたしも一人じゃ淋しいから嬉しいけど。
「ねぇ、知ってる?」
雅が話しかけて来たので、読んでいた本を閉じる。
雅は、蛍光のシールをもらったとかで、テーブルの上に椅子を乗せた上に乗って、天井に星座を作っている。
「何を」
あたしが顔を上げると、嬉しそうに笑う。
なんだ。不気味な奴。
「嬌子、他の子が話しかけても開いたままだったけど、あたしの時だけ閉じたんだよ。本」
え…?
「ほら。去年の今ごろ。初めて話しかけた時」
「……」
そ、そうなの?
あたし、ぽかんと雅を見る。言われてみれば…そうなのかも知れない。雅の時は、いつも閉じてるなぁ。
「ふうん」
あたし、意外な事実にちょっと驚いたけど、また本を開いて、目を戻して聞く。
「それで?」
「それでって?」
「それがどうしたっての。バッカみたい」
言い切ると、雅が黙った。ざばっ。光る星の雨。を浴びて、
「何すんのよっ」
怒りながら思う。
ふうん。そうだったのか。
「電気消して」
言われるままに電気を消す。浮かび上がる天井いっぱいの星座たち。雅がわあっと声を挙げる。
あたしも上を見上げたまま、しばらく言葉もなく小宇宙に魅了されていた。
「気に入った?」
雅が、満足そうな顔で言う。あたしは、素直に首肯いた。
「いいね」
「良かったっ。あのね。あれが嬌子の星座。おうし座。それからその横がさそり座。あたしの星座なんだ。
ほんとは隣じゃないんだけど、別にいいよね。それからね、あれが北斗七星で…」
あたしがいいと言ったので、雅が勢いづいて喋る。
だからと言うわけじゃないけど、あたし、さっきから気になってた事を口にする。
「…月がない」
ポツリと言うと、雅の喋りがピタリとやんだ。こっちを見る。
「何?」
別になくたって気にしなければいいんだろうけど、細かい事にこだわる奴で悪いと思うんだけど、
やっぱり黙ってられない。
「月」
言いなおすと、雅もう一度天井を見上げて、暗闇の中でほうっと溜息をついた。
「あー。月ね」
雅はちょっとしらけたように言って、電気をつけた。
そんな彼女を見て、しらける事が分かっていながら言ってしまった事をちょっと後悔する。
いつものわがまま癖が出ただけだってば。悪かったね。いい気分に水さして。
そう言おうと思って、あたし、雅を見る。けど、口をついて出た言葉は。
「だって、あたし月が一番好きなんだもん」
雅は帰って行った。あたしはその夜、ベッドの中で自己嫌悪に陥っていた。
「あたしって、どーしてこうなんだろう」
そう叫んで布団から顔を出すと、天井一面の星。あたし、それをぽけっと眺める。
眺めているうちに頭がまっ白になった。そして、ふっと思う。
まあいいや。明日があるさ。